東京国立博物館
古墳時代に作られた多種多様な埴輪の中でも最高傑作と呼ばれる国宝《埴輪 挂甲の武人》が、国宝に指定されてから50周年を迎え、これを記念した特別展「はにわ」が、東京国立博物館(以下、東博)で開幕しました。会期は2024年12月8日まで。
古墳時代の3世紀から6世紀にかけて盛んに作られた埴輪は、王などの権力者の墓である古墳に並べ置かれた素焼きの造形物です。初期は簡素な筒形でしたが、時代が下ると人物埴輪をはじめ、馬や鳥などの愛らしい動物埴輪、精巧な武具や家を模した象形埴輪など個性豊かに発展。古代人の生活や風習を現在に伝える貴重な資料となっています。
本展では埴輪を中心に、古墳から出土した副葬品などを含めた全国選りすぐりの至宝、約120件が集結。東博では約半世紀ぶりに開催される大規模な埴輪展となります。
第1会場の入口で来場者を出迎えるのは、今や埴輪のアイコンとして認知されている、とぼけた表情が愛らしい《埴輪 踊る人々》です。日本列島で独自に出現、発達した埴輪は、服や顔、しぐさなどの表現を簡略化し、丸みをもつといった特徴がありますが、その独特の「ゆるさ」がつまった代表的作品。儀礼に際して踊る姿を象ったものとされ、東博のマスコットキャラクターである「トーハクくん」のモデルにもなっています。
1930年に埼玉県熊谷市の野原古墳から出土した際、すぐに修理復元されましたが、近年は劣化が著しく貸し出しもできない状態になっていたそう。そこで、東博と文化財活用センターがクラウドファンディングなどで寄附をつのり、2022年10月から解体修理を実施。2024年3月に修理を終え、本展が修理後初のお披露目の機会となります。
修理を経て変わった点はいくつかありますが、最も大きな変化はその赤みの強さでしょう。クリーニングの際に、土に埋まっている中で付着した土や、長年の展示により堆積した空気中の汚れなどによって、本作が実際よりも黄みが強い色調となっていたことが判明。古い出土品は来歴を示す意味でも、汚れを無理に落とさないケースがしばしばありますが、今回の修復ではあくまで製作当初の姿をイメージできるよう、極力汚れを落とすことにしたといいます。こうして現れた本来の色は、まさに北関東でよく見られるような、火山性の鉱物を含む鉄分の多い赤っぽい焼け色であるとのこと。
そんな《埴輪 踊る人々》ですが、東博の山本亮研究員によると、最近では「踊っているのではなく、じつは馬を曳いている姿では?」という説も有力視されているとか。
片手を挙げるポーズをとった埴輪は、もともと馬と一緒に発掘されるケースが多いこと。また、背の低いほうの埴輪の腰に提げたねじり紐は手綱を、背中に背負った鎌は馬の餌となる牧草を刈るためのものを表している、という可能性が根拠にあるようです。もし馬曳きだったとしたら、長年「踊る人々」で親しんでいたぶん、少し残念な気もしますが……。
「一方で、もともとの埴輪から発展して、意味が変わるということもよくあることではあります。本展では埴輪群像と呼んでいますが、違う種類の埴輪を組み合わせて、たとえば狩人の埴輪と鹿や猪の埴輪で狩りの場面を表現するなど、いろんなストーリーを表すものがあります。ですから、埴輪の組み合わせによっては今まで言われてきたとおり、踊っている場面を表現した可能性もまだまだ残っています」と語った山本研究員。今後の研究が待たれます。
続く「王の登場」と題された展示コーナーは、展示品がすべて国宝のみで構成されている贅沢な空間。
古墳では、埴輪とともに豪華な副葬品が見つかることがあります。たとえば、古墳時代前期(3~4世紀)では王が卑弥呼のように司祭者的な役割を果たしていたため、青銅製の鏡や貴重な石材で作った腕飾型の宝器などが多く出土しています。
展示では、4世紀後半に築造された東大寺山古墳から出土した、他に例を見ない装飾の柄頭をもつ国宝《金象嵌銘大刀》を紹介。日本出土の銘文刀剣として最古のものと知られる本作は、まさに卑弥呼が中国王朝から譲り受けたとする研究者もいるようです。
朝鮮半島の動乱期を受けて、王が武人的な性質を強めた古墳時代中期(5世紀)では武具類が目立つように。ヤマト王権の中央集権的な性格が強まり、乗馬の風習がより広まった古墳時代後期(6世紀)になると、煌びやかに王やその馬を飾り立て、権威の高さを示す金銅製の装身具などが登場します。
このように、副葬品は王の役割の変化と連動するように移り変わっていたため、それらを概覧することで、埴輪が作られた時代の文化や風習がどのように変遷したのかも窺うことができます。
古墳に埴輪を立てる風習は、ヤマト王権との関係を軸に、古墳文化の中心地であった近畿地方から北限は岩手県、南限は鹿児島県まで日本列島各地へ普及。それらの埴輪は地域ごとの習俗の差、技術者の習熟度、大王との関係性の強弱によって、大王墓の埴輪と比較しても遜色ない精巧なもの、地域色あふれる独自性の強いものなど、発展の中で表現に個性が出ていきました。「埴輪の造形」の展示コーナーでは、そうした多岐にわたる造形の展開に焦点を当てています。
たとえば、三重県鈴鹿市の石薬師東古墳群から出土した《馬形埴輪》は、まっすぐ伸ばしたたてがみか、被りものか、独特の頭部の表現は全国的に見ても類例のない珍しいもの。茨城県出土と伝えられる《埴輪 あごひげの男子》は、巻き毛のような美豆良やとんがり帽子が絵本に出てくる妖精のよう。こうした長いあごひげをもつ埴輪は、6世紀代の極めて地域色が強い作例として知られています。
密かに来場者の注目を集めていたのは、円筒埴輪になぜか顔面の表現が施された《顔付円筒埴輪》です。
円筒埴輪のルーツは、弥生時代に吉備地域(現在の岡山県域)で祭器として用いられた、壺をのせる台として作られた特殊器台と呼ばれる土器であり、そこに顔がつく由来はありません。埴輪の誕生から消滅まで主流であり続けた円筒埴輪ですが、顔面のある円筒埴輪の出土例は、群馬県玉村町の下郷天神塚古墳や栃木県足利市の行基平山頂古墳など、北関東を中心にわずか数例が認められる程度であるそう。「ただの筒形じゃつまらない」と考えた埴輪職人の遊び心だったのでしょうか?
第2会場に入ると、いよいよ本展のハイライトである「国宝 挂甲の武人とその仲間」の展示コーナーが現れます。
東博が所蔵する《埴輪 挂甲の武人》は、群馬県太田市で出土し、埴輪として初めて国宝に指定されたものです。本作と同じ工房で制作されたと考えられる類似の武人埴輪のうち、完全な形で復元されたものが他に4体存在しますが、本展ではそれらの“兄弟”たち、全5体を史上初めて一堂に展示。うち1体は、現在アメリカのシアトル美術館が所蔵しているため、比較して楽しめる貴重な機会となっています。
東博所蔵品は細部まで立体的、かつ精巧な造りをしており、頭から足先まで全身を防具で覆い、左手に弓を、右手に太刀を持ち、背には靫(ゆぎ/矢入れ具)を背負った姿。ちなみに挂甲とは、上半身に表現されている小さな鉄板を綴じ合わせた防具のことを指します。
「これほど厳重に鎧を身に付けている埴輪は他に例がない」と語ったのは、東博の河野正訓研究員です。
「こうした『挂甲の武人』は6世紀後半に作られたものです。6世紀前半までは当時の文化の中心であった近畿地方が埴輪づくりをリードして、地方がそれを真似る、ということが行われていました。仏教が入ったことで価値観が変化し、次第に近畿では前方後円墳づくり、埴輪づくりが衰退していくのですが、6世紀後半になっても群馬にはまだその影響は及ばず、盛んに埴輪がつくられていたんです。群馬は異常なほど埴輪づくりに熱心で、非常に巧みな技術を習得して、日本を代表するような埴輪をたくさん残しています」
5体の「挂甲の武人」は表情も含めて非常に似た姿形をしていますが、よく観察すると背負った矢入れ具が靫ではなく、靫より後に登場した胡籙(ころく)であったり、下半身に身に付けているのが防具ではなく袴であったりと差異も見られます。最も古い東博所蔵品、群馬の相川考古館所蔵品から、最も新しい奈良の天理大学附属天理参考館所蔵品へと、細かな表現の省略化が進んでいっている点も見逃せません。
また、本展について河野研究員は「ただの名品展にはしたくない、最新の研究成果をわかりやすく皆様にお伝えしたいという思いが強く、研究成果に照らし合わせて構成も考えました」と話し、その最たる事例として同館所蔵の「挂甲の武人」の彩色復元展示を挙げました。科学分析と詳細な肉眼観察の結果、全面的に白、赤、灰色の3色で塗り分けられていたことが判明。従来のイメージが大きく覆されることになりました。
展覧会の終盤、「物語をつたえる埴輪」のコーナーでは、人物や動物など複数の埴輪を組み合わせてさまざまな物語を表現した、先述の「埴輪群像」に着目。亡き王の道徳をたたえ、新たな王への忠誠を誓う公式的な拝礼場面を表す「ひざまずく男子」や、四股を踏んで古墳が築かれる土地の邪気を払う相撲の力士など、物語の中でそれぞれの埴輪が分担した役割について紹介しています。
また、ここでは愛らしい動物埴輪も大集合。動物埴輪の中で最も多く製作されたのは権力の象徴であった馬ですが、ほかに夜明けを告げる鶏、狩猟場面を構成する鹿、猪、犬なども王権儀礼に関連してつくられていたとのこと。一方で、一部の水鳥や魚などは自然の動物を素直に写したものと推測されており、古代人たちの自然な造形意識の発露を感じられます。
それぞれの所蔵先のエース級の名品を集めるため、約5年の準備期間をかけて奇跡的に実現したという大規模な埴輪展。ぜひこの機会に、埴輪の世界の奥深さをあらためて体感してみてはいかがでしょうか。
※本展では、一部の作品を除き、展示室内で写真撮影ができます。
挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」概要
会期 | 2024年10月16日(水)〜12月8日(日) |
会場 | 東京国立博物館 平成館 |
開館時間 | 9:30〜17:00
※毎週金・土曜日、11月3日(日)は20:00まで開館 |
休館日 | 月曜日
※ただし11月4日(月)は開館 |
観覧料(税込) | 一般 2,100円、大学生 1,300円、高校生 900円
※中学生以下、障害者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障害者手帳等をご提示ください。 |
主催 | 東京国立博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社 |
問い合わせ | 050-5541-8600(ハローダイヤル) |
展覧会公式サイト | https://haniwa820.exhibit.jp/ |
※記事の内容は取材時点のものです。最新情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。