「東京文化会館 リラックス・パフォーマンス~世代、障害を越えて楽しめるコンサート~」取材レポート

東京文化会館
(C)青柳聡 提供:東京文化会館

2021年11月3日、東京・上野の東京文化会館で「東京文化会館 リラックス・パフォーマンス~世代、障害を越えて楽しめるコンサート~」が開催されました。

一般的なクラシック音楽のコンサートとは違い、発達障害や身体的な特性などにより、静かに鑑賞することが難しい人でも安心して楽しめるような環境が整った本公演を取材しましたので、会場の様子や取り組みについてレポートします。

客席で声も音も出していい!?「リラックス・パフォーマンス」とは

提供:東京文化会館

通常のクラシック音楽のコンサートでは、雑音を立てないことが最も重要なマナーのひとつ。

演奏中に私語は慎む、携帯の電源を切るのは当然として、くしゃみや咳、プログラムをめくる音、ビニール袋を触る音などにも注意する。扉の開閉による雑音を防ぐために、劇場スタッフは曲の間や楽章の間以外での入場を規制する……。演奏や鑑賞の妨げとなる行為に関して、会場にいる一人ひとりの意識が求められるのが常です。

誰もが演奏に集中できるようにとの配慮ですが、一方で外部からの刺激で声が出たり動揺したりしてしまう発達障害のある人や、病気でじっと座っていられない人、呼吸器が必須の人など、一部の人はどうしても鑑賞のハードルが高くなってしまいます。

今回開かれた「東京文化会館 リラックス・パフォーマンス~世代、障害を越えて楽しめるコンサート~」は、そのような劇場での芸術鑑賞に不安がある人が安心して楽しめるような環境を整え、ルールやマナーを緩和する「リラックス・パフォーマンス」という欧米で定着し始めた新しい公演形態を採用したもの。2020年度から始まり、本公演で2回目の開催です。

その名のとおり堅苦しくない空気のなかで行われるコンサートで、

ちょっとした声や音が出ても、体が動いてもOK。
客席の照明を完全に暗くしない。
公演中に休憩が必要になったら、自由にホール外に出ることができる

こうすることにより、「クラシック音楽のコンサートはマナーが多くて息苦しい」と感じている健常者も、「子どもが静かに鑑賞できるか不安」という親御さんも、4歳以上であればあらゆる人が気兼ねなく楽しめる環境になっています。

点字プログラムに体感音響システム…音楽をより味わってもらうためのさまざまな工夫

コンサートホール隣のロビーは、休憩が必要になった人の癒しスペースとしても活躍。
受付やロビーには手話通訳者の姿も。 ?青柳聡 提供:東京文化会館

当日に東京文化会館へ足を運ぶと、受付でもらえるプログラムが一般的なクラシック音楽のコンサートのものとは少し趣きが異なり、イラストがたくさんあってとてもカラフルなことに気づきます。

プログラムの一部 提供:東京文化会館

「通常のプログラムはほぼ文字だけですが、自閉症や発達障害の方は文字から入ってくる情報が少ないため、ビジュアルがとても重要になるのだと学びました。そこで『リラックス・パフォーマンス』のプログラムの曲目解説はやさしい日本語で書くとともに、曲のイメージに合ったイラストをつけ、ビジュアルで曲の順番がわかるような紙面づくりを心がけました」

そう教えてくださったのは、本公演の制作を担当された東京文化会館・事業企画課事業係の杉山さん

ユニバーサルデザインのガイドラインに沿って、色覚異常のある人もわかりやすいような文字の大きさや配色になるよう、特別支援学校ワークショップの先生たちからのフィードバックをもとに試行錯誤で完成させたプログラムなのだとか。

(C)青柳聡 提供:東京文化会館

そのほかに点字プログラムや、読み上げ機能に対応したプログラムデータも用意。これらの情報は障害のある人のご家族や介助者のために、公演の約3週間前にはホームページに掲載したそうで、行き届いた配慮が感じられました。

客席には聴覚障害のある人のために、振動で音楽を感じられる体感音響システム「ボディソニック」という機材つきの座席が設けられました。また、スマートフォンのアプリを使用し、各々の聴覚特性に合わせて音量や音質を調節できるシステム「モバイルコネクト」など、各企業の協力により本公演のためにさまざまなサポートが試験導入されました。

「ボディソニック」体験の様子 (C)青柳聡 提供:東京文化会館

実はこの日、公演制作担当者や文化施設・団体職員、自治体職員向けの鑑賞サポート機材体験会が実施され、筆者も体験させていただけることに。
特に「ボディソニック」は体感のタイムラグがほとんどないことに感動! 「モバイルコネクト」は補聴器や人工内耳ユーザーの聞こえ方を想像しながらの疑似体験でしたが、アプリで音の大小だけでなく低音や高音の聴きやすさを自在に調節できるのがとても便利そうでした。

客席については、全体の7割程度が埋まるように調整したとのこと。その意図について杉山さんは次のように明かします。

「コロナ対策の入場制限も解除されましたし、売り上げのことを考慮して、埋めようと思えば客席を100%埋めてしまうこともできました。しかし、他人が近くにいると緊張してしまう方もいらっしゃいますから、お客様同士の間は座席を空けようと決めました。
座席の工夫といえば、ご自身の指定席以外に『退避席』という出入り口に近い席もご利用いただける形にしています。ホールの出入りが自由な公演ではありますが、出入りすることへの心理的抵抗がさらに少なくなくなれば、という期待を込めました」

「障害のある方のなかには、外出するのにも大変なご苦労をされている方も多くいらっしゃいます。それでも『リラックス・パフォーマンス』なら自分でもコンサートを楽しめるかも、と期待してわざわざお越しいただくのですから、お客様に最大限リラックスして、上質な音楽を味わってもらいたいのです」と、公演への思いを語る杉山さん。すべての準備はその一心からのものであるとのことでした。

おおらかな一体感に包まれた公演の様子

14時の開演を前に、客席のあちこちで子どもたちが走ったり、緊張からか興奮からか大声で笑いだす人がいたり。とてもラフな雰囲気で、すでに「これまで経験してきたクラシック音楽のコンサートとはまったく空気が違う」ということを肌で実感しました。

小林海都さん  (C)青柳聡 提供:東京文化会館

演奏は、これからの日本音楽界を担う実力派若手アーティストたち5名によって行われました。

ピアノは、東京文化会館で毎年開催されている東京音楽コンクールで第11回ピアノ部門第2位を受賞された小林海都さん。弦楽四重奏は、第9回弦楽部門第1位の岸本萌乃加さんらが結成したグループ「HONOカルテット」の皆さんです。

(第1ヴァイオリン:岸本萌乃加さん、第2ヴァイオリン:林周雅さん、ヴィオラ:長田健志さん、チェロ:蟹江慶行さん)

 
左から岸本萌乃加さん、林周雅さん、小林海都さん、長田健志さん、蟹江慶行さん  
(C)青柳聡 提供:東京文化会館

演奏の間には、音楽の喜びや楽しさを伝え、人と人を音楽で結びつける活動を行っている東京文化会館ワークショップ・リーダー、桜井しおりさんがナビゲーターとして舞台に登場。各曲の解説をしたり、簡単なアクティビティを挟んだりと、小さい子どもも最後まで飽きずに公演を鑑賞できるように進行を盛り上げます。

左が桜井しおりさん、右が手話通訳者の山崎薫さん
(C)青柳聡 提供:東京文化会館

当日演奏された曲は次のとおり。
ピアノ五重奏をはじめとしたクラシック音楽の魅力を伝えるため、各楽器の音色や、この楽器でこんな演奏ができる、というのがわかるように意識し、初心者でも上級者でも満足できるように各ジャンルから満遍なく選曲されたそうです。

1.  ムソルグスキー(加藤昌則編曲)/ 組曲『展覧会の絵』より「プロムナード」
2. エルガー(阿部海太郎編曲)/ 愛の挨拶12
3. 吉松隆 / アトム・ハーツ・クラブ・カルテット70より 第1・4楽章
4. ストラヴィンスキー(アゴスティ編曲)/ バレエ音楽『火の鳥』より「魔王カスチェイの凶悪な踊り」
5. ヨハン・シュトラウス2世 / 皇帝円舞曲 437(抜粋)
6. ポルディーニ / 踊る人形
7. ドビュッシー /『べルガマスク組曲』より第3曲「月の光」
8. アンダーソン / プリンク・プランク・プルンク
9. ドヴォルザーク / ピアノ五重奏曲第2番 イ長調81より 第3・4楽章


1曲目の「プロムナード」、2曲目の「愛の挨拶」と、出だしから有名どころの穏やかな曲が続くなか、観客の皆さんはなんとなく集中しきれない雰囲気でした。慣れない公演形態に、どういう姿勢で向き合うべきか戸惑っている人が多かったのかもしれません。(筆者もそうでした)

しかし、弦楽四重奏による3曲目の「アトム・ハーツ・クラブ・カルテット」に入った途端それまでの空気が一変。疾走感のあるクールなサウンド。激しく踊り、ときに風を切る弦の動き。演奏者の皆さんもエンジンがかかってきたようで、ホール中の意識がスッとステージに集中するのを感じました。

特に第4楽章のジャカジャカとしたブギウギ風のリズムは観客の心をとらえたようで、それまでキョロキョロと客席を眺めまわすばかりだった女の子も、手をくるくるとさせてノリにノっていた姿が印象的です。

ダンスするかのようにエモーショナルに体を動かして演奏する林さんの姿にワクワクとさせられた、「踊る人形」の演奏。 
(C)青柳聡 提供:東京文化会館

ピアノ独奏による7曲目の「月の光」は本公演で一番しっとりとした静かな曲。客席のざわめきが目立つタイミングではありましたが、聴く者に情景を豊かにイメージさせる小林さんの卓越した演奏技術のおかげで、集中を切らすことなく音の世界に浸れました。

(C)青柳聡 提供:東京文化会館

筆者は「リラックス・パフォーマンス」の趣旨を頭では理解していたつもりでしたが、実際に演奏が始まってからしばらくは、大声や手をたたく音がホールに響くたびにソワソワ、ハラハラと落ち着かない心境でした。

一般的なクラシック音楽のコンサートの鑑賞経験があるせいか、一観客ながら「これは大丈夫なのか?」「観客同士でトラブルになったらどうしよう」と心配だったのです。

しかし、皆さんどんなこともおおらかに受け止めていてひと安心。「そういうものなんだ」と割り切れたらざわめきにも慣れ、演奏を楽しめる態勢に。終わるころには観客の充足感がホールを包み込むようで、「こういうコンサートもいいなあ」としみじみ実感した60分間でした。

すべてのコンサートがこのような公演形態をとるべき、というわけではなく、選択肢のひとつとしてあっていい、ということ。

100%音楽に集中したいときには向きませんが、自然体で音楽と向き合いたい、人とのかかわりの中にある音楽を感じたい気分のときに「リラックス・パフォーマンス」を選びたいという人は、きっと少なくないはずです。

来場していたクラシック音楽が大好きだという5歳くらいの男の子とそのお母さんに感想をうかがうと、男の子は「『月の光』が一番よかった」「また来たい!」と満足げ。お母さんも「いつもコンサートでは静かにしなさい!と注意していますが、今日の公演はそのあたりが緩やかで子どももリラックスして聴けたみたいです」と笑顔を見せます。

また、杉山さんによれば、障害のある子どもをもつ親御さんからたくさんの喜びの声が届いたそう。

「障害のある息子とクラシックのコンサートへ行くなんて不可能だと諦めていたので、今日は本当に感動した。1曲目から涙が止まらなかった」

「いつもロビーのモニターから演奏を聴いていたわが子が、今日初めてホールの中で鑑賞できたのがうれしかった」

「リラックス・パフォーマンス」公演が、いかに障害のある人とそのご家族にとって得難い経験になりえたのかが伝わってきます。

東京文化会館の挑戦はまだ始まったばかり

「リラックス・パフォーマンス」公演は今後も毎年開催していく予定とのことで、次回の開催が待ち遠しい限り。
最後に、杉山さんは公演の意義についてこう話します。

「特別支援学校にお話を聞きにいって知ったことですが、私たちのような文化施設やアーティストが学校に出向く機会というのはあるものの、学校を卒業した途端にアートや文化的なモノから離れてしまうという方が多くいらっしゃるそうです。

音楽的なものに触れたいと思ったときに、周りに迷惑をかけないためにはカラオケに行くくらいしか選択肢がない、それは寂しい、という切実なお声をいただきました。

考えてみれば、今まで私たちは未就学児が入れるコンサートや、ゼロ歳から入れるワークショップなどさまざまな層へ向けた企画を実施してきましたが、大人で障害のある方にフィーチャーした企画はなかったなと。

そういった方や、その介助者・ご家族の方たちが、周りの目を気にせず安心して来られる場をつくりたい。目だけで、耳だけで楽しむだけではなく、肌から音が聞こえるくらいの距離感で音楽の醍醐味を味わってほしいと考えたのが本公演の開催の経緯です。これは公共文化施設である当会館の使命であると感じています。

まだ『リラックス・パフォーマンス』の取り組みは始まったばかり。コンテンツだけではなく情報を届ける仕組みやお迎えする体制も含めて、少しずつパワーアップしている最中です。

今は皆さんに来ていただいて、私たちがいろいろと教えていただく段階。皆さんの声がどんどん反映されていく公演ですので、ご興味があればぜひ鑑賞をご検討いただければうれしいですね」

「東京文化会館 リラックス・パフォーマンス~世代、障害を越えて楽しめるコンサート~」開催概要

日時2021年11月3日(水・祝)14:00~15:00
会場東京文化会館 小ホール
チケット料金一律1,100円 ※対象年齢4歳以上
主催東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館・アーツカウンシル東京
特別協力ゼンハイザージャパン株式会社、パイオニア株式会社、株式会社フルノシステムズ
お問い合わせ東京文化会館 事業係 03-3828-2111(代表)
公式ホームページhttps://www.t-bunka.jp/

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