「日本美術」は、ここから始まった。【東京藝術大学大学美術館】特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」(~9/25)内覧会レポート

東京藝術大学大学美術館
手前は高村光雲《矮鶏置物》明治22(1889)年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 前期展示①

芸術の教育・研究機関として重要な役割を担う東京藝術大学(旧・東京美術学校)。
その所蔵品と宮内庁三の丸尚蔵館の珠玉のコレクションを共に展観する特別展
「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」が開幕した。

展示会場入口。手前はその再現度に制作者のこだわりが窺える《法隆寺金堂模型》(明治43(1910)年 東京藝術大学蔵)通期展示

2022年8月6日(土) – 9月25日(日)まで、東京藝術大学大学美術館にて特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」が開催中だ。

本展が開催される東京藝術大学は、前身である東京美術学校で岡倉天心が1890年に初めて体系的に日本美術史の講義を行った場所であり、日本における芸術の教育・研究機関として重要な役割を担ってきた。

本展では、宮内庁三の丸尚蔵館の収蔵する皇室にゆかりのある名品、優品に、東京藝術大学の所蔵品を加えた82件の作品を展観。奈良時代から昭和にかけての日本美術を、書や和歌、人物・物語、花鳥・動物、風景などのモチーフやテーマ別にわかりやすく紹介する。

※記事の内容は2022/8/5時点のものです。最新の情報は展覧会HP等でご確認ください。

各時代の名品を概観!まさに「体験する教科書」

展示会場風景
手前は高取稚成/前田氏実《伊勢物語図屏風》(右隻)(大正5(1916)年)前期展示②
手前は十二代酒井田柿右衛門《白磁麒麟置物》(昭和3(1928)年)通期展示
画面奥(右)は《唐獅子図屏風》(右隻:狩野永徳 桃山時代 16世紀/左隻:狩野常信 江戸時代 17世紀)前期展示①

東京美術学校の創立に尽力した岡倉天心は、未来の美術を作るための足固めとしての日本美術史を確立し、学問として発展させた。その功績は非常に大きいといえるだろう。
しかし日本に限ったことではないが、美術を鑑賞するうえでは作者や時代背景、専門用語や概念などの知識が難しいために敬遠されてしまうことも少なくない。

特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」において示されているのは、できるだけそういった堅苦しい「日本美術」のイメージを解きほぐし、個々の作品に触れ、親しんでもらおうという意図である。会場には誰もが知る国宝が並び、「教科書で見た!」などといった会話も弾むだろう。

会場では「文字からはじまる日本の美」「人と物語の共演」「生き物わくわく」「風景に心を寄せる」といったテーマ別に作品が展示され、「日本美術の玉手箱」を子供から大人までそれぞれの視点で楽しめるような工夫が凝らされている。

展示風景より。高階隆兼《春日権現験記絵 巻四、五》(鎌倉時代 延慶2(1309)年頃 国宝)巻四:前期展示② 巻五:後期展示②
展示風景より。伝 狩野永徳《源氏物語図屏風》(桃山時代 16~17世紀)前期展示②

日本人の感性によって生み出された仮名文字が美術と結びついていく様を紹介する1章「文字からはじまる日本の美」から展示は始まる。続く2章「人と物語の共演」では、書き記されたさまざまな物語が四季の風景や人々の有り様と結びつき、美へと昇華していく過程を見ることができる。

ここでは、《春日権現験記絵》や《蒙古襲来絵詞》など、昨年三の丸尚蔵館の収蔵品としてはじめて国宝に指定された貴重な絵巻物を展示。さらに狩野永徳作と伝えられる《源氏物語図屏風》などからは、平安時代の文学がその後の日本人にも長く愛されていたことが伝わってくる。

酒井抱一《花鳥十二ヶ月図》(江戸時代 文政6(1823)年 前期展示①)より五幅
画面手前は《唐獅子図屏風》(右隻:狩野永徳 桃山時代 16世紀/左隻:狩野常信 江戸時代 17世紀)前期展示①

生命あるのものへの日本人の多彩なまなざしと表現に着目した3章「生き物わくわく」では、注目の展示作品が目白押しだ。
全12幅が一挙に展示される酒井抱一の《花鳥十二ヶ月図》や、伊藤若冲作の国宝《動植綵絵》(後期展示①)、谷文晁の《虎図》(後期展示①)など、いずれも日本美術の至宝と呼ぶべき作品が並ぶ。

そして何といっても注目は右隻(桃山時代、16世紀)を狩野永徳が、左隻(江戸時代、17世紀)を狩野常信が描いた国宝《唐獅子図屏風》だろう。狩野永徳の代表作とされる右隻の獅子の迫力を、ぜひ会場で目の当たりにしてほしい。

左から高橋由一《栗子山隧道》(明治14(1881)年、五姓田義松《ナイアガラ景図》(明治22(1889)年ともに通期展示

4章「風景に心を寄せる」では自然における伝統的な画題である「浜松図」にはじまり、洋画黎明期の風景画まで自然・風景をモチーフにした作品を展観。日本古来の風景表現のエッセンスがかたちを変えながら近代画に受け継がれていった様子をたどることができる。

五姓田義松の《ナイアガラ景図》は雄大なナイアガラの滝を描いた明治時代の絵画。画面手前の遊覧船と滝を対比させることで、その壮大なスケールが鑑賞者に伝わるようになっている。


3章展示風景より。画面手前はコロコロとした身体と愛らしい表情が印象的な《羽箒と子犬》(明治~大正時代 20世紀 前期展示①)

宮内省と東京美術学校の努力によって後世に伝えられる名品の数々。
誰もが知る「あの作品」も、実際に目にすれば新鮮な感動があるだろう。

ぜひ、実物を見に会場まで足を運んでいただきたい。

※所蔵先を記載していない作品は、すべて宮内庁三の丸尚蔵館蔵

開催概要

会期 2022年8月6日(土) – 9月25日(日)
※会期中、作品の展示替えおよび巻替えがあります
前期展示:① 8月6日(土) – 8月28日(日)/ ② 8月6日(土) – 9月4日(日)
後期展示:① 8月30日(火) – 9月25日(日)/ ② 9月6日(火) – 9月25日(日)
会場 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2、3、4
開館時間 午前10時 – 午後5時(入館は閉館の30分前まで)
※9月の金・土曜日は午後7時30分まで開館
休館日 月曜日(ただし、9月19日は開館)
観覧料 一般 2,000円、高・大学生 1,200円
※中学生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその介助者1名は無料
※本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により入場制限等を実施する可能性がございます。
主催 東京藝術大学、宮内庁、読売新聞社
問い合わせ先 050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会HP https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tamatebako2022/

 

記事提供:ココシル上野


その他のレポートを見る

『ボストン美術館展 芸術×力』7月23日より東京都美術館にて開催!

東京都美術館


開幕に先立ちオフィシャルサポーターの要潤さんが来場「楽しみにしていた作品の迫力に圧倒されました」

7月23日(土)、東京都美術館にて『ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)』が開幕しました。
当初の予定から2年越しで開催される本展では、エジプト、ヨーロッパ、インド、中国、日本などさまざまな地域で生み出された約60点の作品をご紹介します。
また“日本にあれば国宝”とも言われる《吉備大臣入唐絵巻》、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》が本展のために約10年ぶりに里帰りを果たし、2作品が揃って展示されるほか、江戸時代に伊勢・長島藩の藩主だった増山雪斎の代表作《孔雀図》が本展のために修復されたのち、日本で初公開されます。
開幕に先立ち、オフィシャルサポーターの俳優・要潤さんが来場し、展示を鑑賞しました。

 

・《吉備大臣入唐絵巻》

4巻の絵巻をゆっくりと鑑賞した要さんは、「色彩のバランスが凄く良いですね」などと話しつつ、ケースに顔を近づけて興味深そうにのぞき込む場面も。「迫力があって、写真では伝わらない細かさが凄い。描かれている人物にひとつとして同じ表情がないですね。作品を描いた人の才能を感じます」と話しました。囲碁の場面(碁石を飲み込んでずるをするシーン)では、その描写の滑稽さに笑う様子も。

 

・増山雪斎 《孔雀図》

作品を見た瞬間に「わー、これはすごいな。写真と全然違う。羽が細かい。本当にすごい」と、展覧会前から楽しみにしていた作品との対面に終始感激した様子でした。
「個人的に一番楽しみにしていた作品ですが、実際にみると迫力に圧倒されました。羽の細かさが繊細で、絵の力を感じます。ようやく日本に来てくれた、という気持ちでいっぱいです。」

 

【要潤プロフィール】
要潤(かなめじゅん)
1981年2月21日生まれ。香川県出身。フリップアップ所属。
「新美の巨人たち」「連続テレビ小説まんぷく」等TV出演のほか、ドラマ、CM、映画など多数出演。
うどん県(香川県)副知事を務めるなど幅広く活躍中。


 

・会場限定・展覧会オリジナルグッズのご紹介

会場内にオープンする展覧会公式ショップには、本展覧会の開催を記念して企画・製作されたオリジナルグッズが登場。その一部をご紹介します。

■MARIEBELLE ブックボックス入りチョコレートフィナンシェ 5個入り/2,700円(税込)
たっぷりのアーモンドプードルとマリベル厳選のダークチョコレートを使用。チョコレートケーキのようにしっとりと焼き上げました。
甘過ぎないチョコレートの風味がしっかりと感じられるフィナンシェは、
ティータイムにもピッタリ。

■トートバッグ 2種約H370×W360mm(本体)/各1,650円(税込)
ボストン美術館展の人気者たちが愛らしくデフォルメされたトートバッグ。
ネイビーと生成りの2色をご用意しました。
美術館巡りにお出かけしませんか?

■グラニフ Tシャツ 3種 孔雀図(White)、吉備大臣入唐絵巻(Sumikuro)、大日如来坐像(Black)
サイズSS,S,M,L/各2,500円(税込)
グラフィック ライフスタイルブランドの「グラニフ」により、『孔雀図』、絵巻『吉備大臣入唐絵巻』、『大日如来坐像』がグラフィックデザインされたTシャツが登場!
ボストン美術館が所蔵する国宝級の作品を着て展覧会へ行こう!

■扇子 3,080円(税込)
今年の夏も暑い!!
そんな夏にはアツい『平治物語絵巻』の扇子がぴったり!
同柄のケースもついているので持ち運びにも便利です。

 

【開催概要】
展覧会名:ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)
会場:東京都美術館(台東区上野公園8-36)
会期:2022年7月23日(土)~10月2日(日)
開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、9月20日(火)※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、
9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
観覧料:※日時指定予約制
一般¥2,000、大学生・専門学校生¥1,300、65歳以上¥1,400
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ボストン美術館、日本テレビ放送網、BS日テレ、読売新聞社
後援:アメリカ大使館
協賛:DNP大日本印刷
協力:日本航空、日本通運、CS日テレ、ラジオ日本、文化放送、TOKYO MX、テレビ神奈川
企画協力:NTVヨーロッパ
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト:https://www.ntv.co.jp/boston2022/

 

記事提供:ココシル上野


その他の展覧会情報を見る

権力は芸術を求め、芸術はチカラとなる。【東京都美術館】「ボストン美術館展  芸術×力」(~10/2)内覧会レポート

東京都美術館
増山雪斎《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801年) ボストン美術館蔵

ボストン美術館設立150周年にあたる2020年に企画されながらも、新型コロナウイルスの感染拡大により延期を余儀なくされた本展。
その「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」が満を持して7月23日に開幕した。

 

展示会場入口。権力を象徴する巨大な肖像画が来場者を出迎える

2022年7月23日(土)~2022年10月2日(日)まで、東京都美術館にて「ボストン美術館展  芸術×力」が開催中だ。
エジプト、ヨーロッパ、インド、日本・・・本展で出品される、さまざまな地域から収集された約60点の美術品を貫く縦糸となるのは、「権威」「力」である。

現代において芸術は「反権威」「反権力」であるというイメージを持つ人は多い。しかし歴史を紐解いてみれば、両者の関わりは密接だ。
古今東西の権力者はその力を維持するために芸術の力を利用し、宮廷を彩り、その正統性を示してきた。
その結果、権力者たちが時の一流の画家や職人に作らせた優れた芸術品は、今もなお私たちを魅了する輝きを放ち続けている。

本展はこのような「芸術と力」の関係性に注目し、ボストン美術館の百科事典的なコレクションの中から厳選した作品を展示。芸術作品が古来から担ってきた社会的な役割に焦点を当てる。

権力者たちが愛した、荘厳な美のコレクション

《ホルス神のレリーフ》エジプト(エル・リシュト、センウセレト1世埋葬殿出土)、中王国、第12王朝、センウセレト1世治世時(紀元前1971-1926)ボストン美術館蔵
光格天皇(1771-1840)の仮御所から新内裏への遷幸の様子を描いた《寛政内裏遷幸図屏風》(吉村周圭、江戸時代・寛政2-7年)ボストン美術館蔵
《ジャハーンギールの大使カーン・アラムとシャー・アッバース(「シャー・ジャハーンの後期アルバム」より》(おそらくビシャンダース、インド北部、ムガル帝国時代、1620年頃)ボストン美術館蔵
展示風景より。画面手前は《ギター(キタラ・バッテンテ)》(ヤコポ・モスカ・カヴェッリ、イタリア・1725年)ボストン美術館蔵。金属弦を張った珍しいもので、象牙や鼈甲など当時最も珍重された天然素材で装飾されている
アンソニー・ヴァン・ダイク《メアリー王女、チャールズ1世の娘》(1637年頃)ボストン美術館蔵

長い歴史の中で、芸術作品は鑑賞用のみならず多様な役割を担ってきた。
例えばヴァン・ダイクによって描かれたメアリー王女の肖像画はドレスの布地の質感や手の優雅さ、無垢な瞳のきらめきを表現した見事なものだが、こうした貴族の肖像画には王族同時の婚姻を祝う、もしくは進めるという重要な「役割」があった。

担当学芸員である大橋菜都子氏は

「芸術を通して各時代における権力者の力を浮き彫りにし、その力を示すために各作品がいかに使われてきたのかを追う展覧会。時代や国によって異なる権力の表され方に注目して見ていただきたい」

と本展の開催意義を語る。

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)(鎌倉時代、13世紀後半)
信頼・義朝軍によって連れ去られる後白河院。その姿は御簾の奥に隠れ、描かれない

本展は全五章構成。章ごとにさまざまな角度から力と芸術の関係性について焦点を当てているが、時代や地域性による違いについて注目してみるのも面白い。

例えば展覧会場入口に展示されている《戴冠式の正装をしたナポレオン1世の肖像》において、ナポレオンは金の月桂冠やワシが先端に施された笏により、シンプルに威厳に満ちた姿で描写されている。

しかし、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》においては天皇という存在は御簾の奥に隠れ、日本美術の伝統に則ってあからさまに表されていない。草薙の剣や八咫の鏡といったレガリアが決して人目に触れることがないように、日本において「権威」というのは隠される存在なのである。

エル・グレコ《祈る聖ドミニクス》(1605年頃)ボストン美術館蔵

古くから、権威・権力に「お墨付き」を与えるのは「神」「天」などといった超自然的・宗教的概念であった。「聖なる世界」と題された章では「神の代理人」となった権力者たちが生み出した宗教に関わる芸術作品を展示している。

聖母子像や如来像はもちろん、修道士や聖人、精神世界と強いつながりを持った地上の人物たちの像も数多く生み出されたが、エル・グレコの《祈る聖ドミニクス》もそのひとつだ。ドミニコ会として知られる「説教者修道会」を創立した聖ドミニクスの、まさに私的な祈りの瞬間が力強い筆致で表されている。

オスカー・ハイマン社、マーカス社のために製作《マージョリー・メリウェザー・ポストのブローチ》(1929年)ボストン美術館蔵

また、権威・権力というものを直接的に、また象徴的に公に示すもののひとつが宮殿である。本展で展示されている多くの芸術作品は、こうした宮殿、宮廷における公式の儀式や社会的な慣習と深く結びついているといえるだろう。
特に衣装と装身具はそれを身につける個人の権力や地位を伝えるうえで決定的なものだ。

《マージョリー・メリウェザー・ポストのブローチ》は、アメリカ人のマージョリー・メリウェザー・ポストがイギリス王ジョージ5世、メアリー王妃との謁見の際にマンハッタンのマーカス社から購入したもの。プラチナとダイヤモンドの装飾がついており、中央に嵌め込まれた60カラットのエメラルドが燦然たる輝きを放っている。
結局このブローチは謁見に用いられることはなかったが、ポストのジュエリーコレクションの中でも宝物のように大切にされ続けたという。

日本にあれば国宝?!里帰りした名宝たち

《吉備大臣入唐絵巻》(部分)(平安時代後期-鎌倉時代初期、12世紀末)ボストン美術館蔵
長大な絵巻物のため、コの字型に展示空間が作られている
《吉備大臣入唐絵巻》(部分)(平安時代後期-鎌倉時代初期12世紀末)より、吉備真備と唐人の囲碁対局の場面

アメリカのボストン美術館は、”東洋美術の殿堂”と称され、100年以上にわたる日本美術の収集はアーネスト・フェノロサや岡倉天心に始まり、今や10万点を超える。その膨大なコレクションの中でも傑出した存在である《吉備大臣入唐絵巻》は先に紹介した《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》とともに「日本にあれば国宝」とも言われる貴重な作品だ。
その二大絵巻が揃って展示され、まさに本展の白眉とも言うべき存在感を放っている。

《吉備大臣入唐絵巻》は遣唐使として海を渡った吉備真備が、鬼と化した阿倍仲麻呂の力を借りながら数々の難題を解決していく物語。長大なため、室内をコの字型に囲むように展示されている。代々寺社や豪族によって守り伝えられてきたが、幕末から明治への社会変動を受けて市場に流出。長く買い手がつかない状況が続いていたが、やがて昭和7(1932)年にボストン美術館によって購入されたという。

「幻の国宝」となった本作品。鑑賞するにあたって、この絵巻物がたどった数奇な運命に想いを馳せてみても面白いだろう。

増山雪斎《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801年)ボストン美術館蔵

本展の最後を締めくくるのは、左幅と右幅に艶やかな孔雀の姿が描かれた《孔雀図》だ。
画家の増山雪斎は名を正賢(まさたか)といい、江戸時代中期に伊勢長島藩(現在の三重県桑名市長島町)を治めた大名。多くの画家・知識人らを庇護し、さらに自身でも多くの書画を制作した。
本展のために修復され、初めての里帰りを果たした《孔雀図》は、雪斎が数多く取り組んだ画題で、まさに代表作と言える質の高さを誇る。

ジョン・シンガー・サージェント《1902年8月のエドワード7世の戴冠式にて国家の剣を持つ 、第6代ロンドンデリー侯爵チャールズ・スチュワートと従者を務めるW・C・ボーモント》(1904年)ボストン美術館蔵

さまざまな場所、さまざまな時代で権力と芸術が織りなす均衡と勾配。
権力者たちは芸術の力によって己を誇示し、依って立つ物語に神話的な正統性を付与してきた。しかし、本展において示されているのは権力に従属するだけの芸術の姿ではない。

芸術はその内に世俗の「力」をも超える「チカラ」を秘め、人々の心のみならず、時に世界さえも動かす。集められた名宝の数々を眺めていると、胸の内にそんな思いが芽生えてくる。

一旦延期となり、いよいよ待望の開幕となる本展覧会。ぜひ、直接会場でご覧いただければと思う。

「ボストン美術館展  芸術×力」概要

会期 2022年7月23日(土)~10月2日(日)
会場 東京都美術館
開館時間 9:30~17:30 ※金曜日は20:00まで
(入室は閉室の30分前まで)
休館日 月曜日、9月20日(火)
※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、 9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
観覧料 一般 2,000円   大学専門学生 1,300円  65歳以上 1,400円
※本展は展示室内の混雑を避けるため、日時指定予約制となっております。→展覧会HP
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ボストン美術館、日本テレビ放送網、BS日テレ、読売新聞社
問い合わせ先 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.ntv.co.jp/boston2022/

※記事の内容は取材日(2022/7/22)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


その他のレポートを見る

【会場レポ】「フィン・ユールとデンマークの椅子」展が東京都美術館で開幕。実際に椅子に座れる特設コーナーも!

東京都美術館
会場風景

「家具の彫刻家」として知られるデンマークのデザイナー、フィン・ユールの作品を中心に、同国の家具デザインの歴史と変遷を紹介する企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」が、東京都美術館で2022年7月23日からスタートしました。

先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

あらゆる日常を支える「椅子」に焦点を当てた展覧会

会場風景

デザイン大国として知られる北欧の国・デンマークでは、「居心地がいい、楽しい時間」を意味するHygge(ヒュッゲ)の価値観がライフスタイルに根付き、家具デザインの面でもシンプルな心地よさが追求されてきました。

とりわけ1940年代から60年代にかけて、デンマークでは歴史に残る優れた家具が多数登場する黄金期を迎えました。フィン・ユール(1912-1989)は、そんな黄金期を代表するデザイナーの一人です。

彼の生み出す家具は身体に心地よくなじむばかりでなく、優美な曲線を特徴としたモダンなデザインと芸術品のごときディテールの美しさが際立っていて、その造形美は「彫刻のよう」と評されています。

会場風景
会場風景

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展は、デンマークの椅子をメインとした家具デザインの歴史と変遷をバラエティに富んだ作例とともに辿りながら、巨匠フィン・ユールのデザインの魅力に迫るもの。

展示の最後には、実際にデンマーク・デザインの椅子を体験できる特設コーナーも用意されています。

なお、展示品の多くは、北海道東川町が所蔵する世界的にも名高い「織田コレクション」からの出展です。本展の学術協力者の一人であり、椅子研究者の織田憲嗣氏(東海大学名誉教授)が研究資料として長年にわたり収集してきた20世紀の家具・日用品のコレクションで、東京でまとめて紹介するのは本展が初の機会となるとか。

第1章「デンマークの椅子──そのデザインがはぐくまれた背景」

本展は第1章から第3章までの3章構成となっています。

第1章 展示風景

第1章「デンマークの椅子」は、ヨーロッパを席巻した合理主義・機能主義を掲げたモダニズム運動に、デンマークの若い建築家やデザイナーが触れるきっかけとなった1930年のストックホルム博覧会の紹介からスタートします。

伝統的な家具作りを継承しながら一般市民にデザインを開放するというデンマーク独自のモダニズム運動を主導し、伝統家具を研究・再構築する「リデザイン」の思想や人間工学に基づく方法論を提唱した「デンマークモダン家具デザインの父」と呼ばれるコーア・クリント(1888-1954)。

彼が初代教授をつとめた、デンマークの家具デザインの発展に最も影響したとされるデンマーク王立芸術アカデミー家具科の創設

家具職人を効率よく育成し、技術の高さをアピールする展示会も頻繁に開催した家具職人組合の存在。

写真やポスター、出版物、映像などさまざまな資料とともに、世界中で愛されるデンマークの名作家具が生み出された背景を丁寧に振り返ります。

第1章 展示風景
第1章 展示風景

ここではコーア・クリントはもちろん、王立芸術アカデミー家具科の2代目教授となったオーレ・ヴァンシャー、一般庶民向けに余分な装飾を排した機能的な家具をデザインしたボーエ・モーエンセン、木材への深い造詣と抜群のクラフトマンシップで次々に名作家具を生んだハンス・J・ウェグナーなど、名デザイナーたちによるさまざまな椅子を一望できます。

ボーエ・モーエンセン《ハンティングチェア》1950年、織田コレクション(東川町)/幻の名作と言われたモーエンセンの代表作。

座・背・足というシンプルな基本構造からなる椅子ですが、なかにはテニスのラケットに張るガットを使用したヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンゼンの《ラケット・チェア》や、アイスのコーンのような形をしたヴェルナー・パントンの《コーン・チェア》、折り紙で作られたようなグレーテ・ヤルクの《プライウッドチェア》など、やや奇抜なデザインのものもあって実にバラエティ豊か。

ただ、奇抜であっても華美な印象はなく、デンマーク・デザインに共通する落ち着いた雰囲気をまとっています。

ヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンゼン《ラケット・チェア》1955年、織田コレクション(東川町)

同章では、デンマークの家具デザイン黄金期の、驚くほど多様な思考と発想を感じることができるでしょう。

第2章「フィン・ユールの世界」

当時の家具デザイナーたちの多くは、コーア・クリントの門下生か家具工房の出身でした。

一方のフィン・ユールは美術史家を志望しながらも、父の勧めから建築を学ぶために1930年に王立芸術アカデミーに入学。建築事務所で建物の設計やインテリアデザインに携わりながら独学で家具デザインを学び、1937年、25歳のときに家具職人組合の展示会に初出品したという、異端の経歴の持ち主です。

第2章 展示風景

第2章「フィン・ユールの世界」は、そんな建築家、インテリアデザイナー、家具デザイナーであるフィン・ユールによる初期の建築ドローイングからスタートします。

1930年代後半、優れた家具職人ニールス・ヴォッターと組んでユニークなフォルムを探求した頃に生み出した、《イージーチェア No.45》《チーフテンチェア》《ペリカンチェア》など数々の代表作。

1942年にコペンハーゲン北部に建てられ、生涯の仕事場となった自邸(フィン・ユール邸)の設計。

国外で評価されるようになった1950年以降の仕事として、ニューヨークにある国際連合本部で手かげたインテリアデザインや、スウェーデン・スカンジナヴィア航空のオフィスや旅客機の客室デザインまで、フィン・ユールの幅広い活動の全貌を紹介しています。

(右)モーエンス・ヴォルテレン《コペンハーゲンチェア》1936年、織田コレクション(東川町)/ニールス・ヴォッターの製作。本作をきっかけにフィン・ユールはヴォッターと出会ったとされています。
フィン・ユール《イージーチェアNo.45》1945年、織田コレクション(東川町)
フィン・ユール《チーフテンチェア》1949年、織田コレクション(東川町)

「彫刻のよう」と評されるフィン・ユールの作品は、彫刻家ハンス(ジャン)・アルプなどの抽象彫刻のフォルムや内在する美学に大きな影響を受けているそう。

特に初期の作品は彫刻的なアプローチが顕著で、肘に沿う滑らかなアームや、ほっそりとシャープな脚部の流れるような曲線は、アルプの人体をモチーフにした彫刻のような、抽象化された身体を思わせます。

ハンス(ジャン)・アルプ《地中海群像》1941/65年、東京国立近代美術館/フィン・ユールが着想を得た彫刻や版画などの美術作品も展示。

「椅子は単なる日用品ではなく、それ自体がフォルムであり、空間である」というフィン・ユールの言葉のとおり、有機的なフォルムをもつ彼の椅子は、座って心地よいだけでなく、建築や美術、日用品と濃密に響き合いながら空間の調和を生み出す点が大きな魅力となっています。

フィン・ユール邸の家具やインテリア、映像資料

その魅力が顕著に表れているのが、フィン・ユール邸の関連展示。誰からも干渉されることなく自身の構想を具現化できる場所として、建物の設計だけでなく家具や日用品も自らデザインしたというこだわりの邸宅です。

ウィルヘルム・ルンストロームの絵画などの芸術作品も美しく配置され、緑豊かな森の景色と調和する邸宅の空間を紹介する映像資料からは、フィン・ユールのデザインに対する美学の一端を感じられるでしょう。

第3章「デンマーク・デザインを体験する」

第3章 展示風景

フィン・ユールは椅子に対して「そこに座る人がいなければ、椅子はただの物にすぎない。人が座ってはじめて、心地よい日用品となる」と考えていたそう。

そんなフィン・ユールを特集している本展ならではのコーナーとして、第3章「デンマーク・デザインを体験する」では、日常の道具であり、使う人の暮らしを見据えてデザインされている椅子本来の役割に立ち返っています。なんと、30種類以上のデンマークの椅子に実際に座ることができるのです!

第3章 展示風景
第3章 展示風景
第3章 展示風景

フィン・ユールはもちろん、第1章で目にしたデンマークの家具デザイン黄金期を支えたデザイナーたちの椅子がズラリ。社長席のような革張りの重厚な椅子もあれば、戸外制作にぴったりな折り畳みスツールもあります。

椅子に直に触れて、座りやすさや触り心地を確かめたり、座っている人の姿を観察してみたり。デザイナーたちがそれぞれ椅子をめぐる課題にどう向き合い、どう解決したのか。豊かな発想を体で味わうことができます。

第3章 展示風景
第3章 展示風景

ここで紹介されている椅子と照明器具は、現在もデンマークの製造会社によって製作され続けているものばかりです。

「世界で最も幸福な国」として知られるデンマーク。
価値観やライフスタイルが絶えず変化する世界において、シンプルなデザインと機能性、そしてどのような空間にもなじむ普遍的な親しみやすさをもつデンマーク・デザインが世界中に根付いているという事実は、私たちが快適に生きるためのヒントになるのかもしれません。


あらゆる日常を支える椅子という身近な家具にあらためて光を当てる「フィン・ユールとデンマークの椅子」展の開催は、2022年10月9日まで。

ちなみに本展の開催に関しては、2012年の東京都美術館リニューアルのおり、中央棟の1階「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」にフィン・ユールをはじめとするデンマークの椅子やテーブルを設置し、休憩コーナーを新設したことがきっかけといいます。

佐藤慶太郎記念 アートラウンジ ©東京都美術館

来館者がゆったりとした時間を過ごせる居心地のよいスペースにするため設置したそうですが、東京都美術館の建築と北欧家具の親和性の高さもさることながら、空間の印象を一変させる家具の力にも驚かされたとか。

本展に足を運んだら、ぜひ「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」も覗いてみてください。

企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」概要

会期 2022年7月23日(土)~10月9日(日)
会場 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開館時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)※金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休館日 月曜日、9月20日(火)
※ただし、8月22日(月)、29日(月)、9月12日(月)、19日(月・祝)、26日(月)は開室
観覧料 一般 1,100円 / 大学生・専門学校生 700円 / 65歳以上 800円

※高校生以下は無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料
※そのほか、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館
展覧会公式サイト https://www.tobikan.jp/finnjuhl

※記事の内容は取材日(2022/7/22)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


その他のレポートを見る