『ボストン美術館展 芸術×力』7月23日より東京都美術館にて開催!

東京都美術館


開幕に先立ちオフィシャルサポーターの要潤さんが来場「楽しみにしていた作品の迫力に圧倒されました」

7月23日(土)、東京都美術館にて『ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)』が開幕しました。
当初の予定から2年越しで開催される本展では、エジプト、ヨーロッパ、インド、中国、日本などさまざまな地域で生み出された約60点の作品をご紹介します。
また“日本にあれば国宝”とも言われる《吉備大臣入唐絵巻》、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》が本展のために約10年ぶりに里帰りを果たし、2作品が揃って展示されるほか、江戸時代に伊勢・長島藩の藩主だった増山雪斎の代表作《孔雀図》が本展のために修復されたのち、日本で初公開されます。
開幕に先立ち、オフィシャルサポーターの俳優・要潤さんが来場し、展示を鑑賞しました。

 

・《吉備大臣入唐絵巻》

4巻の絵巻をゆっくりと鑑賞した要さんは、「色彩のバランスが凄く良いですね」などと話しつつ、ケースに顔を近づけて興味深そうにのぞき込む場面も。「迫力があって、写真では伝わらない細かさが凄い。描かれている人物にひとつとして同じ表情がないですね。作品を描いた人の才能を感じます」と話しました。囲碁の場面(碁石を飲み込んでずるをするシーン)では、その描写の滑稽さに笑う様子も。

 

・増山雪斎 《孔雀図》

作品を見た瞬間に「わー、これはすごいな。写真と全然違う。羽が細かい。本当にすごい」と、展覧会前から楽しみにしていた作品との対面に終始感激した様子でした。
「個人的に一番楽しみにしていた作品ですが、実際にみると迫力に圧倒されました。羽の細かさが繊細で、絵の力を感じます。ようやく日本に来てくれた、という気持ちでいっぱいです。」

 

【要潤プロフィール】
要潤(かなめじゅん)
1981年2月21日生まれ。香川県出身。フリップアップ所属。
「新美の巨人たち」「連続テレビ小説まんぷく」等TV出演のほか、ドラマ、CM、映画など多数出演。
うどん県(香川県)副知事を務めるなど幅広く活躍中。


 

・会場限定・展覧会オリジナルグッズのご紹介

会場内にオープンする展覧会公式ショップには、本展覧会の開催を記念して企画・製作されたオリジナルグッズが登場。その一部をご紹介します。

■MARIEBELLE ブックボックス入りチョコレートフィナンシェ 5個入り/2,700円(税込)
たっぷりのアーモンドプードルとマリベル厳選のダークチョコレートを使用。チョコレートケーキのようにしっとりと焼き上げました。
甘過ぎないチョコレートの風味がしっかりと感じられるフィナンシェは、
ティータイムにもピッタリ。

■トートバッグ 2種約H370×W360mm(本体)/各1,650円(税込)
ボストン美術館展の人気者たちが愛らしくデフォルメされたトートバッグ。
ネイビーと生成りの2色をご用意しました。
美術館巡りにお出かけしませんか?

■グラニフ Tシャツ 3種 孔雀図(White)、吉備大臣入唐絵巻(Sumikuro)、大日如来坐像(Black)
サイズSS,S,M,L/各2,500円(税込)
グラフィック ライフスタイルブランドの「グラニフ」により、『孔雀図』、絵巻『吉備大臣入唐絵巻』、『大日如来坐像』がグラフィックデザインされたTシャツが登場!
ボストン美術館が所蔵する国宝級の作品を着て展覧会へ行こう!

■扇子 3,080円(税込)
今年の夏も暑い!!
そんな夏にはアツい『平治物語絵巻』の扇子がぴったり!
同柄のケースもついているので持ち運びにも便利です。

 

【開催概要】
展覧会名:ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)
会場:東京都美術館(台東区上野公園8-36)
会期:2022年7月23日(土)~10月2日(日)
開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、9月20日(火)※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、
9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
観覧料:※日時指定予約制
一般¥2,000、大学生・専門学校生¥1,300、65歳以上¥1,400
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ボストン美術館、日本テレビ放送網、BS日テレ、読売新聞社
後援:アメリカ大使館
協賛:DNP大日本印刷
協力:日本航空、日本通運、CS日テレ、ラジオ日本、文化放送、TOKYO MX、テレビ神奈川
企画協力:NTVヨーロッパ
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト:https://www.ntv.co.jp/boston2022/

 

記事提供:ココシル上野


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権力は芸術を求め、芸術はチカラとなる。【東京都美術館】「ボストン美術館展  芸術×力」(~10/2)内覧会レポート

東京都美術館
増山雪斎《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801年) ボストン美術館蔵

ボストン美術館設立150周年にあたる2020年に企画されながらも、新型コロナウイルスの感染拡大により延期を余儀なくされた本展。
その「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」が満を持して7月23日に開幕した。

 

展示会場入口。権力を象徴する巨大な肖像画が来場者を出迎える

2022年7月23日(土)~2022年10月2日(日)まで、東京都美術館にて「ボストン美術館展  芸術×力」が開催中だ。
エジプト、ヨーロッパ、インド、日本・・・本展で出品される、さまざまな地域から収集された約60点の美術品を貫く縦糸となるのは、「権威」「力」である。

現代において芸術は「反権威」「反権力」であるというイメージを持つ人は多い。しかし歴史を紐解いてみれば、両者の関わりは密接だ。
古今東西の権力者はその力を維持するために芸術の力を利用し、宮廷を彩り、その正統性を示してきた。
その結果、権力者たちが時の一流の画家や職人に作らせた優れた芸術品は、今もなお私たちを魅了する輝きを放ち続けている。

本展はこのような「芸術と力」の関係性に注目し、ボストン美術館の百科事典的なコレクションの中から厳選した作品を展示。芸術作品が古来から担ってきた社会的な役割に焦点を当てる。

権力者たちが愛した、荘厳な美のコレクション

《ホルス神のレリーフ》エジプト(エル・リシュト、センウセレト1世埋葬殿出土)、中王国、第12王朝、センウセレト1世治世時(紀元前1971-1926)ボストン美術館蔵
光格天皇(1771-1840)の仮御所から新内裏への遷幸の様子を描いた《寛政内裏遷幸図屏風》(吉村周圭、江戸時代・寛政2-7年)ボストン美術館蔵
《ジャハーンギールの大使カーン・アラムとシャー・アッバース(「シャー・ジャハーンの後期アルバム」より》(おそらくビシャンダース、インド北部、ムガル帝国時代、1620年頃)ボストン美術館蔵
展示風景より。画面手前は《ギター(キタラ・バッテンテ)》(ヤコポ・モスカ・カヴェッリ、イタリア・1725年)ボストン美術館蔵。金属弦を張った珍しいもので、象牙や鼈甲など当時最も珍重された天然素材で装飾されている
アンソニー・ヴァン・ダイク《メアリー王女、チャールズ1世の娘》(1637年頃)ボストン美術館蔵

長い歴史の中で、芸術作品は鑑賞用のみならず多様な役割を担ってきた。
例えばヴァン・ダイクによって描かれたメアリー王女の肖像画はドレスの布地の質感や手の優雅さ、無垢な瞳のきらめきを表現した見事なものだが、こうした貴族の肖像画には王族同時の婚姻を祝う、もしくは進めるという重要な「役割」があった。

担当学芸員である大橋菜都子氏は

「芸術を通して各時代における権力者の力を浮き彫りにし、その力を示すために各作品がいかに使われてきたのかを追う展覧会。時代や国によって異なる権力の表され方に注目して見ていただきたい」

と本展の開催意義を語る。

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)(鎌倉時代、13世紀後半)
信頼・義朝軍によって連れ去られる後白河院。その姿は御簾の奥に隠れ、描かれない

本展は全五章構成。章ごとにさまざまな角度から力と芸術の関係性について焦点を当てているが、時代や地域性による違いについて注目してみるのも面白い。

例えば展覧会場入口に展示されている《戴冠式の正装をしたナポレオン1世の肖像》において、ナポレオンは金の月桂冠やワシが先端に施された笏により、シンプルに威厳に満ちた姿で描写されている。

しかし、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》においては天皇という存在は御簾の奥に隠れ、日本美術の伝統に則ってあからさまに表されていない。草薙の剣や八咫の鏡といったレガリアが決して人目に触れることがないように、日本において「権威」というのは隠される存在なのである。

エル・グレコ《祈る聖ドミニクス》(1605年頃)ボストン美術館蔵

古くから、権威・権力に「お墨付き」を与えるのは「神」「天」などといった超自然的・宗教的概念であった。「聖なる世界」と題された章では「神の代理人」となった権力者たちが生み出した宗教に関わる芸術作品を展示している。

聖母子像や如来像はもちろん、修道士や聖人、精神世界と強いつながりを持った地上の人物たちの像も数多く生み出されたが、エル・グレコの《祈る聖ドミニクス》もそのひとつだ。ドミニコ会として知られる「説教者修道会」を創立した聖ドミニクスの、まさに私的な祈りの瞬間が力強い筆致で表されている。

オスカー・ハイマン社、マーカス社のために製作《マージョリー・メリウェザー・ポストのブローチ》(1929年)ボストン美術館蔵

また、権威・権力というものを直接的に、また象徴的に公に示すもののひとつが宮殿である。本展で展示されている多くの芸術作品は、こうした宮殿、宮廷における公式の儀式や社会的な慣習と深く結びついているといえるだろう。
特に衣装と装身具はそれを身につける個人の権力や地位を伝えるうえで決定的なものだ。

《マージョリー・メリウェザー・ポストのブローチ》は、アメリカ人のマージョリー・メリウェザー・ポストがイギリス王ジョージ5世、メアリー王妃との謁見の際にマンハッタンのマーカス社から購入したもの。プラチナとダイヤモンドの装飾がついており、中央に嵌め込まれた60カラットのエメラルドが燦然たる輝きを放っている。
結局このブローチは謁見に用いられることはなかったが、ポストのジュエリーコレクションの中でも宝物のように大切にされ続けたという。

日本にあれば国宝?!里帰りした名宝たち

《吉備大臣入唐絵巻》(部分)(平安時代後期-鎌倉時代初期、12世紀末)ボストン美術館蔵
長大な絵巻物のため、コの字型に展示空間が作られている
《吉備大臣入唐絵巻》(部分)(平安時代後期-鎌倉時代初期12世紀末)より、吉備真備と唐人の囲碁対局の場面

アメリカのボストン美術館は、”東洋美術の殿堂”と称され、100年以上にわたる日本美術の収集はアーネスト・フェノロサや岡倉天心に始まり、今や10万点を超える。その膨大なコレクションの中でも傑出した存在である《吉備大臣入唐絵巻》は先に紹介した《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》とともに「日本にあれば国宝」とも言われる貴重な作品だ。
その二大絵巻が揃って展示され、まさに本展の白眉とも言うべき存在感を放っている。

《吉備大臣入唐絵巻》は遣唐使として海を渡った吉備真備が、鬼と化した阿倍仲麻呂の力を借りながら数々の難題を解決していく物語。長大なため、室内をコの字型に囲むように展示されている。代々寺社や豪族によって守り伝えられてきたが、幕末から明治への社会変動を受けて市場に流出。長く買い手がつかない状況が続いていたが、やがて昭和7(1932)年にボストン美術館によって購入されたという。

「幻の国宝」となった本作品。鑑賞するにあたって、この絵巻物がたどった数奇な運命に想いを馳せてみても面白いだろう。

増山雪斎《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801年)ボストン美術館蔵

本展の最後を締めくくるのは、左幅と右幅に艶やかな孔雀の姿が描かれた《孔雀図》だ。
画家の増山雪斎は名を正賢(まさたか)といい、江戸時代中期に伊勢長島藩(現在の三重県桑名市長島町)を治めた大名。多くの画家・知識人らを庇護し、さらに自身でも多くの書画を制作した。
本展のために修復され、初めての里帰りを果たした《孔雀図》は、雪斎が数多く取り組んだ画題で、まさに代表作と言える質の高さを誇る。

ジョン・シンガー・サージェント《1902年8月のエドワード7世の戴冠式にて国家の剣を持つ 、第6代ロンドンデリー侯爵チャールズ・スチュワートと従者を務めるW・C・ボーモント》(1904年)ボストン美術館蔵

さまざまな場所、さまざまな時代で権力と芸術が織りなす均衡と勾配。
権力者たちは芸術の力によって己を誇示し、依って立つ物語に神話的な正統性を付与してきた。しかし、本展において示されているのは権力に従属するだけの芸術の姿ではない。

芸術はその内に世俗の「力」をも超える「チカラ」を秘め、人々の心のみならず、時に世界さえも動かす。集められた名宝の数々を眺めていると、胸の内にそんな思いが芽生えてくる。

一旦延期となり、いよいよ待望の開幕となる本展覧会。ぜひ、直接会場でご覧いただければと思う。

「ボストン美術館展  芸術×力」概要

会期 2022年7月23日(土)~10月2日(日)
会場 東京都美術館
開館時間 9:30~17:30 ※金曜日は20:00まで
(入室は閉室の30分前まで)
休館日 月曜日、9月20日(火)
※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、 9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
観覧料 一般 2,000円   大学専門学生 1,300円  65歳以上 1,400円
※本展は展示室内の混雑を避けるため、日時指定予約制となっております。→展覧会HP
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ボストン美術館、日本テレビ放送網、BS日テレ、読売新聞社
問い合わせ先 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.ntv.co.jp/boston2022/

※記事の内容は取材日(2022/7/22)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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【会場レポ】「フィン・ユールとデンマークの椅子」展が東京都美術館で開幕。実際に椅子に座れる特設コーナーも!

東京都美術館
会場風景

「家具の彫刻家」として知られるデンマークのデザイナー、フィン・ユールの作品を中心に、同国の家具デザインの歴史と変遷を紹介する企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」が、東京都美術館で2022年7月23日からスタートしました。

先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

あらゆる日常を支える「椅子」に焦点を当てた展覧会

会場風景

デザイン大国として知られる北欧の国・デンマークでは、「居心地がいい、楽しい時間」を意味するHygge(ヒュッゲ)の価値観がライフスタイルに根付き、家具デザインの面でもシンプルな心地よさが追求されてきました。

とりわけ1940年代から60年代にかけて、デンマークでは歴史に残る優れた家具が多数登場する黄金期を迎えました。フィン・ユール(1912-1989)は、そんな黄金期を代表するデザイナーの一人です。

彼の生み出す家具は身体に心地よくなじむばかりでなく、優美な曲線を特徴としたモダンなデザインと芸術品のごときディテールの美しさが際立っていて、その造形美は「彫刻のよう」と評されています。

会場風景
会場風景

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展は、デンマークの椅子をメインとした家具デザインの歴史と変遷をバラエティに富んだ作例とともに辿りながら、巨匠フィン・ユールのデザインの魅力に迫るもの。

展示の最後には、実際にデンマーク・デザインの椅子を体験できる特設コーナーも用意されています。

なお、展示品の多くは、北海道東川町が所蔵する世界的にも名高い「織田コレクション」からの出展です。本展の学術協力者の一人であり、椅子研究者の織田憲嗣氏(東海大学名誉教授)が研究資料として長年にわたり収集してきた20世紀の家具・日用品のコレクションで、東京でまとめて紹介するのは本展が初の機会となるとか。

第1章「デンマークの椅子──そのデザインがはぐくまれた背景」

本展は第1章から第3章までの3章構成となっています。

第1章 展示風景

第1章「デンマークの椅子」は、ヨーロッパを席巻した合理主義・機能主義を掲げたモダニズム運動に、デンマークの若い建築家やデザイナーが触れるきっかけとなった1930年のストックホルム博覧会の紹介からスタートします。

伝統的な家具作りを継承しながら一般市民にデザインを開放するというデンマーク独自のモダニズム運動を主導し、伝統家具を研究・再構築する「リデザイン」の思想や人間工学に基づく方法論を提唱した「デンマークモダン家具デザインの父」と呼ばれるコーア・クリント(1888-1954)。

彼が初代教授をつとめた、デンマークの家具デザインの発展に最も影響したとされるデンマーク王立芸術アカデミー家具科の創設

家具職人を効率よく育成し、技術の高さをアピールする展示会も頻繁に開催した家具職人組合の存在。

写真やポスター、出版物、映像などさまざまな資料とともに、世界中で愛されるデンマークの名作家具が生み出された背景を丁寧に振り返ります。

第1章 展示風景
第1章 展示風景

ここではコーア・クリントはもちろん、王立芸術アカデミー家具科の2代目教授となったオーレ・ヴァンシャー、一般庶民向けに余分な装飾を排した機能的な家具をデザインしたボーエ・モーエンセン、木材への深い造詣と抜群のクラフトマンシップで次々に名作家具を生んだハンス・J・ウェグナーなど、名デザイナーたちによるさまざまな椅子を一望できます。

ボーエ・モーエンセン《ハンティングチェア》1950年、織田コレクション(東川町)/幻の名作と言われたモーエンセンの代表作。

座・背・足というシンプルな基本構造からなる椅子ですが、なかにはテニスのラケットに張るガットを使用したヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンゼンの《ラケット・チェア》や、アイスのコーンのような形をしたヴェルナー・パントンの《コーン・チェア》、折り紙で作られたようなグレーテ・ヤルクの《プライウッドチェア》など、やや奇抜なデザインのものもあって実にバラエティ豊か。

ただ、奇抜であっても華美な印象はなく、デンマーク・デザインに共通する落ち着いた雰囲気をまとっています。

ヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンゼン《ラケット・チェア》1955年、織田コレクション(東川町)

同章では、デンマークの家具デザイン黄金期の、驚くほど多様な思考と発想を感じることができるでしょう。

第2章「フィン・ユールの世界」

当時の家具デザイナーたちの多くは、コーア・クリントの門下生か家具工房の出身でした。

一方のフィン・ユールは美術史家を志望しながらも、父の勧めから建築を学ぶために1930年に王立芸術アカデミーに入学。建築事務所で建物の設計やインテリアデザインに携わりながら独学で家具デザインを学び、1937年、25歳のときに家具職人組合の展示会に初出品したという、異端の経歴の持ち主です。

第2章 展示風景

第2章「フィン・ユールの世界」は、そんな建築家、インテリアデザイナー、家具デザイナーであるフィン・ユールによる初期の建築ドローイングからスタートします。

1930年代後半、優れた家具職人ニールス・ヴォッターと組んでユニークなフォルムを探求した頃に生み出した、《イージーチェア No.45》《チーフテンチェア》《ペリカンチェア》など数々の代表作。

1942年にコペンハーゲン北部に建てられ、生涯の仕事場となった自邸(フィン・ユール邸)の設計。

国外で評価されるようになった1950年以降の仕事として、ニューヨークにある国際連合本部で手かげたインテリアデザインや、スウェーデン・スカンジナヴィア航空のオフィスや旅客機の客室デザインまで、フィン・ユールの幅広い活動の全貌を紹介しています。

(右)モーエンス・ヴォルテレン《コペンハーゲンチェア》1936年、織田コレクション(東川町)/ニールス・ヴォッターの製作。本作をきっかけにフィン・ユールはヴォッターと出会ったとされています。
フィン・ユール《イージーチェアNo.45》1945年、織田コレクション(東川町)
フィン・ユール《チーフテンチェア》1949年、織田コレクション(東川町)

「彫刻のよう」と評されるフィン・ユールの作品は、彫刻家ハンス(ジャン)・アルプなどの抽象彫刻のフォルムや内在する美学に大きな影響を受けているそう。

特に初期の作品は彫刻的なアプローチが顕著で、肘に沿う滑らかなアームや、ほっそりとシャープな脚部の流れるような曲線は、アルプの人体をモチーフにした彫刻のような、抽象化された身体を思わせます。

ハンス(ジャン)・アルプ《地中海群像》1941/65年、東京国立近代美術館/フィン・ユールが着想を得た彫刻や版画などの美術作品も展示。

「椅子は単なる日用品ではなく、それ自体がフォルムであり、空間である」というフィン・ユールの言葉のとおり、有機的なフォルムをもつ彼の椅子は、座って心地よいだけでなく、建築や美術、日用品と濃密に響き合いながら空間の調和を生み出す点が大きな魅力となっています。

フィン・ユール邸の家具やインテリア、映像資料

その魅力が顕著に表れているのが、フィン・ユール邸の関連展示。誰からも干渉されることなく自身の構想を具現化できる場所として、建物の設計だけでなく家具や日用品も自らデザインしたというこだわりの邸宅です。

ウィルヘルム・ルンストロームの絵画などの芸術作品も美しく配置され、緑豊かな森の景色と調和する邸宅の空間を紹介する映像資料からは、フィン・ユールのデザインに対する美学の一端を感じられるでしょう。

第3章「デンマーク・デザインを体験する」

第3章 展示風景

フィン・ユールは椅子に対して「そこに座る人がいなければ、椅子はただの物にすぎない。人が座ってはじめて、心地よい日用品となる」と考えていたそう。

そんなフィン・ユールを特集している本展ならではのコーナーとして、第3章「デンマーク・デザインを体験する」では、日常の道具であり、使う人の暮らしを見据えてデザインされている椅子本来の役割に立ち返っています。なんと、30種類以上のデンマークの椅子に実際に座ることができるのです!

第3章 展示風景
第3章 展示風景
第3章 展示風景

フィン・ユールはもちろん、第1章で目にしたデンマークの家具デザイン黄金期を支えたデザイナーたちの椅子がズラリ。社長席のような革張りの重厚な椅子もあれば、戸外制作にぴったりな折り畳みスツールもあります。

椅子に直に触れて、座りやすさや触り心地を確かめたり、座っている人の姿を観察してみたり。デザイナーたちがそれぞれ椅子をめぐる課題にどう向き合い、どう解決したのか。豊かな発想を体で味わうことができます。

第3章 展示風景
第3章 展示風景

ここで紹介されている椅子と照明器具は、現在もデンマークの製造会社によって製作され続けているものばかりです。

「世界で最も幸福な国」として知られるデンマーク。
価値観やライフスタイルが絶えず変化する世界において、シンプルなデザインと機能性、そしてどのような空間にもなじむ普遍的な親しみやすさをもつデンマーク・デザインが世界中に根付いているという事実は、私たちが快適に生きるためのヒントになるのかもしれません。


あらゆる日常を支える椅子という身近な家具にあらためて光を当てる「フィン・ユールとデンマークの椅子」展の開催は、2022年10月9日まで。

ちなみに本展の開催に関しては、2012年の東京都美術館リニューアルのおり、中央棟の1階「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」にフィン・ユールをはじめとするデンマークの椅子やテーブルを設置し、休憩コーナーを新設したことがきっかけといいます。

佐藤慶太郎記念 アートラウンジ ©東京都美術館

来館者がゆったりとした時間を過ごせる居心地のよいスペースにするため設置したそうですが、東京都美術館の建築と北欧家具の親和性の高さもさることながら、空間の印象を一変させる家具の力にも驚かされたとか。

本展に足を運んだら、ぜひ「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」も覗いてみてください。

企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」概要

会期 2022年7月23日(土)~10月9日(日)
会場 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開館時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)※金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休館日 月曜日、9月20日(火)
※ただし、8月22日(月)、29日(月)、9月12日(月)、19日(月・祝)、26日(月)は開室
観覧料 一般 1,100円 / 大学生・専門学校生 700円 / 65歳以上 800円

※高校生以下は無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料
※そのほか、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館
展覧会公式サイト https://www.tobikan.jp/finnjuhl

※記事の内容は取材日(2022/7/22)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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西洋美術の巨匠たちが紡ぐ、自然と人の物語。
【国立西洋美術館】「自然と人のダイアローグ」内覧会レポート (~9/11)

国立西洋美術館
左からクロード・モネ《舟遊び》(1887)、ゲルハルト・リヒター《雲》(1970)

約1年半の休館を経て本年に4月に再開館を果たした国立西洋美術館。

リニューアルオープン記念となる本展覧会は、開館100周年を迎えるドイツ・フォルクヴァング美術館との共同企画となる。

両館が誇る100点以上の名品を通じ、自然と人の対話から生まれた芸術の展開を辿るという試みだ。

今回は、開催前日に行われた報道内覧会の様子をお伝えする。

会場入口。移ろいゆく自然を表現したという色彩のグラデーションが美しい

本展「 国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホ、リヒターまで 」はドイツ・フォルクヴァング美術館の協力を得て開催される。

フォルクヴァング美術館はドイツ・ハーゲンの銀行員の家に生まれたカール・エルンスト・オストハウス(1874-1921)が19世紀から収集した美術品を核としているが、一方国立西洋美術館もまた松方幸次郎(1866-1950)が欧州で集めた西洋美術を基にした美術館である。

つまり、両館はほぼ同時代を生きた個人のコレクションを基にしているという点で共通している。
オストハウスは炭鉱地帯で知られる地元のルール地方の人々にコレクションを開放し、また松方幸次郎も「共楽美術館」を構想して庶民に西洋文化を楽しむ機会を提供した。

ふたりの実業家が抱いた志は長い時を経て、本展覧会において邂逅した、とも言えるだろう。

自然と人とが、対話によって響き合う

展示会場風景
手前はギュスターヴ・ドレ《松の木々》(1850)
ピエール=オーギュスト・ルノワール《オリーブの園》(左)《風景の中の三人》(右)。展示スペースに配された文章(右上)が趣を添える
右はカール・グスタフ・カールス《高き山々(カスパー・ダーヴィト・フリードリヒにもとづく模写》(1824頃)
中央はジャン=バティスト・カミーユ・コロー《ナポリの浜の思い出》(1870-1872)

本展のテーマは「自然と人」である。
2つの美術館のコレクションという枠で切り出したさまざまな風景や自然のモチーフが、全4章という構成の中で互いに響き合う。ゴッホ、シニャック、クールベ・・・それらの作品の描き手は紛れもない西洋美術たちの「巨匠」たちである。

展示内容について、本展の担当研究員・陳岡めぐみ氏(国立西洋美術館 主任研究員)は、「本展は年代順ではなく、自然というものに繰り返しバリエーションを加えていくような構成とした」と語る。

例えば第1章「空を流れる時間」では絶えず移ろいゆく自然の諸相を示し、第2章「〈彼方〉への旅」では作家自身の五感と結びついた目に見えぬ心象風景を展観。続く第3章「光の建築」では秩序や法則など自然における永続的な要素を抽出し、最終章「天と地のあいだ、循環する時間」では自然の永続的なサイクルと人間の生命をリンクさせたような作品を見出すことができる。

「空」の表現から始まる自然への眼差しは、会場で歩みを進めることで私たち自身の精神の深層へと降り立ち、やがて光や宇宙の表現へと縦横無尽に変化していく。それはまるで、自然そのものをめぐる壮大な旅路のようだ。

100点を超える作品で
ヨーロッパにおける自然表現を紹介

フィンセント・ファン・ゴッホ《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》(1889)

本展では、ドイツ・ロマン主義から印象派、ポスト印象派、20世紀絵画まで、100点を超える作品によりヨーロッパの自然表現を紹介している。
ゴッホをはじめ、マネ、モネ、セザンヌ、ゴーガン、シニャック、ノルデ、ホドラー、エルンストなど、西洋絵画の巨匠たちの競演による多彩な自然をめぐる表現を堪能できるほか、両館それぞれが所蔵する同じ画家の作品を見比べることができるのもポイントだ。

そうした作品群の中でも白眉と言えるのが、フィンセント・ファン・ゴッホが晩年に取り組んだ風景画《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》だ。晩年、精神を病んで療養中だったゴッホが「自然という偉大な書物の語る死のイメージ」を描出したという代表的な風景画の一作で、今回が初来日となる。

展示風景より、左からギュスターヴ・クールベ《波》(1870)と《波》(1870頃)

第二章で展示されるギュスターヴ・クールベの《波》もまた、単なる客観的事象を越えた、峻厳な自然の実相を私たちに示してくれる。
フランスの山岳地帯に育ったクールベにとって、長いあいだ未知の世界であった海。彼は1860年代後半から、この雄大なモチーフに本格的に取り組むようになったという。黒い青緑色をした海と灰色がかった茜色の空という色彩対比、さらに絵筆とペインティングナイフによる質感の描き分け・・・簡潔な構図でありながら作家のすぐれた技量がうかがえる作品だ。

展示風景より、左からクロード・モネ《睡蓮、柳の反映》《睡蓮》(いずれも1916)

最終章において圧倒的な存在感を放つのが、クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》《睡蓮》、さらにドイツの女性写真家エンネ・ビアマンが一輪の睡蓮を撮影した写真が同時展示された空間である。

近年フランスで発見され、修復作業を経て2019年に初公開されたモネの《睡蓮、柳の反映》(1916)と有名な《睡蓮》が同空間で響き合い、私たちの心に不思議な感慨を呼び起こす。ここに示された自然の数々は非常に近接した、ミクロの視点によるものであり、壮大な「空」の展示から始まったこの旅路が終盤に差し掛かったことを感じさせる。

陳岡氏が「作品が出発点となった」と語る本展は、あくまで個々の作品が主役であるには違いないが、壁面には同時代を生きた詩人や芸術家たちの言葉が散りばめられ、さらに展示空間の各所にも冒険的な仕掛けを施したという。
展覧会のオープニングに際して陳岡氏は

「作品それぞれが対話をし合うような構成を心がけました。作品、テキスト、空間。全体の響き合いの中で展覧会を味わっていただければと思います」

と、本展の見どころについて総括した。
ぜひ、会場に足を運んで自然と人の響き合いを肌で感じていただければと思う。

 

開催概要

会期 2022年6月4日(土)~9月11日(日)
会場 国立西洋美術館
開館時間 9:30〜17:30
毎週金・土曜日は9:30〜20:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日、7月19日(火) (ただし、7月18日(月・祝)、8月15日(月)は開館)
観覧料 一般2,000円、大学生1,200円、高校生800円
混雑緩和のため、本展覧会は日時指定を導入いたします。
チケットの詳細・購入方法は、 展覧会公式サイトのチケット情報をご確認ください。
※中学生以下は無料。
※心身に障害のある方および付添者1名は無料(入館の際に障害者手帳をご提示ください)。
展覧会公式サイト https://nature2022.jp/

 

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いよいよ全国美術館ツアーフィナーレ「木梨憲武展 Timing-瞬間の光り-」 東京・上野の森美術館で6月4日開幕

上野の森美術館

産経新聞社などが主催する「木梨憲武展 Timing-瞬間の光り-」が、6月4日(土)から26日(日)まで上野の森美術館(東京都台東区)で開催されます。2018年7月の大阪会場を皮切りに、全国20カ所の美術館を巡る美術展ツアーの最終会場として、いよいよ東京へやってきます。【URL】 https://www.kinashiten.com/

 

タレントとして活躍しながら、アーティストとしても国内外から高い評価を受ける木梨憲武さん。全国美術館ツアーは、2014年から2016年にかけて8会場を巡った「木梨憲武展×20years」以来2度目で、これまでに115万人以上を動員しています。展示作品や見せ方などは木梨さん自ら会場ごとに決定しており、これまで観たことがある方も、初めて観る方も楽しめる展覧会です。

海外の個展でも披露された大人気シリーズなど、絵画、ドローイング、映像やオブジェ等約200点が展示されます。東京会場にあわせ制作した新作も加わり、パワーアップした“木梨ワールド”を是非お楽しみください。

撮影:杉田裕一/©NORITAKE

■プロフィール
木梨憲武/Noritake Kinashi
1962年、東京生まれ。とんねるずとして活躍する一方、アトリエを持ち画家としても活動している。1994年に「木梨憲太郎」名義で愛知県名古屋市で開催した初個展『太陽ニコニカ展』から日本国内では今回で9度の個展を開催。開催会場はのべ35会場目となる。アメリカ・ニューヨーク(2015年)およびイギリス・ロンドン(2018年)での2度の海外個展でも成功を収める。
メッセージ:2018年からスタートした『木梨憲武展 Timing』の最終開催となります、東京・上野の森美術館。新たな作品も描き加えました。PEACEな展覧会を目指します! ぜひ遊びに来てください。

■音声ガイド
LiLiCoさんが木梨さんとの楽しいトークで、皆さんを木梨ワールドにご案内! 木梨さんのインスピレーションの源、創作過程にも迫ります。笑いたっぷりの音声ガイド、ぜひ展覧会のお供にお楽しみください。
所要時間:約40分 / 貸出価格:600円(税込)

■チケット販売
・電子チケット「アソビュー!」 ※事前予約(日時指定)
https://www.asoview.com/channel/ticket/8X4S8pBQkR/ticket0000013211
※ご来場日の30日前より購入が可能

・プレイガイド
<日時指定券>
1期:6月4日(土)~6月10日(金) ※発売中
2期:6月11日(土)~6月17日(金) ※発売中
3期:6月18日(土)~6月26日(日) ※5月25日(水)10時より発売

ローソンチケット https://l-tike.com/kinashiten-tokyo/
【Lコード】1期:38301、2期:38302、3期:38303
【店頭販売】ローソン・ミニストップ店内Loppi

e+(イープラス) https://eplus.jp/kinashiten-tokyo/
【店頭販売】ファミリーマート店内マルチコピー機

チケットぴあ https://w.pia.jp/t/kinashiten-tokyo/
【Pコード】1期:562-267、2期:562-268、3期:562-269
【店頭販売】セブン-イレブン店内マルチコピー機(チケットぴあ)

※システム利用料、発券手数料がかかる場合があります

 

■「木梨憲武展 Timing-瞬間の光り-」概要
会期:2022年6月4日(土)~6月26日(日) ※会期中無休
会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
開館時間:9時半~17時半 ※入場は閉館の30分前まで(金土日は19時まで)

公式HP: https://www.kinashiten.com/
公式SNS:@kinashiten(Instagram、Twitter、Facebook)

主催:産経新聞社、フジテレビジョン、イムラアートギャラリー、上野の森美術館
特別協力:キナシコッカ
協賛:ソニー・ミュージックエンタテインメント、ソニーマーケティング、野崎印刷紙業

入場料:一般2200円(土日2400円)、大学・高校生1500円(土日1600円)、中・小学生700円(土日800円)
※入場料は、すべて税込
※日時指定予約制
※未就学児および障がい者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料(要証明)

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル、全日/9時~20時)
 

記事提供:ココシル上野


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【報道発表会レポ】特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」 所蔵する国宝89件をすべて公開するメモリアルな展覧会!

東京国立博物館
報道発表会 解説スライドより

東京・上野にある東京国立博物館(東博)が今年で創立150周年を迎えたのを記念して、2022年10月18日~12月11日、同館が所蔵する国宝89件をすべて公開する東京国立博物館開館150年記念 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」が開催されます。

5月20日に報道発表会が行われ、東京国立博物館 列品管理課登録室長の佐藤寛介さんが特別展の見どころを解説してくれましたので、詳しくご紹介します!

特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」の見どころ

1.史上初!所蔵する国宝89件をすべて公開!
2.国宝刀剣19件が集結!「国宝刀剣の間」出現!
3.明治から令和まで、東博150年の歩みを追体験!

報道発表会

史上初! 所蔵する国宝89件をすべて公開!

明治5年(1872年)の発足以来、日本で一番長い歴史をもつ博物館として、日本の文化を未来や世界へ伝えていく役割を果たしてきた東京国立博物館。特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」は、そんな東博の全貌を紹介するべく、約12万件という膨大な所蔵品の中から国宝89件すべてを含む名品と、明治から令和にいたる150年の歩みを物語る関連資料を展示するものです。

「第1部 東京国立博物館の国宝」、「第2部 東京国立博物館の150年の歩み」の2部構成となっている本展。

「第1部 東京国立博物館の国宝」はその名前のとおり、日本最大の国宝コレクションを誇っている東博が史上初、89件の国宝を一つの展覧会で一挙公開(※)するというもの。メモリアルイヤーにふさわしい気合の入りぶりです!

(※)会期中、一部作品は展示替えが行われます。1度訪れるだけでは全件を鑑賞できないのでご注意ください。

配布されたプレスリリース資料より。大判の用紙に展示される89件の国宝がズラリと並び壮観! 本来なら1件1件が展覧会の目玉になるような作品です。
配布された国宝一覧(1)右側の丸印が展示期間。絵画系と書跡系は前期(10月18日〜30日、11月1日〜13日)と後期(11月15日〜27日、11月29日〜12月11日)でガラッと入れ替わるようです。
配布された国宝一覧(2)錚々たる顔ぶれに震えが走ります。

国宝一覧は公式サイトでも確認できます⇒https://tohaku150th.jp/

ちなみに、89件は現在国宝に指定されている美術工芸品902件のうちの約1割に当たる数。本展に足を運ぶだけで国宝の10分の1と出会えてしまうなんてすごすぎます……!

佐藤さんたち東博の研究員の方々も、国宝89件すべてを勢ぞろいさせた光景は今まで見たことがないそう。その理由について次のように話します。

「私たちは通常、文化財の保存と公開の両立を図るために展示期間を制限して、1年~数年間のサイクルで、分野ごとに数点ずつ計画的に公開しています。一度にまとめて公開するためには、数年前から数年後までを見越して展示計画を調整する必要がありました。これが一番大変なことでしたが、各分野の研究員の理解と協力を得まして実現できることになりました。

本当に奇跡的な、創立150年だからできたこと。もしかしたら次は創立200年、50年後になるかもしれません」

ふむふむ……。つまり本展は東博の歴史を動かす一大イベントというわけですね。佐藤さんの言うとおり、一生に一度のチャンスとなるかもしれません。今から期待が高まります!

報道発表会 解説スライドより

国宝89件の内訳は、絵画21件、書跡14件、東洋絵画4件、東洋書跡10件、法隆寺献納宝物11件、考古6件、漆工4件、刀剣19件

佐藤さんは「それぞれの作品に最適な展示デザインや照明を追求し、理想的な展示空間と最高の環境体験を提供したいと考えています」と開催への意気込みを語りました。

報道発表会 解説スライドより
報道発表会 解説スライドより
報道発表会 解説スライドより
報道発表会 解説スライドより

各分野の国宝の紹介の中で、特に目を引いたのは21件と一番数の多い絵画の分野です。

報道発表会 解説スライドより

《孔雀明王像》のような平安仏画から、雪舟等楊《秋冬山水図》のような室町水墨画もあれば、狩野永徳《檜図屛風》のような桃山絵画、渡辺崋山《鷹見泉石像》のような江戸肖像画まで……。誰しも見覚えがあるだろう、まさに日本美術の教科書のような豪華なラインナップになっています。

その中でも佐藤さんが注目してほしいというのが《平治物語絵巻 六波羅行幸巻》。

報道発表会 解説スライドより

「鎌倉時代に描かれた現存する最古の合戦絵巻で、武士たちが身につけた甲冑や刀剣のリアルな描写が見どころです。本展では展示期間が2週間と限られていますが、そのぶん全長9m50cmにおよぶすべての場面を広げてご覧いただくようにします」とのこと。

普段の展示ではスペースの都合で一部しか見られない作品も、メモリアルイヤーだからこその大サービスで展示してくれるようですね。

国宝刀剣19件が集結!「国宝刀剣の間」出現!

報道発表会 解説スライドより
報道発表会 解説スライドより

東博所蔵の国宝の刀剣は19件と絵画に次いで数が多く、一つの博物館の所蔵数としては日本最多とのこと。今回はその19件を「国宝刀剣の間」と名付けた展示室に集め、全期間(うれしい!)を通じて展示するそうです。

「ちなみに、国宝刀剣19件のうち、刀剣をテーマにした某ゲームで男性キャラクターになっています6振の国宝刀剣も勢ぞろいして、ファンの皆様をお待ちしています」と佐藤さん。

某ゲームとはもちろん人気ゲーム『刀剣乱舞』のことですね。三日月宗近、大包平、厚藤四郎、亀甲貞宗、大般若長光、小龍景光……ファンの方々垂涎の空間になりそうです。

報道発表会 解説スライドより

佐藤さんは刀剣や甲冑を中心とする武器・武具を専門に研究されているということで、刀剣については特に熱を込めて魅力を語ってくれました。

「《太刀 銘 三条(名物 三日月宗近)》と《太刀 銘 安綱(名物 童子切安綱)》、この2つは日本刀成立初期の名刀として有名なのですが、実は刀身の刃の部分の寸法がまったく同じなんです」

報道発表会 解説スライドより

「刃の長さが80cm、反りが2.7cmあります。しかしながら刀身のシルエットはずいぶん違うことにお気づきになられたでしょうか。

三日月宗近は刀身が細身で手元の部分が強く沿って先が細くなっています。全体的に優美な印象を与えるわけですね。一方で童子切安綱は刀身が全体的にカーブを描いていて、がっしりとした力強さがある。これは京の都を拠点とした宗近に対し、伯耆の国(現在の鳥取県)を拠点とした安綱という作者の居住地の地域文化が刀の姿に反映されているのではないかと思います」

なかなか写真や言葉では伝えきれない違いも、「国宝刀剣の間」で実物を見比べることで感覚的に理解できるといいます。

「この19件の展示にあたり、刀剣の見どころである刃紋や地金をより美しくご覧いただくためにケースの形状や照明にもこだわっています。時代や地域のによる違いを見比べたり、一振りずつじっくり鑑賞したり、それぞれの刀剣がもつ物語に思いを馳せたり。この国宝刀剣の間で日本刀の魅力にどっぷり没入していただければ」

明治から令和まで、東博150年の歩みを追体験!

「第2部 東京国立博物館の150年」では、日本の博物館の歴史ともいえる東博の150年を、三つの時代に分けて各時代の収蔵品や関連資料を紹介。明治〜令和までの歩みを「追体験」できるような展示構成になる予定とのこと。

報道発表会 解説スライドより

東博は明治5年(1872年)に旧湯島聖堂大成殿で開催された博覧会をきっかけに誕生した「文部省博物館」をルーツとし、10年後の明治15年(1882年)に上野に拠点を移して活動を本格化させたという歴史があります。

「第1章 博物館の誕生」では、初期の東博のコレクションとともに、東博の始まりである湯島聖堂博覧会で展示された実際の作品の一部を紹介。博覧会で最も人気を集めた名古屋城の金のシャチホコの実物大のレプリカも展示して、当時の雰囲気を再現するそうです。

報道発表会 解説スライドより

明治19年(1886年)に博物館は旧宮内省の所管になり、3年後に「帝国博物館」、さらに11年後に「東京帝室博物館」と名前を変えます。

もともと博物館に植物園、動物園、図書館などの機能を備えた総合博物館を目指していた同館ですが、次第に国家の文化的象徴、皇室の美の伝統と位置付けられ、歴史・美術の博物館としての性格を強めていったそうです。

「第2章 皇室と博物館」では、皇室とのゆかりを物語る作品や、「帝国博物館」「帝室博物館」時代の東博コレクションを紹介します。特にユニークなのが、「帝室博物館」時代に天産(自然史)資料として展示されていたキリンの剥製標本。

報道発表会 解説スライドより

このキリンは、明治40年(1907年)に日本に生きたままやって来た初めてのキリンで、上野動物園の人気者だったとか。大正12年(1923年)の関東大震災のあとお隣にある国立科学博物館の所蔵品になりました。本展で約100年ぶりに同館に里帰りする形です。

報道発表会 解説スライドより

約100年前の展示ケースなども活用し、当時のレトロな展示空間を再現するということで、作品以外にも注目すべき点がたくさんありそうですね。

「第3章 新たな博物館へ」では、終戦後、国民のための開かれた博物館として新たな一歩を踏み出た東博が、時代の変化や社会の要請に応じて取り組んできたさまざまな博物館活動を代表的な戦後のコレクションとともに紹介。

報道発表会 解説スライドより
報道発表会 解説スライドより

展示の最後には「令和の東博コレクション」として、昨年あらたに東博の所蔵品となった《金剛力士立像》が初公開されます。数少ない平安時代末期、12世紀の金剛力士立像で、かつて滋賀県の寺院に安置されていたもの。2体とも高さは2m80cm近くあり、東博の所蔵する仏像の中では最大のものだとか。たくましい肉体と怒りの表情が見どころです。

最後に、佐藤さんは次のようにメッセージを寄せました。

「このように本展は、89件の国宝と150年の歴史を通して東博のすべてを紹介する、創立150周年だからこそ実現したメモリアルイヤーにふさわしい展覧会です。東博の国宝と歴史をまとめて見ることができるので、東博が初めての方にはデビューするのにもってこいですし、これまで何度もお越しいただいているリピーター方にとっても新発見や再発見がきっとあると思います。

展覧会の具体的な準備はこれからが本番。より充実した内容になるよう、そして展覧会ポスターのように祝祭間の溢れた展覧会になるよう努めてまいります。どうぞご期待ください!」

展覧会ポスター

国宝89件だけでなく、重要文化財24件を含む計150件と、150周年にちなんだ盛りだくさんの内容で来場者を迎える特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」は2022年10月18日から開幕予定。楽しみに待ちましょう!

東京国立博物館創立150年記念 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」開催概要

会期 2022年10月18日(火)~12月11日(日)
会場 東京国立博物館 平成館2階 特別展示室
主催 東京国立博物館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト https://tohaku150th.jp/
注意事項 ※会期中、一部作品の展示替えが行われます。
※開館時間、休館日、入館方法、観覧料金、その他最新情報は公式サイトでご確認ください。
※展示作品、会期、展示期間等については今後の諸事情により変更となる場合があります。

※記事の内容は取材日(2022/5/20)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野

 


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【鑑賞レポ】上野にアートの動物園が登場!企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」が藝大アートプラザで開催中 (~6月26日まで)

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

東京藝術大学 上野キャンパスにあるギャラリーショップ「藝大アートプラザ」では、50名を超える藝大関連アーティストによる企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」が開催されています。入場無料、会期は2022年4月23日(土)~6月26日(日)まで。

愛らしかったりちょっと不気味だったりと、さまざまな魅力をもった生き物たちに出会える本展。実際に鑑賞してきましたので、出展作品の一部をご紹介しますね。

長久保 華子 (前)《ふくら文鳥》ヒノキ、漆、乾漆粉、金粉、顔料/木彫、彩色、蒔絵  (奥)《碧色の瞳》ヒノキ、漆、乾漆粉、顔料/木彫、彩色
大崎 風実《Sink》乾漆/漆、麻布
中莖 あかり (左)《frog》、(右)《frog》セラミック
岩崎 拓也 (左)《秘密の花園》、(右)《秘密の花園》キャンパスに油彩

上野にアートの動物園が出現!「Art Jungle〜藝大動物園〜」

JR上野駅から徒歩10分ほどの場所にある藝大アートプラザ。ここでは、東京藝術大学の学生、卒業生、教員など、藝大に関わるアーティストたちによるさまざまなジャンルの作品を展示・販売しています。

藝大アートプラザ

家に飾りやすいサイズ感の絵画や立体作品が多く、価格帯は数万~数十万が中心ですが、なかには日常使いできる数千円のアクセサリーやうつわなども。誰でも気軽に「アートを買う」という体験ができるスポットです。

企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」展示風景

4月23日から始まった企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」は、「藝大アートプラザをアートのジャングルに!」を合言葉に、57名のアーティストが日本画、油画、彫刻、工芸などで思い思いに創造した動植物を展示。上野動物園のすぐそばで、「アートでできたもうひとつの動物園=藝大動物園」を出現させています。

お持ち帰りしたくなる!かわいい生き物たち

本展ではたくさんのかわいい生き物たちと出会えます。

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

あらあらあら……! と愛らしさに思わずにっこりしてしまった東條 明子さんの《春を待つ》という作品。筆者のイチオシです。

遠目には布か粘土かと予想していましたが木彫りで驚きました。毛並みのふわふわ感が彫り跡で見事に表現されていますね。木彫りならではの温もりを感じます。下腹部のたゆんとしたフォルムからちょこっとのぞく爪先がたまりません。

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

360度どの角度から見てもかわいいのですが、実は左手に毛布と人形(?)を持っているのに気づいて最高にハッピーな気分に。あまりにキュートすぎる……。

そっと吹く春の風のように身体を包み込んでいる。孤独はいつもそこにあるもの。待ち続ける子供は凛として愛おしい。(東條 明子)

本展の作品には上記のようなアーティストコメントがついているものが多く、制作意図や作品に込めた想いを知ることができます。このペンギンちゃんは親を待っているのでしょうか? 意図したものなのか、会場でこの子がわりとポツンとしたところに展示されていたこともあり、思わずギュッと抱きしめてあげたくなりました。

小林 佐和子《はねうさぎ》陶芸、磁器、練込

小林 佐和子さんの《はねうさぎ》のように、架空の生き物も多く登場しています。キリッと上を向いた眉毛、ツンとした口元が小生意気な感じでこちらも本当にかわいい。足元にいくにつれてほっそりしていく体型バランスが、胸毛のモフモフ感を強調していていいですね。

「はねうさぎ」と「はねひつじ」は一緒に暮らしたいと思う架空動物です。哺乳類ですが羽毛を纏い、飛べませんが跳躍します。胸に赤いハートの羽毛を蓄え、人に懐き甘い匂いがします。体温は人より高く寒い日に重宝します。冬は羽毛を広げて温まるので丸く、夏はスリムになります(小林佐和子)

アーティストの愛がたっぷり感じられるコメントを読むと、途端にリアリティーが増して思わずだっこしてみたくなりました。この子が実在したら家族に迎える人が大勢いそう。

内田 亘《眠る鳥》張り子、和紙、アクリル
内田 亘《食うぞ》張り子、和紙、アクリル

内田 亘さんの《眠る鳥》と《食うぞ》はゆるっとしたフォルムと脱力した表情が魅力的。眺めているこちらもホッと肩の力が抜けていく、ぜひ枕元に飾りたい動物たちです。筆者は特に《眠る鳥》の形の“サツマイモ感”が気に入りました。

杉山 佳 (右)《ツキノワグマ》麻紙、岩絵具、膠、クレヨン など

杉山 佳さんはツキノワグマやフクロウの特徴をクレヨンで大胆に抜き出して、シンプルにデフォルメしています。塗り部分には岩絵具が使われているそう。かなり厚塗りしているのか、ふっくらと存在感のあるザラザラマットな質感がシンプルなデザインに個性をつけています。洋室にも和室にもマッチしそうなすてきな作風でした。

森 聖華《ダラダラ自然釉フグ貯金箱》陶土、石膏型張り込み、穴窯焼成

森 聖華さんの《ダラダラ自然釉フグ貯金箱》はこの見た目で貯金箱という意外性がグッド。ぷっくりつやつやしたお腹に癒されます。自然釉ならではの不規則な模様が味わい深く、ふとした瞬間に手に取って眺めたくなる風情がありました。

松田 剣《シリグロカエル》陶土、手びねり

松田 剣さんの《シリグロカエル》は手のひらサイズの作品で、だ円形の平べったい体からちんまりと伸びる足と、獲物を観察しているのかただほんやりしているだけなのか、なんともいえない瞳がかわいいです。よく見ると背中の模様が細かい! 光沢を感じるグレーの色使いが両生類っぽさを演出していますね。ぬるりぬるりと移動しそう。

ねがみ くみこさんの独特すぎる世界観から目が離せない

ねがみ くみこ《スーパーカー》石粉粘土

本展でひときわ異彩を放っていたのは、ねがみ くみこさんの作品。特に《スーパーカー》はインパクトがすごかったです。動物園のかわいい動物たちにキャッキャしていたところに突然変質者が現れました。「ど、どういうこと!?」と困惑しながらアーティストコメントを読むと、

おまるごと移動ができたら無敵なのではというコンセプトの元に制作をしました。 一生のうちでトイレで過ごす時間は3年という話もあります。人生の大問題がこれで解決。おまるの定番はアヒルさんですが、ちょっとだらしのない顔をしたバクのおまるに私は乗りたい。(ねがみ くみこ)

とのことでした。なるほど……(なるほど?)

おまるでスッキリしている人間の上半身も脱がせていることで、より一層の開放感を感じさせてくれます。

おまるのバクはだらしないというかキマッてる感じですね。人間のほうも形こそ微笑んでいるようですが、ちょっと喜怒哀楽、どの感情なのかわからない謎めいた表情を浮かべていて……。ねがみさんのその他の作品と合わせて鑑賞すると、見る人によっていかようにも受け取れる、絶妙な表情づくりが上手な方なのだなとわかりました。

ねがみ くみこ《革張り風ワンコ》テラコッタ
ねがみ くみこ (左)《クーズーぶらん》、(右)《シカぶらん》陶

《革張り風ワンコ》は今にもしゃべりだしそうなくらい生き生きとしています。間抜けな表情にも見えますが、油断するとパクリといかれそうな信用ならなさも感じました。

壁に展示してあった《クーズーぶらん》と《シカぶらん》は、お金持ちの家にありがち(?)なシカの頭部の剥製を、前足を出す形にアレンジして作ったのかしらと想像していました。しかし、アーティストコメントを読むと、どうやら元から2本足の動物のよう。知ると途端に未知との遭遇感、不気味さを笑顔のなかに見出してしまいます。センスの塊だ……。すっかりねがみさんのファンになってしまいました。

時間を忘れて引き込まれる美麗な作品も

須澤 芽生 (左)《Brilliance》、(右)《Glimmer》絹、膠、墨、岩絵具、箔、泥

パステル調の淡い色で描かれた須澤 芽生さんの《Brilliance》と《Glimmer》は本展でひときわ美麗で華やか。

江戸時代の絵師・円山応挙の孔雀図の制作技法を研究したきたという須澤 芽生さん。自然界の装飾美を極めたような孔雀の美しさを、日本画の伝統的な素材を使用してなんとか表現しようとした応挙の姿勢を追体験しながら、自由に孔雀や鳥の優美な姿を表現したそう。非現実的な色彩が孔雀のもつ幻想性をさらに高めています。

須澤 芽生《Glimmer》絹、膠、墨、岩絵具、箔、泥

一般的な日本画は格調高いというか、親しみづらさを感じることが多いのですが、こちらはふんわりと見る者を慰めるような温もりがあり、日本画のイメージを覆された作品。自分の羽毛にくちばしを埋める姿が愛らしく、インコへの愛情に満ちた眼差しを感じます。

岩崎 広大《かつて風景の一部だったものに、風景をプリントする。-Idea blanchardii-(1°20’38.4″N 124°51’14.4″E)WGS84-》昆虫標本、UVプリント

岩崎 広大さんの、昆虫の身体に昆虫のいた土地の風景写真をプリントするという斬新でおしゃれな作品も目を引きます。昆虫標本にもプリントできるという事実にまず驚き!

個体はインドネシアで採られたものだとか。風景がうっすらとぼやけているのが、この蝶が見ている風景を羽根ごしに見ているような感覚になる効果を生んでいます。旅先でこんなにすてきな作品を見かけたら反射的に買ってしまいそう。時間を忘れて見入りました。


ご紹介したのはほんの一部。会場では、他にも魅力的な生き物たちがまだまだたくさんいます! 撮影可能、入場無料ですので、上野動物園を訪れた際は、ぜひ藝大アートプラザのもう一つの動物園にも足を運んでみてはいかがでしょうか。

企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」概要

会期 2022年4月23日(土)~ 2022年6月26日(日)
会場 藝大アートプラザ
東京都台東区上野公園12ー8 東京藝術大学美術学部構内
開館時間 11:00-18:00
休館日 月曜日(祝日は営業、翌火曜休業)
観覧料 無料
URL 公式Webサイト:https://artplaza.geidai.ac.jp
公式Twitter:https://twitter.com/artplaza_geidai
お問い合わせ https://form.id.shogakukan.co.jp/forms/artplaza-geidai
注意事項 ※新型コロナウイルスの状況により、営業日時が変更になる場合がございます。最新情報は公式Webサイト・SNSをご確認ください。

※記事の内容は2022/5/15時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

記事提供:ココシル上野


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【東京国立博物館】特別展「琉球」内覧会レポート。島人の想いを、未来に紡ぐ(~6/26)

東京国立博物館
黒漆首里那覇港図堆錦螺鈿衝立 (1928年・鹿児島県歴史・美術センター黎明館蔵)

令和4年(2022)、沖縄県は復帰50年を迎える。

かつて沖縄が琉球王国であったころ、アジアの海を舞台に諸国との貿易や外交を繰り広げ、世界の架け橋となることを目指していた。

有名な「万国津梁」という言葉にはそうした琉球の崇高な理想が込められている。

琉球王国がその後歩んだ道のりは平坦なものではなかったが、その土壌で育まれた独自の文化の煌めきは、今なお私たちの心を捉えて離さない。

琉球文化の形成や継承の意義、その美意識に着目する特別展「琉球」が東京国立博物館で幕を開けた。

※(2022/5/19)作品の展示期間について画像下部に追記。

今ここに蘇る、琉球王国の技と美。

展示会場(第一会場入口)

会場構成は「万国津梁(ばんこくしんりょう) アジアの架け橋」「王権の誇り 外交と文化」「琉球列島の先史文化」「しまの人びとと祈り」「未来へ」の全5章。会場は第一会場・第二会場に分かれており、それぞれでひとつの展覧会を構成できるほどのボリュームだ。

本展では王国時代の歴史資料・工芸作品、国王尚家に伝わる宝物に加え、考古遺物や民族作品などさまざまな文化財が一堂に会する。また、展覧会の終盤では平成27年より取り組まれてきた琉球王国文化遺産集積・再興事業を紹介し、事業によって復元された文化財を展示する。

過去から未来へと、貴重な琉球文化を次の世代へと手渡していきたいという主催者側の思いが感じられる。

展示会場風景
手前《戌秋走小唐船方陣賦〔東恩納寛惇文庫〕》(1874年・沖縄県立図書館蔵)展示期間:5/3- 5/29
《琉球使節江戸登城行列図》(19世紀・九州国立博物館蔵)展示期間:5/3-5/29
重要文化財《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)藤原国善  (1458年・沖縄県立博物館・美術館蔵)

第一会場に鎮座する《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)は琉球王国が世界の架け橋ならんとした気概を示した「万国津梁」の言葉が刻まれた梵鐘だ。

15~16世紀、琉球王国は自らアジアの海に雄飛し、各地を結ぶ中継貿易の拠点となって大いに繁栄した。その存在は16世紀にアジアに進出したヨーロッパの国々にも重視され、「琉球」の名は世界に知られるようになる。
現代のグローバリゼーションにも通じる思想だが、人間そのもののスケール、野心の大きさは現代の日本人とは隔絶しているといってもいいだろう。

第一会場ではこうした琉球王国の歩みを辿る貴重な歴史資料の数々が展示されている。

朱漆が鮮やかな足付盆が会場に映える
沖縄県指定文化財《聞得大君御殿雲龍黄金簪》(15~16世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵)
(左)国宝・黒漆脇差拵(号 治金丸)(沖縄・那覇市歴史博物館蔵)(右)国宝・青貝螺鈿鞘腰刀拵(号 北谷菜切)(沖縄・那覇市歴史博物館)展示期間:5/3-5/29

会場には名匠・名工の手がけた琉球漆芸、茶器、絵画といった琉球文化の至宝が集う。国宝60件、重要文化財17件、県市指定重要文化財24件と約3分の1が指定文化財であり、琉球・沖縄をテーマにした展覧会では質・量ともに最大規模といえるだろう。

中でも《青貝螺鈿鞘腰刀拵》を含む尚家に伝わる三宝刀の公開は注目を集めている。刀身や装飾の美しさはもちろんだが、大ヒットオンラインゲーム『刀剣乱舞』において三宝刀が取り上げられたこともあり、特に若い世代への訴求力が高まっている。展覧会グッズコーナーでは『刀剣乱舞-ONLINE-』とのコラボ商品も販売されているので、興味のある方はぜひ立ち寄ってみてほしい。

琉球染織の豪華競演 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
国宝《玉冠(付簪)》(18~19世紀・沖縄・那覇市歴史博物館蔵)展示期間:5/3-5/15 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》(19世紀・神奈川・女子美術大学美術館蔵)展示期間:5/3-5/29

会場を見回すと、琉球国王の正装をはじめ、中国産の更紗地を用いた衣装や琉球で織られた浮織物など、素材や技法も多種多様な琉球染織が目を引く。ここまで琉球染織が幅広く展示された展覧会は筆者の記憶する限りはなく、非常に貴重な機会だといえるだろう。

《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》は背中全体に大きく波濤が上がる風景画のようなデザインが特徴的。日本の遠山桜文様と中国の波濤山水文を合わせた意匠の妙は、国際色豊かな琉球文化の特徴を色濃く映し出している。

第4章では「しまの人々の祈り」として、土地に根差した宗教観に注目する
神女が村落祭祀で身につける装身具。中央が《玉ハベル》、右が《玉ダスキ》、左が《玉ガーラ》(ともに東京国立博物館蔵)

沖縄と聞いて多くの人が連想するのが「ノロ」に代表されるような祭祀のイメージではないだろうか。女性が祭祀を司るという特徴は姉妹が兄弟を霊的に守護するという「おなり神信仰」に通じるもので、琉球ではこうした美意識と宗教観を豊かな自然の中で育んできた。

展覧会終盤ではこうした琉球文化の「信仰」という側面に焦点を当て、私たちの胸中に沖縄の人々の祈りの姿を喚起する。そう、今も昔も沖縄は祈りの島なのだ。

模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》 (原資料17~18世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵) 展示期間:5/3-5/29

朱漆塗が鮮やかな模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》は琉球の王家・王族家の祭祀道具として王府内で使用されていたものを復元した作品。木工、沈金などの漆工技術が結集された琉球漆工史上でも重要な祭器で、琉球王国文化を考えるうえでも貴重な作品とされている。

開催概要

《大龍柱》(旧首里城正殿前)(1711年・沖縄県立博物館・美術館蔵)
会期 2022年5月3日(火・祝)~6月26日(日)
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間 9時30分~17時00分(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日
観覧料 一般  2,100円
大学生 1,300円
高校生  900円
(注)本展は事前予約不要です。オンラインもしくはご来館時に東京国立博物館正門チケット売り場でチケットをご購入ください。
(注)混雑時は入場をお待ちいただく可能性があります。
(注)中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
(注)本展観覧券で、ご観覧当日に限り総合文化展もご覧いただけます。ただし、総合文化展の混雑状況によっては、入場をお待ちいただく場合があります。
(注)会期中、一部作品の展示替えを行います。
(注)詳細は、展覧会公式サイトチケット情報のページでご確認ください
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/

 

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【会場レポ】「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」レイバーンにグラント、珍しい英国絵画も来日(東京都美術館で7月3日まで)

東京都美術館

ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画史を彩る巨匠たちの作品を紹介する「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」が、東京都美術館で4月22日(金)から開催されています。会期は7月3日(日)まで。

開幕に先立って行われた報道内覧会に参加しましたので、会場の様子や展示作品についてレポートします。

スコットランド国立美術館が誇る美の至宝が一挙来日。

展示風景
展示風景
エル・グレコ《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》1600年頃
デイヴィッド・ウィルキー《結婚式の日に身支度をする花嫁》1838年

スコットランドのエディンバラで1859年に開館したスコットランド国立美術館。ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ブーシェ、コロー、ルノワールなど、西洋絵画史において重要な画家の作品を多くコレクションにもつ、世界屈指の美術館として知られています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」では、そんな巨匠たち(THE GREATS)の作品を時代順に紹介。

さらに、同館のコレクションを特徴づけている、ゲインズバラ、レノルズ、ミレイといったイングランド出身の画家や、日本ではなかなか見ることのできないレイバーン、ラムジー、グラント、ウィルキーなどスコットランド出身の卓越した画家たちの魅力あふれる名品も多数出品しています。

約90点の油彩画・水彩画・素描を通じて、ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画の流れのなかで、英国絵画の流行や変遷の歴史も知ることができる展覧会です。

プロローグ

会場入り口

本展は、「ルネサンス」「バロック」「グランド・ツアーの時代」「19世紀の開拓者たち」と時代ごとに分けられた4章と、プロローグ+エピローグという展示構成になっています。

まずプロローグでは、スコットランド国立美術館について紹介。

アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》1885年

作品を貸し出している美術館を写真やムービーで紹介する展覧会は数多いですが、本展のプロローグでは、同館のコレクションが現在も展示されている館内の様子や、その新古典主義様式の素晴らしい建築、美術館を取り巻くエディンバラの印象的な街並みを絵画で見ていけるのが面白いです。

ジェームズ・バレル・スミス《エディンバラ、プリンシズ・ストリート・ガーデンズとスコットランド国立美術館の眺め》1885年

「神殿かな?」と思ったらこれが美術館とは……。奥に見えるエディンバラ城とあわせてまるでファンタジーの世界のような非日常感に満ちた、精緻でロマンティックな水彩画。普段は「ふーん」で流してしまう美術館情報がばっちり記憶に焼き付きました。

チャプター1. ルネサンス

次に「チャプター1. ルネサンス」の展示エリアへ。フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマを中心に花開いたルネサンス時代の、創造性に富んだ絵画や素描を展示しています。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》1470年頃

レオナルド・ダ・ヴィンチの師であるヴェロッキオは《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》で廃墟の神殿を描いていますが、それはこの時代の聖母子像の背景としては異例のこと。「古代世界の再発見と分析」というルネサンスの特徴を宗教画のなかで示した重要な作例といえるそう。

パリス・ボルドーネ《化粧をするヴェネツィア女性たち》1550年頃

一方で、肌を見せる高級娼婦という官能的な主題を神話的、寓意的な暗喩によって上質なものにしたボルドーネの《化粧をするヴェネツィア女性たち》のように、それまでなかった世俗的な作品も描かれるようになったことを取り上げて、この時代の芸術家の活動機会の広がりや、依頼主の興味や嗜好の多様性を紹介しています。

ラファエロ・サンツィオ《「魚の聖母」のための習作》1512-14年頃
コレッジョ(アントニオ・アッレーグリ)(帰属)《美徳の寓意(未完)》1550-1560年頃

ラファエロやティツィアーノの美しい素描や、コレッジョによるとされる、ある意味で完成品より貴重な(?)見事に中心部だけ抜けた未完成作品《美徳の寓意(未完)》の展示も。画面右側にいる女性のCGのような立体感を見るにつけ、「ここで止めるなんてなんともったいない……」と惜しく思うと同時に、完成した「もしも」を想像させてくれる魅力的な作品です。12点と作品数は少ないながらも見ごたえがありました。

チャプター2. バロック

「チャプター2. バロック」では、ベラスケスやレンブラントといった、従来の世界観を覆そうとした17世紀ヨーロッパの革新的な画家たちの作品が並びます。

ディエゴ・ベラスケス《卵を料理する老婆》1618年

日常のささやかな題材を偉大な芸術の域にまで高め、かつてないリアリズム絵画を制作したスペインの画家・ベラスケスの初期の傑作《卵を料理する老婆》は本展で初来日。

少年と老婆の肌や衣服はもちろん、前景の食器や食材の質感が巧みに描き分けられ、ドラマティックな明暗描写によって庶民の平凡なモチーフが厳かな雰囲気をまとっています。これが18歳か19歳のときに描いた作品というから驚くばかり……。

レンブラント・ファン・レイン《ベッドの中の女性》1647年

聖書や神話の登場人物に深い人間性を与えて見る者の共感を誘った、17世紀オランダの最も偉大な芸術家・レンブラントの《ベッドの中の女性》という謎めいた作品も注目です。

主題を特定する要素は避けられていますが、旧約聖書に登場する、結婚初夜に新郎を7度悪魔に殺されたサラが新たな夫トビアと悪魔の戦いを見守る場面を描いたのではないかといわれているそう。顔に影を落として浮かべる、期待と不安、なにより切実さが伝わる複雑な表情に感情表現が巧みなレンブラントらしさを感じます。

アンソニー・ヴァン・ダイク《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》1627年

肖像画の分野で後の英国美術に大きな影響を与えたヴァン・ダイクの《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》なども印象的でしたが、この「バロック」エリアで特に興味深かったのはイタリアの画家・レーニの《モーセとファラオの冠》でした。

グイド・レーニ《モーセとファラオの冠》1640年頃

優美な人体、明快な輪郭、均衡ある構図が持ち味でアカデミズムでは「ラファエロに次ぐ画家」、ゲーテからは「神のごとき天才」とも評されたレーニの作品。妙な仕上がりというか、「いくらなんでも女性の肌が緑色すぎるのでは? 男性と比べて女性は全体的にぼやけているし……」と違和感が。きっと何か意図があるはずだと公式図録を開いてみました。

すると「晩年のレーニは、大ざっぱで一見未完成に見える技法で作品を制作していたが、本作は本当に未完成の可能性がある」といった内容のことが書いてあり、少しずっこけました。紛らわしさが研究家泣かせですね。レーニの伝記を書いた人物は「慌てて描いたようなぞんざいなテクニック」と辛らつに評していたそうで……。晩節を汚したタイプだったとは知りませんでした。ですが、これはこれで神秘的な雰囲気があってすてきです。

チャプター3. グランド・ツアーの時代

18世紀はパリやロンドン、ヴェネツィアなどの都市で、芸術的才能が爆発的に開花した時代。そして、英国のコレクターたちが美術品の購入や文化的教養を深める目的で、「グランド・ツアー」と呼ばれる大規模なヨーロッパ旅行をした時代でもありました。「チャプター3. グランド・ツアーの時代」では、この二つの視点から作品を紹介しています。

ジャン=アントワーヌ・ヴァトー《ツバメの巣泥棒》1712年頃
フランソワ・ブーシェ《田園の情景》 左から「愛すべきパストラル」1762年 / 「田舎風の贈物」1761年 / 「眠る女庭師」1762年

展示エリアに入ってすぐ、「雅宴画」というジャンルを確立し、幻想的な理想郷を想像した革新者・ヴァトーの魅力がつまった《ツバメの巣泥棒》や、彼の流れを受け継いだブーシェによる牧歌的でロマンティックな三つの大作などを展示。18世紀パリを象徴する華やかなロココの世界に引き込まれます。

一方、この頃の英国では肖像画の表現が発展していったため、本展でも英国の三大肖像画家と称されるラムジー、レノルズ、ゲインズバラが紹介されています。

アラン・ラムジー《貴婦人の肖像(旧称「フローラ・マクドナルドの肖像」)》1752年
ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》1780-81年

特に注目してほしいのは、ロイヤル・アカデミーの初代会長をつとめたイングランド出身のレノルズ。

代表作《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》は、通常の肖像画のように正面を向いていないため、一見肖像画とわかりづらい作品です。三人の女性が手仕事をしていますが、まるでサロンのように優雅。三人の女性が並ぶ構図は古典美術の「三美神」という伝統的な主題になぞらえているもので、そのおかげか時代を超越した美しさがあります。これは、「グランド・マナー(歴史画の様式)」を取り入れて肖像画の地位を高めようとしたレノルズを象徴する作品なのだとか。

トマス・ゲインズバラ《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》1778年頃

また、レノルズのライバルで、互いに尊敬しあう関係だったゲインズバラの《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》は、スカートのあたりの非常に大胆で素早い筆致をぜひ間近で鑑賞してください。少し雑な仕上がりにすら思えるのに、離れて見るとつややかな素材感が見事に表現されていて、まるで魔法のように感じられるはず。

ゲインズバラは肖像画で成功しましたが、実は風景画家になりたかったそう。風景に対する高い関心が画面に独特の空気感を生まれさせるのでしょうか。人物と風景を融合させる彼の作品はどこか叙情的です。

フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》1770年頃
フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂》1770年頃

イタリアは「グランド・ツアー」で英国のコレクターたちが熱心に訪れた場所であり、18世紀ヴェネツィアで最も有名な画家の一人だったグアルディによる、都市の景観を精密に描いた「景観図(ヴェドゥータ)」も大変人気だったとか。

現代のように楽しい旅の思い出を写真に残せないですから、みんなお土産で買っていったのだろうと思うと親近感がわきますね。それまでの正確に輪郭をとった地誌的な景観画と一線を画し、印象派を思わせる素早い筆致や、光と空気感を意識的に取り込んだ作風が魅力です。

ジョン・ロバート・カズンズ《カマルドリへの道》1783-1790年頃

イングランド出身の画家・カズンズがイタリア旅行のスケッチから制作した《カマルドリへの道》も、目立たないですが美しい作品でした。ナポリのポッツオーリ湾を描いた水彩画で、スケッチと完成品では景色が変わっているそう。

柔らかな緑と青みがかった灰色の抑制された色調によって哀愁漂う雰囲気を醸し出していますが、遠い海と空はうっすらバラ色の光が降り注いでいて幻想的です。この風景は単なる記録ではなく、画家のなかで詩的に再構築されたものなのでしょう。芸術家たちにとっても、この時代のイタリアという土地がどれほど特別なものだったのかが伝わってくるようでした。

チャプター4. 19世紀の開拓者たち

19世紀の英国やフランスは肖像画や風景画などが引き続き好まれた一方で、世紀半ばに活躍したバルビゾン派や、その後の印象派、ポスト印象派など、革命的な画家たちが大きな変革をもたらした時代だったことを紹介する「チャプター4. 19世紀の開拓者たち」。

左から、フランシス・グラント《アン・エミリー・ソフィア・グラント(“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》1857年 / ヘンリー・レイバーン《ウィリアム・クルーンズ少佐(1830年没)》1809-1811年頃

華麗で伝統的な「グランド・マナー」の肖像画の例として、日本で見る機会の少ないスコットランド出身の画家、レイバーンとグラントの大作をハイライト的に展示しています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《「古来比類なき甘美な瞳」》1881年

先ほど紹介したレノルズやゲインズバラの影響を受けた、イングランド出身の画家・ミレイの《「古来比類なき甘美な瞳」》は、物憂げながらこれから訪れる厳しい現実をしっかり見据えるような澄んだ瞳が印象的。バッチリおめかしした人物画が多い中で、服装も髪型も飾り気がなく素朴で逆に新鮮に映りました。

鋭い観察力に基づきつつ、とても感傷的な雰囲気の作品で、タイトルは女性詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの詩から引用したもの。摘み取られたスミレの花とともに、成長していく少女の純真さと儚さの輝きを表現しているといいます。このように、この時代の主要な画家には、文学や物語のテーマを個人的に解釈する傾向があったのだとか。

ジョン・コンスタブル《デダムの谷》1828年

19世紀英国の風景画の巨匠・コンスタブルの《デダムの谷》も見逃せません。彼が愛した生まれ故郷の田園風景を描いた作品で、雲が落とす影や、触れたときの感触や冷たさが伝わってきそうな植物が、いかに細心の注意を払って描かれているか。彼ならではの見事な自然主義を感じる、自身が「おそらく私の最高傑作」と評したといわれる名画です。

ベルト・モリゾ《庭にいる女性と子ども》1883-84年頃

フランスでは、対象を直接写生し、色や光を賛美する画家たちが登場しました。物議をかもしながらも時代をつくり、広く愛好されていった革命的な画家たちの表現の変遷を、本展ではコロー、シスレー、ルノワール、マネ、ゴーガンなどの巨匠たちを中心とした作品で追っていけます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《子どもに乳を飲ませる女性》1893-94年
クロード・モネ《エプト川沿いのポプラ並木》1891年

エピローグ

エピローグには1作だけ、アメリカの画家チャーチの大作《アメリカ側から見たナイアガラの滝》がドンっと置かれています。

フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年

よく見ないと気づかないですが、画面左の崖に展望台があり、そこには滝をのぞき込む小さな人影が。この人影と対比して、ナイアガラの滝の驚異、崇高で劇的なスケールが見事に表現されている本展で一番大きな作品です。(257.5×227.3cm)

ラストを飾るにふさわしい圧巻の迫力ですが、ここまでイングランドやスコットランドの画家を意識的に取り上げてきたにもかかわらず、なぜ急にアメリカの自然を描いたアメリカの画家の作品が登場するのかと疑問も。その理由を、東京都美術館の髙城靖之学芸員は次のように解説してくれました。

「スコットランドの貧しい家庭に生まれ、アメリカに渡って成功し、財を成した実業家が、故郷のためにスコットランド国立美術館へ寄贈した作品です。スコットランド国立美術館は開館当初、絵画購入の予算を与えられませんでした。では、なぜ現在、これだけの質の高いすばらしいコレクションを形成できたのかというと、地元の名士たちや市民から寄贈を受け、また寄付金などで作品を購入してきた歴史があります。本作は、そういったスコットランド国立美術館のコレクション形成の歴史を象徴するような作品であり、記念碑的な作品として本展の最後を飾っています」


ルネサンス期から19世紀後半までの西洋絵画の巨匠たちの作品を紹介しつつ、スコットランドやイングランド出身画家たちの名画にスポットを当てた「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」。開催は2022年7月3日(日)までとなっています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」開催概要

会期 2022年4月22日(金)~7月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
※夜間開室については展覧会公式サイトでご確認ください。
休館日 月曜日(ただし5月2日は開室)
観覧料 一般 1900円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1400円
※日時指定予約制です。その他、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://greats2022.jp

記事提供:ココシル上野


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【東京都美術館】オープン・レクチャー募集開始 上野の文化施設発!「こどもと大人のためのミュージアム思考」のススメ

東京都美術館

 

5月5日(木・祝)午後2時~ オンライン開催

東京都美術館と東京藝術大学、そして上野公園に集まる9つの文化機関が連携し、すべてのこどもたちが、文化やアートを介して「社会に参加しつながりを持つこと」を推進するラーニング・デザイン・プロジェクト「Museum Startあいうえの」。約10年間の取組みをまとめた『こどもと大人のためのミュージアム思考』(左右社刊、2022年)の出版を記念し、『上野の文化施設発!「こどもと大人のためのミュージアム思考」のススメ』をテーマに、5月5日(木・祝)にオンラインにて、オープン・レクチャーを開催します。

 

「Museum Startあいうえの」の理念や実践例を紹介しつつ、社会におけるアート・コミュニケータの役割とともに、これからのミュージアムのあり方を考えていきます。登壇は、著者の稲庭彩和子氏、伊藤達矢氏、鈴木智香子氏ほか。多様な文化や人々が関わり合い、豊かなコミュニケーションが生まれるミュージアムを舞台に、どんな学びが育まれてきたのでしょうか。市民とともにつくりだす新しい学びの姿について思考を深めていきたいと思います。オンライン開催ですので、みなさまぜひお気軽にご参加ください。

 

・オープン・レクチャー開催概要

日時|2022年5月5日(木・祝)14:00~16:30
会場|オンライン(Zoomウェビナー使用)
定員|300名(事前申込制、先着順、※定員になり次第締め切ります。)
参加費|無料
登壇者|稲庭彩和子(独立行政法人国立美術館 主任研究員)
伊藤達矢(東京藝術大学社会連携センター特任教授)
鈴木智香子(独立行政法人国立美術館 特任研究員)ほか
その他|手話通訳、UD トークによる文字表示支援あり
申込方法|下記フォームよりお申込みください。申込みアドレス宛に招待URLをお送りします。
申込みフォーム|https://tobikan.jp/form/294
オープン・レクチャーの詳細|https://tobira-project.info/openlecture12
問い合わせ先|「とびらプロジェクト」運営チーム p-tobira@tobira-project.info

 

・書籍紹介

 

編著:稲庭彩和子
著:伊藤達矢、河野佑美、鈴木智香子、渡邊祐子
装幀:松田行正+杉本聖士
定価:本体1800円+税
四六判並製/296ページ
2022年3月31日 第一刷発行
978-4-86528-079-1 C0070
オンライン販売:http://sayusha.com/catalog/books/paiueno

 

・「Museum Start あいうえの」とは…

東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、東京藝術大学が主催し、国立科学博物館、国立国会図書館国際子ども図書館、上野の森美術館、国立西洋美術館、東京国立博物館、恩賜上野動物園、東京文化会館が共催する、ラーニング・デザイン・プロジェクトです。

上野公園に集まる9つの文化機関が連携し、すべてのこどもたちが、文化やアートを介して「社会に参加しつながりを持つこと」を推進するプロジェクトです。文化を介して人々のコミュニケーションの機会を作り、人々の平等性、多様性を肯定し、人々の関わり合いを育み、人々のウェル・ビーイング(well-being : 心身ともに健康で幸福感がある状態)を高めることを目的としています。
「Museum Start あいうえの」ウェブサイト:https://museum-start.jp/

 

 

記事提供:ココシル上野


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