【取材レポート】新作102点、初公開!「横尾忠則 寒山百得」展が東京国立博物館で開催中。何物にも囚われない新境地をみる

東京国立博物館
左から《2023-01-15》、《2023-01-14》 いずれも2023年

東京・上野の東京国立博物館 表慶館では、2023年9月12日から「横尾忠則 寒山百得」展が開催中です。(会期は12月3日まで)

伝統的画題として知られる中国の風狂の僧を、現代美術家・横尾忠則さんが独自の解釈で再構築した「寒山拾得」シリーズのうち、新作102点を一挙初公開しています。

※作品画像について……特別な記載のないものはすべて横尾忠則作、作家蔵です。

会場風景
会場風景
会場風景

脱俗の振る舞いで憧れの対象となった寒山拾得

寒山(かんざん)と拾得(じっとく)は、中国・唐時代に生きたとされる伝説的な二人の詩僧です。

高い教養を持つ文人にもかかわらず洞窟の中に住み、残飯で腹を満たし、常軌を逸した発言をするなど、奇行が目立つ自由でエキセントリックな存在として知られています。中国禅宗においてはその脱俗の姿や振る舞いが悟りの境地であるとしてもてはやされ、寒山は文殊菩薩、拾得は普賢菩薩の化身であると神聖視されるようになります。
中国や鎌倉時代以降の日本で、寒山拾得は伝統的な画題として多くの禅僧や文人たちによって描かれ、近代では森鴎外や夏目漱石の小説でも憧れをもって取り上げられてきました。

 

そんな寒山拾得をテーマした作品を、日本を代表する現代美術家・横尾忠則さん(1936-)が初めて発表したのが2019年のこと。江戸時代の奇想の画家・曾我蕭白の代表作《寒山拾得図》にインスパイアされたものでした。

以降、形を多様に変化させながら「寒山拾得」シリーズを集中的に制作。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの時期には外界との接触を避けながら、まるで寒山拾得の脱俗の境地のように、俗世から離れたアトリエで創作活動に勤しんだといいます。

左から《2023-01-15》、《2023-01-14》 いずれも2023年

今回展示されている「寒山拾得」シリーズの102点は、すべて本展のために描かれた未発表の新作です。

制作期間は2021年9月からの約1年。横尾さん自身が本展の報道発表会で「アーティストをやめてアスリートになろう(と考えた)」と語ったとおり、87歳とは思えないパワフルで挑戦的な精神のもと、ときには一日3点を描き上げたこともあるなど驚異のスピードで制作されました。

時空を超えて、イメージからイメージへ

《2021-09-21_2》 2021年
《2021-10-24》 2021年

寒山拾得は詩僧ということで、寒山は漢詩を記した巻物、拾得は寺の庭を掃くほうきを持つ姿が伝統的な表現ですが、横尾さんは独自の解釈で巻物をトイレットペーパーに、ほうきは掃除機に持ち替えさせているなど現代的なアップデートを加えてユーモラス。さらに、トイレットペーパーからの連想なのか、二人はマルセル・デュシャンの《泉》を思わせる便器に座っていることも。

会場を巡っていくと、各作品のタイトルが制作の年月日のみで統一され、解説のキャプションなどが一切ないことに気がつきます。

東京国立博物館 学芸研究部調査研究課長の松嶋雅人さんは、こうした展示は横尾さんの意向を反映した形だと話します。

「横尾さんご自身は、作品1枚1枚に何かメッセージを込めるとか、何かを伝えようとか、そういう意図は全くないとおっしゃっていました。頭で考えて描くという形ではなく、筋肉、肉体から湧き上がったものをキャンバスに置いてきた。それを自由に想像・解釈しながらご覧いただきたいというお考えです」

《2022-03-24》 2022年
《2022-05-01》 2022年

特定のモチーフが一連のフェーズを形成しているケースも多く、たとえばそれは「赤い布」です。

《2022-03-24》は赤い敷布の上でくつろぐ寒山拾得と女性が描かれていますが、これは明らかに19世紀フランスの画家エデュアール・マネの名画《草上の昼食》のパロディーでしょう。似たような構図で《2022-05-01》がありますが、こちらは同館が所蔵する国宝である江戸時代の絵師・久隅守景の《納涼図屏風》にそっくり。

左《2022-05-05》 2022年

その数日後に制作された《2022-05-05》では、アラビアンナイトのように赤い魔法の絨毯に乗って楽しげに空を飛びまわっています。そして《2022-05-28》を見ると、今度はまるでハリー・ポッターの世界。それぞれで勝手に飛びたくなったのか、赤い絨毯からほうきへ乗り換えていました。

《2022-05-28》 2022年

このように、横尾さんの寒山拾得像は次々にイメージからイメージが連想され、百面相のごとく変容していきます。

正面《2022-09-27》 2022年
左から《2022-11-03》、《2022-11-09》 いずれも2022年
《2022-08-14》 2022年
左から《2022-10-10》、《2022-10-16》 いずれも2022年

アルセーヌ・ルパンやドン・キホーテに扮したかと思えば、水墨山水画で描かれるような巨大な山のような体や、AIやロボットをイメージした無機質で幾何学的な形態にも変貌。女装したり、二人で一つに融合したり、もはやどこにいるのか判別できないほど風景に溶け込んだりと、やりたい放題している寒山拾得。

また、伝統的な画題である「四睡図」のように、寒山拾得だけでなく二人の師である豊干(ぶかん)禅師や虎と一緒にいたり、アインシュタインやエドガー・アラン・ポー、大谷翔平が顔を出したり。東京五輪、サッカーワールドカップといった世相を反映した作品もチラホラ……。

時間も場所も大きさも実在も架空もお構いなしに駆け巡る、自由自在な寒山拾得の物語がそこにはありました。

《2023-02-13》 2023年
《2022-01-26》 2022年

作家のもつ多面性が寒山拾得の姿を借りて飛びだしたかのような、これらの作品の多様性は、横尾さん本人が表現するところの「肉体脳」によるもの。

様式や拘りに囚われず、肉体の開放にまかせるまま筆を運ばせた結果として生まれたものです。昨日と今日とで変化する生理であるとか、その日に視界に入ったものであるとか、そのときどきの作家の肉体的発露はどこか日記的にも感じられました。

肉体的不自由さから獲得した「朦朧体」で、自由な新境地をひらく

会場風景

柔らかく優しいタッチの描写が多いですが、横尾さんはこの描画スタイルを「朦朧体」と呼んでいます。

朦朧体は本来、明治時代に確立させた日本画の技法を指しますが、横尾さんにとっての朦朧体は、2015年に発症した難聴の症状の影響で視界や頭の中まで不明瞭になり、事物の境目や夢と現実の区別までも曖昧になったこと。腱鞘炎により明確な強い線を引きづらくなったこと。このような肉体の変化によって獲得したものです。

筆を重ねることで曖昧になった輪郭は、時に時空の壁を無力化し、時に作者の意図をこえて過去や技術という束縛から離れ、見る者の心を溶かすような開放的な印象を与えてくれます。

会場風景

作品のほとんどはF100号かF150号サイズの大型キャンバスに描かれて迫力があるうえ、アクリルケースなどのカバーがないため、間近で筆致や色の重なりを鑑賞することが可能です。
画面が明るく、赤や黄色などの暖色系の原色が多く使用されていることもあり、どこか肩の力が抜けるような安らぎや元気をもらえるようでした。

現存作家の展覧会を開催するのは、同館の歴史上まれとのこと。同館にとっても特別な位置づけとなった本展で、80代にして新境地を切り開いた横尾忠則さんの自由な世界に触れてみてはいかがでしょうか。

「東京国立博物館の寒山拾得図─伝説の風狂僧への憧れ─」より、河鍋暁斎筆《豊干禅師》明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵

なお、本展の関連企画として、東京国立博物館 本館特別1室では特集「東京国立博物館の寒山拾得図─伝説の風狂僧への憧れ─」を2023年9月12日(火)から11月5日(日)まで開催中。

※本展のチケットで鑑賞可能です。前期・後期で展示替えがありますので詳しくは公式サイトをご確認ください。

「東京国立博物館の寒山拾得図─伝説の風狂僧への憧れ─」より、因陀羅筆、楚石梵琦賛 国宝《寒山拾得図(禅機図断簡)》中国 元時代・14世紀 東京国立博物館蔵 ※前期展示(9月12日~10月9日)

国宝の因陀羅筆《寒山拾得図(禅機図断簡)》をはじめ、同館の所蔵する古典的な「寒山拾得図」を一堂に集めて紹介しています。寒山拾得図の変遷を追いながら、最新の横尾作品と比べてみるのも面白いかもしれません。

 

横尾忠則
1936年生まれ、兵庫県出身。1960年代に日本の前衛シーンやポップカルチャーを代表するグラフィック・デザイナー、イラストレーターとして脚光を浴びます。唐十郎や寺山修司といった舞台のポスターを数多く手がけ、1981年のいわゆる「画家宣言」以降は美術家として活躍。主題や様式にとらわれない自由なスタイルの絵画作品を第一線で生みだし続け、国際的に高い評価を得ています。
近年では、自らのキュレーションによる「横尾忠則 自我自損展」(横尾忠則現代美術館、2019年)、500点以上の作品を一堂に集めた大規模個展「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」(東京都現代美術館、2021年)などを開催。

 

「横尾忠則 寒山百得」展

会期 2023年9月12日(火)~12月3日(日)
会場 東京国立博物館 表慶館
開館時間 午前9時30分~午後5時
※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日、10月10日(火)
※ただし10月9日(月・祝)は開館
観覧料(税込) 一般 1600円 / 大学生 1400円 / 高校生 1000円 / 中学生以下 無料
※そのほか、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 東京国立博物館、読売新聞社、文化庁
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kanzanhyakutoku

※記事の内容は取材日時点のものです。最新情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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【取材レポ】うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展が東京都美術館で開催。かわいらしくも不穏な非日常の世界を旅する

東京都美術館
《記憶のそこ》2023年

 

ニューヨークを拠点に版画からインスタレーションまで幅広い表現活動を続けているアーティスト・荒木珠奈さんの初の回顧展「うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展」が東京・上野の東京都美術館で開催中です。会期は2023年10月9日まで。

展覧会入り口
展示風景
展示風景

荒木珠奈さん(1970-)は、1991年に武蔵野美術大学短期大学部を卒業後にメキシコへ留学し、「明るさと暗さ」や「生と死」が共存する独特の文化に魅了されたといいます。その後もメキシコ滞在を繰り返しながら、現地で技法を学んだ銅版画をはじめ、立体作品、インスタレーション、アニメーションなど多彩な表現で独自の世界観をもつ作品を制作してきました。

2012年にはニューヨークに活動拠点を移し、意識的に移民として暮らすことで新たな一歩を踏み出し、近年では「越境」「多様性」「包摂」といったテーマに関心を寄せているとのこと。

本展は、そんな荒木さんにとって初めての回顧展。手のひらサイズの立体作品から、ワンフロア全体を使った「上野の記憶」に着想を得た大型インスタレーション《記憶のそこ》(2023/本展で初公開)など、初期作品から新作まで約120点のバラエティー豊かな作品群が展開されています。

展示は全4章構成。荒木さんの作品の魅力である人の営みや物語を想起させるモチーフや表現が、どこか親密さや懐かしさを感じさせると同時に、ざわざわと心がどこかに攫われるような、日常と非日常の境界を行き来する不思議な旅へ鑑賞者を誘います。

 

第1章「旅の『はじまり、はじまり!』」では、旅をモチーフとしたものや、メキシコでの滞在経験から着想を得て制作したものなど、比較的初期の作品を旅(展覧会)の始まりとして紹介しています。

《無題》1995年

入り口には、オルゴール仕掛けの作品《無題》(1995)が展示されていて、ネジは鑑賞者が自ら回すことができます。本作について荒木さんはギャラリートークで「1曲が流れているあいだ、それを聞きながら想像の旅をする、というイメージで制作した」とコメント。いくつもの空っぽの額縁は、これから始まる旅でのすばらしい出会いを予感させます。

左は《はじまり はじまり》2003年
左から《夜》《昼》1999年

《はじまり、はじまり》(2003)でカーテンが開くように、物語が始まるように展示がスタート。《昼》と《夜》(1999)は、「旅行先で泊まった部屋のベッドサイドに置いたり、電車の窓辺にある小さいテーブルに置いたりできる、携帯できる作品があったらすてきだな」という思いで制作したという折りたたみ式のユニークな立体作品。いずれも銅版画の技法で作られています。

左から《La calavera amarilla(黄色いガイコツ)》2005年、《¿Bailamos?(踊りませんか?)》2005年
《Una marcha de los esqueletos(ガイコツの行進)》2004年

ガイコツをモチーフにした《La calavera amarilla(黄色いガイコツ)》(2005)や《Una marcha de los esqueletos(ガイコツの行進)》(2004)からは、カラフルな装飾やイルミネーションで死者を陽気に迎える「死者の日」に代表される、メキシコ独自の死生観の影響が感じられるでしょう。

《Caos poetico(詩的な混沌)》2005年

《Caos poetico(詩的な混沌)》(2005)は、ランタンを思わせる暖かな光が散らばる幻想的な光景が広がります。こちらは、電柱から無断で電線を引き、家や屋台の灯りに使っていたメキシコ貧困層の人々のたくましい暮らしぶりや、その灯りで彩られた街並みが星空のようで非常に美しかったことからインスピレーションを得たというインスタレーション。

天井から電源コードが無数に吊り下がり、その先には家に見立てた小箱が取り付けられています。光の色だけでなくそれぞれ小箱の柄も異なり、荒木さんがメキシコで飲んだお茶の箱や、バスのチケット、ルチャリブレ(メキシコのレスリング)のチラシなどさまざまなアイテムが使われています。

その雑然とした様子は、カラフルなペンキで好き勝手に塗られた家々や、そこに住むメキシコシティの人々から荒木さんが感じたという「混沌と生きる強さ」がイメージの源になっているのでしょうか。

《Caos poetico(詩的な混沌)》2005年》/ 下から見上げると、また違った表情が楽しめます。

なお、本作は参加型の作品になっています。鑑賞者は展覧会ファシリテーター(鑑賞をサポートするボランティアの方々、愛称:ケエジン)の案内に従って、任意のソケットに小箱をつないで街並みのひとつにする体験ができました。

 

第2章「柔らかな灯りに潜む闇」では、光と闇をそれぞれ表現する2つのインスタレーションが対称的に配置されています。

《うち》1999年

荒木さんが子どものころに住んでいた団地をイメージして制作したという《うち》(1999)は、白いベニヤで作られた100個ほどの箱を白い壁に設置し、団地の家々に見立てたもの。

それぞれの箱にはランダムにナンバーが振られていて、鑑賞者はファシリテーターからカギを受け取り、ナンバーと一致する箱の扉を開けます。すると、内部から明かりがこぼれ、画一的な外観からは想像がつかなかった、版画で描かれたそれぞれの家庭の暖かな生活がみえてきました。

《うち》1999年
《うち》1999年/ 内側に塗られた蜜蝋がやさしい雰囲気を演出しています。

《うち》の壁を挟んだ反対側では、同作の小さな幸せが集まった日常の世界を塗りつぶすような、黒く禍々しい物体が頭上から広がる《見えない》(2011)が存在感を示しています。

《見えない》2011年/ 東北の街を飲み込んだ“黒い津波”を思わせます。

2011年、東日本大震災の後に制作された作品で、原子力発電所の事故をきっかけに、放射性物質という目に見えない危険なものが飛んでくるかもしれないという、当時の不安感や嫌悪感を視覚化しようと試みたもの。黒い物体は、メキシコで大量に仕入れたという竜舌蘭の繊維を黒く染め、団子状に丸めて貼り付けて制作したといいます。

 

第3章「物語の世界、国境を越える蝶」では、かわいらしくもどこか不安を覚えるような、荒木さんらしい詩情あふれる「物語の世界」をたっぷり紹介しています。

《Aurora theater》2000年
《遠野物語》2007年
《人形の劇場》2003年
《湖のよる》2000年

荒木さんの描く人物は、ほとんどがシルエットのみで表情はわかりません。ひとりぼっちで広大な世界に、ときには恐ろしげな“何か”に対峙しています。そこに孤独をみるのか自由をみるのか、それとも何かへの憧れを感じるのか。不思議と自己が重ねられ、記憶を揺さぶられながら、気づけば作品の世界に心が取り込まれていくようでした。

《夜の芯》2006年
《旅人のみた虹》2007年

メキシコ、チアバス地方に今も伝わるマヤの太陽創造神話を元にした絵本《NeNe Sol ―末っ子の太陽―》は、マヤ系先住民を中心メンバーとする版画工房「レニャテーロス工房」と荒木さんが共同制作したもの。会場には試作版と挿絵の原本が展示されています。まるで石彫のような独特すぎる装丁は、メキシコの彫刻家が原型を担当したそう。

《NeNe Sol ―末っ子の太陽―》試作版と挿絵、2011年

荒木さんは2022年に東京都美術館にて、さまざまな国にルーツをもつ子どもたちと一緒にワークショップ「昔ばなしが聞こえるよ」を開催。子どもたちは紙の素(パルプ)を使って蝶の形を模したテントや絵本づくりを体験し、自身のルーツのある国の昔ばなしも紹介し合ったということです。会場には実際に、そのとき制作したというテントが展示されています。

《むかし、むかし…》2022年

メキシコで出会った、越冬のため渡り鳥のように国々を移動するモナルカ蝶に関心をもっているという荒木さん。本作もモナルカ蝶が地面で羽を休めているイメージに着想を得て制作されたそうです。

トランプ政権下において移民という立場でアメリカに住んでいた荒木さんが見た、壁に阻まれて国境を越えられない難民たちと、国境にかかわらず世界を自由に移動できるモナルカ蝶に対する想いが本作に重ねられています。

テントの内部。ホッと落ち着く空間になっています。

また、テントは一時的に人が泊まったり、避難したりするための存在であることから、荒木さんは本作に「安心して隠れていられる場所というような意味を込めた」と明かしました。

 

第4章「うえののそこ(底)を巡る冒険」では、美術館の「そこ(底)」ともいえる天井高 10m の地下3階展示室の空間全体を使い、「上野の記憶」に着想を得た大型インスタレーション《記憶のそこ》(2023)が本展の旅のラストを飾っています。

《記憶のそこ》2023年

リサーチをするなかで、日本初の公園・博物館・動物園の誕生、関東大震災や東京大空襲、戦後の闇市の出現など多くの歴史的出来事の舞台となり、多様な国や地域の人々を惹きつけ、受け入れてきた上野という土地の混沌に魅力を感じたという荒木さん。

中央にある黒い鳥籠のような巨大なオブジェの周辺では、荒木さんが自身で撮影した上野の写真や、上野を扱った浮世絵など、過去と現在の上野の様子が断片的に映像で流され、天井から吊り下げられた「目」を象徴する1対の鏡が、「そこ(底)」に埋もれていた上野のイメージを浮かび上がらせる役割を担っています。

《記憶のそこ》2023年/ 内部に入ることができ、そこから鏡に反射し周囲に飛び交う映像や物体の影の動きを楽しめます。

オブジェは「過去や未来、美しいもの、下世話なものを大きく飲み込み、吐き出す、中空の籠、檻のようなもの」であり、その上部はまるで大きな手で握りしめたよう。柱の一部は内部から押し広げられたのか、あるいは外部からこじ開けられたのかのように湾曲しています。

この造形について荒木さんは、「鳥籠や檻というものは、鳥を守っているようでもあり、自由に飛んでいかないように閉じ込めているものでもあり、そういった二面性から出てきた形です」と解説しました。


本展について、「子どもたちや若い人たちにもたくさん見ていただきたいです。地下に潜ってちょっと不思議な体験を、旅するように楽しんでいただけたら」と話す荒木さん。地上から上野の「そこ」へ向かう旅は、また別の旅への憧れも喚起してくれました。

荒木さんが関心を寄せる、越境、多様性、包摂といった国や地域を越えて現代社会が共通して抱えるテーマについても思いが至る展覧会「うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展」の開催は2023年10月9日までとなっています。

 

うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展

会期 2023年7月22日(土)~10月9日(月・祝)
会場 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開室時間 9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日、9月19日(火)
※ただし、 9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開室
観覧料 一般 1,100円 / 大学生・専門学校生 700円 / 65歳以上 800円
※高校生以下は無料
※そのほか、観覧料の詳細は公式サイトでご確認ください。
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館
お問い合わせ 03-3823-6921(東京都美術館)
展覧会公式サイト https://www.tobikan.jp/hajimarihajimari

※記事の内容は取材時点のものです。最新情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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