上野の森美術館
日中国交正常化50周年を記念した展覧会「兵馬俑(へいばよう)と古代中国〜秦漢文明の遺産〜」が2022年11月22日より、上野の森美術館で開幕しました。(会期は2023年2月5日まで)
36体の兵馬俑を軸に、約200点の貴重な文物で古代中国文明の遺産を紹介する本展。開幕前日に行われた報道内覧会を取材してきましたので、展示の様子をレポートします。
2000年の時を超えた、壮大な歴史との対峙
俑(よう)とは、古代中国において権力者の遺体とともに埋葬された、木や土で作られた人形(ひとがた)です。
1974年、始皇帝陵から約1.5km離れた場所で農民が井戸を掘っていたところ、一体一体顔も服装も異なる、ほぼ等身大の兵士や馬を模した俑が大量に出土。調査により、それらの兵馬俑は死後の始皇帝を守るために地下に配置されたものだとわかり、20世紀の考古学における最大の発見の一つと話題になりました。現在も発掘作業は続いていますが、その数は推計約8000体にも及ぶそうです。
紀元前221年、7国が争った春秋戦国時代を終わらせ、中国史上初めて統一王朝を打ち立てた始皇帝の秦王朝はわずか十数年で滅びましたが、兵馬俑はその絶大な国力を現代に伝えています。
本展はそんな秦王朝と、紀元前202年、秦が滅んだ後に劉邦が創始した、中国古代における黄金時代とされる漢王朝の中心地域である関中(現在の陝西省)の出土品を中心に、日本初公開の一級文物(最高級の貴重文物を指す中国独自の区分)など約200点を紹介するものです。
オープニングイベントには、展覧会のナビゲーターであり音声ガイドのナレーションも務めた俳優の谷原章介さんが駆けつけました。
会場にずらりと並んだ兵馬俑を見て「圧巻。モノとしての存在感の大きさに驚かされました」とコメント。「古くから作られているもののうち、残りやすいのは焼き物や金属製の品。織物や紙に書かれた書などのない展示を見て、それだけ古い時代の貴重なものが集まったんだなというのをすごく感じました」と、ひと足早く会場を巡った感想を述べます。
さらに、本展には春秋戦国時代を描いた人気漫画『キングダム』とコラボしたコーナーがあり、本人も作品の大ファンであることに触れ、「『キングダム』ファンの皆さんは作品の大好きな世界観を実感するためにも、ぜひこの展覧会にお越しいただけたら」と呼びかけました。
日本初公開となる貴重な将軍俑が来日!
会場では、紀元前770年の周王朝の遷都から220年の漢王朝の崩壊まで、およそ1000年に渡る時代の歴史資料を「第1章 統一前夜の秦~西戎から中華へ」「第2章 統一王朝の誕生~始皇帝の時代」「第3章 漢王朝の繁栄~劉邦から武帝まで」という3章構成で紹介しています。
見どころは36体の兵馬俑ですが、特に「第2章 統一王朝の誕生~始皇帝の時代」にある始皇帝時代の兵馬俑の数々は、像高が平均で180cm前後ということで非常に迫力がありました。
日本では過去にも何度か兵馬俑をテーマにした展覧会が開催されてきましたが、本展の一番の特徴は、約8000体あるとされる始皇帝の兵馬俑のうち、11体しか出土していない貴重な「将軍俑」の、日本初公開の1体が来日していること。
こちらがその《戦服将軍俑》です。「将軍」と名前がついていますが、正しくは軍吏や、戦車に乗り、歩兵や騎兵の小部隊を統率した高級武官の姿を模したものを指しています。像高は196cmと長身。
いくつもの兵馬俑が並ぶなかでも、頭に「鶡冠(かつかん)」という独特の形をした冠を被っているので、ひと目でそれとわかりました。鶡はキジ科の山鳥のことで、攻撃されると激しく反撃に出ることから、その尾羽を武人の冠に用いられるようになったとか。
兵馬俑はもともと鮮やかに彩色されていたことがわかっていて、右の頰や耳のあたりをよく見ると、白地に肌色を重ね塗りした跡があり、在りし日の名残を感じられます。右手が不自然に丸められていますが、これは剣を持つ様子を表しているそうですよ。
立射する者、弩(いしゆみ)を持って待機する者など、顔や服装だけでなくポーズも多様なのが面白いところ。
静かな佇まいが目を引く、像高64cmと等身大というにはやや小さい《跪座俑(きざよう)》は、馬や動物を飼育する役人を忠実に模したもの。兵士と馬の陶俑という組み合わせで埋葬されることもありますが、本作のような跪座俑は本物の馬や動物を埋葬する馬厩坑(ばきゅうこう)や珍禽異獣坑(ちんきんいじゅうこう)という場所に配置されていたようです。
周王朝のために馬を繁殖させて秦という土地を与えられたという経緯から、秦にとって馬は勢力の発展に欠かせない存在でした。死後の世界にも世話役を、という、秦の人々の馬や動物への心情の深さが感じられます。
同フロアには戦車馬の陶俑の姿もありました。
兵馬俑は、当時すでに廃止された人間の殉葬(墓主の死に合わせて殺され、埋葬されること)の代わりに生まれたもので、始皇帝の兵馬俑は生前、彼に仕えた実在の軍隊・人物をモデルに作られたといいます。
武器を携えたポーズをとる兵馬俑もいますが、見渡してみると、戦いに赴く厳めしい表情は発見できず、逆に穏やかで生き生きした表情が多いことに気づきます。始皇帝は生前から自身の陵墓を造営し始めていたと知り、これらの表情は、死後の世界の安息を願った始皇帝本人の指示だったのかもしれないと想像がふくらみました。
兵馬俑の興味深いところは、これほどリアルで等身大サイズのものは、始皇帝時代にしか見られないという点。
会場では、秦王朝における兵馬俑の最古の作例の一つである《騎馬俑》や、前漢の頃に作られた《彩色歩兵俑》なども鑑賞できますが、いずれも像高は1mもなく、前漢のものはデザインが簡略化・画一化されています。つまり、ほぼ等身大で、しかも一体一体モデルがいるという始皇帝時代の兵馬俑はかなり特殊なのです。
始皇帝の兵馬俑が作られた理由について、本展の監修者である学習院大学名誉教授・鶴間和幸さんは、
■(先述したように)本物の馬や動物を丁寧に埋葬する際、世話役として跪座俑をわざわざ配置する、後に等身大の陶馬と陶俑を組み合わせるなど、馬や動物を尊んだ秦人の精神の賜物なのではないか。
■戦国時代の秦の墓からギリシャ神話の葡萄酒の神・ディオニソスを描いた装飾板が発見されたことなどから、古代ギリシャの彫刻と芸術の影響を受けていたのではないか。
といった推測をしているそうです。
かつて孔子は、人間をかたどった姿である俑を批判しましたが、焚書坑儒で知られる始皇帝ですから、それを知っていてあえて孔子の教えに反するものを作ったのかもしれません。
寝殿や祭祀施設などが備わっていた始皇帝陵の周辺では、展示にはありませんが、兵士だけではなく、文官や音楽家、曲芸師の俑も発見されているとか。
いずれにせよ、徹底した写実性をもたせたこれらの兵馬俑は、当時の秦の姿をそのまま再現するかのようで、当時の秦という国の絶大な国力だけでなく、始皇帝の並々ならぬ死後の世界への期待、支配者としての矜持が感じられました。
『キングダム』の世界の理解が深まる展示品も
春秋戦国時代を舞台に、秦の中華統一に至る道のりを描く人気漫画『キングダム』と本展がコラボしていることは先述しましたが、コラボの様子がこちら。
《2号銅車馬》(複製品)が置かれた部屋をぐるりと囲むパネル展示により、同作に登場する歴史上の人物・場所や武具・装飾品と、本展の出品物を照らし合わせ、古代中国への理解を深められるようになっています。
この《2号戦車馬》は始皇帝陵から発掘されたもので、実物の2分の1サイズ。始皇帝の生前の巡行の威容を残しています。精巧な部品を組み合わせていることから、古代中国の青銅技術の最高峰と称えられているとか。
実はこの銅車馬、『キングダム』第1話で昌文君が載っていた馬車と(2頭立て、4頭立てという違いはありますが)よく似ています。このような細かな描写から作品の世界にリアリティが生まれるのだなと、あらためて魅力に気づかされます。
また、作中指折りの人気キャラクターであり、嬴政(のちの始皇帝)に立ちはだかる秦国の丞相・呂不韋にゆかりがある《青銅戟(せいどうげき)》も発見。「戟」とは、戈(か)という武器に矛を付けた武器のことです。本品は兵馬俑坑で発見されたもので、「三年相邦呂不韋造」との文字が刻まれていて、呂不韋がこの武器の製造責任者であったことがわかります。
このように、本展のあちこちに『キングダム』の世界とリンクする出品物が登場しますので、ファンの方はぜひ会場の隅々までチェックしてみてください。
古代中国の人々の息遣いを感じる
そのほか、青銅器や玉なども選り抜きの名品が揃っています。なかでも、日本初公開となる前漢の武帝が作らせたという秘宝《鎏金青銅馬(りゅうきんせいどうば)》は存在感がありました。金メッキの馬の像で、そのモデルは「一日千里を走る」と謳われた西の大宛の名馬”汗血馬”とされ、武帝がまだ見ぬ汗血馬への憧れを託して作らせたと考えられています。
《里耶秦簡》という古代の行政文書や金印など最高級の貴重文物もあれば、貨幣や壺、甕、香炉、盤(ばん/手洗いの道具)、盉(か/酒や水をそそぐ器)、鼎(てい/肉や魚を煮るための道具)など、古代中国に生きた人々の生活が浮かび上がる品々も幅広く紹介され、古代中国の入門編としてもピッタリの内容となっていました。
古代中国のロマンが感じられる展覧会「兵馬俑と古代中国〜秦漢文明の遺産〜」の開催は2023年2月5日までとなっています。
「兵馬俑と古代中国〜秦漢文明の遺産〜」概要
会期 | 2022年11月22日(火)~2023年2月5日(日) |
開館時間 | 9:30〜18:00入館は閉館30分前まで |
休館日 | 2022年12月31日(土)〜2023年1月1日(日) |
会場 | 上野の森美術館 |
主催 | 東京新聞、フジテレビジョン、上野の森美術館、陝西省文物局、陝西歴史博物館(陝西省文物交流中心)、秦始皇帝陵博物院 |
お問い合わせ | 050-5541-8600(ハローダイヤル/9:00~20:00) |
展覧会公式サイト | https://heibayou2022-23.jp |
※記事の内容は取材日(2022/11/21)時点のものです。最新の情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。