「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」会場レポート。修復された《窓辺で手紙を読む女》の印象はどう変わる?(東京都美術館で~2022年4月3日まで)

東京都美術館
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃

17世紀オランダを代表する画家、ヨハネス・フェルメールが手掛けた《窓辺で手紙を読む女》。その大規模な修復作業により取り戻された“本来の姿”を、所蔵館以外で世界初公開する展覧会「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が、東京都美術館にて開催中です。
会期は2022年2月10日(木)から4月3日(日)まで。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、展示内容をレポートします。

※特別な記載のない作品はすべてドレスデン国立古典絵画館所蔵です。

会場風景
会場風景

《窓辺で手紙を読む女》に現れたキューピッドの画中画

2017年から2021年にかけて大規模な修復プロジェクトが行われた、ドレスデン国立古典絵画館が所蔵する《窓辺で手紙を読む女》ヨハネス・フェルメール(1632-75)が歴史画から風俗画に転向して間もない初期の傑作です。窓から差し込む光の表現や、室内で手紙を読む女性像など、今日の私たちが知るフェルメールらしいスタイルが確立されたターニングポイントといえる作品でもあります。

こちらは修復前の姿。 ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》2001年 個人蔵

修正された本作の最も大きな変化は、背後の壁面に隠されていたキューピッドの画中画が復元されたこと。
もともと画中画の存在自体は、1979年に行われたX線調査によって明らかになっていましたが、それは作家自身が塗りつぶしたものと考えられてきました。しかし、修復プロジェクトの過程でフェルメールの死後、第三者が上塗りしたものだったと判明したそうです。

専門家チームは本作を、フェルメールのアトリエから出された1658年頃に近い状態に戻すことを決めました。そして修復後、まずドレスデン国立古典絵画館でお披露目されたのち、世界に先駆けて本展で公開されることになったのです。

画中画に描かれた愛の神であるキューピッドは、嘘や欺瞞を象徴する仮面を踏みつけながらどことなく誇らしげな表情を浮かべています。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

展示解説によれば、このキューピッドの原型は当時流行していた寓意図像集にあるそう。内包する意味は「誠実な愛は嘘や偽善に打ち勝つ」ということで、女性の読んでいる手紙が恋文であることは明らかであり、寓意に関連づけたメッセージも受け取ることができるとか。

本作の隣には修復前の複製画が展示されているので、違いを見比べて楽しめます。

修復前の女性はどこか感情の読み取れないミステリアスな印象で、憂いや落胆といった少し陰鬱な気配も受け取れましたが……。ラブレターを前提に修復後の本作を鑑賞してみると、頬の赤らみが目につきますし、そっと落とされた眼差しには手紙の相手への深い思いがにじんでいるような気がして、かなり見え方が変わりました。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

また、経年劣化により変色したニスや汚れが取り除かれ、画面全体が明るくなっている点にも注目です。壁の白が顕著ですが、窓枠のフェルメールブルーや画面手前に広がるタペストリーの赤も鮮やかになっています。女性の金髪などに見られる、フェルメールの得意とするポワンティエ技法(光の反射する場所やハイライトを白い点で描写する技法)による光の表現も、より美しく輝くかのようでした。

カーテン、タペストリー、窓枠、椅子、画中画に囲まれた女性の立ち姿のバランスは計算されつくしていて、画面がごちゃつくことなく奥行きが強調された印象です。キューピッドがカーテンを開けて、こっそり女性の姿をのぞかせてくれるように配置されているのも面白いですね。

 

ところで、画面の4分の1ほどを占める画中画が出現したことで、画面が狭くなったように感じるのは仕方のないことかなと考えていたところ……実は修復前と修復後で、本当に画面が狭くなっていることに気づきました。画面の上下左右、四辺とも少しずつ端が見えなくなっているのです。

上辺を見ると、修正前はカーテンレールの上に空間が続いていますが、修正後はまるごとなくなっています。
【上】ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》(部分)2001年 個人蔵 /
【下】ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

なぜ? と公式図録をチェックしてみると、どうやら四辺も第三者による上塗りと発覚したため取り除いてしまったようです。もともと、その部分は未完成というか、塗りつぶしてしまったワイングラスの消し残しやただの濃淡のムラがあるばかりだったそう。

ドレスデン国立古典絵画館の上席学芸員であるウタ・ナイトハルト氏は、四辺は本来額縁で隠されていたのではないか。錯視効果を高める目的で、カーテンレールの上部など現在は欠けているように見える要素が額縁に直接描かれていたのではないか、と推測していました。

真相はわかりませんが、いずれにせよ、長年愛されてきた《窓辺で手紙を読む女》が劇的な変身を遂げたことに変わりありません。修正前の絵のすっきりとした雰囲気が好きという方は今回の修復に複雑な思いがあるかもしれませんが、実物を見れば、喪失感だけでなく蘇った傑作の新たな魅力もきっと見つけられるはず。

なぜキューピッドは消されてしまったのか?

修復プロジェクトに関する映像

本展では大きくスペースを使って、修復プロジェクトの全容を解説パネルや修復中の様子を収めた映像などで詳しく紹介しています。顕微鏡を覗きながら解剖刀で少しずつニスや汚れを取り除いていく作業のあまりの細かさには気が遠くなりそうで……。4年も費やした修復作業が、どれだけ細心の注意を払って行われていたのかが伝わる展示となっています。

修復プロジェクトに関する映像

そもそも、《窓辺で手紙を読む女》がなぜ、誰によってこれほどの改変を加えられたのかは興味が引かれるところですよね。しかし、それは大規模な調査を経た現在も謎のままだということです。

キューピッドの画中画が良好な状態であることから、保存上の理由ではなく、一時的な趣味や流行の変化といった美的配慮による手入れの可能性があるそう。なんと軽率なことかと、現在の我々の感覚からすると恐れおののくばかりですが、当時のフェルメールは今ほど有名ではなかったそうで……。

実は、本作が1742年にドレスデン国立古典絵画館の基礎となったザクセン選帝侯のコレクションに加わった際には、フェルメールではなくレンブラント・ファン・レインの作品だと見なされていたとか。ヨーロッパで絶大な人気を誇っていたレンブラントの作風に寄せるために画中画が消されたのでは? という見方もあるようです。

アントン・ハインリヒ・リーデル《窓辺で手紙を読む女性(フェルメールの原画に基づく)》1783年 ドレスデン版画素描館蔵

同スペースでは、1783年、1850年頃、1893年、1907年頃と、制作された年代の異なる《窓辺で手紙を読む女》の4点の複製版画についての紹介も。その展示解説によれば、《窓辺で手紙を読む女》の作者であると誤認された人物はレンブラントだけでなく、時代によりレンブラントの弟子のホーファールト・フリンクだったり、ピーテル・デ・ホーホだったりと紆余曲折。フェルメールの作品だと認められたのは1862年だというから驚きです。あちこち改変されて、作者がコロコロ変わってと、なにかと不遇の作品だったことがわかりました。

17世紀オランダの黄金時代を彩った珠玉の絵画たち

ヤン・ステーン《ハガルの追放》1655-57年頃
ワルラン・ヴァイヤン《自画像》1645年頃
ハブリエル・メツー《鳥売りの男》1662年
ヘンドリク・アーフェルカンプ《そりとスケートで遊ぶ人々》1620年頃
ヤーコプ・ファン・ライスダール《城山の前の滝》1665-70年頃

17世紀のオランダといえば、ヨーロッパのなかでもいち早く市民社会を実現させた国であり、絵画のパトロンの多くは教会や王侯貴族ではなく市民でした。大仰な歴史画ではなく私邸で日常的に親しめる小ぶりな風俗画(室内画)が好まれ、それまで宗教画や歴史画のわき役だった風景や静物を主役にした風景画、静物画もジャンルの一つとして確立。社会的地位の向上を反映する肖像画も目覚ましい発展を遂げました。

ごく細部にまで及ぶ写実的な描写と、ときに象徴的な絵画的レトリックを用いながら、オランダの生活や文化をリアルに、もしくは現実を凌駕するリアリティで描き出す。まさに絵画の黄金時代と呼ぶにふさわしい豊かな絵画表現が花開いた時期です。

本展では、そんな17世紀オランダ絵画の黄金時代を彩る、フェルメールと同時代に活躍したレンブラント、ハブリエル・メツー、ヤーコプ・ファン・ライスダールなど、ドレスデン国立古典絵画館所蔵の絵画約70点を展示しています。

レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》1633年

レンブラントをはじめとする肖像画の多くは、巧みな光と影の描写が目を引きます。

レンブラントが自身の妻を描いたとされる《若きサスキアの肖像》は、古代風の衣装や顔の上半分に差す影などから、一般的な肖像画というよりは架空の頭部習作である「トローニー」だと考えられているとか。レンブラントらしいスポットライトを当てたようなダイナミックな明暗描写で、怪しげな微笑みがより一層ミステリアスに映ります。真夜中にこの絵を見てしまったら怖くて眠れなくなりそうです……。

ミヒール・ファン・ミーレフェルト《女の肖像》制作年不詳

《女の肖像》を描いたミヒール・ファン・ミーレフェルトは、オランダのデルフトで最も人気と影響力のあったとされる肖像画家。彼に肖像画を書いてもらうことは大変な名誉であると、貴族や裕福な市民から多くの依頼を受けていたとか。

《女の肖像》に描かれているのは裕福な貴族の女性で、凛とした立ち姿と眼差しが印象的です。白い襞襟のつややかさや透明感の表現にも唸りますが、注目してほしいのは肌の色つやと質感! 上品でありながら生き生きと輝くようで、当時の人気も納得できる魅力にあふれています。

ヘラルト・ダウ《歯医者》1672年
ヘラルト・テル・ボルフ《手を洗う女》1655-56年頃
ピーテル・ファン・スリンゲラント《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》1673年

風俗画、特に室内画においては、日常生活の正確な観察にもとづいた精緻な作品が並びます。その多くは同時に、ピーテル・ファン・スリンゲラントの《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》のように、教訓や寓意を示す描写により深い芸術性を作品に持たせています。一見すると少し風変わりな売買の場面を描いているようでも、実は手渡しする鳥や片側だけの靴の描写が、売春の仲介・性交の誘いといったニュアンスを忍ばせている……というふうに。

自分の感性のまま味わうのもいいですが、それらの示す意味を汲み取りながら知的に鑑賞するのも面白そうですね。

エフベルト・ファン・デル・プール《夜の村の大火》1650年以降

18.5×23.5cmと非常に小さく目立ちませんが、エフベルト・ファン・デル・プールの《夜の村の大火》はあまり見かけない「火事」を扱った風俗画です。ファン・デル・プールは画家仲間と娘を火災で亡くした経験から、人生を通して火事・火災の作品制作に情熱を注いだ人物。夜半、燃えさかる家の前で家族や家財を守ろうとする人々を、唯一の光源である炎が照らしています。炎への畏怖の念や無常観がにじむ、引き込まれる作品です。

メルヒオール・ドンデクーテル《羽を休める雌鳥》制作年不詳
ワルラン・ヴァイヤン《手紙、ペンナイフ、羽根ペンを留めた赤いリボンの状差し》1658年
ヤン・デ・ヘーム《花瓶と果物》1670-72年頃

静物画では、当時高価だった2種のチューリップを織り交ぜたヤン・デ・ヘームの《花瓶と果物》がとびぬけて存在感を示していました。

本作は、豊かな装飾性と美的洗練を備えた静物を求める17世紀後半のコレクターたちの要望に応えたもの。明暗や色彩の力強いコントラストもすばらしいですが、花や葉の上のしずく、花瓶に映り込んだ窓、果物の光沢……。画家自身の精密すぎる観察眼と、観察したものを完璧に再現できてしまう超絶技巧には感服するほかありません。

ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ
ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ

なお、本展はオランダ生まれのミッフィーとコラボしています。展覧会オリジナルグッズとして、2種のぬいぐるみやシーリングワックスセットなど「手紙」をテーマにしたさまざまな商品が展開されていました。ファンの方はお見逃しなく!

「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」開催概要

会期 2022年2月10日(木)〜4月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開室時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
※金曜日は9:30~20:00
休室日 月曜日(※3月21日は開室)、3月22日(火)
入場料 一般 2100円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1500円
※本展は日時指定予約制です。詳しくは展覧会公式サイトチケットページでご確認ください。
https://www.dresden-vermeer.jp/ticket/
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、 産経新聞社、 フジテレビジョン
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.dresden-vermeer.jp

 

記事提供:ココシル上野


その他のレポートを見る

04. 講演記録集はこちら

「江戸から学ぶ」とは

江戸の昔から続く伝統行事、神社仏閣、名所旧跡等を数多く擁する台東区。上野や浅草をはじめとしたまちと、そこに住む人々の暮らしの中には、今もなお、江戸のこころと文化が息づいています。
江戸から明治へと時代が変わり、東京が誕生して150周年の節目を迎えた平成30年。本区に色濃く残る江戸文化の魅力に理解を深め、未来を拓く知恵やこころを学ぶことができるよう、『講演会シリーズ「江戸から学ぶ」連続講座』を開催しました(令和3年度終了)。

 

電子書籍 講演会シリーズ「江戸から学ぶ」講演記録集

『講演会シリーズ「江戸から学ぶ」連続講座』の内容をまとめた講演記録を電子書籍でご覧いただけます。

 

(1)「講演会シリーズ『江戸から学ぶ』講演記録集 壱」
平成30年度に開催したキックオフイベント及び第1~7回までの内容をまとめた講演記録集です。

▸ 電子書籍版
▸ PDF版ダウンロード(13.71MB)
▸ 郵送希望の方はこちら

(2)「講演会シリーズ『江戸から学ぶ』講演記録集 弐」
令和元年度に開催した第8~12回、番外編第1回などの内容をまとめた講演記録集です。

▸ 電子書籍版
▸ PDF版ダウンロード(17.25MB)
▸ 郵送希望の方はこちら

(3)「講演会シリーズ『江戸から学ぶ』講演記録集 参」
令和3年度に開催した第13~17回、番外編第2回及びクロージングイベントの内容をまとめた講演記録集です。

▸ 電子書籍版
▸ PDF版ダウンロード(18.68MB)
▸ 郵送希望の方はこちら

◆過去の講演会一覧

過去の講演会につきましてはこちらをご確認ください。


◆講演会記録映像の配信について

「YouTube 台東区公式チャンネル」で以下の講演会についてダイジェストをご覧いただけます。

キックオフイベント(平成30年5月27日実施)
江戸の音を観る・谷中編(令和元年11月10日実施)
江戸の音を観る・奥浅草編(令和3年10月3日実施)
クロージングイベント(オンライン配信)


お問い合わせ

台東区文化振興課
TEL.03(5246)1153

特別展「ポンペイ」会場レポート。2000年前に滅んだ古代都市の実像に迫る(東京国立博物館で~2022年4月3日まで)

東京国立博物館
会場風景

かつてイタリア南部に存在し、約2000年前、火山の噴火により住民ごと姿を消したローマ帝国の都市・ポンペイ。その繁栄や人々の暮らしを約150点の出土品などで紹介する特別展「ポンペイ」が、東京・上野の東京国立博物館 平成館で開催中です。会期は2022年1月14日(金)~4月3日(日)。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加しましたので、会場の様子や展示作品をレポートします。

※キャプションに特別な記載のない作品はすべてナポリ国立考古学博物館の所蔵品です。

日本初公開を含む約150点の名品を紹介!

会場風景
会場風景、《猛犬注意》(1世紀)

約1万人が暮らし、ワインやオリーブ油の生産に適した風光明媚な土地だったローマ帝国の地方都市・ポンペイ。紀元後79年、街の北西にあるヴェスヴィオ山で大規模な噴火が起こり、一昼夜にしてすべてが埋没してしまった悲劇の街です。

東西1600m、南北800mほどの広さをもつその遺跡は、18世紀に本格的な発掘が開始されるまでのおよそ1700年もの間、都市の賑わいを当時のまま眠らせたタイムカプセルのような存在。古代ローマ都市の姿を知ることができる貴重な資料の宝庫として、現在も精力的な発掘調査が続けられています。

特別展「ポンペイ」は、ポンペイから出土した多くの優品を所蔵するナポリ国立考古学博物館の全面協力のもと、同館が誇るモザイク画、壁画、彫像、日用品など、日本初公開を含む約150点を展示するもの。2000年前に繁栄した都市と、そこに生きた人々の息吹を感じられる貴重な展覧会となっています。

次からは、本展の序章〜5章にわたる展示内容を紹介していきます。

序章:ヴェスヴィオ山噴火とポンペイ埋没

序章、エントランス

序章ではヴェスヴィオ山噴火前後の様子を紹介しています。本展には高精細映像の巨大ディスプレイがいくつか展開されていますが、特に序章の噴火CG映像は大迫力。どのようにポンペイの街が飲み込まれたのかがリアルに描写され、多くの活火山を有する日本に住む人間としては心を揺さぶられるものがありました。

《女性犠牲者の石膏像》(79年/1875年)

すぐ横には《女性犠牲者の石膏像》の展示も。固まった火山灰には時折、有機物が分解されたことによる空洞が生まれ、そこに石膏を水で溶いたものを注ぐと人間の遺体などの石膏像が出来上がるとか。遺体が入っているわけではないのに生々しい存在感があります。

《バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山》(62~79年)

また、噴火前のヴェスヴィオ山を描いた唯一の作例とされるフレスコ画《バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山》では、大きく変形する前の山の姿を確認できます。とても希少な資料なのですが、どうしても山より全身をブドウに包んだローマ神話のワインの神・バックスのシュールさに目が引き寄せられてしまいます。

第1章:ポンペイの街―公共建築と宗教

第1章ではポンペイのフォルム(中央広場)、劇場、円形闘技場、浴場、運動場といった公共施設にまつわる作品や、宗教と信仰に関連した作品を紹介してします。

《辻音楽師》(前1世紀)
ポリュクレイトス《槍を持つ人》(前1~後1世紀、オリジナルは前450~前440年)

本展のメインビジュアルに採用された、当時の演劇人気をうかがわせるモザイク画《辻音楽師》や、西洋美術の人体表現に大きな影響を及ぼしたポリュクレイトスの《槍を持つ人》の大理石模刻など見どころが満載!

《ビキニのウェヌス》(前1~後1世紀)

沐浴する直前のサンダルを脱ぐ美の女神・ウェヌスを表現した《ビキニのウェヌス》は装身具の金彩が美しいです。ウェヌスはポンペイの守護神で、街には神殿も建てられていたそうですが、こちらの大理石像は邸宅の広間で飾られていたとのこと。

《水道のバルブ》(1世紀)

また、目立ちませんが驚くような展示としては、ポンペイで広く使われていたという水道のバルブを推したいところ。調べてみると日本の歴史で本格的に水道が登場するのは16世紀ごろということですから、古代ローマ人がいかに水力学の分野で高い技術水準に達していたのかがわかります。

第2章 ポンペイの社会と人々の活躍

《ブドウ摘みを表わした小アンフォラ(通称「青の壺」)》(1世紀前半)
《書字板と尖筆を持つ女性(通称「サッフォー」)》(50~79年)

第2章では、ポンペイの街で暮らした裕福な市民たちの暮らしぶりを伝える生活調度品や装飾品といった出土品を展示。そこからはビジネスの才覚でのし上がった低い出自の女性や解放奴隷などの資産家の存在も浮かび上がり、貧富の差が激しかった古代ローマ社会の意外な流動性がうかがえます。

《賃貸広告文》(62~79年)

面白いのは、この何やら大きく文字が書かれた岩のようなもの。実はこれ、邸宅の外壁に書いた賃貸広告文なんですって。私たちもよく街で見かける「入居者募集!」の広告と同じものだと思うと、「本当にそこで生きていたんだ」という実感が一気にわいてきます。

広告文には次のように書かれているそう。「スプリウス・フェリクスの娘ユリアの屋敷では、品行方正な人々のための優雅な浴室、店舗、中2階、2階部屋を、来る8月13日から6年目の8月13日まで、5年間貸し出します。S.Q.D.L.E.N. C.(後略)」

不動産賃貸業をたくみに経営したこのユリア・フェリクスも、仕事の才覚で富裕層になった聡明な女性の好例とのこと。

第3章:人々の暮らし―食と仕事

第3章では、食生活を知るための台所用品や食器類、出土した食材などを展示。また、医療用具、画材、農具、工具など、ポンペイの住民が使っていた仕事道具を紹介し、 ポンペイに生きた人びとの日常生活にフォーカスしています。

《パン屋の店先》(50~79年)

ポンペイには30軒ほどのパン屋や、テイクアウト可能な料理屋があり手軽に食事をとることができたそう。フレスコ画《パン屋の店先》には円盤状のパイのような形をしたパンが描かれていますが、なんと絵に描かれたそのままのパンが遺跡から発掘され、本展に出品されています。

《炭化したパン》(79年)

炭化したパンがこれほどふっくらと形が保たれるのかと感動。これは「パニス・クアドラトゥス」と呼ばれる典型的なパンで、焼く前にナイフで放射線状の切れ目を入れて分けやすいようにしていたとか。

《仔ブタ形の錘》(1世紀)

調理器具や秤といった日用雑貨でも、少し目を凝らすと洗練された装飾が施されているものが多いのがわかります。なかには動物をモチーフとした作品もあり、錘(おもり)は仔ブタの形になっているのがユーモアが効いていてフフッと笑えました。

第4章:ポンペイ繁栄の歴史

「悲劇詩人の家」の一部再現展示

第4章は本展のハイライトです。ポンペイ繁栄の歴史を示す3軒の邸宅「竪琴奏者の家」「悲劇詩人の家」「ファウヌスの家」の一部を会場内に再現! モザイク画や壁画の傑作を鑑賞しながら、2000年前の邸宅の雰囲気を感じられる展示空間になっています。

《踊るファウヌス》(前2世紀)
《葉綱と悲劇の仮面》(前2世紀末)

なかでも傑出しているのは、紀元前2世紀ごろに建てられ、ローマ化以前のヘレニズム文化の豊かさを現代に残した「ファウヌスの家」の展示。一つの街区すべて(約3,000㎡)を一軒で占めていたというポンペイ最大の邸宅です。ここでは「ファウヌスの家」の由来である牧神ファウヌスの躍動的なブロンズ像《踊るファウヌス》や、オプス・ウェルミクラトゥムと呼ばれる細密技法で作られた美しくも恐ろしい床モザイク《葉綱と悲劇の仮面》などを鑑賞できます。

「ファウヌスの家」の一部再現展示
「ファウヌスの家」の一部再現展示、床には《アレクサンドロス大王のモザイク》複製も。

また、この「ファウヌスの家」の談話室で発見されたのが、かの有名なモザイク画の傑作《アレクサンドロス大王のモザイク》。アレクサンダー大王率いるマケドニア軍が、ダレイオス3世率いるペルシア軍に勝利した「イッソスの戦い」を描いたこの作品は、残念ながら現在も修復作業中ですが、本展では原寸大の8K高精細映像で楽しめます。ディスプレイ前の床にも同作の複製が敷かれ、当時の家人気分で踏んで歩くこともできました。

第5章:発掘のいま、むかし

《綱渡りのサテュロス》(前15~後50年)
《ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)(前27~後14年頃)ノーラ歴史考古学博物館蔵

かつての発掘調査は美術品を獲得するための「宝探し」的な意味合いが強かったものの、現在では発掘以上に遺跡や出土物の保護が重要視されているそう。エピローグとなる第5章では、初期に発掘された《綱渡りのサテュロス》や東京大学の学術調査隊の代表的な発掘品である《ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)》などを展示しながら、18世紀から現在に至るポンペイ遺跡発掘の歴史を振り返ります。

締めくくりの最新情報として、《アレクサンドロス大王のモザイク》の現在進行中の修復作業についてもドキュメンタリーの映像で紹介されていました。

ポンペイくんと記念撮影できるかも?

なお、本展は太っ腹なことに個人利用に限り写真撮影OK! それに関連して、展覧会の公式Instagram(@pompeii2022)ではモデルのAMONさん扮する「#ポンペイくん」と一緒に、会場内の“映える”おすすめ撮影スポットをご紹介する企画を進めるとのこと。ポンペイくんは会期中、会場に出現することもあるそうですよ。

ミュージアムショップの様子
ミュージアムショップの様子

ミュージアムショップでは本展オリジナルグッズが多数展開されていますが、なんと前述の《炭化したパン》のクッションなども登場。ひび割れ表現になんともいえない風情があります。また、ポムポムプリンとのかわいいコラボグッズも! 古代ローマ風にお色直ししたプリンちゃんのここでしか買えない限定商品、ファンの方はぜひお見逃しなく。

キャッチコピーである「そこにいた。」という言葉の意味を肌で感じ取れるすばらしい展覧会でした。
特別展「ポンペイ」の開催は2022年1月14日(金)から4月3日(日)まで。ぜひ皆さんも、2000年の時を超えてなお生き生きとした存在感を放つ作品群を通じて、ロマンあふれる古代の空気に浸ってみてはいかがでしょう。

特別展「ポンペイ」開催概要

会期 2022年1月14日(金)~4月3日(日)
会場 東京国立博物館 平成館
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※3月4日以降の金・土・日・祝日は午後6時まで
休館日 月曜日、3月22日(火)※ただし、3月21日(月・祝)、3月28日(月)は開館
観覧料 一般 2,100円、大学生 1,300円、高校生 900円
※本展は事前予約(日時指定券)推奨です。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 東京国立博物館、ナポリ国立考古学博物館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://pompeii2022.jp/

※記事の内容は2022/1/20時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますのでご注意ください。

 

記事提供:ココシル上野


その他のレポートを見る

【書道博物館】「没後700年 趙孟頫とその時代」会場レポート これから書道を始めたい方は必見!美麗な書が続々

台東区立書道博物館

モンゴル民族が支配する元王朝に仕えながらも、漢民族の伝統文化の継承に生涯をかけ、中国書画史に多大な功績を残した書の大家・趙孟頫ちょうもうふ(1254-1322)。その没後700年を記念して、台東区立書道博物館では特別展「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」が開催されています。

書道博物館の主任研究員である中村信宏さんに本展をご案内いただきましたので、会場の様子や展示内容についてレポートします。

会期:2022年1月4日(火)~2月27日(日)
期間中、一部の作品の展示替え、場面替え等が行われます。
前期:1月4日(火)~30日(日)、後期:2月1日(火)~27日(日)

東京国立博物館との連携企画です
※掲載している写真は特別な許可を得て撮影したものです。
※展示室の照明の関係で写真が全体的に暗めです。ご了承ください。

主任研究員の中村信宏さん
展示風景
展示風景

「書聖」王羲之の書法の伝承者・趙孟頫

趙孟頫ちょうもうふは、南宋時代の末期に宋の太祖(王朝の創始者)の11代目の子孫として生まれた、書画の分野で活躍した文人です。26歳で母国が滅ぼされる憂き目に遭いますが、33歳でモンゴル族が統治する元王朝に招聘され、要職を歴任しました。

漢民族王朝である宋の皇族出身でありながら、異民族王朝の元に仕えるとはなんと無節操なことか、と当時でも後世でも多くの非難を集めたそうです。しかし、趙孟頫は出世欲やお金のために元に仕えたのではありません。後述する王羲之おうぎしの書法をはじめとした漢民族の伝統文化を守り、継承することを自らの使命として、たとえ汚名を被るとしても権力をもつことを選んだのだと考えられています。

本展では、そんな使命感をもった趙孟頫がどのように書を学び、書き、それが後世に伝わっていったのかを、紙幣や印章などの時代背景がわかる関連資料を含めた約50点の作品で紹介しています。

「偽造したら死刑」と書かれた、元時代に流通していた紙幣。中統元宝交粧鈔ちゅうとうげんほうこうしょう 元時代・中統元年(1260) 前期のみ展示

趙孟頫の作品を詳しく見ていく前に、まず彼が傾倒し、よく学んだ書家として真っ先に名前が挙がる東晋時代の貴族、王羲之おうぎし(303-361)について簡単に紹介します。

書聖、つまり書の神様と呼ばれる王羲之は、実用一色だった書の世界に感情表現を持ち込んだことで書を芸術の域へと高めた、中国の書道史で最も有名な人物。その書は平明で普遍的な美しさをもち、今日に至るまで書法の最高の規範とされています。

趙孟頫が元王朝で働き始めたころ、大都では王羲之の存在感が薄れ、書の改革派だった中唐時代の顔真卿がんしんけい(709-785)が崇拝されていたといいます。趙孟頫は漢民族の文化、なかでも自らのルーツである中国南方の文化の灯を絶やすまいと、同じルーツをもつ王羲之の書法を身につけ、それを規範とする復古主義を掲げました。王羲之由来の古典の筆法や形に原点回帰した作風は、宋時代以来の書の流れを大きく転換させたそうです。

王羲之は肉筆が現存しておらず、臨書や拓本などから筆跡をたどることしかできません。つまり、実質的に王羲之書法の継承者である趙孟頫は、王羲之にアプローチするうえでは欠かすことのできない重要な存在であり、逆もまた然りということ。

当然、趙孟頫を扱う本展では多数の王羲之の書が紹介されています。


定武蘭亭序ていぶらんていじょ韓珠船本かんじゅせんぼん― 王羲之筆 原跡:東晋時代・4世紀 前期のみ展示

上の写真は王羲之の書の中でも最高傑作と名高い「蘭亭序らんていじょ」の数ある複製のうち、定武ていぶ本と呼ばれるもの。中村さんは本作について「無駄な肉をそぎ落とし、静かな趣の中に確かな強さが存在します。上品な書きぶりでいかにも当時の貴族が書きそうな文字です」と話します。

他の「蘭亭序」は派手な筆遣いが見られますが、一番静かで王羲之の神髄に迫っているのが定武本だと評価されていて、趙孟頫も特に定武本を尊重していたそう。

絳帖こうじょう 潘師旦ばんしたん編 北宋時代・11世紀頃

こちらは「絳帖こうじょう」という法帖(お手本帖)に収録された王羲之の書ですが、700年前には実際に趙孟頫が持っていたものなのだとか。その証拠に趙孟頫の号である「松雪」の印が押してありますので、実物をご覧の際は探してみると楽しいかも。

2枚展示されているうちの1枚には、たくさんの所有印が押されています。 絳帖 潘師旦編 北宋時代・11世紀頃

ちょっと主題からは反れますが、本作に限らず貴重な作品であっても所有印を遠慮なく押してしまうのって、現代の日本人の感覚からするととても大胆なことですね。来歴や感想などを書き記す「ばつ文」もいろいろな書の空きスペースに残されていて、不思議な気持ちになりました。

掲載NGでしたが、同じく趙孟頫が所持していた、道教の経典を王羲之が小楷(細字の楷書)で書いた「黄庭経こうていきょう」の法帖も必見です。王羲之が書聖として扱われている理由が一目で理解できる調和のとれた上品な字姿は、肉筆でなくとも十分見入ってしまうものでした。

どこを見ても美しい字しかない!趙孟頫の世界を堪能

さて、ここからは本題の趙孟頫の作品を紹介していきます。

「どこからどう見てもきれいな字しかないので、初めて書を学びたい、何から学ぼうかなと考えている方は必見です」と中村さんが力説する本展ですが、まさにその言葉通りの内容となっていました。

蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ 趙孟頫筆 原跡:元時代・至大3年(1310)

先ほど紹介した定武本の「蘭亭序」と王羲之について、趙孟頫がつらつらと思いを認めた「蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ」は本展の目玉のひとつ。本作の魅力を中村さんは「展示されている前半4ページが『蘭亭序』を趙孟頫が臨書したもの、後半4ページが趙孟頫の跋文なのですが、どこが境目かわからず、すべて蘭亭序に見えてしまう。いかに趙孟頫が王羲之の書法を目指し、それに肉薄したかがよくわかります」と話します。

前半は王羲之の字の臨書。 蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ 趙孟頫筆 原跡:元時代・至大3年(1310)
後半は趙孟頫の字。 蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ 趙孟頫筆 原跡:元時代・至大3年(1310)

まさに、言われるまで筆者は臨書と跋文が書かれていることに気づきませんでした。画数が多い字は特に字形も雰囲気も似ている気がします。

跋文には「数ある『蘭亭序』のなかでも定武本が最上である。字の形は時代によって変わるが、筆づかいは千年前も変わることがない。古法を一変させた王羲之の書からは雄秀の気(卓越した趣き)が自然と出ている。まさに師法とすべきなのだ」ということが書いてあるそう。王羲之への深い尊敬の念が伝わってきますね。

なお、部分的に焼失してしまっていますが、本作の肉筆は東京国立博物館の展示で見ることができます。

過秦論かしんろん (玉煙堂帖ぎょくえんどうじょう 所収)  趙孟頫筆 原跡:元時代・至元28年(1291) 前期のみ展示

過秦論かしんろん」や「楷書漢汲黯伝冊かいしょかんきゅうあんでんさつ」といった、小楷で端正にキリッと書かれた作品からは、趙孟頫の尋常ならざる鍛錬の片鱗がうかがえました。人はこれだけ整った字を、これだけ整然と書けてしまうものなのかと圧倒されるばかり。

趙孟頫の小楷を見ていると、彼のなかには文字の確固たる正解の形があって、それを寸分の狂いもなく正確に出力できるのだなと考えてしまいます。その域に至るまでどれだけの研鑽を積んだのでしょう。中村さんによれば、趙孟頫は1日に1万字(!)も書いていたということで、さもありなん。

ちなみに趙孟頫の楷書は清時代に流行し、科挙(高難易度の官僚登用試験)においては、趙孟頫に寄せた楷書で答案をつくると点数がプラスになったこともあるとか。そう扱われるのも納得の美しさでした。

掲載NGでしたが、特に肉筆の「楷書漢汲黯伝冊」は、拓本では表現しきれない細~~~いカミソリのような書きぶりが確認できて、呼吸も許されないような緻密な筆運びにこちらが息を忘れてしまいます。

真草千字文 しんそうせんじもん(渤海蔵真帖ぼっかいぞうしんじょう所収)  趙孟頫筆 原跡:元時代・13~14世紀 前期のみ展示

こちらは「千字文せんじもん」といって、子供に漢字を教えるときなどに手本として使われた、250の4字句からなる千字の長詩です。楷書と草書を並べて書くもので、趙孟頫も「千字文」で学び、大家の義務として自らも「千字文」を残しました。草書に精通していない筆者でも、この草書の一画一画から漂う気品には感じ入るものがあります。

ところで、書の大家ということで、鑑賞前はなんとなく「これぞ趙孟頫!」とはっきり言える文字の特徴があるのかなと想像していました。しかし鑑賞してみると、王羲之に追従しているだけあり均整の取れた美しさはすばらしいですが、それ以外にはあまり特徴がないような……?

きれいなだけ? といまいち趙孟頫の大家「らしさ」が分からずにいる筆者に、中村さんは次のように教えてくれました。

「確かに趙孟頫の書の一番の特徴は美しさ。誰が見ても美しいので初心者でも入りやすいですが、大したことない、誰にでも書けそうと軽く見られがちです。しかし、実際に書いてみて初めて計算された美しさだというのが分かるんです。ちょっとでも点画がずれると一気に崩壊が始まる、それも特徴といってもいいかもしれません」

蘇軾次韻潜師詩そしょくじいんせんしし(三希堂帖所収)  趙孟頫筆 原跡:元時代・大徳10年(1306) 前期のみ展示

その話を聞いてからあらためて鑑賞したのが、こちらの「蘇軾次韻潜師詩そしょくじいんせんしし」。趙孟頫が師と仰ぐ中峰明本ちゅうほうみんぽんを訪れた際に書いた作品です。楷書、行書、草書と書体を混ぜ合わせ、即興でササっと書かれたものということですが、抜群に全体のバランスが取れていることに驚きます。

文字によって線の太い細い、形の大きい小さいなど、一部を見ていると凸凹した印象を受けるのに不思議なもの。これも「計算された美しさ」の一端ということでしょうか。

「全体がまとまっていることが大切なのです。一見バラバラに見える文字でも、すべて違和感なくまとめる。卓越した技術が必要ですが、それができるのが大家というものです」と中村さん。

なるほど……! すごさがやっと少しだけ理解できました。ぜひ皆さんもその点に注目して展示を回ってみてください。

このほか、江戸時代に水戸藩に伝わった名品や、画家としても優れていた趙孟頫の「伯楽図」を狩野派の狩野中信が模写した作品など、日本における趙孟頫の人気が伝わる展示もありました。

超貴重な趙孟頫の弟の書も!

楷書謝賜御書詩表巻かいしょしゃしごしょしひょうかん  蔡襄さいじょう筆 北宋時代・皇祐5年(1053)

時代性を表すものとして面白い展示作品も。北宋時代の官僚である蔡襄さいじょうが皇帝に奉った「楷書謝賜御書詩表巻かいしょしゃしごしょしひょうかん」です。間の取り方や端正な字姿も見どころなのですが、注目は宋の四大家の一人、米芾べいふつが書き加えた跋文。米芾は長年この書を拓本でしか見たことがなく、40年経ってついに肉筆が見れたということで、その記念として跋文を記しているのです。

皇帝に仕えた書の大家さえ40年。当時、有名人の肉筆の書と出会うチャンスがどれだけ貴重だったのかが分かりますね。楷書で「四十年」とそのまま書いてあって見つけやすいので、万感の思いが詰まった書をぜひ鑑賞してみてください。

趙孟籲ちょうもうゆの跋文が見られる。 楷書謝賜御書詩表巻 蔡襄筆 北宋時代・皇祐5年(1053)

なお、本作には複数人が跋文を書いていて、その中には趙孟頫の親友・鮮于枢せんうすうや弟・趙孟籲ちょうもうゆの文字も。趙孟籲の文字は大変珍しいそうなのでお見逃しなく。


書には明るくなく、書いてある内容も読み取れない人間が楽しめるか不安だった本取材ですが、「何時間でも鑑賞していられるな」とすっかり魅力にハマってしまいました。

今回の取材は前期展示が鑑賞できるタイミングで行っていて、2月1日(火)から始まる後期展示では作品の顔ぶれがかなり変わるようです。後期は出展数が数点増えているのでさらに楽しめそう。 詳しい出展作品はこちらのページの一覧でご確認ください。

ちなみに、筆者は連携企画を行っている東京国立博物館の展示にも足を運んでみました。趙孟頫という個人に焦点を当てた書道博物館の展示と比較して、東京国立博物館はより時代全体の雰囲気を俯瞰できる書や画が楽しめる内容になっています。あわせてご鑑賞ください。

本展に足を運べば、少し前にTwitterで話題になったユニークな注意書きも見られます。

■特別展「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」開催概要

会期 2022年1月4日(火)〜2月27日(日)
会場 台東区立書道博物館
開館時間 午前9時30分~午後4時30分(入館は午後4時まで)
休館日 月曜日(祝休日と重なる場合は翌平日)、特別整理期間等
観覧料 一般 500円(300円) 小、中、高校生 250円(150円)
※詳細は公式サイトをご確認ください。
展覧会公式ページ https://www.taitocity.net/zaidan/shodou/oshirase/news/2113/

その他のレポートを見る