特別展「イサム・ノグチ 発見の道」会場レポート (東京都美術館 ~2021/8/29まで開催)

東京都美術館
「あかり」インスタレーション

東京・上野の東京都美術館では、2021年4月24日から8月29日までの期間、特別展「イサム・ノグチ 発見の道」が開催中です。

「彫刻とは何か」を生涯にわたり模索するなかでイサム・ノグチが歩んだ「発見の道」を、約90件の作品でたどる本展。会場の様子や展示作品についてレポートします。

彫刻家、イサム・ノグチについて

舞台美術やプロダクトデザイン、ランドスケープ・デザインなど、さまざまな分野で類まれな才能を発揮した20世紀を代表する彫刻家、イサム・ノグチ(1904-1988)。

誰もが知る巨匠でありながら、彫刻の作品群を一見すればわかるように、ノグチは独自の彫刻哲学によって一つの形態や素材に固執することを良しとしませんでした。

拠点すらも一つではなく、ニューヨークと日本、ときにはイタリアを行き来しながら創作活動を続けたという、いろいろな意味で「安住しない」人物です。

父が日本人、母が米国人という自身のアイデンティティへの葛藤から生まれた寂しさや強烈な帰属願望を創作の糧にしていたノグチですが、その安住を避ける創作姿勢から表出した作品は驚くほど多様で、豊かな表情に彩られています。

「イサム・ノグチ 発見の道」と題された本展は、重要なインスピレーションを与え続けたという日本の伝統や文化の諸相をはじめ、集大成である晩年の石彫に至るまでにノグチが得た出会いを、90件あまりの多彩な作品を通して一望。ノグチが拓いた彫刻の可能性や芸術の境地を体感しようというものです。

展覧会名になった、イサム・ノグチ《発見の道》1983-1984年 安山岩 鹿児島県霧島アートの森蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

特別展「イサム・ノグチ 発見の道」会場の様子

第1章 展示風景 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
第2章 展示風景 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
第3章 展示風景 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

本展の会場は「彫刻と空間とは一体である」というノグチの思想に基づいた全3章の展示空間で構成されていますが、全体を眺めてまず気づくのは壁の少なさ。作品が広いフロアに点々と配置されていました。

いわゆる回遊式の展示ということで、感性の赴くままにノグチ作品の世界に没頭することができます。

また、一部をのぞき、作品をガラスケースに入れずに展示しているのも特徴です。

「公共の楽しみという目的がなければ彫刻の意味そのものに疑問が呈されてしまう」、「彫刻をなにか切り離された、神聖犯すべからざるものとしてみたことはない」(注1)

と語ったこともあるノグチ。ただの鑑賞物としてではなく、生活のなかにある彫刻の有用性にこだわった彼の作品は、本展のように人々と隔てのない形で展示されることでより生き生きと輝くのかもしれません。

第1章「彫刻の宇宙」

イサム・ノグチ《黒い太陽》1967-69年 スウェーデン産花崗岩 国立国際美術館蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
イサム・ノグチ《化身》1947年(鋳造1972年) ブロンズ イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 (公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
イサム・ノグチ《ヴォイド》1971年(鋳造1980年) ブロンズ 和歌山県立近代美術館蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

第1章「彫刻の宇宙」フロアにあるのは、星のように散りばめられた1940年代から最晩年の80年代の多様な作品。

角度を変えるとまるで凹凸がうごめいているように錯覚する《黒い太陽》や、無限の時空間を想起させる《ヴォイド》など注目作品は多いですが、最大の見どころはやはり、展示室の中心で存在感を放つ150灯の「あかり」による大規模インスタレーションでしょう。

「あかり」インスタレーション

ノグチが1951年に岐阜提灯と出会ってから制作がスタートした、太陽や月の光に見立てた「あかり」。一定の素材や形態に固執することを避けたノグチには珍しく、30年以上かけて200を超すバリエーションを作り続けた、ライフワークとも呼ぶべき特別なシリーズです。

ノグチは「あかり」を単なる照明器具ではなく、和紙を通した光そのものを彫刻とする「光の彫刻」であり、「暮らしにクオリティを与え、いかなる世界も光で満たすもの」(注2)と考えていました。

従来の彫刻の概念を拡張し、「彫刻とは何か」を問い続けたノグチが至った一つの完成形です。

ゆっくりと明滅を繰り返す「あかり」のインスタレーションの下には通路が設けられ、そのなかを歩くことが可能。分け隔てなく世界を照らす柔らかな光に、優しく包まれるような心地よさを覚えました。

第2章「かろみの世界」

イサム・ノグチ《坐禅》1982-83年 溶融亜鉛メッキ鋼板 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

第2章では、日本文化の在り様に内包される「軽さ」の要素を作品に取り入れようとしたノグチが挑んだ「かろみ(軽み)」の世界を体感できます。

《坐禅》をはじめ、折り紙や切り紙から得た着想をもとに制作された金属板の彫刻は、一枚のアルミニウム板を折り曲げたものや、鋼鉄板を切断して組み合わせたものとさまざまですが、受ける印象はまさに紙さながらの軽やかさ。

平面的でありながらボリュームや奥行きが存在する、ノグチの目指したという「彫刻の重さと物質性の否定」を体現しています。

イサム・ノグチ《リス》1988年 ブロンズ 香川県立ミュージアム蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
ノグチがこの世を去る最晩年に制作された《リス》は、丸みを帯びた耳と尾がかわいらしい。
《プレイスカルプチェア》2021年 鋼鉄 茨城放送蔵

遊園地の建設プランをもっていたノグチは大型遊具の制作にも着手していて、そのうちの一つが、フロアでひと際目を引く遊具彫刻《プレイスカルプチュア》。波のようにうねるパイプを輪にしたような特徴的なフォルムは、子ども心をくすぐる躍動感と弾むような軽やかさに満ちています。

「あかり」インスタレーション
第1章に続き、こちらにも型違いの「あかり」が登場。「明かり(light)」=「軽い(light)」ということで、ノグチの「かろみの世界」を体験するうえでは欠かせない存在。
フリーフォームソファ、フリーフォームオットマン
展示室の片隅ではノグチがデザインしたソファも設置され、自由に座ることが可能。すっとした軽やかな佇まいでなかなかの座り心地でした。

第3章「石の庭」

イサム・ノグチ《無題》1987年 安山岩 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 (公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

香川県牟礼町には、ノグチの野外アトリエと住居をそのまま美術館にした「イサム・ノグチ庭園美術館」がありますが、第3章「石の庭」フロアでは、同館に残る石彫作品を特別展示。牟礼以外でまとめて展示されるのは、1999年の同館開館以来、本展が初となるそうです!

牟礼の豊かな自然の下、石工・和泉正敏の助けを借りて石の本質と向き合い、あらゆるものが照応しあうアトリエで自らの感覚と世界をつなげることで「石の声」を聞くようになったというノグチ。

ありのままの石の姿を残しながら必要最小限の手だけ加えていくというまったく新しい表現方法で、ノグチの集大成とも呼ばれる石彫作品群を制作していきました。

イサム・ノグチ《ねじれた柱》1982-84年 玄武岩 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 (公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

約3メートル、本展で最も大きな彫刻である《ねじれた柱》は、巨石本来のエッセンスを巧みに生かしながら大胆な削りを入れた大作。不思議なバランスで保たれた威容に圧倒されます。

イサム・ノグチ《フロアーロック(床石)》1984年 玄武岩 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵(公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与)  ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

2つの岩を多角的に直線で削った《フロアーロック(床石)》は、研磨された石肌と地肌のコントラストや刃文のように浮かんだ模様に鋭さのある作品。突きつめられた造形美には、作品に向き合ったノグチの気迫がそのまま宿っているかのようでした。


彫刻を「ただ見つめるだけでなく完全に経験すべきなにか」(注3)としてとらえていたイサム・ノグチの作品の世界。ぜひ本展に足を運んで、<ノグチ空間>を全身で体験してみてください。

 

<特別展「イサム・ノグチ 発見の道」概要> ※日時指定予約推奨

会期 2021年4月24日(土)~8月29日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日 (ただし、7月26日、8月2日、8月9日は開室予定)
観覧料 【日時指定予約推奨】
一般 1,900円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,100円

・高校生以下無料
・身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添の方(1名まで)は無料。
※高校生、大学生、専門学校生、65歳以上の方、各種お手帳をお持ちの方は証明できるものの持参が必須。
詳しくはこちらから⇒https://isamunoguchi.exhibit.jp/ticket.html

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション、文化庁、独立行政法人日本芸術文化振興会
問い合わせ 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
公式ページ https://isamunoguchi.exhibit.jp/

(注1) イサム・ノグチ/北代美和子訳『イサム・ノグチ エッセイ』、みすず書房、2018年、P23、P96
(注2) ドウス昌代『イサム・ノグチ 宿命の越境者』、講談社、2000年、P318
(注3) イサム・ノグチ/北代美和子訳『イサム・ノグチ エッセイ』、みすず書房、2018年、P197

参考文献:
「『イサム・ノグチ 発見の道』公式図録」(朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション)
ドウス昌代『イサム・ノグチ 宿命の越境者』(講談社)
北代美和子訳『イサム・ノグチ エッセイ』(みすず書房)

 

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【東京国立博物館】特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」会場レポート|鳥獣戯画の世界をまるっと楽しむ!全巻・全場面を展覧会史上初の一挙公開

東京国立博物館

 

(2021年6月1日追記)【再開のお知らせ】
特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」は緊急事態宣言に伴う東京都の要請を受けて示された文化庁の方針により休館していましたが、6月1日より再開、また会期が6月20日(日)まで延長されることになりました。
最新の情報については、本展覧会の公式サイトをご確認ください。

https://chojugiga2020.exhibit.jp/

 

2021年4月13日から5月30日まで、東京・上野にある東京国立博物館で特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」が開催中です。

擬人化した動物や人々の営みが生き生きと描かれた、時代を越えて人々の心をとらえ続ける日本絵画史屈指の名作《鳥獣戯画》。その全4巻・全場面を一挙公開という展覧会史上初の試みで話題を集める本展を取材しましたので、展示内容や見どころをレポートします。

※会期は前期(4月13日~5月9日)と後期(5月11日~30日)に分かれます。本記事において写真付きで紹介する作品に関しては、下部の情報欄に期間表記がないものはすべて全期展示です。

意外と知らない? 謎多き《鳥獣戯画》の世界

《源氏物語絵巻》《伴大納言絵巻》《信貴山縁起》と並んで日本四大絵巻の一つとして数えられ、京都の古寺・高山寺が守り伝えてきた国宝《鳥獣戯画》。

日本絵画のなかでも抜群の知名度を誇りますが、《鳥獣戯画》が別名《鳥獣人物戯画》とも呼ばれ、動物だけでなく人物も描かれていることや、制作にかかわった絵師が一人ではないと推定されていることなど、全体像を把握している人は意外に少ないのではないでしょうか。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵 / 私たちがよく目にする擬人化された動物たちは《鳥獣戯画》のほんの一部の登場人物(動物?)なのです。

今から800年ほど前、平安時代の終わり~鎌倉時代の初め頃にかけて段階的に描かれたとされる本作ですが、実は作者、制作目的、高山寺への収蔵経緯など、詳しい背景のほとんどが未だ明らかになっていないミステリアスな作品です。

 全4巻の巻ごとに関連性があるといえばあるが、最初からシリーズものとして構想されたわけではなさそう……。

一般的な絵巻に記されている詞書(ことばがき)と呼ばれる文字情報が一切なく、共通したテーマがあるのかさえわからない……。

というように、一度目にすれば忘れないタイムレスな絵のセンスと比較して、その他の情報はどこまでもぼんやりと実体を見せない作品といえます。

作品を読み解くには真摯に作品そのものと向き合うしかありませんが。その底の知れなさが研究者たちの探求心をかき立て、私たちを惹きつける要素となっているのは間違いないでしょう。

本展は、そんな謎多き《鳥獣戯画》の世界を一望できるまたとないチャンスです。

特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」の
会場の様子と展示内容

エントランスには《鳥獣戯画》のイラストを動かしたムービーも。
会場のいたるところに動物たちがいて和みます。
会場風景
会場風景

2つの会場の空間を贅沢に使った本展は、3章仕立てで構成されています。ここからは各章それぞれの展示内容を紹介します。

【第1章】国宝 鳥獣戯画のすべて

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵 / 蛙・兎・猿をはじめ、11種類の動物たちの多くが擬人化され生き生きと描かれています。
国宝《鳥獣戯画 乙巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵 / 16種類の実在・空想動物が登場する動物図鑑のような乙巻。甲巻と違って動物が擬人化されていません。
国宝《鳥獣戯画 丙巻》(部分) 平安~鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 丙巻は前半が賭け事や勝負事を楽しむ人々の様子を描いた人物戯画、後半が祭りや蹴鞠を楽しむ動物たちの様子を描いた動物戯画で構成されています。人物の表情の巧みな書き分けが秀逸。
国宝《鳥獣戯画 丁巻》(部分) 鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 丁巻は人物主体で、ほかの3巻に比べて線描が太く、おおらかな筆致が特徴。甲巻や丙巻のモチーフを踏まえた画面が多く、巻をまたいだ見比べが楽しい巻です。

甲・乙・丙・丁の全4巻、合わせて約44メートル(!)にもなる全場面を、会期を通じて一挙展示するという取り組みが目玉の第1章。会期中に巻き替えが実施されていたこれまでの展覧会では叶わなかった、筆運びや表現の差異など各巻の横断的な見比べができるのがファンにとってはたまらないポイントでしょう。

また、第1章では動く歩道を設置して《鳥獣戯画》を鑑賞してもらおうという前代未聞の挑戦も見逃せません。

動く歩道は甲巻の前に設置されています。

一番人気があるだろう甲巻の前に設置したのは新型コロナウイルス感染症対策を視野に入れたものかと思いますが、人と押し合うこともなく、とてもゆっくりとした動きなので「速すぎて見られなかった!」といった不都合もなく……。誰もが最前列でじっくり作品に向き合うことができる画期的な設備だと感じました。

そもそも絵巻は右から左へ、広げて、巻き上げて、また広げてという動的な鑑賞方法で楽しむもの。この試みは、自ら絵巻を紐解いているかのように感じてほしい、という主催側の粋な計らいともとれます。

【第2章】鳥獣戯画の断簡と模本――失われた場面の復原

第2章では、部分的に欠落した絵巻の一画面を掛け軸にした断簡や、原本で失われた画面を写し留めている模本が展示されています。

実は、現在まで伝わっている《鳥獣戯画》の原本にはいくつか画面の欠けがあり、現状の甲巻は錯簡(画面の順序が入れ替わること)の指摘もあるそうです。そこで本展では原本・断簡・模本を国内外から集結。かつて存在した「鳥獣戯画のすべて」を俯瞰しようと試みています。

重要文化財《鳥獣戯画断簡 (東博本)》(部分) 平安時代 東京国立博物館蔵

たとえば《鳥獣戯画断簡(東博本)》の左側、蛙が持つ蓮の傘の下辺りに黒い点々が見えますが、これは現状の甲巻の第16紙に描かれた萩の花とつながるため、この断簡がもともと第16紙の前に位置していたことが判明しています。

《鳥獣戯画模本(長尾家旧蔵本)》(部分) 伝土佐光信筆 室町時代 アメリカ、ホノルル美術館蔵 前後期で展示替えあり / ユーモアたっぷりの高跳びシーン。

画面の内容が現状の甲巻第11紙以降に相当する《鳥獣戯画模本(長尾家旧蔵本)》は、甲巻が錯簡となる以前の状態を写しているとのこと。さらに、高跳びをする兎と猿といった現状では確認できない画面も留めているなど、かつての甲巻を知るために非常に役立つ資料となっています。

断簡や模本の情報をもとに、かつての甲巻の姿をわかりやすく紹介する参考展示も。

このようにさまざまなヒントをかき集めて、謎を解くように全貌を明らかにしていく行為に胸がときめくという方も多いのでは。ここから第1章の原本に戻ってみれば、1回目の鑑賞時とは違った楽しみ方ができそうです。

【第3章】明恵上人と高山寺

奈良時代の創建とされ、学僧・明恵(みょうえ)上人によって鎌倉時代に再興された京都の高山寺は、《鳥獣戯画》のほかにも多くの文化財が伝わっています。

第3章では、28年ぶりの寺外展示となる重要文化財《明恵上人坐像》や、生涯にわたって明恵上人が記した夢の記録《夢記》、明恵上人の和歌をまとめた《明恵上人歌集》など、多くの人々に慕われた明恵上人の人柄がうかがえる高山寺ゆかりの美術品が展示されています。

重要文化財《明恵上人坐像》鎌倉時代 京都・高山寺蔵
重要文化財《明恵上人坐像》鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 生き写しのような等身木像。求道のために切断した右耳も再現されています。厳しさと優しさが共存するような眼差しが印象的。
重要文化財《夢記》明恵筆 1220年 京都・高山寺蔵 前期展示 / 見た夢の内容を約40年にわたり、飾らない言葉や絵で書き残したという明恵上人直筆の書。中世の宗教者の生の感情を知ることができる貴重な存在です。
重要文化財《子犬》鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 展示の最後で来館者を見送ってくれる、首をかしげる仕草がかわいい子犬の像は必見。明恵上人が手元に置いて愛玩したと伝えられています。

ゆかりの品々を見ていくにつれ、明恵上人にどこか親しみやすさを覚えていきます。どうやら明恵上人の存命中は《鳥獣戯画》は別の場所で保管されていたそうですが、小動物や草木にも愛情を注いだと伝わる明恵上人が礎を築いた高山寺だからこそ、《鳥獣戯画》が大切に守られてきたのだろうと想像がふくらみました。

見れば見るほど面白い!《鳥獣戯画》4巻の見比べ

先述のように、全巻全場面展示ならではの楽しみ方といえば横断的な見比べです。面白いものをいくつか取り上げます。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵
国宝《鳥獣戯画 丁巻》(部分) 鎌倉時代 京都・高山寺蔵

甲巻と丁巻の法会の場面です。甲巻で描かれた泣く猿や扇を持つ兎などが、丁巻では同じような恰好や動作をする人間として配置され、動物たちでパロディしたモチーフをさらに人間でパロディするという、非常に面白い構図になっています。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵
国宝《鳥獣戯画 丙巻》(部分) 平安~鎌倉時代 京都・高山寺蔵

動物戯画は甲巻と丙巻後半に描かれていますが、甲巻の動物が烏帽子をかぶっているのに対し、丙巻の動物は帽子に見立てた葉っぱをかぶっています。

同じ擬人化の手法を用いながら、甲巻の動物はより人間らしく振舞い、丙巻の動物はやや動物らしさが残っていることにどんな意図があるのでしょうか? 謎は深まるばかりです。

国宝《鳥獣戯画 乙巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵
国宝《鳥獣戯画 乙巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵

前半が日本動物、後半が異国動物・空想上の動物とモチーフが異なる乙巻は、筆致の微妙な違いも興味深いところ。

異国動物・空想上の動物はやや慎重でかっちりとした筆運びになっていますが、これは絵師の違いによるものではなく、絵師が手本を参考にしながら描いたためと考えられています。知らない動物を間違って表現しないよう、お手本に忠実に描いた結果というわけですね。

国宝《鳥獣戯画 丁巻》(部分) 鎌倉時代 京都・高山寺蔵

巻や画面をまたいだ見比べではありませんが、ぜひ確認してほしいのがこちら。一見すると稚拙な技量の絵師が書いたと思われがちな丁巻ですが、画面左で振り返っている公家風の男の顔を見ると、右で騒いでいる男たちと比較して非常にわかりやすく“上手い”ことが伝わるはず。

丁巻のおおらかな画風は、確かな技量をもった絵師があえてそのように描いていることが理解できるポイントなので必見です。

終わりに

ミュージアムショップ
会場限定オリジナルグッズもたくさん。

ミュージアムショップでは、《鳥獣戯画》に登場する動物たちをあしらったTシャツやマスキングテープなどかわいいアイテムが目白押しですが、やはり一番の注目アイテムは、ほぼ原寸大の全巻全場面やさまざまな論考を収めた公式図録でしょう。400ページ越えの大大大ボリュームでまさに決定版という趣なので、ファンの皆さんはこの機を逃さないようチェックしてくださいね。

ちなみに、本展の音声ガイドナビゲーターは人気声優の山寺宏一さんと恒松あゆみさんが担当しています。軽妙な語り口で、子どもでも楽しく聴けるような平易な言葉で解説されていますので、鑑賞のお供にぜひ。


墨による単色の線描でありながら、実に豊かな表現で私たちの心をつかんで離さない《鳥獣戯画》の世界。本展に足を運び、自分なりに作品を読み解いて“謎解き”に挑戦してみるのも一興かもしれません。

 

特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」概要 

※本展は事前予約制です。オンラインでの日時指定券の予約が必要です。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。また、国宝《鳥獣戯画 甲巻》は動く歩道でご覧いただけます。

会期 2021年4月13日(火)~5月30日(日)
(2021年6月1日追記)会期が6月20日(日)まで延長されました。最新の情報については、本展覧会の公式サイトをご確認ください。※会期中、一部作品の展示替え、および場面替えがありますが、国宝《鳥獣戯画》4巻は会期を通じ、場面替えなしで全場面を展示します。
会場 東京国立博物館 平成館
開館時間 午前9時~午後7時(最終入場は午後6時)
(2021年6月1日追記)会期延長を受け、開館時間が午前8時30分~午後8時(最終入場は午後7時)に変更されました。
※ただし、6月14日(月)は午後1時~午後8時開館
休館日 月曜休館 ※ただし5月3日(月・祝)は開館
観覧料 一般 2,000円、大学・専門学校生 1,200円、高校生 900円

※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料ですが、「日時指定券」の予約や学生証、障がい者手帳等の提示が必要です。詳細はこちらからご確認ください。
https://chojugiga2020.exhibit.jp/ticket.html

主催 東京国立博物館、高山寺、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社
協賛 鹿島建設、損保ジャパン、凸版印刷、三井物産
公式ページ https://chojugiga2020.exhibit.jp/

参考資料:「特別展『国宝 鳥獣戯画のすべて』図録」

 

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国立科学博物館「大地のハンター展」会場レポート|大迫力の巨大ワニや貴重な二ホンカワウソも。好奇心が刺激される標本が大集合

国立科学博物館

 

東京・上野にある国立科学博物館では、2021年3月9日から6月13日までの期間、特別展「大地のハンター展 ~陸の上にも4億年~」(以下「大地のハンター展」)が開催中です。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子や展示内容についてご紹介します。

ワクワクがつまった「大地のハンター展」会場

本展は、陸に上がってから約4億年の間に多様化した生物の「捕食」活動に注目。
獲物を捕えて食べる、陸上のハンター(捕食者)たちの生態やハンティングテクニックの広がりを、国立科学博物館が誇る貴重な標本コレクションを中心とした300点以上の標本展示で追っていく展覧会となっています。

すでに絶滅したものから現生のものまで。ハンターたちの標本は、哺乳類に爬虫類、両生類、鳥類、昆虫類など多彩な顔ぶれが「太古のハンター」、「大地に生きるハンター」、「ハンティングの技術」、「フォーエバー・大地のハンター」の4章構成で並べられていました。

「ライオン」「トラ」「ハヤブサ」などおなじみのハンターだけでなく、毒を使ったり寄生したり、あの手この手の策を弄する知られざるハンターたちが数多く紹介されているので、大人も子どもも知的好奇心が満たされること間違いなし! です。

「水辺のハンター」エリア展示風景
「森・密林のハンター」エリア。美麗な剥製標本がところ狭しと展示されています。
20種類を超える世界中のフクロウの標本。これだけの数のフクロウを一度に見られる機会はなかなかないのでは。
遠目には細長いタワシに見えますが、モグラです。地中を移動するモグラは目ではなく、アイマー器官という触覚装置で獲物が出す振動を感知して探索するのだとか。
「卵しか食べない」、「カタツムリやナメクジしか食べない」など、ヘビの偏食ハンターぶりを紹介するマニアックなエリア。
毒で獲物をゾンビのようにして操るハチや、ほかのクモが捕えた獲物を盗み食いするクモなど、さまざまな狩りのテクニックをもつトンボ・ハチ・クモが特集されたエリア。手のひらより大きい「タランチュラ(オオツチグモの一種)」など少し人を選ぶような標本もありますが、好きな方はたまらないかも?
通路の一角では研究者の皆さんの「推しハンター」がすてきなイラスト付きで紹介されていました。このほか多数ある解説パネルを読むと、「アリとシロアリってまったく違う昆虫だったんだ」「え、日本にもサソリっているの!?」そんな学びもあったので、できれば読み飛ばさず一読推奨です。

人気漫画『BEASTARS(ビースターズ)』とコラボレーション!

(C)板垣巴留(秋田書店)2017
(C)板垣巴留(秋田書店)2017

擬人化された動物たちの群像劇を描いた板垣巴留先生の人気漫画『BEASTARS(ビースターズ)』(秋田書店『週刊少年チャンピオン』刊)とコラボしているのも本展の魅力の一つ。レゴシやルイなど漫画のキャラクターたちが会場のあちこちで見どころを紹介してくれます。

複製原画の展示 (C)板垣巴留(秋田書店)2017

複製原画が多数展示されているコーナーもありましたので、ファンの方はぜひお見逃しなく。ただ、設置場所が通路だったため、混んでいるときはあまり長く立ち止まらないよう注意が必要かなと感じました。ミュージアムショップでは、本展描き下ろしのイラストが使用された限定グッズも販売されています。

ちなみに、本展の音声ガイドナビゲーターは人気声優の梶裕貴さんが担当されています。漫画ファン、声優ファンの方はより一層楽しめるかもしれません。

「大地のハンター展」展示品をピックアップ紹介

300点を超える展示品のなかから注目してほしいもの、面白いものをいくつかピックアップして紹介していきます。

◆デイノスクス

「デイノスクス 生体復元モデル」国立科学博物館蔵
同上

展示品は大きさもさまざまですが、超巨大なものでいうと、なんといっても入り口そばで来館者を出迎えてくれる、白亜紀に生息していたワニ「デイノスクス」の実物大生体復元モデルが圧巻!

最新の研究結果をもとに国立科学博物館の研究員による監修で制作されたもので、本展が初公開となるそうです。太古のハンターというとまず恐竜が思い浮かぶかもしれませんが、この「デイノスクス」は、なんとティラノサウルス科の恐竜も捕食していた(!)といわれるワニ。
全長は12mにも及んだとされていて、復元モデルは上半身のみですが目の前に立つとかなり迫力がありました。こんなのが水中から出てきたら気絶してしまいそう……。

◆芽殖孤虫

「芽殖孤虫」プレパラート標本・液浸標本 国立科学博物館蔵

極小サイズの標本としては、”沈黙のハンター”と評されていた寄生虫「芽殖孤虫(がしょくこちゅう)」が挙げられます。ヒトが感染すると、皮下のできものからだんだんとすべての臓器組織に侵入されてしまうそうです。これまで発見された十数例のうち半分以上が死亡例で、感染経路や生態がいまだ謎というのが怖いところ。1cmあるかないかのサイズ感ですが、デイノスクスとは違った意味での凄みがあるハンターでした。

◆ミツバヤツメ

「ミツバヤツメ」国立科学博物館蔵

「太古のハンター」エリアでひと際目を引いたのが、こちらの「ミツバヤツメ」頭部生体模型。RPGゲームに出てきそうなモンスター然としていて、端的に言って怖すぎます!
現在まで生き残っている顎がない脊椎動物の例で、クジラなどの表面に吸い付いて、血液や体液を吸って生活しているのだとか。今でこそ脊椎動物のほとんどは顎をもっていますが、こうした顎のない脊椎動物は古生代には多様に存在したそうです。「ミツバヤツメ」は貴重な生き残りということですね。

◆ワニガメ

「ワニガメ」国立科学博物館蔵

ハンティングの最も基本的な戦略は「待ち伏せ」ですが、なかにはただ待つだけでなく、疑似餌を用いて獲物を積極的に誘い込む、ルアーリングという技術を身につけたハンターたちもいます。

甲長が80cm、体重が80kg以上に達するというアメリカ大陸最大の淡水生のカメ「ワニガメ」は、川底に潜んで口を開け、ミミズそっくりなピンク色の舌を動かして魚を引きつけるそう。全体的に渋い色味で周囲の景色に溶け込みやすい一方で、舌だけが非常に目立つという、まさにルアーリング特化型として完成された姿に進化の歴史を感じました。

◆ササゴイ

「ササゴイ」国立科学博物館蔵

こちらもルアーリングを得意とする「ササゴイ」という鳥です。「ワニガメ」と違うのは、自らの体ではなく別の生物を利用する点。おとりの昆虫を水面に浮かべて、それに寄ってきた魚を捕えるそうです。まるで釣りのようで面白いですね! 体力をいたずらに消耗しない頭脳派ハンターたちの技の一部は動画でも鑑賞できました。

◆ベルツノガエル

「ベルツノガエル」国立科学博物館蔵

愛らしい見た目の標本も紹介していきます。
こちらは「ベルツノガエル」という、南米大陸に分布する最大で全長16cmほどに達するカエル。非常に丸っこい体型が特徴で、ペットとしても人気があるようです。つぶらな瞳と、ほよよんとした体からちょこっと覗く前足がなんとも言えずかわいいですね。待ち伏せ型ですが、口に入ればカエルや昆虫だけでなく、小型の鳥類や哺乳類まで食べてしまうということで、のんびりした見た目に反してかなり貪欲なハンターといえそうです。

◆チスイガラパゴスフィンチ

「チスイガラパゴスフィンチ」国立科学博物館蔵

ガラパゴス諸島のダーウィン島とウォルフ島のみに分布する鳥「チスイガラパゴスフィンチ」。「かわいい鳥がいるな」と近寄って説明を読んでみたところ、鳥のなかで唯一、血液を常食する鳥であるということで、吸血鳥なんて存在がこの世にいるのかと驚きました。「カツオドリ」という鳥の腰をクチバシで突いて流れ出た血を飲むそうで、かわいい顔をしてなかなか恐ろしいハンターぶりです……。ほかにもサボテンの花密や種子、昆虫なども食べると紹介されており、なぜ血液を食べるようになったのか不思議ですね。

◆ニホンカワウソ

「ニホンカワウソ」国立科学博物館蔵

本展では、ヒトもハンターとして紹介されています。ときには生態系のバランスを崩し、ときには多くの野生動物を絶滅の危機に陥れる“残念なハンター”として……。

ヒトの活動によって生息域を広げたハンターとして「アライグマ」や「フイリマングース」が、絶滅してしまったハンターの例として「ニホンカワウソ」や「ニホンオオカミ」の骨格標本が展示されています。「生態系のパズルは1ピースが欠落しただけで、回復するのに長大な時間を要する」というエピローグの言葉の重みをかみしめながらの鑑賞となりました。

「ニホンカワウソ」は乱獲や開発によって数を減らし、1979年の高知県の記録を最後に絶滅してしまったといわれています。こちらは、学名の基準として指定されたという非常に貴重なタイプ標本とのこと。

ミュージアムショップではオリジナルグッズを多数用意!

ミュージアムショップ
どの子を買って帰ろうか悩んでしまうラインナップ。
謎のスイーツ(?)の姿も……。

展示を見終わると、最後に特設ミュージアムショップがお目見え。ニホンカワウソのぬいぐるみやマスキングテープ、『BEASTARS』デザインのシーチングトートなど、本展オリジナルグッズをはじめとするアイテムが多数販売されていました。

「大地のハンター展」公式図録は、会場でもオンラインストアでも購入可。なかを読むと「おしえて!かわだセンセイ」という子ども向けのQ&Aコーナーもあるなど、本展の副読本として内容も充実していますので、気になった方は忘れずにチェックしてくださいね。

※オンラインストアはこちらから⇒ https://daichi-exhn.shop/


特別展「大地のハンター展 ~陸の上にも4億年~」の開催は6月13日(日)まで。ハンターたちの個性や魅力に触れながら、自然のすばらしさや環境保全の大切さを学ぶ本展に、ぜひ足を運んでみてください。

 

特別展「大地のハンター展 ~陸の上にも4億年~」開催概要>

会期 2021年3月9日(火)~ 6月13日(日)
会場 国立科学博物館 地球館
開館時間 9時~17時 ※入場は閉館時刻の30分前まで
休館日 月曜日
※3月29日(月)、4月26日(月)、5月3日(月・祝)・24日(月)・31日(月)、6月7日(月)は開館
入場料 一般・大学生2000円、小中高校生600円

※入場にはオンラインによる事前予約(日時指定)が必要です。詳細はこちらから⇒ http://daichi.exhn.jp/ticket/
※未就学児は無料。
※障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料。
※本展を観覧された方は、同日に限り常設展(地球館・日本館)もご覧いただけます。

主催 国立科学博物館、日本経済新聞社、BSテレビ東京
公式ページ http://daichi.exhn.jp/

記事提供:ココシル上野

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【内覧会レポート】独創的な色彩に魅了される木版画の世界。「没後70年 吉田博展」が東京都美術館で開催中

東京都美術館

 

2021年1月26日より、東京・上野にある東京都美術館で特別展「没後70年 吉田博展」が開催中です。(会期は3月28日まで)

「絵の鬼」と評されるほどの研鑽を経て会得した高い描写力で、明治から昭和にかけて風景画の第一人者として活躍した画家、吉田博(1876-1950年)。

水彩・油彩画で才能を発揮しながら、画業後期には西洋の写実的画風と日本の伝統的な版画技術を合わせ、全く新しい木版画の世界を開拓。イギリスのダイアナ妃や精神科医フロイトをはじめ、世界の人々から愛されました。

本記事では、吉田博の初期から晩年までの木版画を中心に、約200点の作品を集めた「没後70年 吉田博展」の展示内容や見どころを紹介します。

展示風景
《瀬戸内海集 光る海》1926年 / 故ダイアナ妃の執務室に飾られていたことで知られる一作。
《上野公園》1938年 / 東京都美術館のある上野公園が題材となった作品。

※会期は前期(1月26日~2月28日)・後期(3月2日~3月28日)に分かれ、一部展示作品の入れ替えがあります。本記事で取り上げるのは前期期間中に鑑賞できる作品です。
※画像に期間表記のない作品は全期間展示です。

世界を魅了した吉田博の木版画

吉田博

「自然の中に自らを没し、仙骨(=仙人の境地)になりきることで初めて真の自然が描ける」という信念をもっていた吉田博は、徹底的な現場主義で、若き日から自然に飛び込み、風景写生に没頭し厳しく技術を磨いていきました。

1899年、23歳の博は、そのころ多くの日本人画家が留学したフランスではなく、アメリカをチャレンジの場所に選び、自分の絵を持てるだけ持って旅立ちます。日本人らしい抒情的なニュアンスを内包した博の作品は、アメリカの人々の心を魅了。現地で開いた個展で次々に大成功を収めました。

 

水彩・油彩画の分野で名を馳せた博が、本格的に木版画を手掛けるようになったのは、40代も半ばを過ぎてからのこと。1923年、3度目の渡米において現地の人々が、油彩よりもむしろ、玉石混交の木版画をこぞって求めている姿を目の当たりにしたことがきっかけとされています。

帰国後、博はすぐに木版画の制作を開始。その際、伝統的な浮世絵版画の技術に、西洋の写実描写を融合させることを着想します。色分けや構図も、伝統にとらわれないさまざまな工夫を施しました。

そして、特大版の版画への挑戦や、ときに100回近くにおよんだ摺り重ね、同じ版木を用い色を変えて異なる時間の光や大気の様子を表現する「別摺」など、次々に独創的な木版画の世界を広げ、国内外で称賛されました。

《陽明門》1937年 / 浮世絵の平均的な摺り数は10回程度とされるところ、96回という驚異的な数の摺り重ねによって制作されたもの。建築物の複雑な構造や古びが見事に表現されています。
《溪流》1928年 / 縦54.5×横82.8㎝。サイズが大きくなればなるほどズレが生じやすくなるという理由で制作が困難な特大版の作品にも、果敢に取り組んでいます。

「博が木版画で追究したのは、水彩や油彩の繊細な色彩表現を版画で実現することだったのではないでしょうか」と話してくださったのは、東京都美術館の学芸員である小林さん。

博は、自身も彫りや摺りの技を身につけ徹底的に研究したうえで、専属の彫師や摺師を雇い、作業をすべて監修しました。ときに自ら彫りや摺りを担当することもあったとか。自身を指揮者や建築家に例え、「どこまでやれば完成なのか、本人にしかわからない」といわれるほどの複雑な工程でも、完璧を求め一切の妥協をしなかったそう。

《日本アルプス十二題 劔山の朝》1926年 / 名シリーズ「日本アルプス十二題」のなかでも傑作と名高い一作。朝日に赤く色づいた山並みと、夜闇が残る野営地との対比。精緻な摺りによる色彩のグラデーションにより夜明けの瞬間が表現されています。

小林さんはこう続けます。「確かな画力をもった洋画家・吉田博だからこそ表現することのできた光や大気の様子、彼ならではの細やかな色相のニュアンスに注目していただければ」

展覧会を案内してくださった学芸員の小林さん

世界各地の風景を描いた木版画が一堂に。「没後70年 吉田博展」の展示構成

展示風景

本展は、プロローグ~第1章から11章~エピローグまで、おおまかな年代に沿ってテーマごとに吉田博作品を紹介する展示構成となっています。

各章は、アメリカやヨーロッパの風景、富士山や日本の山岳、日本各地の風景、インドと東南アジア、また朝鮮や旧満州の風景など、多様なテーマで構成されています。作品数が多いので、余裕をもった観覧時間を確保しておくといいでしょう。

主な出展作品は木版画ですが、プロローグでは木版画を手掛けるまでの博の歩みを振り返る意味で、代表的な油彩画や水彩画も鑑賞することができます。

《雲井桜》1899年頃 水彩、紙 福岡県立美術館 展示期間:1月26日~ 2月28日
《渓流》1910年 油彩・カンバス 福井市美術館

資料として写生帖も展示されています。必ずしも写生の構図どおりに木版画が制作されたわけではなかったようですが、博の目と絵心をとらえたものが何だったのか、その一端を垣間見られます。

資料といえば、木版画の版木が出展されていることにも注目。展示されている《冨士拾景 朝日》の主版(輪郭線を表すための版木)と色版を、完成作と見比べてみることで、彫りや摺りの難しさをより率直に理解することができました。

写生帖 / 鉛筆と水彩により各地の風景が描き留められていて、「早描きの天才」ぶりが伝わってきます。
(左)《冨士拾景 朝日 色版》(右)《冨士拾景 朝日 主版》1926年

さらに映像展示もあり、一つは木版画の制作工程を紹介する映像、もう一つは博の生涯を簡潔に紹介する映像です。特に後者は講談調のナレーションが入っているので、とてもわかりやすく楽しめました。

映像展示

注目作品と見どころをピックアップ紹介

吉田博は、日本に生きる洋画家として、世界に対抗しうるオリジナルな「絵」とは何かを模索し続けました。その熟考の末にたどりついた答えこそが木版画だったのです。見どころは数え切れませんが、ここでは筆者が特にすばらしいと感じたポイントをピックアップして紹介します。

見どころ① 登山家ならではの視点で描かれた山岳風景

《欧州シリーズ ユングフラウ山》1925年
《米国シリーズ グランドキャニオン》1925年
《冨士拾景 御来光》1928年

自然を愛した博は、毎年夏になると山に籠って写生に明け暮れるほど、とりわけ山に強い関心をもっていました。本格的な登山により眺めた風景を多く作品に残していることから、「山の画家」「山岳画家」と呼ばれています。

山の頂きまで登り、天候が千変万化する山岳に対峙しながら、自分が求める一瞬のために納得いくまで何日でも野営していたそう。そうして写しとった雄大な山岳風景は、博の作品の中でも最上の見どころの一つ。

中でも《冨士拾景 御来光》のように、山頂から雲海を見下ろす構図は山岳画家の面目躍如といっていいでしょう。絶妙な切れ間が生まれた流れ雲と、奥から上り始める太陽が完璧なタイミングで写しとられ、その明媚なさまは筆舌に尽くしがたいほど。何者も侵しがたい静寂に包まれた山の姿がそこにあります。

見どころ② 時間の変化を色彩で巧みに表現した「別摺」の作品

(左)《欧州シリーズ スフィンクス 夜》(右)《欧州シリーズ スフィンクス》1925年
《瀬戸内海集 帆船》シリーズ6作
《瀬戸内海集 帆船 朝》1926年
《瀬戸内海集 帆船 午後》1926年

博は、同じ版木を使って異なる色の作品をつくる「別摺」の技法を用い、「朝」と「夜」など、時間の経過で移ろいゆく視界の変化を表現しました。

例えば、博の代表作の一つである《瀬戸内海集 帆船》シリーズでは、「別摺」によって「朝」「午前」「午後」「霧」「夕」「夜」と、異なる瞬間の同じ光景が描かれ、光や大気の違いが色彩で表情豊かに描写されています。

「ただ色を変えただけでしょう?」と思うなかれ。「午前」の帆船の帆だけには、遊び心なのかうっすらと模様が加えられています。「夕」の後方に描かれた船のシルエットは「午後」にはなかったもの。「夜」には帆船の中と背景に光が灯され……などなど、比べれば比べるほどディティールに細かな差異が見つかり、飽きることがありません。

ひときわ美しいのは「朝」。朝日が逆光となり、帆船の輪郭が赤く色づき、海原と空との境がグラデーションによって曖昧にされていることで幻想的な雰囲気に。柔らかな印象を受ける太陽の輝きをよく観察すると、同心円状に細かく色が白抜きされているのがわかります。

このように、「別摺」であっても一つひとつ惜しみない手間がかけられている点にも、ぜひ注目してみてください。

見どころ③ さまざまな光の描写

《東京拾二題 神樂坂通 雨後の夜》1929年
《印度と東南アジア フワテプールシクリ》1931年

展示作品を鑑賞していると、博が光の描写にも並々ならぬ情熱を注いでいることが伝わってきますが、皓々たる月や提灯の灯りなど、闇の中に優しく落とされる光の情趣はなんとも言い難い魅力があります。

特に存在感を放つのは、沈む寸前の夕日から届くような黄金色の光。

《印度と東南アジア フワテプールシクリ》に見られる、イスラム建築のアラベスクからにじみ出る金の光は、異国の空気を余さず伝えています。

この乱反射を表現するために淡い同系色が何度も摺り重ねられたそうですが、もはやどのように版を重ねたのか見当もつかず、博は魔法が使えたと言われたら信じられそうなほど。輪郭線が抑えられているためか、言葉を失うような美しさと相まって、どこか宙に浮いたような、この世のものではない世界を覗いたような印象を見る者に抱かせます。

見どころ④ 水面の倒影

《山中湖》1929年
《東京拾二題 亀井戸》1927年

海をはじめ、川、池、湖、水たまりと、博の木版画にはさまざまな種類の水辺が登場します。それらの水面には風景や建物が映り込み、中には水面に映った景色があってはじめて構図が完成するような作品があるところも見どころです。

筆者が唸ったのは、《山中湖》の見事な逆さ富士や、《東京拾二題 亀井戸》に見られる太鼓橋の実体と池の影とのシンメトリー。

後者は一見すると、満開を迎えた藤の花房に目が行きがちですが、視線を下にずらしてみれば、藤よりもよほどこだわっていたのでは、と感じるほどリアルに描かれた橋の投影に刮目するでしょう。太鼓橋が影と織りなす構図が奇妙なぐらいに美しいこと。真偽はどうあれ「博はこれこそ絵に写しとりたかったのだ」と腑に落ちるようでした。博の美意識の在りようがいかなるものか、想像が膨らむ作品です。

 


博の木版画の美しさに圧倒された後は、展覧会グッズのチェックも忘れずに。
額絵ポスターやポストカードといった定番アイテムはもちろん、トートバッグ、A5ノートブック、チケットファイル、マスクケース、風呂敷、塗り絵セット、変わり種としてはチョコかりんとうなど、吉田博作品の魅力を生かした本展覧会オリジナルのグッズも用意されていました。

図録とグッズの一部はオンラインショップでも購入可能で、展覧会に足を運べないという方は公式図録(税込2,200円)で博の世界に浸るのもおすすめです。

<オンラインショップ https://www.mainichi.store/categories/3121995

展覧会グッズ売り場
A5ノートブックには《上野公園》デザインのものも。観覧記念にピッタリかもしれません。

なお、2月9日からは、本展で展示される吉田博の版画作品と、東京国立博物館所蔵の吉田博の油絵作品《精華》、そして吉田博と同時代の芸術家である黒田清輝の作品を常設展示している黒田記念館の作品について紹介する、無料の音声解説プログラムが配信されるとのこと。スマートフォン、タブレット、PCで聴くことができ、会場でも自宅でも、二人の芸術の足跡をたどる旅が楽しめます。

<詳細はこちら https://www.tobikan.jp/information/20210126_1.html

東京都美術館「没後70年 吉田博展」の開催は2021年3月28日まで。
年々人気が高まる吉田博の大規模展覧会を、ぜひ見逃さないようにしてください。

 


「没後70年 吉田博展」

会期 2021年1月26日(火)~3月28日(日)
※会期中、一部展示替えがあります。
会場 東京都美術館 企画展示室
開室時間 午前9時30分〜午後5時30分(入室は午後5時まで)
休室日 毎週月曜日
観覧料 一般 1,600円、大学・専門学校生 1,300円、高校生 800円、65歳以上 1,000円
※中学生以下は無料(証明できるものを持参)
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料(証明できるものを持参)
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、毎日新聞社、日本経済新聞社
共催 トヨタ自動車、ニューカラー写真印刷
公式ページ https://yoshida-exhn.jp

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【国立科学博物館】企画展「メタセコイア -生きている化石は語る」 開催のお知らせ ≪2021年1月26日㈫~4月4日㈰まで≫

国立科学博物館
「メタセコイア ー生きている化石は語る」ポスター

 

独立行政法人 国立科学博物館(館長:林 良博)は、2021年1月26日(火)から2021年 4月4日(日)までの期間、企画展「メタセコイア -生きている化石は語る」を開催いたします。
【詳細URL: https://www.kahaku.go.jp/event/2021/01metasequoia/ 】

 

  • 企画展「メタセコイア -生きている化石は語る」開催概要

「生きている化石」と呼ばれるヒノキ科の針葉樹メタセコイアが三木茂博士(1901 年~1974 年)によって命名されてから 2021 年で80年を迎えます。
本展では、メタセコイアの発見や保護をめぐる研究者たちの努力を紹介するとともに、植物と地球環境の変化の関わりを解説します。また、その保護活動の紹介を通じて、現代の私たち人類が直面する環境問題などの課題にも向き合います。

メタセコイア樹幹化石 写真提供:筑波大学生命環境系

 

メタセコイア化石 所蔵:国立科学博物館

【会   場】国立科学博物館 日本館1階 企画展示室(東京都台東区上野公園 7-20)

【会   期】2021(令和 3)年1月26日(火)~4月4日(日)

【開館時間】午前9時~午後5時

【休 館 日】毎週月曜日(ただし、3月29日(月)は開館)
※会期等は変更となることがあります。

【観覧料金】常設展示入館料のみでご覧いただけます。
(一般・大学生:税込630円、高校生以下および 65歳以上無料)

【入館方法】新型コロナウイルス感染拡大防止の対策を実施しています。
※入館にあたっては、当館ホームページでの事前予約が必要です。
※入館前に検温、体調等の確認をし、発熱等がある場合は入館をお断りします。
※入館方法の詳細等については、当館ホームページの予約サイトをご覧ください。
https://www.kahaku.go.jp/news/2020/reservation/index.html

【主  催】国立科学博物館

【協  力】アキシマエンシス(昭島市教育福祉総合センター)、一般財団法人日本緑化センター、大阪市立自然史博物館、大阪市立大学理学部附属植物園、神奈川県立生命の星・地球博物館、宮内庁、滋賀県立琵琶湖博物館、筑波大学生命環境系、東京大学大学院理学系研究科附属植物園、福井県立恐竜博物館、福島県立博物館

【詳細URL】https://www.kahaku.go.jp/event/2021/01metasequoia/

 

  • 展示内容

■メタセコイアってどんな植物?
メタセコイアは校庭や並木道など身近なところで見られる落葉樹です。その特徴やなぜ「生きている化石」と呼ばれるのかを紹介します。

メタセコイアの木

■世界が驚いたメタセコイアの発見
三木博士が名付けた化石のメタセコイアと、その後発見された現生種。2つの「発見」にまつわる物語を紹介します。

三木茂博士 写真提供:大阪市立自然史博物館

■メタセコイアが生きた時代とは?-日本の化石産地から-
東京と近畿で発見されたメタセコイアの化石林研究の成果をもとに、数百万年前の環境やそこに暮らした動植物を紹介します。

古琵琶湖周辺の景観図 画:ブライアン・ウィリアム 所蔵:滋賀県立琵琶湖博物館

■メタセコイアはなぜ日本から絶滅した?
北極圏にまで広がっていたメタセコイアがなぜアジアの一部地域だけに残り、日本から姿を消してしまったのか、そのミステリーに迫ります。

国内最古のメタセコイア化石 所蔵:福島県立博物館

■メタセコイアの現在・未来
現生種発見のあと、研究者たちの努力でメタセコイアは再び世界に広がりました。自生地や日本での保全活動を紹介します。

メタセコイア自生地(中国・湖北省) 写真提供:塚腰実、厚井聡

■メタセコイアから何を学ぶ?
絶滅をのがれたメタセコイアは、いま再び環境問題に直面しています。「生きている化石」を通じて、私たちは何を学んだらよいのでしょうか?

三木博士が研究したメタセコイア標本 所蔵:大阪市立自然史博物館

 

  • 国立科学博物館

※現在、入館には事前予約が必要です。ご来館前に必ず公式ホームページをご覧ください。
【開館時間】9:00 ~17:00
【休 館 日】毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)
【入 館 料】 一般・大学生 税込630円、高校生(高等専門学校生含む)以下および65歳以上 無料
【所 在 地】〒110-8718 東京都台東区上野公園 7-20
【問い合わせ】050-5541-8600(ハローダイヤル)
【公式ホームページ】https://www.kahaku.go.jp/

 

記事提供:ココシル上野


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【東京国立博物館】「日本のたてもの展」会場レポート―伝統建築の巨大模型が大集合!(~2021/2/21まで開催)

東京国立博物館

 

日本の伝統建築の造形的特徴や工匠の技を、模型や図案などの資料を通じて紹介する展覧会「日本のたてもの ―自然素材を活かす伝統の技と知恵」が、東京国立博物館、国立科学博物館、国立近現代建築資料館の3館合同で開催中です。

会場ごとに展示テーマと会期が異なる本展。
今回は、東京国立博物館で12月24日にスタートした「古代から近世、日本建築の成り立ち」をテーマとする展示を見てきましたので、会場の様子や展示作品についてレポートします。

 

*東京国立博物館「古代から近世、日本建築の成り立ち」
  会期:2020年12月24日~2021年2月21日
*国立科学博物館「近代の日本、様式と技術の多様化」
  会期:2020年12月8日~2021年1月11日
*国立近現代建築資料館「工匠と近代化―大工技術の継承と展開―」
  会期:2020年12月10日~2021年2月21日
 

《東大寺鐘楼 1/10模型》1966年・尾田組製作/東京国立博物館蔵/原建物1207-1211年・国宝
《如庵 1/5模型》1971年・京都科学標本製作/国立歴史民俗博物館蔵/原建物1618年頃・国宝
《東福寺三門 1/10模型》1979年・大栄土建工業、祖田康三ほか製作/国立歴史民俗博物館蔵/原建物1405年・国宝

《仁科神明宮本殿 1/10模型》1973年・伊藤平左ェ門建築事務所製作/国立歴史民俗博物館蔵/原建物17-18世紀・国宝

 

仏堂、城郭、茶室――バラエティに富んだ古代~近世の伝統建築模型19件を展示。

政治・宗教といった社会的条件の中で、気候や地域に適応し、時代ごとの美的感覚を吹き込みながら、変化と多様化を繰り返してきた日本の伝統建築。

建築模型は、そんな伝統建築に見られる工匠たちの優れた技術や美意識を凝縮して表現したもの。木・土・石……多様な自然素材を生かした造形的特徴、さらには日本建築史そのものを俯瞰するのに便利な存在といえるでしょう。

「古代から近世、日本建築の成り立ち」で展示されているのは、法隆寺五重塔、松本城天守、東福寺三門、如庵など、原建物が国宝・重要文化財である模型がメイン。細部まで精巧に再現した模型19件で、近世までの伝統建築の様式や意匠を鑑賞していきます。

これだけの模型が一堂に会すことは稀ですし、中にはこれまでほとんど披露される機会のなかった建築模型も含まれているなど、貴重な展覧会となっています。
 

会場内には伝統建築を受け継ぐ職人や技術についての丁寧な紹介パネルも。

大迫力! 縮尺1/10模型の存在感

展示風景 左から《一乗寺三重塔 1/10模型》《法隆寺五重塔 1/10模型》《石山寺多宝塔 1/10模型》

 
本展の会場は、東京国立博物館の中にある表慶館。1~2階の各部屋で、「中世の仏堂」「神社」「民家」といった幅広いカテゴリで作品が分類されていました。

出展されている建築模型の多くは、縮尺サイズが原建物の1/10とかなり大きめ。非常に迫力があり、全体の構造はもちろん装飾品の一つひとつまでじっくりと確認できます。

また、周囲360度どこからでも鑑賞できるように配置されている模型もあれば、東福寺三門や唐招提寺金堂など、内部構造を確認できるように分割製作された模型も複数ありました。

前から後ろから、斜めから下からと、いろいろな角度から作品を鑑賞するのがおすすめです。

 

《唐招提寺金堂 1/10模型》1963年・伊藤平左ェ門建築事務所製作/東京国立博物館蔵/原建物8世紀・国宝

 
というのも、たとえばこちら。唐招提寺金堂の1/10模型(分割)は、実は天井裏に原建物を再現した美しい極彩色の模様が描かれているそう。しかし筆者はうっかり見逃して後悔しているところなので、これから行かれる方は隅々まで鑑賞してみてください。

どの模型も探せば探すほど見どころだらけです。宝探しのような気持ちで楽しめるかもしれません。
 

模型作品をピックアップ紹介

《大仙院本堂 1/10模型》1969年・伊藤平左ェ門建築事務所製作/国立歴史民俗博物館蔵/原建物1513年・国宝

同上

 
日本最古の「床の間」をもつとされる大徳寺大仙院の本堂は、禅院方丈建築を代表する建物で国宝にも指定されています。

この1/10模型(分割)でぜひ注目してほしいのは障屏画。狩野元信の代表作の一つ《四季花鳥図》まで細かく再現されているのには目を見張りました。

現在は掛幅に改装されていますが、もともと八面の襖絵だったもの。このように襖絵が入っていた当時の大仙院を鑑賞できるのも、模型ならではの面白さといえるのかもしれません。

 

《松本城天守 1/20模型》1963年・伊藤平左ェ門建築事務所製作/東京国立博物館蔵/原建物16世紀・国宝

同上

 
松本城は、姫路城とともに五重天守の代表遺構で、現存する五重天守としては日本最古ともいわれています。日本の代表的な城郭建築の例として模型が製作されたそう。

この1/20模型(分割)も見ごたえ十分。外からは内部がどうなっているのかまるで想像がつきませんが、こうして断面から全体の構造を見ると「階段の配置が面白い」「空間自体はかなりシンプルなんだ」などさまざまな気づきもあり、新鮮でワクワクとした気分に。

 

《明治度大嘗宮 模型》明治時代・式部職製作/宮内庁蔵/原建物1871年

 
2019年11月、新天皇即位を受けて、国家や国民のために安寧と五穀豊穣などを祈る宮中祭祀「大嘗祭」が開かれ、一般公開もされました。

そのためだけに建設された祭場「大嘗宮」はすでに解体されていますが、本展では1871年の明治天皇即位の大嘗祭で使われた「明治度大嘗宮」の模型が展示されています。

令和の「大嘗宮」は板葺の屋根でしたが、こちらは伝統的な茅葺屋根の建築群が並んでいました。

宮内庁の式部職が製作したもので、大正時代までは東京国立博物館で展示されていたそうですが、その後は倉庫へしまい込まれた状態だったとか。これほどの大作が長年埋もれていたとはもったいない……!
 

◆2019年に焼失した首里城正殿の模型も。

《首里城正殿 1/10模型》1953年・知念朝栄製作/沖縄県立博物館・美術館蔵/原建物18世紀前半(1945年焼失)

 
18世紀前半頃に建ったとされ、かつては琉球王国の文化や外交の中心地であり、沖縄の歴史を象徴するシンボルとも呼べる首里城。

沖縄戦で戦災に遭い、1992年に主な施設が復元されましたが、2019年10月の大規模火災により正殿を含む6棟が全焼。激しく炎が燃え上がる様子は連日ニュースで取り上げられましたので、記憶に新しいという方も多いのではないでしょうか。

本展にはそんな首里城正殿の1/10模型も出展。戦前の解体修理に参加した知念朝栄という大工が1953年に製作した作品で、沖縄県外の展覧会に出されるのは今回が初めてとなるそう。

日本と中国の建築様式が混じった独特な意匠が見られ、たとえば二層三階建ての建物や正面末広がりの階段などは、琉球独自のものなのだとか。

原建物の特徴的な朱色こそ見られませんが、同フロアに配置された在りし日の正殿の写真と見比べながら、2026年の再建へ思いが募りました。

 

 

 

12月17日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、日本の宮大工や左官が継承してきた17分野の技術をまとめた「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」のユネスコ無形文化遺産登録を決めたばかり。

今だからこそ、ぜひ「日本のたてもの ―自然素材を活かす伝統の技と知恵」展で、あらためて日本人がこれまで培ってきた技術と美意識に触れてみていかがでしょうか。

 

オリジナルデザインのグッズが非常にかわいかったです!

 

開催概要

「日本のたてもの ―自然素材を活かす伝統の技と知恵」
会場テーマ「古代から近世、日本建築の成り立ち」

会期 2020年12月24日(木)~2021年2月21日(日)
会場 東京国立博物館 表慶館
開館時間 午前9時30分~午後5時
*金曜・土曜日は午後9時まで開館
*1月2日(土)、8日(金)、9日(土)は午後5時に閉館
休館日 月曜日、2020年12月26日(土)~2021年1月1日(金・祝)、1月12日(火)
*ただし、1月11日(月・祝)は開館
観覧料 一般1,500円、大学生1,000円、高校生600円
*中学生以下および障がい者とその介護者1名は無料。
注意事項 *入館はオンラインによる事前予約(日時指定券)制です。
*定員に達していない場合は当日受付が可能です。
チケットはこちらから↓
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tatemono/ticket.html
公式ページ https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tatemono/

 

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【東京国立博物館】特別展「桃山―天下人の100年」内覧会レポート【10/6~11/29開催】

東京国立博物館

 

2020年10月6日(火)~11月29日(日)の期間中、東京・上野にある東京国立博物館 平成館にて、特別展「桃山―天下人の100年」が開催されています。

先日、先立って開かれた報道内覧会に参加してきましたので、展示作品や会場の様子をレポートします。

特別展「桃山―天下人の100年」はこんな展覧会

 

 

1573年の室町幕府の滅亡から1603年の江戸幕府開府まで、30年にわたり続いた安土桃山時代。日本が戦国武将の台頭する動乱の時代から、江戸幕府による安寧の時代へと移り変わる、目まぐるしい変化の中にあった時代です。

日本美術史上、もっとも豪壮・華麗だとされる「桃山美術」は、その中で花開きました。

特別展「桃山―天下人の100年」は、安土桃山時代を中心とした、室町時代末から江戸時代初期にかけての100年の中で変化していった日本人の美意識を、その時代を代表する約230件の美術作品によって確かめてみよう、という展覧会です。

 

国宝 狩野永徳筆《洛中洛外図屛風(上杉家本)》 室町時代・1565年 山形・米沢市上杉博物館 前期展示  織田信長が上杉謙信に送ったとされる屛風

展覧会のポイント① 国宝・重要文化財が目白押し!

 

本展では国宝・重要文化財が、前期・後期合わせてなんと100件以上も出展されていますそれ一つ一つが展示の目玉となり得る選りすぐりの名品たちが、全国からこの東京国立博物館に集結。

《洛中洛外図屛風(上杉家本)》《聖フランシスコ・ザビエル像》など、教科書で一度は見たことがあるような有名作品が顔を揃えています。また織田信長や徳川家康ゆかりの品々も並び、戦国ファンなら一度は見ておきたい展示といっていいかもしれません。

展覧会のポイント② 要チェック!前期・後期で展示作品が入れ替わる

 

本展は会期が前期・後期に分かれていて、かなりの数の作品が入れ替わりますので要注意

・前期展示は10月6日(火)~11月1日(日)
・後期展示は11月3日(火・祝)~11月29日(日)

全期展示の作品もあれば、前期のみ、後期のみ、一部は特定期間のみのものも存在するので、絶対に見たい作品がある場合は、事前に展示期間をチェックしておくのがおすすめです。展示替えの詳細は公式サイト等でご確認ください。

本記事でご紹介するのは、主に前期で鑑賞できる作品になります。

展示作品紹介

 

展示風景

 

ここからは、前期の展示期間中に鑑賞することができる作品の一部を写真付きで紹介していきます。

■ピックアップ① 障屛画

 

展示品は絵画、茶道具、着物、刀剣、甲冑、硯箱等の調度品などバラエティに富んでいますが、中でも注目すべきは、やはり障屛画をはじめとした大画面の絵画作品。非常に力を入れている印象で、前期・後期とも、狩野永徳や長谷川等伯、曽我直庵といった、安土桃山時代を代表する画家たちによる不世出の名画が数多く集められています。

天下統一の機運が高まる中、各地の経済活動と文化交流が活発になり、海外との往来によってさらに人々の世界が開かれていった時代。当時の気風を反映したかのように生まれた豪華で壮大な美術たち。障屛画は、そのスケールの大きさを一番率直に感じられるジャンルといってもいいでしょう。

 

重要文化財 土佐光茂筆《日吉山王祇園祭礼図屛風》 室町時代・16世紀 東京・サントリー美術館 前期展示
伝 狩野永徳筆《四季花鳥図屛風》 安土桃山時代・1581年 兵庫・白鶴博物館 10月6日~25日まで展示
曽我直庵筆《龍虎図屛風》 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館 前期展示

 

六曲一双のそれぞれ一面に大きく描かれた龍と虎。水墨画を得意とした曽我直庵による《龍虎図屛風》は、前期の展示の中で一・二を争うくらいに迫力のあった屛風絵です。幻想的でありながら威圧的でもあり、安土桃山時代らしい豪壮さに満ちています。

 

国宝 狩野永徳筆《檜図屛風》 安土桃山時代・1590年 東京国立博物館 前期展示

 

スピード感のある筆致により形取られた、画面を突き破らんばかりに広がる幹と枝は、植物にもかかわらず動的な生命力に満ちており、まるで龍のよう。大画様式を確立した永徳による《檜図屛風》は、荒々しく、見る者に圧倒的な存在感で迫ってきます。

■ピックアップ② 武具甲冑

 

戦いが続いた安土桃山時代では、合戦に勝ち抜くために武器や防具も大きく発展していきました。たとえば、主に民衆の間で普及していた実用的な刀装「打刀」を、趣向を凝らしながら武将たちも積極的に用いるように。また全身の防具を揃いの仕立てにする「当世具足」が登場したのもこの時期です。

武将たちは自らの装備品に、実用性を重視しながらもさまざまな装飾や工夫を施し、地位や風格を示していきました。展示ではそのような、当時の武将たちの生き様を感じられる作品が鑑賞できます。

 

《紺糸威五枚胴具足》 安土桃山~江戸時代・16~17世紀  宮城・仙台市博物館 全期展示
重要文化財 《紺糸威南蛮胴具足》 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館 全期展示
《白糸威一の谷形兜》 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館 全期展示

 

源平合戦で特に有名な「一の谷の戦い」の舞台となった、一の谷の断崖を表したとされる頭立と、長さ90cmを越える、天に向かってそびえ立つように挿された大釘形の後立。《白糸威一の谷形兜》は、徳川家康から水戸徳川家に伝えられたとされる変わり兜です。

まるで角のような大釘は、敵を打ち貫くものとして武将たちに好まれたモチーフ。もともとは全体に銀箔が押されていたとされ、この威嚇的な造形とあいまって、身に着ける者の心をいかに奮い立たせたか、想像を掻き立てられます。

 

国宝  [刀身]長船真光《太刀 銘 真光》鎌倉時代・13世紀 [刀装]《梨地糸巻太刀》 安土桃山時代・16世紀 山形・致道博物館 全期展示
重要文化財 《黒漆打刀》 江戸時代・17世紀 10月6日~25日まで展示

 

こちらの《黒漆打刀》は、徳川家を代々渡り歩いたとされる名刀中の名刀《本庄正宗》を納めるために作られた刀装。展覧会への出展は今回が初となるそう!

「打刀」は安土桃山時代に発展したものですが、この刀装の表現は室町時代から伝統的に作られてきたものということで、革新と伝統の交わりを確認できる、まさに歴史の過渡期を思わせる逸品です。

鞘のひやりとした黒漆と、三所物に飾られた菊や桐などの格調高い金色装飾が気品を感じさせました。

■ピックアップ③ 南蛮美術関係の作品

 

絵画、武具甲冑といった作品のジャンルではありませんが、南蛮美術の存在も安土桃山時代の美を語る上では不可欠なもの。

フランシスコ・ザビエルによるキリスト教の布教、ポルトガル船やスペイン船の往来によって盛んになった海外との文化・経済交流、そして鎖国体制の開始まで。西洋諸国との関係において、状況が激しく変化していったのがこの時期のことです。もちろん、美術の世界にも多大な影響がありました。

南蛮美術とは、そんな西洋との出会い、西洋への興味や憧れによって成立した美術作品を指します。

 

重要文化財 《日本図・世界図屛風》 安土桃山~江戸時代・16~17世紀 前期展示
重要文化財 《聖フランシスコ・ザビエル像》 江戸時代・17世紀 兵庫・神戸市立博物館 10月6日~25日まで展示
重要文化財 《花鳥蒔絵螺鈿聖龕》 安土桃山時代・16世紀 九州国立博物館 前期展示

 

一際目を引いたのは《花鳥蒔絵螺鈿聖龕》。聖龕と書いて「せいがん」と読みます。聖龕はキリスト教の聖画を納めるもののことで、こちらは海外に輸出された南蛮美術の一つ。

屋根や枠など、正面から見える範囲にはびっしりと文様装飾が施されていますが、特に観音開きの扉を埋め尽くすように描かれた花鳥文様は、言葉をなくすほどの美しさがあります。中に入れられているテンペラ画と合わせて見どころの尽きない作品です。

 

 

ピックアップしたジャンル以外にも、《瓢花入 銘 顔回》や《黒楽茶碗 銘 禿》(いずれも前期展示)といった茶の湯の大成者・千利休ゆかりのやきもの。段や筋を重視するデザインから、徐々に絵画的なデザインへと流行が変化していく過渡期の意匠が見られる衣服《小袖 染分綸子地小手毬松楓模様》(全期展示)などなど。

見どころがありすぎて、瞬く間に時間が過ぎ去ってしまいました。

 

重要文化財 [書]本阿弥光悦筆 [絵]俵屋宗達筆《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》 江戸時代・17世紀 京都国立博物館 前期展示  無二の美的世界が広がる絵巻の傑作。書と金銀泥の鶴が呼応するかのように優美に描かれています。
重要文化財 本阿弥光悦筆《子日蒔絵棚》 江戸時代・17世紀 東京国立博物館 全期展示  大胆な意匠構成が目を引く「源氏物語」をモチーフにした蒔絵棚。側面の蒔絵がまるで星のよう。

充実のミュージアムグッズ

 

帰路につく前に、ぜひミュージアムグッズのコーナーもチェックしてみてください。出展作品をモチーフにしたインテリア雑貨やTシャツ、日用品など幅広いアイテムが揃っていました。

 

《洛中洛外図屛風》や《檜図屛風》などをモチーフにしたミニチュア屛風
8bit風にかわいくデザインされた武将のミニメモセット
《龍虎図屛風》の虎がデザインされたTシャツやトートバッグ
展覧会オリジナルグッズであるザビエル入浴剤(サビエル入浴剤とはいったい……?)

 

特別展「桃山―天下人の100年」の開催は11月29日(日)まで。

新型コロナウィルス感染対策により、完全な事前予約・時間指定制となっていますのでご注意ください。

全国から名だたる逸品が集まった貴重な展覧会。芸術の秋に、ぜひ足を運んでみてくださいね。

 

開催概要 ※完全事前予約制・時間指定制

展覧会名 特別展「桃山―天下人の100年」
会期 2020年10月6日(火)~11月29日(日)
◇前期展示:10月6日(火)~11月1日(日)
◇後期展示:11月3日(火・祝)~11月29日(日)
休館日 月曜日 (ただし11月23日[月・祝]は開館)、11月24日(火)
開館時間 午前9時30分~午後6時
※金曜、土曜日は午後9時まで開館
会場 東京国立博物館 平成館
入場料 一般  2,400円
大学生 1,400円
高校生 1,000円  ※すべて税込
主催 東京国立博物館、読売新聞社、文化庁
公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/momoyama2020/

<参考資料> 読売新聞社『特別展「桃山―天下人の100年」図録』

 

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悪の権化、逆転女王・・・王家の「人物」を読み解く展覧会。【上野の森美術館】(~2021/1/11)「KING&QUEEN展」プレス内覧会レポート

上野の森美術館

 

2020年10月10日(土)~2021年1月11日(月・祝)まで、上野の森美術館で「KING & GUEEN展」が開催されています。公開前日にメディア向けの特別内覧会が開催されましたので、今回はその様子をお伝えいたします。

肖像でたどる、英国王家の物語。

 

展示会場入口。正面を飾るのはエリザベス2世の肖像画
エリザベス1世の肖像画(作者不詳)。大英帝国の礎を築き、権勢を振るった
会場は五つのエリアに区分けされ、王朝ごとに肖像画を展示。こちらはステュアート朝エリア
非常にサイズの大きな肖像画も多く、見応えがある。こちらはステュアート朝の最後を飾ったアン女王
ヴィクトリア女王のエリアでは美しい大理石の彫像とともに作品を展示
写真というメディアが肖像画に代わるようになった現代。手前にはハリー王子とメーガン妃の姿が

 

日本と同様、国家として王室を戴き、その歴史を保ち続けている国イギリス。
ハプスブルク、オマノフ、オスマン・トルコ・・・第一次大戦を経て数々の王朝が瓦解する中、イギリス王朝は時代時代で名称や形態を変えながらも、その血脈を五百年以上も受け継いできました。

「KING&QUEEN展」は、今なお世界中から注目を集め続ける英国王室の歴史を肖像画でたどる展覧会。世界屈指の肖像専門美術館であるロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリーのコレクションにより、テューダー朝から現在のウィンザー朝までの貴重な肖像画・写真など約90点を展示します。

本展サポーターのデヴィ夫人も登場!

 

 

また、報道内覧会では本展のサポーターに就任したデヴィ夫人が登場。
以前は絵画において「天才」と呼ばれ、一時はその道を志すことも考えたというデヴィ夫人。絵画や王族のファッションへの確かな見識を示しながらも、ダイアナ妃と競馬の祭典で出会ったエピソードなど、まさにデヴィ夫人にしか話せないような「セレブな」話が数多く披露されました。

最後に「展覧会のここを見てほしい、というポイントは?」と問われると、
「英国の歴史、出来事の背景、その人物がどういう運命をたどったのか。日本の方にはほとんど知られていないことかもしれません。しかし、肖像画というのは本当に深い部分まで訴えているもの。ぜひ、キャプションをよく読みながら鑑賞して理解を深めてもらえればと思います」
と、サポーターとして本展の楽しみ方について語ってくださいました。

肖像画とは、物語だ。

 

 

英国は偉大なる劇作家シェイクスピアを生んだ国としても有名です。つまり、英国民は生まれながらに人物好き、歴史好き、そして物語好きと言えるかもしれません。

無心に色彩や構図を味わうのも絵画の楽しみ方のひとつですが、時代による画風やファッションセンスの変遷、画面の細部に込められた寓意、そして絵画の背景に込められた「物語」・・・。そうしたものを味わうことによって、より一層目の前の絵画が生き生きと輝きだす瞬間があるのかもしれません。

ここでは、展示された肖像画の中から編集部が三点をピックアップ。その背景に流れる「物語」をちょっとだけご紹介します!

 

《ヘンリー8世》 作者不詳(ハンス・ホルバイン[子]の原作に基づく) 17世紀か

 

愛か、信仰か。英国史上もっとも残酷な王。

ハンス・ホルバイン[子]が1536年に描いたものに基づくとされる、ヘンリー8世の肖像画。豪華な衣服や宝飾品で飾り立てられた伝統的な王族の表現により、まさに権勢の頂点にあるヘンリー8世の威厳を示しています。

彼の驚くべきは、生涯6人の妻と結婚し、その妻たちを離婚・追放、挙句の果てには処刑までおこなっているということ。さらには二番目の妻アン・ブーリンと結婚するために、離婚禁止のローマ教会を敵に回し、ついには英国国教会の設立にいたります。まさにこれが発端となり、世には宗教改革の嵐が吹き荒れることに・・・。

まさに、愛に狂い、愛のために歴史を変えた男と言えるかもしれません。

 

《レディ・ジェーン・グレイ》 作者不詳  1590-1600年頃

 

断頭台に散った、16歳の儚き人生。

中野京子「怖い絵」で取り上げられ、一躍有名になったポール・ドラローシュの《レディジェーングレイの処刑》。こちらは生前ではなく、死後にレディ・ジェーン・グレイを弔うために描かれた板絵です。両目と口の上には引っ掻かれたような傷が残っており、その歴史の中で聖像破壊を目的とした攻撃を受けたことを示しています。

ヘンリー8世の孫娘である彼女の治世はたった9日しか続かず、ローマ・カトリックを信仰するメアリーによって王位を奪われ、わずか16歳の身で断頭台にその若い命を散らすことになりました。

 

《ジョージ4世》 トーマス・ローレンス 1814年頃

 

なかなかのイケメン。でもあだ名は「クジラ王子」?

若い頃からハンサムで教養も深く、「イングランドいちのジェントルマン」とも呼ばれていたジョージ4世。精神疾患を患っていたジョージ3世の代理として国を治め、父親の死去によって即位。特に彼は芸術面における優れた支援活動で世に知られています。

「ジェントルマン」の名に恥じぬ容姿端麗な姿。この魅力的な造形はメダル用に作られたものですが、結局メダルは鋳造されることはありませんでした。なぜか。
それは、彼が見る影もなくぶくぶくと太ってしまったからです・・・。浪費や放蕩が絶えず、お世辞にも素行が良いとは言えなかったようで、ついたあだ名は「クジラ王子」。うーん、残念!

 

開催概要

展覧会名 ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵
KING&QUEEN展 ―名画で読み解く 英国王室物語―
会 期 2020年10月10日(土)〜2021年1月11日(月・祝)
10:00~17:00 金曜日は10:00~20:00 <1月1日(金祝)は17:00まで>
※最終入館は閉館の30分前まで
※会期中無休
入場料 平日  一般¥1.800  高・大学生¥1,600  小・中学生¥1,000
土日祝 一般¥2,000  高・大学生¥1,800  小・中学生¥1,200
日時指定制を導入しています。
入場方法・チケット購入などこちらよりご確認ください。
会場 上野の森美術館
公式サイト https://www.kingandqueen.jp/

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【東京都美術館】アーカイブズ資料展示「旧館を知る」を開催

東京都美術館

 

事前予約不要 ・ 観覧無料

 

Archives Exhibition 2020 Remembering the Tokyo Metropolitan Art Museum’s Original Building

 

東京都美術館は、北九州出身の実業家、佐藤慶太郎が100万円(現在の約32億円相当)を寄付したことにより建設され、1926(大正15)年5月1日に開館しました。

 

当時「東京府美術館」と呼ばれたその建物は、岡田信一郎による設計のもと、近代クラシック様式により建設されました。『美の殿堂』にふさわしく、列柱を構えた堂々たる建物は、数多の展覧会の舞台となり、人々の創作活動と交流の場となりました。

旧館外観 1960年撮影

 

今回の展示では、当館が所蔵するアーカイブズ資料を通して、旧館の建設から、1975年の新館(現在の東京都美術館)建設を機にその役目を終えるまでの歩みをたどり、上野の地に生まれた日本最初の公立美術館のたたずまいに思いを馳せる機会にしたいと思います。

旧館建設風景 1924-26年撮影

 

会期:2020年10月6日(火)~12月6日(日) 事前予約不要 ・ 観覧無料
会場:東京都美術館 佐藤慶太郎記念 アートラウンジ(中央棟 1階)
休館日:第1・第3月曜日
開館時間:9:30~17:30
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館

 

 

記事提供:ココシル上野


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10/25まで開催中!「藝大コレクション展2020――藝大年代記(クロニクル)」取材レポート

東京藝術大学 大学美術館

 

2020年9月26日から東京・上野にある東京藝術大学 大学美術館にて開催中の「藝大コレクション展2020――藝大年代記(クロニクル)」に行ってきました!

皆さんはもう足を運ばれたでしょうか?

この記事では、本展の展示内容や見どころについてレポートしていきます。

 

特にすばらしかったのは、展示室にぐるりと並べられた、かつての在学生たちが納めてきた自画像、その数100点以上!

後年に画壇で活躍した人、才能がありながら若くしてこの世を去った人。それぞれが学生だった当時の自意識や趣味関心など、自己のありようがまざまざと投影された自画像を一度に見比べて楽しめる、非常に見ごたえのある展示になっていました。

「藝大コレクション展」はどんな展覧会?

 

前身である東京美術学校(以下「美校」)開校から現在に至るまで、約130年以上の歴史をもつ東京藝術大学(以下「藝大」)。藝大はその歴史の中で、さまざまな美術資料を収集してきました。

学生たちの教育・研究資料として方々から買い上げられた作品や、黒田清輝や横山大観ら、歴代の教員・在学生・卒業生による作品など、藝大の大学美術館に収蔵されているコレクションは約3万点にものぼります。

そんな藝大の大学美術館が定期的に開催しているのが「藝大コレクション展」。その名の通り、普段は非公開となっている膨大な量の藝大コレクションの中から、厳選された作品を拝める貴重なチャンスなのです!

「藝大コレクション2020――藝大年代記(クロニクル)」は2部構成になっていて、第1部テーマは「『日本美術』を創る」、第2部テーマは「自画像をめぐる冒険」。

多彩な美術作品から藝大の歴史を年代記のように辿ることをテーマに、絵画を中心とした150点以上の作品が展示されています。

 

今回は展覧会をより深く堪能するため、学芸研究員の長友さんにご解説いただきながら巡ってきました。長友さん、お忙しいところご協力いただきありがとうございました。

第1部「『日本美術』を創る」の内容と展示作品を紹介

 

第1部では、主に美校時代のコレクション形成において重要な時期が、作品を収集した年とともに紹介されていました。

作品を収集した年を明らかにすることで、「美校がそのときどきに、どんなものを美術資料として集めたかったのか」の傾向がわかる――言い換えれば、「各時期の学生たちが、どんな作品を参考に技術を学んでいたのか」がわかるということですね。

 

(左から) 原田直次郎《靴屋の親爺》1886年 重要文化財 / 高橋由一《鮭》1877年頃 重要文化財/ 黒田清輝《婦人像(厨房)》1892年

 

たとえば、エントランスで来館者を出迎えてくれる、

原田直次郎《靴屋の親爺》
高橋由一《鮭》
黒田清輝《婦人像(厨房)》

こちらの3枚の有名な油画。(早速の登場に「おおっ!」とテンションが急上昇!)

藝大コレクションの中でも人気が高く、時代を象徴する名画ですからご存じの方も多いと思います。

伝統的な西洋画技法を使っていた原田と高橋はいわゆる「旧派」、印象派風の外光表現を取り入れた黒田は「新派」の画家として区別されていた当時。ジャーナリストたちに対立を煽られ、次第に新派が優位に立つなど、洋画家の世界は複雑な状況にあったそうです。

しかし、これら3点はいずれもほぼ同時期(1896~1897年)、美校に西洋画科が新設された時期に収集されたという記録が残っています。西洋画の新旧の技法や表現を、分け隔てなく学生たちに学ばせたいという当時の教員たちの思いがうかがえますね。

このように、第1部では学校と教員の歴史を垣間見ることができます。

開校から西洋画科新設まで――学習を支えた古典絵画の模写作品

 

(伝)狩野永徳《松鷹図屏風》(16-17世紀)

 

展示室入口を進み、まず重要な年代として取り上げられていたのは1889年。美校開校の年に収蔵が記録されている、最初期のコレクションのエリアです。

開校にあたり、国宝の《絵因果経》や、(伝)狩野永徳の《松鷹図屏風》など、白鳳時代から江戸時代までの幅広い時代の古美術が参考美術品として集められたそうです。

 

(左から) 原作:ベルナルディーノ・ルイーニ 模写:久米桂一郎《小児と葡萄》1892年 / 久米桂一郎《寒林枯葉》1891年 / 山本芳翠《西洋婦人像》1882年 / 岡田三郎助《セーヌ河上流の景》1899年

 

次のエリアに移動すると西洋画科と図案科が新設された1896年に、指導者として招かれた黒田清輝・久米桂一郎たちが収集した西洋画が展示されていました。

その中にはオリジナルの絵だけでなく、久米がフランス留学時代にベルナルディーノ・ルイーニのフレスコ画の一部を模写した《小児と葡萄》も含まれています。

これらの模写作品は、当時の西洋画科にとって非常に重要な存在だったそう。

 

原作:ジャン=フランソワ・ミレー  模写:和田英作《落穂拾い》1903年

 

当時はまだまだ、学生が海外へ気軽に絵を見に行くことができない時代。それでもどうにかして西洋の優れた名画に触れさせたいと考えた黒田たちは、古典絵画の模写を推奨。さらに、文部省の給費留学生たちに、名画の模写を美校に提出するように取り計らったそうです。

その一例として同じエリアに展示されていたのは、和田英作がフランスのルーヴル美術館で模写した、ジャン=フランソワ・ミレーの傑作を原作とした《落穂拾い》。色こそ経年で暗くなってしまっていますが、忠実に原作の描写や雰囲気を再現しています。

この作品がどれだけの学生たちに新しい世界を教え、また刺激を与えたのか。当時の切実な事情が伝わってくると同時に、壮大な物語を感じる絵画でした。

 

幻の天女に思いをはせる

 

アントニオ・フォンタネージ《天女》1876-1878年

 

第1部の中盤には、藝大の前身である美校の、さらに前身として位置づけられている工部美術学校関係の素描が集められたエリアがありました。

教員として招かれたイタリアの画家、アントニオ・フォンタネージが教材用に描いた、建築や風景画などの小さい素描が並ぶ中で、ひときわ目を引く《天女》という巨大な素描。わずかに微笑んでいるような、考え事をしているような、不思議な表情が魅力的な女性が写実的に描かれています。

これは教材ではなく、「当時造営予定だった天皇家の新宮殿、その壁画に使うための構想スケッチとして描かれたれたものだったのでは」というお話です。残念ながらその計画は頓挫してしまったそうですが、もし建てられていたら、どれだけ美しい《天女》が誕生したのだろうと想像力を刺激してくれました。

 

学校をあげて参加したパリ万博の出展作品も!

 

(左から)藤島武二《池畔納涼》1898年 / 広瀬勝平《磯》1898年頃 / 結城素明《兵車行》1897年 / 長沼守敬《老夫》1898年 / 島田佳矣《徳川式室内装飾》1894年頃

 

展示室をさらに進み、第1部の最後に位置するエリアでは、

・美校教員が数多く参加した 1900 年のパリ万国博覧会への出品作品
・1930年代、文部省美術展覧会に代表されるいわゆる“官展” で高い評価を得たのち、政府が買い上げ、美校に移管された作品

が鑑賞できました。

 

島田佳矣《徳川式室内装飾》1894年頃

 

パリ万博に出品された作品の中には、島田佳矣の《徳川式室内装飾》があります。

江戸時代の様式で、空想のお城の内部空間が細やかに描かれた作品ですが、工芸品の飾り方、かけ軸のかけ方、ふすまの存在、意匠化した家紋、おめでたいモチーフとしての鶴……そういったものを、日本の室内装飾に対する関心が高まっていた海外の人々に紹介するために作ったデザイン案になっているそう。

あくまで控えめに、しかしそれぞれの小道具・装飾の魅力が実に緻密に・魅力的に描かれていて見入ってしまいました。

これらの出品作品は、19世紀において最も重要な文化現象のひとつであった万博に、日本がどのように反応していたのかを示す記録として非常に重要な存在なのだとか。

 

狩野芳崖《悲母観音》1888年 重要文化財
上村松園《序の舞》1936年 重要文化財

 

重要文化財である上村松園の《序の舞》や、特別展示された狩野芳崖の《悲母観音》などもこのエリアに飾られていました。どちらもかなりの大きさがあってさすがの迫力。

藝大の大学美術館の宝ともいえる《悲母観音》に関しては、これを見るためだけに「藝大コレクション展」に訪れる人も少なくない人気の作品とのこと。平日の午前中にうかがったので、幸運にも目の前でじっくりと鑑賞できてラッキーでした。

 

第2部「自画像をめぐる冒険」の内容と展示作品を紹介

 

 

第1部の展示室の反対側にあるもう一つの展示室へ足を向けると、第2部「自画像をめぐる冒険」の展示が姿を現します。

第1部が学校と教員の記録だとすると、第2部は学生の記録。

西洋画科では伝統的に自画像の制作がカリキュラムに含まれていて、現在でも卒業生全員が学校に自画像を納めることになっているそうです。ここではその自画像と、卒業制作として買い上げになった作品が飾られています。

 

(左下) 原作:レンブラント・ファン・レイン 模写:黒田清輝《羽根帽子をかぶった自画像》1889年

 

日本に限らず、海外の美術学校でも必ず自画像を納めさせている学校はおそらく皆無で、美校・藝大独自の文化なのだとか。ちょっと面白いお話ですよね。

 

 

100点以上の自画像がぐるりと展示室を飾る様子が壮観すぎました……!

青木繁、萬鉄五郎、藤田嗣治、佐伯祐三、吉井淳二、中西利雄などなど、日本の近代美術史に名を残す人物たちの若かりし頃の姿が一堂に会しています。ファンにとってはまさに垂涎ものの光景ではないでしょうか。

年代別に飾られていますが、明治期は着物を着た人、そしてやけに貫禄のある人が多かった印象です。しかし大正を過ぎ、昭和に入ると、中には服を着ていない、顔のパーツを書かないなど強烈に個性を出す人が目につくように。戦争中はやはり重々しい雰囲気で……と、並べてみることで見えてくる“時代”がありました。

自画像を描くときは、自分の姿だけではなく、好きなものや、自分のキャラクターを伝える小道具を入れることも多いそう。

なので、この人は学生時代ゴーギャンが好きだったのかな、背後に描かれた浮世絵がお気に入りだったのかな……そんなふうに、各人のバックグラウンドや趣味関心を想像してみると、新しい発見があるかもしれません。

 

板倉鼎の自画像 1924年3月

 

筆者が一番気に入ったのは、板倉鼎の自画像。暗めで落ち着いた色彩の自画像が多い中で、白い肌とキャンバスが眩しく映り、ふんわりとした筆遣いとやさしげな風貌に癒されました。

 

和田英作《渡頭の夕暮》1897年

 

卒業制作の展示では、美校の第一期生であった横山大観の《村童観猿翁》や、和田英作の《渡頭の夕暮》など11点が並んでいました。

《村童観猿翁》は子どもたちが微笑ましく遊んでいる風景かと思いきや、どことなく表情が奇妙で少し怖くなる、晩年とはまた違った凄みのある作品。《渡頭の夕暮》は写実的でありながら、空と川の色づかいがまるで夢の中のように幻想的で引き込まれました。

 

画像がなくて恐縮ですが、面白かったのは金澤庸治の《ユートピアの倶楽部》という複数枚のデザイン画。島ごとレジャー施設をつくったら、という空想の計画を絵にしたものということですが、そのデザインが今見ても非常に斬新で、曲線をメインに据えた奇妙さがクセになり……。派手さはないですが、家の壁に飾りたくなるようなかわいらしい雰囲気の作品でした。

足を運ばれた際はぜひ注目してみてください。

終わりに

 

会場は藝大の大学美術館 地下2階展示室のみということで、比較的小規模な展示ではありましたが、観覧料一般440円が安すぎると感じられる満足感がありました。

ちなみに、最近は新型コロナウイルス感染対策で事前の予約が必要な展覧会も増えていますが、こちらの展覧会は思い立ったときにふらりと立ち寄るのもOK。

 

毎年1~2回開催されている「藝大コレクション展」。一部有名作品は展示常連になっているものもあるようですが、なにせ収蔵数は30,000点以上。今回初出しという作品や、今回を逃せば今後何十年も出てこない作品だってあるはず。

開催は10月25日(日)までですので、ぜひこの機を逃さず足を運んでみてくださいね。

 

 

 

「藝大コレクション展 2020――藝大年代記(クロニクル)」概要

会期:2020年9月26日(土)~ 10月25日(日)

時間:午前10時 ~ 午後5時 (入館は午後4時30分まで)

※本展は事前予約制ではありませんが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、混雑状況により入場をお待ちいただく場合があります。

休館日:月曜日

会場:東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2

観覧料;一般440円(330円)、大学生110円(60円)、高校生以下及び18歳未満は無料

※ ( )は20名以上の団体料金
※ 団体観覧者20名につき1名の引率者は無料
※ 障がい者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料

主催:東京藝術大学

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