スラム街に愛を。人類に花束を。【上野の森美術館】「長坂真護展 Still A “BLACK” STAR Supported by なんぼや」(~11/6)内覧会レポート

上野の森美術館

 

ガーナのスラム街・アグボグブロシーから生まれた、廃棄物を使ったアート作品の数々。
今、持続可能な資本主義を目指すアーティスト長坂真護の活動に世界中の注目が集まりつつある。
現在、上野の森美術館において、長坂自身初となる美術館での個展が開催中だ。

《​真実の湖Ⅱ》

ゲーム機、パソコンのキーボード・・・キャンバスに敷き詰められているのは私たちも見慣れた電子機器やその部品の数々。
長坂真護は先進国が廃棄した壊れた電子機器で独創的な作品を生み出すアーティストだ。
その作品のみならず、「サステナブル・キャピタリズム」の語に象徴される哲学や利益をスラム街に投資する手法が世界中の注目を浴び、2020年にはハリウッドで彼の活動を追ったドキュメンタリー映画『Still A Black Star』も制作された。

「長坂真護展 Still A “BLACK” STAR  Supported by なんぼや」は自身初となる美術館での個展開催であり、美術家・長坂真護がアートでサステナブルを目指す足跡とともに、世界平和への願いを込めた約200点の作品が展示されている。

ガーナのスラム街で出会った、世界の真実

展覧会場風景。ガーナのスラム街を再現した建物や、資本主義の歪みを表現した絵画などが並ぶ
展示風景より、左《Ben is plastics》右《Ben is seventeen years old》。 廃棄物処理の際に生じたガスの影響により、ガーナでは30代で世を去る人も多いという
内覧会では長坂自身による作品解説が行われた

「先進国の僕らだけが、幸福であっていいはずがない」

長坂氏は、集まった報道陣を前に真摯な眼差しで訴えた。そして、100億円集めてガーナのスラム街にリサイクル工場を建設するという自身のビジョンについて力強く語る。

路上の絵描きであった長坂氏は2017年6月に「世界の電子機器の墓場」と呼ばれるガーナのスラム街・アグボグブロシーを訪問。そこで先進国が捨てた電子機器を焼いてわずか1日500円の日当で生きる若者たちと出会い、衝撃を受けたという。

以来、長坂氏は「我々の豊かな生活は、このスラム街の人々の犠牲のもとに成り立っている」という現実を伝えるべく、アートの力を使って日々活動を続けている。

世界が美しくなければ、私たちも美しく人生を歩めない

アグボグブロシーの犠牲の上に成り立つわれわれの世界の不安定さを、三脚のテーブルで表現した《世界平和のワクチン》。支えている手を離せば、たちまち崩れ落ちるだろう
長坂氏が育成するスラム街の子供たちの作品《スーパースターズ》。会場で購入することもでき、売上は直接彼らの収入へとつながる
解説を行う長坂氏。画面右手の作品は世界が歪に一体化することへの危惧を表現した《質量保存の法則》。左手には各国の廃棄機器で作られた国旗が並ぶ

燃えかすの煙、青年、牛などが一体化した化け物のような造形の《質量保存の法則》に見られるように、長坂氏は現地の自然環境を無視した消費社会に痛烈な批判を浴びせている。
しかし、同時に長坂氏の言葉を借りれば私たちは生まれながらにして「資本主義のドラッガー(中毒者)」であり、資本主義をまったく無視した社会形態をただちに実現することはできない。

そこで彼が提案するのが、「文化」「経済」「社会貢献」の3つの歯車が持続的に回る形態、「サステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)」である。
たとえば彼のガーナ作品を所有すればするほど、現地のゴミが減り、経済に貢献し、文化性も高まる。そして同時に、世界中にこの問題のメッセージが広がる。資本主義の形態をうまく活用しながら、持続可能な好循環を生み出そうという試みだ。

NFTプロジェクト「MAGO Mint」について語る長坂氏
捨てられるはずの家電がユニークなデジタル作品となり、アーカイブスに残り続ける

そうしたサステナブル・キャピタリズムの活動の一環が、自身初のNFTプロジェクト「MAGO Mint」である。

その第一弾となるプロジェクト「Waste St. in NYC」では、日々ニューヨークの路上に捨てられる家電をキャンバスに見立て、限定300枚の写真作品からなる1点として同じ作品が存在しないユニーク・コレクションを制作した。
数日後になくなってしまうものが作家のエネルギーを得てデジタル上でアーカイブスとして生き続ける。まさにNFTならではの試みといえるだろう。

この「Waste St. in NYC」の一日の取引量は村上隆氏に次ぐほどの規模に達し、売上はスラム街のリサイクル工場設立のために投資されるという。

相対性理論に示された愛のカタチ

長坂氏の美術家人生で重要なモチーフとなっている「月」。世界平和の願いを込めた瞑想的な作風が印象的
宇宙空間に浮かぶ藁が生命の儚さと尊厳を浮かび上がらせる《藁の革命》。2億円で落札された。手前の人形はリサイクルプラスチックで作られた「ミリーちゃん」。
《相対性理論》は世界初の「お金を稼ぐアート」。キャンバス右手にコイン投入口がある。

本展覧会で展示されている作品は約200点に及ぶが、個人的に印象に残った作品のひとつが、会場終盤に展示された《相対性理論》だ。
これは先進・後進軸と貧富の軸で理想的な社会と愛のあり方を図式的に表現したもので、アインシュタインの
「熱いストーブの上に1分間手を置いてみると、1時間にも感じられるでしょう。かわいい女の子と1時間座っていると、1分ぐらいに感じるでしょう」
という有名な相対性理論の説明からインスピレーションを得た作品。

つまり、愛があれば時間の感覚は消失する。逆に言えば、私たちが「先進国」「後進国」と語る時、そこに愛はないのである。
キャンバスの中央に示されているのは、まさに時間が消失した状態。永遠平和であり、愛に満ちている。
それを実現するためには、私たち鑑賞者の参加が必要だ。キャンバス横にはコイン投入口が設けられ、投入されたコインはパイプを伝って「後進国」へと辿り着く。
まさに長坂氏のサステナブル・キャピタリズムの手法を具現化した作品だといえるだろう。

 

《Let’s Go Diversity》

他にも会場では、アンパンマンに影響を受けて作られた「ミリーちゃん」のアニメ化映像、オリーブ栽培のために訪れた瀬戸内海の投棄ゴミで作られたアート作品、そしてコロナ禍以前に描かれたにも関わらず2020年以降の感染症拡大による「ニューノーマル」を暗示していたかのような未来予想図《Let’s Go Diversity》などさまざまな作品を展示。

スラムに工場建設、そして世界平和へとー。
アートで世界を変えようとする長坂真護の試みは今、この瞬間も続いている。
ぜひ会場に足を運んで、あなたも「MAGOプロジェクト」に参加してみてはいかがだろうか。

 

NFT-「Non-Fungible Token(ノン・ファンジブル・トークン)」=非代替性トークン。非代替性とは、替えのきかないこと。トークンは、ブロックチェーン技術を用いた暗号資産。これまで、著作権などが乱用されコピーが容易だったインターネットなどで流通しているアートや音楽などの作品に、独自の固有データの識別サインをつけることで、所有が明確になるという画期的なシステム。

※本記事の内容は内覧会時点(2022年9月9日)のものです。最新の情報とは異なる可能性がありますので、詳細は展覧会HP等をご確認ください。

開催概要

会期 9月10日 (土) 〜 11月6日 (日)
会場 上野の森美術館
開館時間 10:00~17:00
※最終入館は閉館30分前まで
※会期中は休館日なし
観覧料 一般1,400円、高・大・専門学校生1,000円 、中・小学生600円

※未就学児は入場無料。
※小学生以下は、保護者同伴でのご入場をお願いします。
※学生券でご入場の場合は、学生証の提示をお願いいたします。(小学生は除く)
※障がい者手帳(身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、愛の手帳、被爆者健康手帳)をお持ちの方は、ご本人と付き添いの方1名様まで入館無料となります。ご来館の際、会場入口スタッフへお声がけください。

主催 フジテレビジョン、上野の森美術館
問い合わせ先 050-5541-8600 (ハローダイヤル 全日9:00~20:00)
展覧会HP https://www.mago-exhibit.jp

 

記事提供:ココシル上野


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「日本美術」は、ここから始まった。【東京藝術大学大学美術館】特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」(~9/25)内覧会レポート

東京藝術大学大学美術館
手前は高村光雲《矮鶏置物》明治22(1889)年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 前期展示①

芸術の教育・研究機関として重要な役割を担う東京藝術大学(旧・東京美術学校)。
その所蔵品と宮内庁三の丸尚蔵館の珠玉のコレクションを共に展観する特別展
「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」が開幕した。

展示会場入口。手前はその再現度に制作者のこだわりが窺える《法隆寺金堂模型》(明治43(1910)年 東京藝術大学蔵)通期展示

2022年8月6日(土) – 9月25日(日)まで、東京藝術大学大学美術館にて特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」が開催中だ。

本展が開催される東京藝術大学は、前身である東京美術学校で岡倉天心が1890年に初めて体系的に日本美術史の講義を行った場所であり、日本における芸術の教育・研究機関として重要な役割を担ってきた。

本展では、宮内庁三の丸尚蔵館の収蔵する皇室にゆかりのある名品、優品に、東京藝術大学の所蔵品を加えた82件の作品を展観。奈良時代から昭和にかけての日本美術を、書や和歌、人物・物語、花鳥・動物、風景などのモチーフやテーマ別にわかりやすく紹介する。

※記事の内容は2022/8/5時点のものです。最新の情報は展覧会HP等でご確認ください。

各時代の名品を概観!まさに「体験する教科書」

展示会場風景
手前は高取稚成/前田氏実《伊勢物語図屏風》(右隻)(大正5(1916)年)前期展示②
手前は十二代酒井田柿右衛門《白磁麒麟置物》(昭和3(1928)年)通期展示
画面奥(右)は《唐獅子図屏風》(右隻:狩野永徳 桃山時代 16世紀/左隻:狩野常信 江戸時代 17世紀)前期展示①

東京美術学校の創立に尽力した岡倉天心は、未来の美術を作るための足固めとしての日本美術史を確立し、学問として発展させた。その功績は非常に大きいといえるだろう。
しかし日本に限ったことではないが、美術を鑑賞するうえでは作者や時代背景、専門用語や概念などの知識が難しいために敬遠されてしまうことも少なくない。

特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」において示されているのは、できるだけそういった堅苦しい「日本美術」のイメージを解きほぐし、個々の作品に触れ、親しんでもらおうという意図である。会場には誰もが知る国宝が並び、「教科書で見た!」などといった会話も弾むだろう。

会場では「文字からはじまる日本の美」「人と物語の共演」「生き物わくわく」「風景に心を寄せる」といったテーマ別に作品が展示され、「日本美術の玉手箱」を子供から大人までそれぞれの視点で楽しめるような工夫が凝らされている。

展示風景より。高階隆兼《春日権現験記絵 巻四、五》(鎌倉時代 延慶2(1309)年頃 国宝)巻四:前期展示② 巻五:後期展示②
展示風景より。伝 狩野永徳《源氏物語図屏風》(桃山時代 16~17世紀)前期展示②

日本人の感性によって生み出された仮名文字が美術と結びついていく様を紹介する1章「文字からはじまる日本の美」から展示は始まる。続く2章「人と物語の共演」では、書き記されたさまざまな物語が四季の風景や人々の有り様と結びつき、美へと昇華していく過程を見ることができる。

ここでは、《春日権現験記絵》や《蒙古襲来絵詞》など、昨年三の丸尚蔵館の収蔵品としてはじめて国宝に指定された貴重な絵巻物を展示。さらに狩野永徳作と伝えられる《源氏物語図屏風》などからは、平安時代の文学がその後の日本人にも長く愛されていたことが伝わってくる。

酒井抱一《花鳥十二ヶ月図》(江戸時代 文政6(1823)年 前期展示①)より五幅
画面手前は《唐獅子図屏風》(右隻:狩野永徳 桃山時代 16世紀/左隻:狩野常信 江戸時代 17世紀)前期展示①

生命あるのものへの日本人の多彩なまなざしと表現に着目した3章「生き物わくわく」では、注目の展示作品が目白押しだ。
全12幅が一挙に展示される酒井抱一の《花鳥十二ヶ月図》や、伊藤若冲作の国宝《動植綵絵》(後期展示①)、谷文晁の《虎図》(後期展示①)など、いずれも日本美術の至宝と呼ぶべき作品が並ぶ。

そして何といっても注目は右隻(桃山時代、16世紀)を狩野永徳が、左隻(江戸時代、17世紀)を狩野常信が描いた国宝《唐獅子図屏風》だろう。狩野永徳の代表作とされる右隻の獅子の迫力を、ぜひ会場で目の当たりにしてほしい。

左から高橋由一《栗子山隧道》(明治14(1881)年、五姓田義松《ナイアガラ景図》(明治22(1889)年ともに通期展示

4章「風景に心を寄せる」では自然における伝統的な画題である「浜松図」にはじまり、洋画黎明期の風景画まで自然・風景をモチーフにした作品を展観。日本古来の風景表現のエッセンスがかたちを変えながら近代画に受け継がれていった様子をたどることができる。

五姓田義松の《ナイアガラ景図》は雄大なナイアガラの滝を描いた明治時代の絵画。画面手前の遊覧船と滝を対比させることで、その壮大なスケールが鑑賞者に伝わるようになっている。


3章展示風景より。画面手前はコロコロとした身体と愛らしい表情が印象的な《羽箒と子犬》(明治~大正時代 20世紀 前期展示①)

宮内省と東京美術学校の努力によって後世に伝えられる名品の数々。
誰もが知る「あの作品」も、実際に目にすれば新鮮な感動があるだろう。

ぜひ、実物を見に会場まで足を運んでいただきたい。

※所蔵先を記載していない作品は、すべて宮内庁三の丸尚蔵館蔵

開催概要

会期 2022年8月6日(土) – 9月25日(日)
※会期中、作品の展示替えおよび巻替えがあります
前期展示:① 8月6日(土) – 8月28日(日)/ ② 8月6日(土) – 9月4日(日)
後期展示:① 8月30日(火) – 9月25日(日)/ ② 9月6日(火) – 9月25日(日)
会場 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2、3、4
開館時間 午前10時 – 午後5時(入館は閉館の30分前まで)
※9月の金・土曜日は午後7時30分まで開館
休館日 月曜日(ただし、9月19日は開館)
観覧料 一般 2,000円、高・大学生 1,200円
※中学生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその介助者1名は無料
※本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により入場制限等を実施する可能性がございます。
主催 東京藝術大学、宮内庁、読売新聞社
問い合わせ先 050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会HP https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tamatebako2022/

 

記事提供:ココシル上野


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権力は芸術を求め、芸術はチカラとなる。【東京都美術館】「ボストン美術館展  芸術×力」(~10/2)内覧会レポート

東京都美術館
増山雪斎《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801年) ボストン美術館蔵

ボストン美術館設立150周年にあたる2020年に企画されながらも、新型コロナウイルスの感染拡大により延期を余儀なくされた本展。
その「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」が満を持して7月23日に開幕した。

 

展示会場入口。権力を象徴する巨大な肖像画が来場者を出迎える

2022年7月23日(土)~2022年10月2日(日)まで、東京都美術館にて「ボストン美術館展  芸術×力」が開催中だ。
エジプト、ヨーロッパ、インド、日本・・・本展で出品される、さまざまな地域から収集された約60点の美術品を貫く縦糸となるのは、「権威」「力」である。

現代において芸術は「反権威」「反権力」であるというイメージを持つ人は多い。しかし歴史を紐解いてみれば、両者の関わりは密接だ。
古今東西の権力者はその力を維持するために芸術の力を利用し、宮廷を彩り、その正統性を示してきた。
その結果、権力者たちが時の一流の画家や職人に作らせた優れた芸術品は、今もなお私たちを魅了する輝きを放ち続けている。

本展はこのような「芸術と力」の関係性に注目し、ボストン美術館の百科事典的なコレクションの中から厳選した作品を展示。芸術作品が古来から担ってきた社会的な役割に焦点を当てる。

権力者たちが愛した、荘厳な美のコレクション

《ホルス神のレリーフ》エジプト(エル・リシュト、センウセレト1世埋葬殿出土)、中王国、第12王朝、センウセレト1世治世時(紀元前1971-1926)ボストン美術館蔵
光格天皇(1771-1840)の仮御所から新内裏への遷幸の様子を描いた《寛政内裏遷幸図屏風》(吉村周圭、江戸時代・寛政2-7年)ボストン美術館蔵
《ジャハーンギールの大使カーン・アラムとシャー・アッバース(「シャー・ジャハーンの後期アルバム」より》(おそらくビシャンダース、インド北部、ムガル帝国時代、1620年頃)ボストン美術館蔵
展示風景より。画面手前は《ギター(キタラ・バッテンテ)》(ヤコポ・モスカ・カヴェッリ、イタリア・1725年)ボストン美術館蔵。金属弦を張った珍しいもので、象牙や鼈甲など当時最も珍重された天然素材で装飾されている
アンソニー・ヴァン・ダイク《メアリー王女、チャールズ1世の娘》(1637年頃)ボストン美術館蔵

長い歴史の中で、芸術作品は鑑賞用のみならず多様な役割を担ってきた。
例えばヴァン・ダイクによって描かれたメアリー王女の肖像画はドレスの布地の質感や手の優雅さ、無垢な瞳のきらめきを表現した見事なものだが、こうした貴族の肖像画には王族同時の婚姻を祝う、もしくは進めるという重要な「役割」があった。

担当学芸員である大橋菜都子氏は

「芸術を通して各時代における権力者の力を浮き彫りにし、その力を示すために各作品がいかに使われてきたのかを追う展覧会。時代や国によって異なる権力の表され方に注目して見ていただきたい」

と本展の開催意義を語る。

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)(鎌倉時代、13世紀後半)
信頼・義朝軍によって連れ去られる後白河院。その姿は御簾の奥に隠れ、描かれない

本展は全五章構成。章ごとにさまざまな角度から力と芸術の関係性について焦点を当てているが、時代や地域性による違いについて注目してみるのも面白い。

例えば展覧会場入口に展示されている《戴冠式の正装をしたナポレオン1世の肖像》において、ナポレオンは金の月桂冠やワシが先端に施された笏により、シンプルに威厳に満ちた姿で描写されている。

しかし、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》においては天皇という存在は御簾の奥に隠れ、日本美術の伝統に則ってあからさまに表されていない。草薙の剣や八咫の鏡といったレガリアが決して人目に触れることがないように、日本において「権威」というのは隠される存在なのである。

エル・グレコ《祈る聖ドミニクス》(1605年頃)ボストン美術館蔵

古くから、権威・権力に「お墨付き」を与えるのは「神」「天」などといった超自然的・宗教的概念であった。「聖なる世界」と題された章では「神の代理人」となった権力者たちが生み出した宗教に関わる芸術作品を展示している。

聖母子像や如来像はもちろん、修道士や聖人、精神世界と強いつながりを持った地上の人物たちの像も数多く生み出されたが、エル・グレコの《祈る聖ドミニクス》もそのひとつだ。ドミニコ会として知られる「説教者修道会」を創立した聖ドミニクスの、まさに私的な祈りの瞬間が力強い筆致で表されている。

オスカー・ハイマン社、マーカス社のために製作《マージョリー・メリウェザー・ポストのブローチ》(1929年)ボストン美術館蔵

また、権威・権力というものを直接的に、また象徴的に公に示すもののひとつが宮殿である。本展で展示されている多くの芸術作品は、こうした宮殿、宮廷における公式の儀式や社会的な慣習と深く結びついているといえるだろう。
特に衣装と装身具はそれを身につける個人の権力や地位を伝えるうえで決定的なものだ。

《マージョリー・メリウェザー・ポストのブローチ》は、アメリカ人のマージョリー・メリウェザー・ポストがイギリス王ジョージ5世、メアリー王妃との謁見の際にマンハッタンのマーカス社から購入したもの。プラチナとダイヤモンドの装飾がついており、中央に嵌め込まれた60カラットのエメラルドが燦然たる輝きを放っている。
結局このブローチは謁見に用いられることはなかったが、ポストのジュエリーコレクションの中でも宝物のように大切にされ続けたという。

日本にあれば国宝?!里帰りした名宝たち

《吉備大臣入唐絵巻》(部分)(平安時代後期-鎌倉時代初期、12世紀末)ボストン美術館蔵
長大な絵巻物のため、コの字型に展示空間が作られている
《吉備大臣入唐絵巻》(部分)(平安時代後期-鎌倉時代初期12世紀末)より、吉備真備と唐人の囲碁対局の場面

アメリカのボストン美術館は、”東洋美術の殿堂”と称され、100年以上にわたる日本美術の収集はアーネスト・フェノロサや岡倉天心に始まり、今や10万点を超える。その膨大なコレクションの中でも傑出した存在である《吉備大臣入唐絵巻》は先に紹介した《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》とともに「日本にあれば国宝」とも言われる貴重な作品だ。
その二大絵巻が揃って展示され、まさに本展の白眉とも言うべき存在感を放っている。

《吉備大臣入唐絵巻》は遣唐使として海を渡った吉備真備が、鬼と化した阿倍仲麻呂の力を借りながら数々の難題を解決していく物語。長大なため、室内をコの字型に囲むように展示されている。代々寺社や豪族によって守り伝えられてきたが、幕末から明治への社会変動を受けて市場に流出。長く買い手がつかない状況が続いていたが、やがて昭和7(1932)年にボストン美術館によって購入されたという。

「幻の国宝」となった本作品。鑑賞するにあたって、この絵巻物がたどった数奇な運命に想いを馳せてみても面白いだろう。

増山雪斎《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801年)ボストン美術館蔵

本展の最後を締めくくるのは、左幅と右幅に艶やかな孔雀の姿が描かれた《孔雀図》だ。
画家の増山雪斎は名を正賢(まさたか)といい、江戸時代中期に伊勢長島藩(現在の三重県桑名市長島町)を治めた大名。多くの画家・知識人らを庇護し、さらに自身でも多くの書画を制作した。
本展のために修復され、初めての里帰りを果たした《孔雀図》は、雪斎が数多く取り組んだ画題で、まさに代表作と言える質の高さを誇る。

ジョン・シンガー・サージェント《1902年8月のエドワード7世の戴冠式にて国家の剣を持つ 、第6代ロンドンデリー侯爵チャールズ・スチュワートと従者を務めるW・C・ボーモント》(1904年)ボストン美術館蔵

さまざまな場所、さまざまな時代で権力と芸術が織りなす均衡と勾配。
権力者たちは芸術の力によって己を誇示し、依って立つ物語に神話的な正統性を付与してきた。しかし、本展において示されているのは権力に従属するだけの芸術の姿ではない。

芸術はその内に世俗の「力」をも超える「チカラ」を秘め、人々の心のみならず、時に世界さえも動かす。集められた名宝の数々を眺めていると、胸の内にそんな思いが芽生えてくる。

一旦延期となり、いよいよ待望の開幕となる本展覧会。ぜひ、直接会場でご覧いただければと思う。

「ボストン美術館展  芸術×力」概要

会期 2022年7月23日(土)~10月2日(日)
会場 東京都美術館
開館時間 9:30~17:30 ※金曜日は20:00まで
(入室は閉室の30分前まで)
休館日 月曜日、9月20日(火)
※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、 9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室
観覧料 一般 2,000円   大学専門学生 1,300円  65歳以上 1,400円
※本展は展示室内の混雑を避けるため、日時指定予約制となっております。→展覧会HP
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ボストン美術館、日本テレビ放送網、BS日テレ、読売新聞社
問い合わせ先 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.ntv.co.jp/boston2022/

※記事の内容は取材日(2022/7/22)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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【会場レポ】「フィン・ユールとデンマークの椅子」展が東京都美術館で開幕。実際に椅子に座れる特設コーナーも!

東京都美術館
会場風景

「家具の彫刻家」として知られるデンマークのデザイナー、フィン・ユールの作品を中心に、同国の家具デザインの歴史と変遷を紹介する企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」が、東京都美術館で2022年7月23日からスタートしました。

先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

あらゆる日常を支える「椅子」に焦点を当てた展覧会

会場風景

デザイン大国として知られる北欧の国・デンマークでは、「居心地がいい、楽しい時間」を意味するHygge(ヒュッゲ)の価値観がライフスタイルに根付き、家具デザインの面でもシンプルな心地よさが追求されてきました。

とりわけ1940年代から60年代にかけて、デンマークでは歴史に残る優れた家具が多数登場する黄金期を迎えました。フィン・ユール(1912-1989)は、そんな黄金期を代表するデザイナーの一人です。

彼の生み出す家具は身体に心地よくなじむばかりでなく、優美な曲線を特徴としたモダンなデザインと芸術品のごときディテールの美しさが際立っていて、その造形美は「彫刻のよう」と評されています。

会場風景
会場風景

「フィン・ユールとデンマークの椅子」展は、デンマークの椅子をメインとした家具デザインの歴史と変遷をバラエティに富んだ作例とともに辿りながら、巨匠フィン・ユールのデザインの魅力に迫るもの。

展示の最後には、実際にデンマーク・デザインの椅子を体験できる特設コーナーも用意されています。

なお、展示品の多くは、北海道東川町が所蔵する世界的にも名高い「織田コレクション」からの出展です。本展の学術協力者の一人であり、椅子研究者の織田憲嗣氏(東海大学名誉教授)が研究資料として長年にわたり収集してきた20世紀の家具・日用品のコレクションで、東京でまとめて紹介するのは本展が初の機会となるとか。

第1章「デンマークの椅子──そのデザインがはぐくまれた背景」

本展は第1章から第3章までの3章構成となっています。

第1章 展示風景

第1章「デンマークの椅子」は、ヨーロッパを席巻した合理主義・機能主義を掲げたモダニズム運動に、デンマークの若い建築家やデザイナーが触れるきっかけとなった1930年のストックホルム博覧会の紹介からスタートします。

伝統的な家具作りを継承しながら一般市民にデザインを開放するというデンマーク独自のモダニズム運動を主導し、伝統家具を研究・再構築する「リデザイン」の思想や人間工学に基づく方法論を提唱した「デンマークモダン家具デザインの父」と呼ばれるコーア・クリント(1888-1954)。

彼が初代教授をつとめた、デンマークの家具デザインの発展に最も影響したとされるデンマーク王立芸術アカデミー家具科の創設

家具職人を効率よく育成し、技術の高さをアピールする展示会も頻繁に開催した家具職人組合の存在。

写真やポスター、出版物、映像などさまざまな資料とともに、世界中で愛されるデンマークの名作家具が生み出された背景を丁寧に振り返ります。

第1章 展示風景
第1章 展示風景

ここではコーア・クリントはもちろん、王立芸術アカデミー家具科の2代目教授となったオーレ・ヴァンシャー、一般庶民向けに余分な装飾を排した機能的な家具をデザインしたボーエ・モーエンセン、木材への深い造詣と抜群のクラフトマンシップで次々に名作家具を生んだハンス・J・ウェグナーなど、名デザイナーたちによるさまざまな椅子を一望できます。

ボーエ・モーエンセン《ハンティングチェア》1950年、織田コレクション(東川町)/幻の名作と言われたモーエンセンの代表作。

座・背・足というシンプルな基本構造からなる椅子ですが、なかにはテニスのラケットに張るガットを使用したヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンゼンの《ラケット・チェア》や、アイスのコーンのような形をしたヴェルナー・パントンの《コーン・チェア》、折り紙で作られたようなグレーテ・ヤルクの《プライウッドチェア》など、やや奇抜なデザインのものもあって実にバラエティ豊か。

ただ、奇抜であっても華美な印象はなく、デンマーク・デザインに共通する落ち着いた雰囲気をまとっています。

ヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンゼン《ラケット・チェア》1955年、織田コレクション(東川町)

同章では、デンマークの家具デザイン黄金期の、驚くほど多様な思考と発想を感じることができるでしょう。

第2章「フィン・ユールの世界」

当時の家具デザイナーたちの多くは、コーア・クリントの門下生か家具工房の出身でした。

一方のフィン・ユールは美術史家を志望しながらも、父の勧めから建築を学ぶために1930年に王立芸術アカデミーに入学。建築事務所で建物の設計やインテリアデザインに携わりながら独学で家具デザインを学び、1937年、25歳のときに家具職人組合の展示会に初出品したという、異端の経歴の持ち主です。

第2章 展示風景

第2章「フィン・ユールの世界」は、そんな建築家、インテリアデザイナー、家具デザイナーであるフィン・ユールによる初期の建築ドローイングからスタートします。

1930年代後半、優れた家具職人ニールス・ヴォッターと組んでユニークなフォルムを探求した頃に生み出した、《イージーチェア No.45》《チーフテンチェア》《ペリカンチェア》など数々の代表作。

1942年にコペンハーゲン北部に建てられ、生涯の仕事場となった自邸(フィン・ユール邸)の設計。

国外で評価されるようになった1950年以降の仕事として、ニューヨークにある国際連合本部で手かげたインテリアデザインや、スウェーデン・スカンジナヴィア航空のオフィスや旅客機の客室デザインまで、フィン・ユールの幅広い活動の全貌を紹介しています。

(右)モーエンス・ヴォルテレン《コペンハーゲンチェア》1936年、織田コレクション(東川町)/ニールス・ヴォッターの製作。本作をきっかけにフィン・ユールはヴォッターと出会ったとされています。
フィン・ユール《イージーチェアNo.45》1945年、織田コレクション(東川町)
フィン・ユール《チーフテンチェア》1949年、織田コレクション(東川町)

「彫刻のよう」と評されるフィン・ユールの作品は、彫刻家ハンス(ジャン)・アルプなどの抽象彫刻のフォルムや内在する美学に大きな影響を受けているそう。

特に初期の作品は彫刻的なアプローチが顕著で、肘に沿う滑らかなアームや、ほっそりとシャープな脚部の流れるような曲線は、アルプの人体をモチーフにした彫刻のような、抽象化された身体を思わせます。

ハンス(ジャン)・アルプ《地中海群像》1941/65年、東京国立近代美術館/フィン・ユールが着想を得た彫刻や版画などの美術作品も展示。

「椅子は単なる日用品ではなく、それ自体がフォルムであり、空間である」というフィン・ユールの言葉のとおり、有機的なフォルムをもつ彼の椅子は、座って心地よいだけでなく、建築や美術、日用品と濃密に響き合いながら空間の調和を生み出す点が大きな魅力となっています。

フィン・ユール邸の家具やインテリア、映像資料

その魅力が顕著に表れているのが、フィン・ユール邸の関連展示。誰からも干渉されることなく自身の構想を具現化できる場所として、建物の設計だけでなく家具や日用品も自らデザインしたというこだわりの邸宅です。

ウィルヘルム・ルンストロームの絵画などの芸術作品も美しく配置され、緑豊かな森の景色と調和する邸宅の空間を紹介する映像資料からは、フィン・ユールのデザインに対する美学の一端を感じられるでしょう。

第3章「デンマーク・デザインを体験する」

第3章 展示風景

フィン・ユールは椅子に対して「そこに座る人がいなければ、椅子はただの物にすぎない。人が座ってはじめて、心地よい日用品となる」と考えていたそう。

そんなフィン・ユールを特集している本展ならではのコーナーとして、第3章「デンマーク・デザインを体験する」では、日常の道具であり、使う人の暮らしを見据えてデザインされている椅子本来の役割に立ち返っています。なんと、30種類以上のデンマークの椅子に実際に座ることができるのです!

第3章 展示風景
第3章 展示風景
第3章 展示風景

フィン・ユールはもちろん、第1章で目にしたデンマークの家具デザイン黄金期を支えたデザイナーたちの椅子がズラリ。社長席のような革張りの重厚な椅子もあれば、戸外制作にぴったりな折り畳みスツールもあります。

椅子に直に触れて、座りやすさや触り心地を確かめたり、座っている人の姿を観察してみたり。デザイナーたちがそれぞれ椅子をめぐる課題にどう向き合い、どう解決したのか。豊かな発想を体で味わうことができます。

第3章 展示風景
第3章 展示風景

ここで紹介されている椅子と照明器具は、現在もデンマークの製造会社によって製作され続けているものばかりです。

「世界で最も幸福な国」として知られるデンマーク。
価値観やライフスタイルが絶えず変化する世界において、シンプルなデザインと機能性、そしてどのような空間にもなじむ普遍的な親しみやすさをもつデンマーク・デザインが世界中に根付いているという事実は、私たちが快適に生きるためのヒントになるのかもしれません。


あらゆる日常を支える椅子という身近な家具にあらためて光を当てる「フィン・ユールとデンマークの椅子」展の開催は、2022年10月9日まで。

ちなみに本展の開催に関しては、2012年の東京都美術館リニューアルのおり、中央棟の1階「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」にフィン・ユールをはじめとするデンマークの椅子やテーブルを設置し、休憩コーナーを新設したことがきっかけといいます。

佐藤慶太郎記念 アートラウンジ ©東京都美術館

来館者がゆったりとした時間を過ごせる居心地のよいスペースにするため設置したそうですが、東京都美術館の建築と北欧家具の親和性の高さもさることながら、空間の印象を一変させる家具の力にも驚かされたとか。

本展に足を運んだら、ぜひ「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」も覗いてみてください。

企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」概要

会期 2022年7月23日(土)~10月9日(日)
会場 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開館時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)※金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休館日 月曜日、9月20日(火)
※ただし、8月22日(月)、29日(月)、9月12日(月)、19日(月・祝)、26日(月)は開室
観覧料 一般 1,100円 / 大学生・専門学校生 700円 / 65歳以上 800円

※高校生以下は無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料
※そのほか、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館
展覧会公式サイト https://www.tobikan.jp/finnjuhl

※記事の内容は取材日(2022/7/22)時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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西洋美術の巨匠たちが紡ぐ、自然と人の物語。
【国立西洋美術館】「自然と人のダイアローグ」内覧会レポート (~9/11)

国立西洋美術館
左からクロード・モネ《舟遊び》(1887)、ゲルハルト・リヒター《雲》(1970)

約1年半の休館を経て本年に4月に再開館を果たした国立西洋美術館。

リニューアルオープン記念となる本展覧会は、開館100周年を迎えるドイツ・フォルクヴァング美術館との共同企画となる。

両館が誇る100点以上の名品を通じ、自然と人の対話から生まれた芸術の展開を辿るという試みだ。

今回は、開催前日に行われた報道内覧会の様子をお伝えする。

会場入口。移ろいゆく自然を表現したという色彩のグラデーションが美しい

本展「 国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホ、リヒターまで 」はドイツ・フォルクヴァング美術館の協力を得て開催される。

フォルクヴァング美術館はドイツ・ハーゲンの銀行員の家に生まれたカール・エルンスト・オストハウス(1874-1921)が19世紀から収集した美術品を核としているが、一方国立西洋美術館もまた松方幸次郎(1866-1950)が欧州で集めた西洋美術を基にした美術館である。

つまり、両館はほぼ同時代を生きた個人のコレクションを基にしているという点で共通している。
オストハウスは炭鉱地帯で知られる地元のルール地方の人々にコレクションを開放し、また松方幸次郎も「共楽美術館」を構想して庶民に西洋文化を楽しむ機会を提供した。

ふたりの実業家が抱いた志は長い時を経て、本展覧会において邂逅した、とも言えるだろう。

自然と人とが、対話によって響き合う

展示会場風景
手前はギュスターヴ・ドレ《松の木々》(1850)
ピエール=オーギュスト・ルノワール《オリーブの園》(左)《風景の中の三人》(右)。展示スペースに配された文章(右上)が趣を添える
右はカール・グスタフ・カールス《高き山々(カスパー・ダーヴィト・フリードリヒにもとづく模写》(1824頃)
中央はジャン=バティスト・カミーユ・コロー《ナポリの浜の思い出》(1870-1872)

本展のテーマは「自然と人」である。
2つの美術館のコレクションという枠で切り出したさまざまな風景や自然のモチーフが、全4章という構成の中で互いに響き合う。ゴッホ、シニャック、クールベ・・・それらの作品の描き手は紛れもない西洋美術たちの「巨匠」たちである。

展示内容について、本展の担当研究員・陳岡めぐみ氏(国立西洋美術館 主任研究員)は、「本展は年代順ではなく、自然というものに繰り返しバリエーションを加えていくような構成とした」と語る。

例えば第1章「空を流れる時間」では絶えず移ろいゆく自然の諸相を示し、第2章「〈彼方〉への旅」では作家自身の五感と結びついた目に見えぬ心象風景を展観。続く第3章「光の建築」では秩序や法則など自然における永続的な要素を抽出し、最終章「天と地のあいだ、循環する時間」では自然の永続的なサイクルと人間の生命をリンクさせたような作品を見出すことができる。

「空」の表現から始まる自然への眼差しは、会場で歩みを進めることで私たち自身の精神の深層へと降り立ち、やがて光や宇宙の表現へと縦横無尽に変化していく。それはまるで、自然そのものをめぐる壮大な旅路のようだ。

100点を超える作品で
ヨーロッパにおける自然表現を紹介

フィンセント・ファン・ゴッホ《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》(1889)

本展では、ドイツ・ロマン主義から印象派、ポスト印象派、20世紀絵画まで、100点を超える作品によりヨーロッパの自然表現を紹介している。
ゴッホをはじめ、マネ、モネ、セザンヌ、ゴーガン、シニャック、ノルデ、ホドラー、エルンストなど、西洋絵画の巨匠たちの競演による多彩な自然をめぐる表現を堪能できるほか、両館それぞれが所蔵する同じ画家の作品を見比べることができるのもポイントだ。

そうした作品群の中でも白眉と言えるのが、フィンセント・ファン・ゴッホが晩年に取り組んだ風景画《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》だ。晩年、精神を病んで療養中だったゴッホが「自然という偉大な書物の語る死のイメージ」を描出したという代表的な風景画の一作で、今回が初来日となる。

展示風景より、左からギュスターヴ・クールベ《波》(1870)と《波》(1870頃)

第二章で展示されるギュスターヴ・クールベの《波》もまた、単なる客観的事象を越えた、峻厳な自然の実相を私たちに示してくれる。
フランスの山岳地帯に育ったクールベにとって、長いあいだ未知の世界であった海。彼は1860年代後半から、この雄大なモチーフに本格的に取り組むようになったという。黒い青緑色をした海と灰色がかった茜色の空という色彩対比、さらに絵筆とペインティングナイフによる質感の描き分け・・・簡潔な構図でありながら作家のすぐれた技量がうかがえる作品だ。

展示風景より、左からクロード・モネ《睡蓮、柳の反映》《睡蓮》(いずれも1916)

最終章において圧倒的な存在感を放つのが、クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》《睡蓮》、さらにドイツの女性写真家エンネ・ビアマンが一輪の睡蓮を撮影した写真が同時展示された空間である。

近年フランスで発見され、修復作業を経て2019年に初公開されたモネの《睡蓮、柳の反映》(1916)と有名な《睡蓮》が同空間で響き合い、私たちの心に不思議な感慨を呼び起こす。ここに示された自然の数々は非常に近接した、ミクロの視点によるものであり、壮大な「空」の展示から始まったこの旅路が終盤に差し掛かったことを感じさせる。

陳岡氏が「作品が出発点となった」と語る本展は、あくまで個々の作品が主役であるには違いないが、壁面には同時代を生きた詩人や芸術家たちの言葉が散りばめられ、さらに展示空間の各所にも冒険的な仕掛けを施したという。
展覧会のオープニングに際して陳岡氏は

「作品それぞれが対話をし合うような構成を心がけました。作品、テキスト、空間。全体の響き合いの中で展覧会を味わっていただければと思います」

と、本展の見どころについて総括した。
ぜひ、会場に足を運んで自然と人の響き合いを肌で感じていただければと思う。

 

開催概要

会期 2022年6月4日(土)~9月11日(日)
会場 国立西洋美術館
開館時間 9:30〜17:30
毎週金・土曜日は9:30〜20:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日、7月19日(火) (ただし、7月18日(月・祝)、8月15日(月)は開館)
観覧料 一般2,000円、大学生1,200円、高校生800円
混雑緩和のため、本展覧会は日時指定を導入いたします。
チケットの詳細・購入方法は、 展覧会公式サイトのチケット情報をご確認ください。
※中学生以下は無料。
※心身に障害のある方および付添者1名は無料(入館の際に障害者手帳をご提示ください)。
展覧会公式サイト https://nature2022.jp/

 

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【鑑賞レポ】上野にアートの動物園が登場!企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」が藝大アートプラザで開催中 (~6月26日まで)

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

東京藝術大学 上野キャンパスにあるギャラリーショップ「藝大アートプラザ」では、50名を超える藝大関連アーティストによる企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」が開催されています。入場無料、会期は2022年4月23日(土)~6月26日(日)まで。

愛らしかったりちょっと不気味だったりと、さまざまな魅力をもった生き物たちに出会える本展。実際に鑑賞してきましたので、出展作品の一部をご紹介しますね。

長久保 華子 (前)《ふくら文鳥》ヒノキ、漆、乾漆粉、金粉、顔料/木彫、彩色、蒔絵  (奥)《碧色の瞳》ヒノキ、漆、乾漆粉、顔料/木彫、彩色
大崎 風実《Sink》乾漆/漆、麻布
中莖 あかり (左)《frog》、(右)《frog》セラミック
岩崎 拓也 (左)《秘密の花園》、(右)《秘密の花園》キャンパスに油彩

上野にアートの動物園が出現!「Art Jungle〜藝大動物園〜」

JR上野駅から徒歩10分ほどの場所にある藝大アートプラザ。ここでは、東京藝術大学の学生、卒業生、教員など、藝大に関わるアーティストたちによるさまざまなジャンルの作品を展示・販売しています。

藝大アートプラザ

家に飾りやすいサイズ感の絵画や立体作品が多く、価格帯は数万~数十万が中心ですが、なかには日常使いできる数千円のアクセサリーやうつわなども。誰でも気軽に「アートを買う」という体験ができるスポットです。

企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」展示風景

4月23日から始まった企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」は、「藝大アートプラザをアートのジャングルに!」を合言葉に、57名のアーティストが日本画、油画、彫刻、工芸などで思い思いに創造した動植物を展示。上野動物園のすぐそばで、「アートでできたもうひとつの動物園=藝大動物園」を出現させています。

お持ち帰りしたくなる!かわいい生き物たち

本展ではたくさんのかわいい生き物たちと出会えます。

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

あらあらあら……! と愛らしさに思わずにっこりしてしまった東條 明子さんの《春を待つ》という作品。筆者のイチオシです。

遠目には布か粘土かと予想していましたが木彫りで驚きました。毛並みのふわふわ感が彫り跡で見事に表現されていますね。木彫りならではの温もりを感じます。下腹部のたゆんとしたフォルムからちょこっとのぞく爪先がたまりません。

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

360度どの角度から見てもかわいいのですが、実は左手に毛布と人形(?)を持っているのに気づいて最高にハッピーな気分に。あまりにキュートすぎる……。

そっと吹く春の風のように身体を包み込んでいる。孤独はいつもそこにあるもの。待ち続ける子供は凛として愛おしい。(東條 明子)

本展の作品には上記のようなアーティストコメントがついているものが多く、制作意図や作品に込めた想いを知ることができます。このペンギンちゃんは親を待っているのでしょうか? 意図したものなのか、会場でこの子がわりとポツンとしたところに展示されていたこともあり、思わずギュッと抱きしめてあげたくなりました。

小林 佐和子《はねうさぎ》陶芸、磁器、練込

小林 佐和子さんの《はねうさぎ》のように、架空の生き物も多く登場しています。キリッと上を向いた眉毛、ツンとした口元が小生意気な感じでこちらも本当にかわいい。足元にいくにつれてほっそりしていく体型バランスが、胸毛のモフモフ感を強調していていいですね。

「はねうさぎ」と「はねひつじ」は一緒に暮らしたいと思う架空動物です。哺乳類ですが羽毛を纏い、飛べませんが跳躍します。胸に赤いハートの羽毛を蓄え、人に懐き甘い匂いがします。体温は人より高く寒い日に重宝します。冬は羽毛を広げて温まるので丸く、夏はスリムになります(小林佐和子)

アーティストの愛がたっぷり感じられるコメントを読むと、途端にリアリティーが増して思わずだっこしてみたくなりました。この子が実在したら家族に迎える人が大勢いそう。

内田 亘《眠る鳥》張り子、和紙、アクリル
内田 亘《食うぞ》張り子、和紙、アクリル

内田 亘さんの《眠る鳥》と《食うぞ》はゆるっとしたフォルムと脱力した表情が魅力的。眺めているこちらもホッと肩の力が抜けていく、ぜひ枕元に飾りたい動物たちです。筆者は特に《眠る鳥》の形の“サツマイモ感”が気に入りました。

杉山 佳 (右)《ツキノワグマ》麻紙、岩絵具、膠、クレヨン など

杉山 佳さんはツキノワグマやフクロウの特徴をクレヨンで大胆に抜き出して、シンプルにデフォルメしています。塗り部分には岩絵具が使われているそう。かなり厚塗りしているのか、ふっくらと存在感のあるザラザラマットな質感がシンプルなデザインに個性をつけています。洋室にも和室にもマッチしそうなすてきな作風でした。

森 聖華《ダラダラ自然釉フグ貯金箱》陶土、石膏型張り込み、穴窯焼成

森 聖華さんの《ダラダラ自然釉フグ貯金箱》はこの見た目で貯金箱という意外性がグッド。ぷっくりつやつやしたお腹に癒されます。自然釉ならではの不規則な模様が味わい深く、ふとした瞬間に手に取って眺めたくなる風情がありました。

松田 剣《シリグロカエル》陶土、手びねり

松田 剣さんの《シリグロカエル》は手のひらサイズの作品で、だ円形の平べったい体からちんまりと伸びる足と、獲物を観察しているのかただほんやりしているだけなのか、なんともいえない瞳がかわいいです。よく見ると背中の模様が細かい! 光沢を感じるグレーの色使いが両生類っぽさを演出していますね。ぬるりぬるりと移動しそう。

ねがみ くみこさんの独特すぎる世界観から目が離せない

ねがみ くみこ《スーパーカー》石粉粘土

本展でひときわ異彩を放っていたのは、ねがみ くみこさんの作品。特に《スーパーカー》はインパクトがすごかったです。動物園のかわいい動物たちにキャッキャしていたところに突然変質者が現れました。「ど、どういうこと!?」と困惑しながらアーティストコメントを読むと、

おまるごと移動ができたら無敵なのではというコンセプトの元に制作をしました。 一生のうちでトイレで過ごす時間は3年という話もあります。人生の大問題がこれで解決。おまるの定番はアヒルさんですが、ちょっとだらしのない顔をしたバクのおまるに私は乗りたい。(ねがみ くみこ)

とのことでした。なるほど……(なるほど?)

おまるでスッキリしている人間の上半身も脱がせていることで、より一層の開放感を感じさせてくれます。

おまるのバクはだらしないというかキマッてる感じですね。人間のほうも形こそ微笑んでいるようですが、ちょっと喜怒哀楽、どの感情なのかわからない謎めいた表情を浮かべていて……。ねがみさんのその他の作品と合わせて鑑賞すると、見る人によっていかようにも受け取れる、絶妙な表情づくりが上手な方なのだなとわかりました。

ねがみ くみこ《革張り風ワンコ》テラコッタ
ねがみ くみこ (左)《クーズーぶらん》、(右)《シカぶらん》陶

《革張り風ワンコ》は今にもしゃべりだしそうなくらい生き生きとしています。間抜けな表情にも見えますが、油断するとパクリといかれそうな信用ならなさも感じました。

壁に展示してあった《クーズーぶらん》と《シカぶらん》は、お金持ちの家にありがち(?)なシカの頭部の剥製を、前足を出す形にアレンジして作ったのかしらと想像していました。しかし、アーティストコメントを読むと、どうやら元から2本足の動物のよう。知ると途端に未知との遭遇感、不気味さを笑顔のなかに見出してしまいます。センスの塊だ……。すっかりねがみさんのファンになってしまいました。

時間を忘れて引き込まれる美麗な作品も

須澤 芽生 (左)《Brilliance》、(右)《Glimmer》絹、膠、墨、岩絵具、箔、泥

パステル調の淡い色で描かれた須澤 芽生さんの《Brilliance》と《Glimmer》は本展でひときわ美麗で華やか。

江戸時代の絵師・円山応挙の孔雀図の制作技法を研究したきたという須澤 芽生さん。自然界の装飾美を極めたような孔雀の美しさを、日本画の伝統的な素材を使用してなんとか表現しようとした応挙の姿勢を追体験しながら、自由に孔雀や鳥の優美な姿を表現したそう。非現実的な色彩が孔雀のもつ幻想性をさらに高めています。

須澤 芽生《Glimmer》絹、膠、墨、岩絵具、箔、泥

一般的な日本画は格調高いというか、親しみづらさを感じることが多いのですが、こちらはふんわりと見る者を慰めるような温もりがあり、日本画のイメージを覆された作品。自分の羽毛にくちばしを埋める姿が愛らしく、インコへの愛情に満ちた眼差しを感じます。

岩崎 広大《かつて風景の一部だったものに、風景をプリントする。-Idea blanchardii-(1°20’38.4″N 124°51’14.4″E)WGS84-》昆虫標本、UVプリント

岩崎 広大さんの、昆虫の身体に昆虫のいた土地の風景写真をプリントするという斬新でおしゃれな作品も目を引きます。昆虫標本にもプリントできるという事実にまず驚き!

個体はインドネシアで採られたものだとか。風景がうっすらとぼやけているのが、この蝶が見ている風景を羽根ごしに見ているような感覚になる効果を生んでいます。旅先でこんなにすてきな作品を見かけたら反射的に買ってしまいそう。時間を忘れて見入りました。


ご紹介したのはほんの一部。会場では、他にも魅力的な生き物たちがまだまだたくさんいます! 撮影可能、入場無料ですので、上野動物園を訪れた際は、ぜひ藝大アートプラザのもう一つの動物園にも足を運んでみてはいかがでしょうか。

企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」概要

会期 2022年4月23日(土)~ 2022年6月26日(日)
会場 藝大アートプラザ
東京都台東区上野公園12ー8 東京藝術大学美術学部構内
開館時間 11:00-18:00
休館日 月曜日(祝日は営業、翌火曜休業)
観覧料 無料
URL 公式Webサイト:https://artplaza.geidai.ac.jp
公式Twitter:https://twitter.com/artplaza_geidai
お問い合わせ https://form.id.shogakukan.co.jp/forms/artplaza-geidai
注意事項 ※新型コロナウイルスの状況により、営業日時が変更になる場合がございます。最新情報は公式Webサイト・SNSをご確認ください。

※記事の内容は2022/5/15時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

記事提供:ココシル上野


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【東京国立博物館】特別展「琉球」内覧会レポート。島人の想いを、未来に紡ぐ(~6/26)

東京国立博物館
黒漆首里那覇港図堆錦螺鈿衝立 (1928年・鹿児島県歴史・美術センター黎明館蔵)

令和4年(2022)、沖縄県は復帰50年を迎える。

かつて沖縄が琉球王国であったころ、アジアの海を舞台に諸国との貿易や外交を繰り広げ、世界の架け橋となることを目指していた。

有名な「万国津梁」という言葉にはそうした琉球の崇高な理想が込められている。

琉球王国がその後歩んだ道のりは平坦なものではなかったが、その土壌で育まれた独自の文化の煌めきは、今なお私たちの心を捉えて離さない。

琉球文化の形成や継承の意義、その美意識に着目する特別展「琉球」が東京国立博物館で幕を開けた。

※(2022/5/19)作品の展示期間について画像下部に追記。

今ここに蘇る、琉球王国の技と美。

展示会場(第一会場入口)

会場構成は「万国津梁(ばんこくしんりょう) アジアの架け橋」「王権の誇り 外交と文化」「琉球列島の先史文化」「しまの人びとと祈り」「未来へ」の全5章。会場は第一会場・第二会場に分かれており、それぞれでひとつの展覧会を構成できるほどのボリュームだ。

本展では王国時代の歴史資料・工芸作品、国王尚家に伝わる宝物に加え、考古遺物や民族作品などさまざまな文化財が一堂に会する。また、展覧会の終盤では平成27年より取り組まれてきた琉球王国文化遺産集積・再興事業を紹介し、事業によって復元された文化財を展示する。

過去から未来へと、貴重な琉球文化を次の世代へと手渡していきたいという主催者側の思いが感じられる。

展示会場風景
手前《戌秋走小唐船方陣賦〔東恩納寛惇文庫〕》(1874年・沖縄県立図書館蔵)展示期間:5/3- 5/29
《琉球使節江戸登城行列図》(19世紀・九州国立博物館蔵)展示期間:5/3-5/29
重要文化財《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)藤原国善  (1458年・沖縄県立博物館・美術館蔵)

第一会場に鎮座する《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)は琉球王国が世界の架け橋ならんとした気概を示した「万国津梁」の言葉が刻まれた梵鐘だ。

15~16世紀、琉球王国は自らアジアの海に雄飛し、各地を結ぶ中継貿易の拠点となって大いに繁栄した。その存在は16世紀にアジアに進出したヨーロッパの国々にも重視され、「琉球」の名は世界に知られるようになる。
現代のグローバリゼーションにも通じる思想だが、人間そのもののスケール、野心の大きさは現代の日本人とは隔絶しているといってもいいだろう。

第一会場ではこうした琉球王国の歩みを辿る貴重な歴史資料の数々が展示されている。

朱漆が鮮やかな足付盆が会場に映える
沖縄県指定文化財《聞得大君御殿雲龍黄金簪》(15~16世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵)
(左)国宝・黒漆脇差拵(号 治金丸)(沖縄・那覇市歴史博物館蔵)(右)国宝・青貝螺鈿鞘腰刀拵(号 北谷菜切)(沖縄・那覇市歴史博物館)展示期間:5/3-5/29

会場には名匠・名工の手がけた琉球漆芸、茶器、絵画といった琉球文化の至宝が集う。国宝60件、重要文化財17件、県市指定重要文化財24件と約3分の1が指定文化財であり、琉球・沖縄をテーマにした展覧会では質・量ともに最大規模といえるだろう。

中でも《青貝螺鈿鞘腰刀拵》を含む尚家に伝わる三宝刀の公開は注目を集めている。刀身や装飾の美しさはもちろんだが、大ヒットオンラインゲーム『刀剣乱舞』において三宝刀が取り上げられたこともあり、特に若い世代への訴求力が高まっている。展覧会グッズコーナーでは『刀剣乱舞-ONLINE-』とのコラボ商品も販売されているので、興味のある方はぜひ立ち寄ってみてほしい。

琉球染織の豪華競演 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
国宝《玉冠(付簪)》(18~19世紀・沖縄・那覇市歴史博物館蔵)展示期間:5/3-5/15 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》(19世紀・神奈川・女子美術大学美術館蔵)展示期間:5/3-5/29

会場を見回すと、琉球国王の正装をはじめ、中国産の更紗地を用いた衣装や琉球で織られた浮織物など、素材や技法も多種多様な琉球染織が目を引く。ここまで琉球染織が幅広く展示された展覧会は筆者の記憶する限りはなく、非常に貴重な機会だといえるだろう。

《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》は背中全体に大きく波濤が上がる風景画のようなデザインが特徴的。日本の遠山桜文様と中国の波濤山水文を合わせた意匠の妙は、国際色豊かな琉球文化の特徴を色濃く映し出している。

第4章では「しまの人々の祈り」として、土地に根差した宗教観に注目する
神女が村落祭祀で身につける装身具。中央が《玉ハベル》、右が《玉ダスキ》、左が《玉ガーラ》(ともに東京国立博物館蔵)

沖縄と聞いて多くの人が連想するのが「ノロ」に代表されるような祭祀のイメージではないだろうか。女性が祭祀を司るという特徴は姉妹が兄弟を霊的に守護するという「おなり神信仰」に通じるもので、琉球ではこうした美意識と宗教観を豊かな自然の中で育んできた。

展覧会終盤ではこうした琉球文化の「信仰」という側面に焦点を当て、私たちの胸中に沖縄の人々の祈りの姿を喚起する。そう、今も昔も沖縄は祈りの島なのだ。

模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》 (原資料17~18世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵) 展示期間:5/3-5/29

朱漆塗が鮮やかな模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》は琉球の王家・王族家の祭祀道具として王府内で使用されていたものを復元した作品。木工、沈金などの漆工技術が結集された琉球漆工史上でも重要な祭器で、琉球王国文化を考えるうえでも貴重な作品とされている。

開催概要

《大龍柱》(旧首里城正殿前)(1711年・沖縄県立博物館・美術館蔵)
会期 2022年5月3日(火・祝)~6月26日(日)
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間 9時30分~17時00分(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日
観覧料 一般  2,100円
大学生 1,300円
高校生  900円
(注)本展は事前予約不要です。オンラインもしくはご来館時に東京国立博物館正門チケット売り場でチケットをご購入ください。
(注)混雑時は入場をお待ちいただく可能性があります。
(注)中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
(注)本展観覧券で、ご観覧当日に限り総合文化展もご覧いただけます。ただし、総合文化展の混雑状況によっては、入場をお待ちいただく場合があります。
(注)会期中、一部作品の展示替えを行います。
(注)詳細は、展覧会公式サイトチケット情報のページでご確認ください
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/

 

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【会場レポ】「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」レイバーンにグラント、珍しい英国絵画も来日(東京都美術館で7月3日まで)

東京都美術館

ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画史を彩る巨匠たちの作品を紹介する「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」が、東京都美術館で4月22日(金)から開催されています。会期は7月3日(日)まで。

開幕に先立って行われた報道内覧会に参加しましたので、会場の様子や展示作品についてレポートします。

スコットランド国立美術館が誇る美の至宝が一挙来日。

展示風景
展示風景
エル・グレコ《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》1600年頃
デイヴィッド・ウィルキー《結婚式の日に身支度をする花嫁》1838年

スコットランドのエディンバラで1859年に開館したスコットランド国立美術館。ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ブーシェ、コロー、ルノワールなど、西洋絵画史において重要な画家の作品を多くコレクションにもつ、世界屈指の美術館として知られています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」では、そんな巨匠たち(THE GREATS)の作品を時代順に紹介。

さらに、同館のコレクションを特徴づけている、ゲインズバラ、レノルズ、ミレイといったイングランド出身の画家や、日本ではなかなか見ることのできないレイバーン、ラムジー、グラント、ウィルキーなどスコットランド出身の卓越した画家たちの魅力あふれる名品も多数出品しています。

約90点の油彩画・水彩画・素描を通じて、ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画の流れのなかで、英国絵画の流行や変遷の歴史も知ることができる展覧会です。

プロローグ

会場入り口

本展は、「ルネサンス」「バロック」「グランド・ツアーの時代」「19世紀の開拓者たち」と時代ごとに分けられた4章と、プロローグ+エピローグという展示構成になっています。

まずプロローグでは、スコットランド国立美術館について紹介。

アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》1885年

作品を貸し出している美術館を写真やムービーで紹介する展覧会は数多いですが、本展のプロローグでは、同館のコレクションが現在も展示されている館内の様子や、その新古典主義様式の素晴らしい建築、美術館を取り巻くエディンバラの印象的な街並みを絵画で見ていけるのが面白いです。

ジェームズ・バレル・スミス《エディンバラ、プリンシズ・ストリート・ガーデンズとスコットランド国立美術館の眺め》1885年

「神殿かな?」と思ったらこれが美術館とは……。奥に見えるエディンバラ城とあわせてまるでファンタジーの世界のような非日常感に満ちた、精緻でロマンティックな水彩画。普段は「ふーん」で流してしまう美術館情報がばっちり記憶に焼き付きました。

チャプター1. ルネサンス

次に「チャプター1. ルネサンス」の展示エリアへ。フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマを中心に花開いたルネサンス時代の、創造性に富んだ絵画や素描を展示しています。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》1470年頃

レオナルド・ダ・ヴィンチの師であるヴェロッキオは《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》で廃墟の神殿を描いていますが、それはこの時代の聖母子像の背景としては異例のこと。「古代世界の再発見と分析」というルネサンスの特徴を宗教画のなかで示した重要な作例といえるそう。

パリス・ボルドーネ《化粧をするヴェネツィア女性たち》1550年頃

一方で、肌を見せる高級娼婦という官能的な主題を神話的、寓意的な暗喩によって上質なものにしたボルドーネの《化粧をするヴェネツィア女性たち》のように、それまでなかった世俗的な作品も描かれるようになったことを取り上げて、この時代の芸術家の活動機会の広がりや、依頼主の興味や嗜好の多様性を紹介しています。

ラファエロ・サンツィオ《「魚の聖母」のための習作》1512-14年頃
コレッジョ(アントニオ・アッレーグリ)(帰属)《美徳の寓意(未完)》1550-1560年頃

ラファエロやティツィアーノの美しい素描や、コレッジョによるとされる、ある意味で完成品より貴重な(?)見事に中心部だけ抜けた未完成作品《美徳の寓意(未完)》の展示も。画面右側にいる女性のCGのような立体感を見るにつけ、「ここで止めるなんてなんともったいない……」と惜しく思うと同時に、完成した「もしも」を想像させてくれる魅力的な作品です。12点と作品数は少ないながらも見ごたえがありました。

チャプター2. バロック

「チャプター2. バロック」では、ベラスケスやレンブラントといった、従来の世界観を覆そうとした17世紀ヨーロッパの革新的な画家たちの作品が並びます。

ディエゴ・ベラスケス《卵を料理する老婆》1618年

日常のささやかな題材を偉大な芸術の域にまで高め、かつてないリアリズム絵画を制作したスペインの画家・ベラスケスの初期の傑作《卵を料理する老婆》は本展で初来日。

少年と老婆の肌や衣服はもちろん、前景の食器や食材の質感が巧みに描き分けられ、ドラマティックな明暗描写によって庶民の平凡なモチーフが厳かな雰囲気をまとっています。これが18歳か19歳のときに描いた作品というから驚くばかり……。

レンブラント・ファン・レイン《ベッドの中の女性》1647年

聖書や神話の登場人物に深い人間性を与えて見る者の共感を誘った、17世紀オランダの最も偉大な芸術家・レンブラントの《ベッドの中の女性》という謎めいた作品も注目です。

主題を特定する要素は避けられていますが、旧約聖書に登場する、結婚初夜に新郎を7度悪魔に殺されたサラが新たな夫トビアと悪魔の戦いを見守る場面を描いたのではないかといわれているそう。顔に影を落として浮かべる、期待と不安、なにより切実さが伝わる複雑な表情に感情表現が巧みなレンブラントらしさを感じます。

アンソニー・ヴァン・ダイク《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》1627年

肖像画の分野で後の英国美術に大きな影響を与えたヴァン・ダイクの《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》なども印象的でしたが、この「バロック」エリアで特に興味深かったのはイタリアの画家・レーニの《モーセとファラオの冠》でした。

グイド・レーニ《モーセとファラオの冠》1640年頃

優美な人体、明快な輪郭、均衡ある構図が持ち味でアカデミズムでは「ラファエロに次ぐ画家」、ゲーテからは「神のごとき天才」とも評されたレーニの作品。妙な仕上がりというか、「いくらなんでも女性の肌が緑色すぎるのでは? 男性と比べて女性は全体的にぼやけているし……」と違和感が。きっと何か意図があるはずだと公式図録を開いてみました。

すると「晩年のレーニは、大ざっぱで一見未完成に見える技法で作品を制作していたが、本作は本当に未完成の可能性がある」といった内容のことが書いてあり、少しずっこけました。紛らわしさが研究家泣かせですね。レーニの伝記を書いた人物は「慌てて描いたようなぞんざいなテクニック」と辛らつに評していたそうで……。晩節を汚したタイプだったとは知りませんでした。ですが、これはこれで神秘的な雰囲気があってすてきです。

チャプター3. グランド・ツアーの時代

18世紀はパリやロンドン、ヴェネツィアなどの都市で、芸術的才能が爆発的に開花した時代。そして、英国のコレクターたちが美術品の購入や文化的教養を深める目的で、「グランド・ツアー」と呼ばれる大規模なヨーロッパ旅行をした時代でもありました。「チャプター3. グランド・ツアーの時代」では、この二つの視点から作品を紹介しています。

ジャン=アントワーヌ・ヴァトー《ツバメの巣泥棒》1712年頃
フランソワ・ブーシェ《田園の情景》 左から「愛すべきパストラル」1762年 / 「田舎風の贈物」1761年 / 「眠る女庭師」1762年

展示エリアに入ってすぐ、「雅宴画」というジャンルを確立し、幻想的な理想郷を想像した革新者・ヴァトーの魅力がつまった《ツバメの巣泥棒》や、彼の流れを受け継いだブーシェによる牧歌的でロマンティックな三つの大作などを展示。18世紀パリを象徴する華やかなロココの世界に引き込まれます。

一方、この頃の英国では肖像画の表現が発展していったため、本展でも英国の三大肖像画家と称されるラムジー、レノルズ、ゲインズバラが紹介されています。

アラン・ラムジー《貴婦人の肖像(旧称「フローラ・マクドナルドの肖像」)》1752年
ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》1780-81年

特に注目してほしいのは、ロイヤル・アカデミーの初代会長をつとめたイングランド出身のレノルズ。

代表作《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》は、通常の肖像画のように正面を向いていないため、一見肖像画とわかりづらい作品です。三人の女性が手仕事をしていますが、まるでサロンのように優雅。三人の女性が並ぶ構図は古典美術の「三美神」という伝統的な主題になぞらえているもので、そのおかげか時代を超越した美しさがあります。これは、「グランド・マナー(歴史画の様式)」を取り入れて肖像画の地位を高めようとしたレノルズを象徴する作品なのだとか。

トマス・ゲインズバラ《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》1778年頃

また、レノルズのライバルで、互いに尊敬しあう関係だったゲインズバラの《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》は、スカートのあたりの非常に大胆で素早い筆致をぜひ間近で鑑賞してください。少し雑な仕上がりにすら思えるのに、離れて見るとつややかな素材感が見事に表現されていて、まるで魔法のように感じられるはず。

ゲインズバラは肖像画で成功しましたが、実は風景画家になりたかったそう。風景に対する高い関心が画面に独特の空気感を生まれさせるのでしょうか。人物と風景を融合させる彼の作品はどこか叙情的です。

フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》1770年頃
フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂》1770年頃

イタリアは「グランド・ツアー」で英国のコレクターたちが熱心に訪れた場所であり、18世紀ヴェネツィアで最も有名な画家の一人だったグアルディによる、都市の景観を精密に描いた「景観図(ヴェドゥータ)」も大変人気だったとか。

現代のように楽しい旅の思い出を写真に残せないですから、みんなお土産で買っていったのだろうと思うと親近感がわきますね。それまでの正確に輪郭をとった地誌的な景観画と一線を画し、印象派を思わせる素早い筆致や、光と空気感を意識的に取り込んだ作風が魅力です。

ジョン・ロバート・カズンズ《カマルドリへの道》1783-1790年頃

イングランド出身の画家・カズンズがイタリア旅行のスケッチから制作した《カマルドリへの道》も、目立たないですが美しい作品でした。ナポリのポッツオーリ湾を描いた水彩画で、スケッチと完成品では景色が変わっているそう。

柔らかな緑と青みがかった灰色の抑制された色調によって哀愁漂う雰囲気を醸し出していますが、遠い海と空はうっすらバラ色の光が降り注いでいて幻想的です。この風景は単なる記録ではなく、画家のなかで詩的に再構築されたものなのでしょう。芸術家たちにとっても、この時代のイタリアという土地がどれほど特別なものだったのかが伝わってくるようでした。

チャプター4. 19世紀の開拓者たち

19世紀の英国やフランスは肖像画や風景画などが引き続き好まれた一方で、世紀半ばに活躍したバルビゾン派や、その後の印象派、ポスト印象派など、革命的な画家たちが大きな変革をもたらした時代だったことを紹介する「チャプター4. 19世紀の開拓者たち」。

左から、フランシス・グラント《アン・エミリー・ソフィア・グラント(“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》1857年 / ヘンリー・レイバーン《ウィリアム・クルーンズ少佐(1830年没)》1809-1811年頃

華麗で伝統的な「グランド・マナー」の肖像画の例として、日本で見る機会の少ないスコットランド出身の画家、レイバーンとグラントの大作をハイライト的に展示しています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《「古来比類なき甘美な瞳」》1881年

先ほど紹介したレノルズやゲインズバラの影響を受けた、イングランド出身の画家・ミレイの《「古来比類なき甘美な瞳」》は、物憂げながらこれから訪れる厳しい現実をしっかり見据えるような澄んだ瞳が印象的。バッチリおめかしした人物画が多い中で、服装も髪型も飾り気がなく素朴で逆に新鮮に映りました。

鋭い観察力に基づきつつ、とても感傷的な雰囲気の作品で、タイトルは女性詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの詩から引用したもの。摘み取られたスミレの花とともに、成長していく少女の純真さと儚さの輝きを表現しているといいます。このように、この時代の主要な画家には、文学や物語のテーマを個人的に解釈する傾向があったのだとか。

ジョン・コンスタブル《デダムの谷》1828年

19世紀英国の風景画の巨匠・コンスタブルの《デダムの谷》も見逃せません。彼が愛した生まれ故郷の田園風景を描いた作品で、雲が落とす影や、触れたときの感触や冷たさが伝わってきそうな植物が、いかに細心の注意を払って描かれているか。彼ならではの見事な自然主義を感じる、自身が「おそらく私の最高傑作」と評したといわれる名画です。

ベルト・モリゾ《庭にいる女性と子ども》1883-84年頃

フランスでは、対象を直接写生し、色や光を賛美する画家たちが登場しました。物議をかもしながらも時代をつくり、広く愛好されていった革命的な画家たちの表現の変遷を、本展ではコロー、シスレー、ルノワール、マネ、ゴーガンなどの巨匠たちを中心とした作品で追っていけます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《子どもに乳を飲ませる女性》1893-94年
クロード・モネ《エプト川沿いのポプラ並木》1891年

エピローグ

エピローグには1作だけ、アメリカの画家チャーチの大作《アメリカ側から見たナイアガラの滝》がドンっと置かれています。

フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年

よく見ないと気づかないですが、画面左の崖に展望台があり、そこには滝をのぞき込む小さな人影が。この人影と対比して、ナイアガラの滝の驚異、崇高で劇的なスケールが見事に表現されている本展で一番大きな作品です。(257.5×227.3cm)

ラストを飾るにふさわしい圧巻の迫力ですが、ここまでイングランドやスコットランドの画家を意識的に取り上げてきたにもかかわらず、なぜ急にアメリカの自然を描いたアメリカの画家の作品が登場するのかと疑問も。その理由を、東京都美術館の髙城靖之学芸員は次のように解説してくれました。

「スコットランドの貧しい家庭に生まれ、アメリカに渡って成功し、財を成した実業家が、故郷のためにスコットランド国立美術館へ寄贈した作品です。スコットランド国立美術館は開館当初、絵画購入の予算を与えられませんでした。では、なぜ現在、これだけの質の高いすばらしいコレクションを形成できたのかというと、地元の名士たちや市民から寄贈を受け、また寄付金などで作品を購入してきた歴史があります。本作は、そういったスコットランド国立美術館のコレクション形成の歴史を象徴するような作品であり、記念碑的な作品として本展の最後を飾っています」


ルネサンス期から19世紀後半までの西洋絵画の巨匠たちの作品を紹介しつつ、スコットランドやイングランド出身画家たちの名画にスポットを当てた「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」。開催は2022年7月3日(日)までとなっています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」開催概要

会期 2022年4月22日(金)~7月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
※夜間開室については展覧会公式サイトでご確認ください。
休館日 月曜日(ただし5月2日は開室)
観覧料 一般 1900円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1400円
※日時指定予約制です。その他、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://greats2022.jp

記事提供:ココシル上野


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【取材レポ】国立西洋美術館がリニューアルオープン!コルビュジエが設計した前庭や無料開放される19世紀ホールなど見どころを紹介

国立西洋美術館


施設整備のため約1年半の間休館していた国立西洋美術館(東京・上野)が、2022年4月9日にリニューアルオープンしました!

本記事では「近代建築の父」と称されるフランスの建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)が設計した、1959年の開館当時に近い姿に戻された前庭や、無料開放される「19世紀ホール」など、リニューアル後の変化を詳しくレポート。

あわせて、新たに開幕した小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」、「新収蔵版画コレクション展」についてもご紹介します。

開館当時の姿に近づいた国立西洋美術館

リニューアルオープン前日に行われた記者発表会・リニューアル内覧会で、ひと足はやく工事後の国立西洋美術館を拝見してきました。

国立西洋美術館 南側の入り口からの光景

2020年10月から行われた工事では企画展示館の空調や防水設備の更新なども実施されましたが、リニューアルを目に見えて実感できるのは前庭の外観です。

同館の前庭は1959年の開館以来、さまざまな改変が加えられてきました。これは美術館としての機能や利便性を向上させるためでしたが、2016年に本館と前庭を含む敷地全体がユネスコ世界文化遺産に登録された際には、当初の前庭の設計意図が一部失われていると指摘を受けてしまったそうです。

そこで同館では、ル・コルビュジエが設計した意図が正しく伝わるよう、また建物としての価値を高めるよう、施設整備にあわせて前庭を開館当時の姿にできる限り戻すことを決定しました。

園路から敷地内がよく見えるように。

リニューアル後の同館に足を運んでまず気づくのは、南西側にあった植栽がほぼ撤去されていることと、上野公園の園路から同館の敷地がよく見えるようになったことです。

敷地南西の端からの光景。ほとんど植栽が消えています。

リニューアル前の姿をご覧になったことがある方は、ぜひそのときの光景を思い出してみてください。

上の写真は、リニューアル前は小道つきの植栽エリアがあった場所です。ずいぶんスッキリしましたよね!

植栽や敷地を囲う柵によりやや閉鎖的な雰囲気があった前庭ですが、このたび開館当時の開放的なオープンスペースらしい姿を復原。上野公園との連続性をもたせるために、開館当時のように透過性のある柵にしたことで、園路側からも美術館側からも視線が通るようになりました。

向かい側の東京文化会館もよく見えるように。

ル・コルビュジエが考えた本館へのアプローチと彫刻作品の配置も、開館当初の姿にできる限り近づけられました。

まず、かつて正門として扱われていた西側(噴水広場側)の入り口が当初の状態に近い形に。あわせて、この西側の入り口から来館者を誘導するように引かれた床のラインも復活しました。

西側の入り口から《地獄の門》方向にのびるグレーのライン。

床のラインはまっすぐ東側にある《地獄の門》の方向にのびています。ラインに沿って右手にロダンの《考える人(拡大作)》、左手に《カレーの市民》を鑑賞しながら進むと、ラインは左に分岐して人々を本館の中へ誘います。

ラインの先にある《地獄の門》/ オーギュスト・ロダン《地獄の門》松方コレクション
オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》松方コレクション / 西側の入り口から入った来館者のほうを向いて設置されています。
オーギュスト・ロダン《カレーの市民》
ラインは途中で本館のほうへ分岐。

設計の際、ル・コルビュジエはまず中心に核となる部屋をつくり、コレクションの増加とともにぐるぐる外側に螺旋を描く形で展示スペースを増築していくという「無限成長美術館」を構想していました。

同館の福田京専門員は、「前庭から無限成長美術館のコンセプトであるピロティ(柱だけで構成された吹き抜けの空間)へ、そして中央のホールへと流れるように動線が続いていく。歩きながら視線を移すと次々に光景が変わっていき、矢印などのサインなどを使わなくても自然に進む方向へ誘うという手法を、ル・コルビュジエは本館の中でも多く用いています」と話します。

また、前庭の床には動線のラインのほかにも、細い目地があみだくじのように広がっていることに気づきます。

前庭一面に広がる目地。

こちらは、ル・コルビュジエが人体の寸法と黄金比をもとに考案した尺度である「モデュロール」で割り付けられたもの。リニューアル前にもありましたが、もともとのデザインとしての目地と、コンクリートのパネルを分割する目地が混在して、デザインが分かりづらい状態でした。また、デザインとしての目地の一部も開館当時とは位置が変わっていたそうです。

今回のリニューアルでコンクリートのパネルの目地も美観を損ねないようモデュロールで割り付け、細部にわたって復原されました。

ちなみにこの前庭の床の目地ですが、向かいにある東京文化会館の窓のサッシの割り付けと幅も位置も完全に呼応しているそうですよ!

東京文化会館の設計は、ル・コルビュジエの弟子であり、国立西洋美術館の設計にも関わった前川國男が手掛けていますから、師匠へのオマージュということでしょうか? 足を運んだ際は見比べてみてください。

本館の吹き抜け空間「19世紀ホール」が無料開放!

19世紀ホール

リニューアルオープンにあたり、これまで有料エリアだった本館の中央にある吹き抜け空間「19世紀ホール」が当面の間、無料で開放されます!(2階展示室へ続くスロープから先は観覧券が必要)

三角形の天窓からやわらかな自然光が入っている様子が印象的な「19世紀ホール」は、空間自体がひとつの彫刻作品のような場所。常設展の起点であり、スロープを上って2階に進むと、ホールをぐるりと取り囲むように回廊型に配置された展示室をめぐることができます。

19世紀ホール スロープからの光景

こうした「19世紀ホール」を起点とした螺旋状の動線は、まさにル・コルビュジエの「無限成長美術館」のアイデアが反映されたもの。傾斜のゆるいスロープを上れば柱の奥に2階の絵画がチラリ……ここでも移動する間に移り変わる光景を楽しむことができます。リニューアルした前庭とあわせて「19世紀ホール」でル・コルビュジエの世界を体験しましょう。

常設展にも新しい仕掛けが!

常設展 展示風景

実業家・松方幸次郎が築いた「松方コレクション」を核とした、中世から20世紀にかけての西洋絵画やフランス近代彫刻が鑑賞できる常設展についても変化があります。

常設展は、《睡蓮》のモネをはじめ、ドラクロワ、ルーベンス、セザンヌ、ルノワール、ゴッホ、ピカソなど、時代を代表する巨匠たちの作品が目白押し。500円で入れるのが信じられないほど見どころ満載の展示となっています。

常設展 展示風景

田中正之館長によれば、リニューアルにあわせて常設展の展示方法を考え直し、いままでとは少し違った作品の並べ方をしているそう。

「古い時代の絵画の中に近代の作品が混じっているなど、隠し味的な展示になっている。なぜそこに近代の作品が混ざっているのか、何を見せようとしているのかを考えながらご覧いただければ」とのことでした。新たに「Collection in FOCUS」という作品のピックアップ紹介のコーナーも設けられていましたので、ぜひチェックしてみてください。

新収蔵作品や初展示作品など、常設展の新顔であろう作品を内覧会でいくつか見つけましたのご紹介しておきます。

(写真左)【新収蔵作品】ベルナルド・ストロッツィ《聖家族と幼児洗礼者聖ヨハネ》 1640年代前半、油彩、カンヴァス
(写真右)【新収蔵作品】ジョン・エヴァレット・ミレイ《狼の巣穴》  1863年、油彩、カンヴァス
(写真左)【初展示作品】フランク・ブラングィン《木陰》 油彩、カンヴァス
(写真左)【初展示作品】ヨゼフ・イスラエルス《煙草を吸う老人》 油彩、カンヴァス

せっかくなので常設展をゆっくり巡ってみました。個人的にこの常設展の展示室は、出口のない森に迷い込んだように「あれ、いま自分はどこにいるんだろう」とソワソワした気持ちになる瞬間があるのが楽しい場所です。ところどころに目隠しのように壁が設置されていることが、予想がつかない感じと迷路感を出しているのでしょうか。こんなところでも「無限成長美術館」のエッセンスを感じました。

常設展 展示風景

2種類の小企画展が同時に開幕!

リニューアルオープンにあわせ、4月9日からル・コルビュジエが晩年に制作した絵画と素描を紹介する小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」が開催されています。

ル・コルビュジエ《奇妙な鳥と牡牛》 1957年、タピスリー 大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

世界有数のル・コルビュジエのコレクションを所蔵する大成建設の寄託作品を中心とした約20点(展示替え含め約30点)を展示。

初期のピュリスム様式から大きく方向性を変え、自然界の形象と厳格な幾何学的構図の融合、そして人間と機械、感情と合理性、芸術と科学の調和を目指したとされる作品が並び……ということらしいのですが、筆者のレベルでは、そのあたりのことはちょっとよくわかりませんでした……。(動物の絵が愛嬌があってかわいいなーと思いながら鑑賞していました)

建物と絵画とであまりイメージも重ならないなと。ただ、国立西洋美術館をぐるりと一周してきた後にこの小企画展を鑑賞したところ、わからないなりに「ああ、たしかにこの建物と作品の作者は同じなんだろうな」と不思議と納得できました。

(写真左から)ル・コルビュジエ《静物》1953年、油彩、カンヴァス 《牡牛XVIII》1959年、グアッシュ、カンヴァス いずれも大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

聞けば、前庭だけでなく本館の各所にも先ほど話題に出した「モデュロール」の寸法が使われているとか。そのために空間には独特のリズムと調和が生まれている気がします。規則性と意外性が同居する建築と、秩序がないようで全体として調和がとれている絵画は重なる部分があるのかな? などと考える展示でした。

「新収蔵版画コレクション展」展示風景

同時に開幕した「新収蔵版画コレクション展」では、4,500点以上にもなる同館の版画コレクションの中から、2015年度以降に新規収蔵された作品を紹介。時代順、地域ごとに作品をまとめ、15世紀末から20世紀初頭まで、デューラーやレンブラントといった巨匠の作品をはじめ、多様な版画表現が楽しめます。

ポスタービジュアルにはアルブレヒト・デューラーの『黙示録』より《書物をむさぼり喰う聖ヨハネ》が使われています。
(写真右)エドヴァルド・ムンク《魅惑II》 1895年、エッチング、ドライポイント、バーニッシャー/紙

6月4日からは「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」が開催予定

記者発表会の様子

記者発表会では2022年6月4日より開催予定の、ドイツ・フォルクヴァング美術館との共同プロジェクトから生まれた企画展「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」の紹介も。

両館のコレクションから、印象派とポスト印象派を軸にドイツ・ロマン主義から20世紀絵画までの100点を超える絵画や素描、版画、写真を展示。自然と人の対話(ダイアローグ)から生まれた近代における自然に対する感性と芸術表現の展開を紹介するものです。

ファン・ゴッホが晩年に取り組んだ風景画の代表作《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》が初来日するほか、世界的に注目を集めているフィンランドの画家ガッレン=カッレラの作品も本邦初公開。マネ、シニャック、ムンク、ホドラー、エルンストといった巨匠たちの共演による多彩な自然表現が楽しめるとのこと。


新たなスタートを切った国立西洋美術館。観覧の前には、ル・コルビュジエの思想をじっくり感じられる前庭もぜひゆっくり楽しんでみてください。

 

■国立西洋美術館 インフォメーション

所在地:東京都台東区上野公園7-7
開館時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで) ※入場は閉室の30分前まで
公式サイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/

・小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」
会期:2022年4月9日(土)~9月19日(月・祝)
会場:国立西洋美術館 新館1階第1展示室

・小企画展「新収蔵版画コレクション展」
会期:2022年4月9日(土)~5月22日(日)
会場:国立西洋美術館 新館2階版画素描展示室

・企画展「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」
会期:2022年6月4日(土)~9月11日(日)
会場:国立西洋美術館

※休館日、観覧料等については公式サイトでご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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【国立科学博物館】特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」会場レポート。宝石のすべてがわかる⁉ 豪華絢爛なジュエリーも集結

国立科学博物館
取材会に登場したカズレーザーさん(アメシストドームの前にて)

多種多様な宝石と、それらを使用した豪華絢爛なジュエリーを一堂に集めた特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」が国立科学博物館(東京・上野)で開催中です。会期は2月19日(土)から6月19日(日)まで。

開催に先駆けて行われた取材会と報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

会場入口
展示風景
展示風景
展示風景 「ナポレオンの名将モルティエ元帥よりリュミニー侯爵夫人へ送られたピンク・トパーズとアクアマリンのパリュール」1820年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

カズレーザーさんも興味津々!宝石のすべてがわかる展覧会

宝石のほとんどは、地球内部で形成された鉱物です。さまざまな地質作用の重なりを通して、美しさ、耐久性、適度な大きさといった宝石の要件をすべて満たす鉱物が生じることはまれであり、その稀少性ゆえに長く尊ばれてきました。

古くは魔よけやお守り、地位や権力を示すシンボルとして。現在では宝飾品として。美しく輝き、朽ちることのない姿に神秘性と力強さを秘めた宝石は、時代を超えて世界中の人々を魅了しています。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」は、約200種類もの多種多様な宝石のラフ(原石)・ルース(磨いた石)や、アルビオン アートをはじめとする世界的な宝飾コレクションのジュエリーを展示。原石誕生のしくみ、歴史、性質、多様性、加工技術など、実物を見せながら科学的・文化的な切り口で総合的に「宝石」を紹介する内容になっています。

取材会には展覧会公式アンバサダーであり、音声ガイドナビゲーターも担当したタレントのカズレーザーさんが登場しました。

カズレーザーさん

本展について「学ぶことがめちゃめちゃ多い」と話すカズレーザーさん。「すべての宝石に特徴があって、光があたったときの色の変わり方とか、固さとか割れ方とか、ひとつ調べると派生でいろんなことに詳しくなれる。まずは自分の推しの宝石を見つけるのがいいのでは」と楽しみ方を提案します。

インタビューの最後に「宝石や鉱物というものは何もものを言わないんですけど、それに対する人間の捉え方が歴史とともに変わるのが面白かったです。皆さんもぜひ足を運んでみてください」と呼びかけました。

また、本展の監修者である国立科学博物館 地学研究部部長 宮脇律郎さんは、本展にかける思いを次のように語ります。

写真右端が宮脇律郎さん

「宝石は古い時代から人々の生活を豊かにし、高め、実生活の実用品という側面だけでなくむしろ気持ちを豊かにする存在として私たちの生活に寄り添ってきました。そういった宝石をあらためて科学の目で見つめ直しながら、その美しさの秘密を十分に味わえるような知識と、その背景に対する皆さんの見方をより深くするために本展を役立てていただけたら嬉しいです」

第1章 原石の誕生

具体的な展示内容をいくつか取り上げていきます。

「第1章 原石の誕生」では、地球内部のどういった環境下で原石が形成されるのか、原石を含むさまざまな岩石の大型標本を4つの産状タイプ(火成岩、熱水脈、ペグマタイト、変成岩)にわけて紹介しています。

たとえば、マグマが冷えて固まってできた「火成岩」で見つかる原石はダイヤモンドやペリドットなど。地下深くに存在する高温の熱水が岩盤の割れ目などを通って上昇した跡「熱水脈」で見つかる原石はアメシストやロッククリスタル(水晶)などがあるそう。

「熱水脈」で見つかる代表的な原石

何かしらのエネルギーを秘めた人工物にしか見えないトルマリンや、丸く菌糸類のように結晶化したマラカイトなど、原石のビジュアルは独特なものもあって面白いです。また、地球外産の原石としてペリドットを含むパラサイト隕石も展示されていました。

トルマリン 神奈川県立生命の星・地球博物館蔵
パラサイト(エスクエル隕石) ミュージアムパーク茨城県自然博物館蔵

第1章では、先ほどからちらちらと写真に写り込んでいた、ブラジルの溶岩台地で掘り出されたという高さ約2.5mの巨大なアメシストドームも鑑賞できます。大量のアメシストがキラキラキラ……と音が聞こえてきそうなくらい煌めいている姿は壮観! 本展の目玉展示です。

アメシストドーム
アメシストドーム(部分)

第2章 原石から宝石へ

「第2章 原石から宝石へ」では、原石の採掘からカット(成形や研磨の工程)の加工技術までを紹介。たとえば、ダイヤモンドの魅力を最大限引き出すカットとしてデザインされたラウンドブリリアントカット(58面カット)の工程見本などを展示し、原石がどのような過程で美しい宝石になるのかを分かりやすく解説しています。

展示風景
ブリリアントカットの工程見本 山梨県立宝石美術専門学校蔵
10種類の代表的な宝石のシェイプ(輪郭) 諏訪貿易蔵

注目は、古美術収集家の橋本貫志氏(1924~2018)が15年かけて世界中のオークションで集めた「橋本コレクション」のジュエリーのうち、宝石がセットされた指輪約200点を製作年代順に並べた展示。およそ4000年におよぶ宝石のカットの歴史をたどることができます。

橋本コレクション
橋本コレクション/ 紀元前2000年頃に製作された指輪
橋本コレクション/ 18世紀頃に製作された指輪

アンティークジュエリー愛好家なら、ここだけで何時間でも鑑賞していられそうなほど変化とバラエティに富んだラインナップです。「16世紀までは半球状のツルっとしたカット(カボションカット)が主流だったんだ」など、時代の流れに沿って鑑賞することでさまざまな気づきがあるはず。

第3章 宝石の特性と多様性

「第3章 宝石の特性と多様性」では、「輝き」「煌めき」「彩り」「強さ」といった宝石の価値基準となる特性を科学的に解説しながら、ラフ(原石)、ルース(磨いた石)をメインに200種を超える宝石を一挙に紹介。

ダイヤモンド、サファイア、ルビー、エメラルドの4大宝石から、フォスフォフィライトなどのレアストーン、真珠やコーラル(宝石珊瑚)といった生物由来のものまで、それぞれの宝石の特徴や多様性を学ぶことができます。

宝石の美しさの秘密である、光の透過、反射、屈折、散乱といった光学特性の解説
硬さの指標である「モース硬度」の基準となる鉱物一覧
エメラルドやその仲間の展示

展示では、赤いイメージのあるガーネットの意外なカラーバリエーションの豊富さに驚きましたが、実はガーネットは単一の鉱物種ではなくグループ名なのだそう。色の違いは鉱物種の違いも関係しているとか。

さまざまな色のガーネットの展示

同じくグループ名であるトルマリンは、一粒の結晶の部位で色が異なるバイカラー(2色)やトリカラー(3色)のものが多いだけでなく、見る向きで色が異なる多色性、光源により色が変わる変色性をもつこともある、見ていて楽しい宝石。

グラデーションの結晶が美しいトルマリンの展示

サイケデリックでクールなビジュアルをしたオパールの原石も発見。ルースは上品な印象だったのでギャップに引きつけられます。オパールだけでなく、ラフとルースの印象の違いを自分の目で確認できるのも本展の醍醐味ですね。

(写真右上)ひび割れのような模様で7色に輝くオパールの原石/ ボルダー・オパール 協力:翡翠原石館

第3章で要チェックなのは「紫外線で光る宝石(蛍光)」のコーナー。暗い小部屋で、蛍光性をもつものとして代表的なフローライト(蛍石)をはじめ、いろいろな石が発する幻想的な光の共演が楽しめます。暗褐色のアンバー(琥珀)がライトブルーに光る一方で、ルビーは赤の発色がより強くなるなど、光り方にも個性があってワクワクしました。

「紫外線で光る宝石(蛍光)」の展示

また、「日本産の宝石」のコーナーも見ごたえあり。日本産の宝石というとパール(真珠)やひすいがとれることは知っていましたが、トパーズやガーネット、ルビー、サファイア、アメシスト、ロードクロサイトなども見つかるそう。種類の豊富さに意外だと驚く来場者の声も多く聞こえてきました。

「日本産の宝石」の展示

インパクトがあったのは「巨大宝石」のコーナー。20種ある宝石種の最大クラスのものを集めた展示で、一番大きいロッククリスタルは「21290.00ct」という見たことも聞いたこともないカラット数で思わず笑ってしまいました。両手でも持ち上げられなさそうです……。これだけ大きいと、細かいカットの美しさもしっかり認識できるのでありがたいところ。

「巨大宝石」の展示

第4章 ジュエリーの技巧

美しく輝くルースは、自ら輝きながらルースを引き立てる役割も果たすゴールドやプラチナといった貴金属のベゼル(台座)に収められることで、はじめてジュエリーになります。

「第4章 ジュエリーの技巧」では、宝石のセッティング(仕立て)の技術に着目。優れたセッティングがジュエリーにさらなる付加価値を与えることを示すため、パリに本店を構えるハイジュエリー メゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」や、兵庫県芦屋市発のジュエリーブランド「ギメル」の芸術的デザインの逸品の数々を紹介しています。

「パンカ セット」ヴァン クリーフ&アーペル蔵
「アメンタ ネックレス」ヴァン クリーフ&アーペル蔵
日本の四季をイメージした「Four Seasons」 の夏の作品 ギメルトレーディング蔵
日本の四季をイメージした「Four Seasons」 の秋の作品 ギメルトレーディング蔵

セッティングの面で特に目を引くのは、ヴァン クリーフ&アーペルの「葡萄の葉のクリップ」というルビーとダイヤモンドが使われた作品。モザイク風に配置された細かなルビーを固定する貴金属が見えないことがおわかりでしょうか。

「葡萄の葉のクリップ」ヴァン クリーフ&アーペル蔵

これには「ミステリーセット」という、ルースを支える爪や突起が外から見えないように固定する同ブランドの特許技術が使われているそうです。きわめて高い専門性を要求する技術だけあり、いくら見回してもどのように石がセットされているのかまったくわかりませんでした……。ルビーの純粋な色彩の調和が楽しめるすばらしいデザインです。

第5章 宝石の極み

古代では魔除けや御守りとして指輪やペンダントなどに加工され、中世から近世に移行するルネッサンスの時代には、王侯貴族の「誇り」や権力の象徴として、人々の目にとまりやすいブローチやネックレスに仕立てられてきたという宝石。

時代によって役割を変えながら、限られた人々のためだけに存在した宝石は、いつしか装飾品の域を超えた歴史的な美術品、文化財として伝承されるようになったといいます。

「第5章 宝石の極み」では、世界的な宝飾コレクションであるアルビオン アート・コレクションから、古代のメソポタミアやエジプトで作られた作品から20世紀のジュエリーまで、選りすぐりの芸術品約60点を展示。自然と文化が融合した至高の美の歴史を鑑賞できます。

「ヘレニズム アルテミスのアメシスト・インタリオを伴うディアデム」紀元前4世紀後期-3世紀 ギリシャ アルビオン アート・コレクション
「ルネサンス 空翔るキューピッドのペンダント」1590-1620年頃 ドイツまたはオランダ 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
「ウェリントン公爵のシャトレーヌ・ウォッチ」1809年頃 イギリス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真左)「ロシア大帝エカテリーナ2世よりアレクセイ・オルロフへ贈られたエカテリーナ大帝の肖像 エメラルド・インタリオ」18世紀 ロシア 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真右)「ロシア大帝エカテリーナ2世より第2代バッキンガムシャー伯爵へ贈られたエメラルド」1830年頃 イギリス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
「ベル・エポック ブシュロン蔵 ダイヤモンドのドッグカラー・ネックレス」1910年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真上下セットで)ヴュルテンベルク王室旧蔵 ピンク・トパーズとダイヤモンドのグランパリュール:1810-1830年頃 ロシア(推定)個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

「おっ!」と目を引かれたのは、日本人に大人気の画家、アルフォンス・ミュシャが宝飾の革命を志したジョルジュ・ブーケと共同制作した胸飾り。アール・ヌーヴォー絶頂期の記念碑的作品だという本作ですが、ミューズを思わせる乙女の像を囲っている花模様や、キューピッドをイメージする矢、チェーンでつながれたパールなどロマンティック感満載のデザインが大変愛らしいです。

「アール・ヌーヴォー フーケ&ミュシャ作 コルサージュ・オーナメント」1900年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

本展のラストを飾る第2会場では、日本のジュエリーの発展とクリエイター、クラフトマンの才能発信を目的としたコンペ「JJAジュエリーデザインアワード」の上位3作品が展示されているのですが、その斬新なデザインに視線がくぎづけ。

「Twinkle~星影の記憶~」デザイン・製作 上久保泰志

なかでもグランプリを受賞した上久保泰志氏の「Twinkle~星影の記憶~」は、筆者個人としては出展作品で一番心惹かれたジュエリー。製作者が子どものころに見た流星群をモチーフにした作品で、ダイヤモンドとプラチナ、ホワイトゴールド、イエローゴールドを用いて夜空で輝く星影の瞬きや、流星が残した輝きの軌跡と余韻を表現しているそう。非常に個性的ながら洗練された気品の漂うネックレスです。

美の歴史に残る逸品だらけのアンティークジュエリーで大満足していたところに、「現代デザイナーも負けてないぞ!」といわんばかりの鮮烈な傑作をお出しされ……最後まで気を抜けない、見どころしかない展覧会でした。

なお、本展では漫画家の二ノ宮知子先生が「Kiss」(講談社)で連載中の『七つ屋 志のぶの宝石匣』の登場キャラクターたちが会場を案内するほか、第2会場で描き下ろしイラストも展示。また、色鉛筆作家・長靴をはいた描(ねこ)氏の描き下ろし作品3点も展示されていますので、ファンの方はお見逃しなく。

二ノ宮知子先生の描き下ろしイラスト
長靴をはいた描(ねこ)氏の描き下ろし作品

国立科学博物館の宮脇律郎さんは、本展のPRで次のように話していました。
「博物館の展示で一番見ていただきたいのは “実物” です。本物を目にする機会はなかなかありませんが、この会場はそれらを集めて濃縮しています。会場に来て実物を見て、ぜひお気に入りの石を見つけてください」

さまざまな展覧会に足を運ぶ筆者も、いつになく心から「写真や映像ではなく実物を見てほしい!」と感じた、まばゆい輝きに満ちた本展。宝石の美しさの理由を学びながら、人類が積み上げてきた美の歴史をぜひその目で確かめてみてください。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」開催概要

会期 2022年2月19日(土)~ 6月19日(日)
※会期等は変更になる場合があります。
会場 国立科学博物館 地球館地下1階 特別展示室
開館時間 9時~17時(入場は16時30分まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日休館)
※ただし3月28日、5月2日、6月13日は開館
入場料(税込) 一般・大学生2,000円、小・中・高校生600円
※日時指定予約制
※詳細は展覧会公式サイトでご確認ください。
主催 国立科学博物館、TBS、読売新聞社
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://hoseki-ten.jp

 

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