【東京都美術館】「ゴッホ展 障害のある方のための特別鑑賞会」取材レポート

東京都美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のプロヴァンスの田舎道》1890年5月12-15日頃 クレラー=ミュラー美術館蔵

東京・上野公園にある東京都美術館では、2021年9月18日(土)から『ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』が開催中です。

国内外の名品を紹介する同館の特別展(直近では『没後70年 吉田博展』や『イサム・ノグチ 発見の道』など)は毎回大変な人気を集めていますが、今回の『ゴッホ展』も例にもれず多くの来場者で賑わっています。

特別展を車いすの方や視覚障害、聴覚障害などさまざまな障害をお持ちの方に安心して鑑賞してもらいたい――そんな思いのもと、特別展の期間中には毎回「障害のある方のための特別鑑賞会」が行われており、『ゴッホ展』でも休室日の10月11日(月)に開催されました。

※『ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』の会場の様子や展示作品については別記事で詳しく紹介しています。⇒https://www.culture.city.taito.lg.jp/ja/reports/22665

「障害のある方のための特別鑑賞会」を支えるアート・コミュニケータたち

「障害のある方のための特別鑑賞会(以下「特別鑑賞会」)」は1999年にスタートしたプログラム。2012年からは同館と東京藝術大学、市民とが連携する「とびらプロジェクト」で活動するアート・コミュニケータ(愛称「とびラー」)が準備段階から関わり、当日の鑑賞の手伝いや声がけなどを行っています。

 

「とびらプロジェクト」とは・・・
美術館を拠点にアートを介してコミュニティを育むソーシャル・デザイン・プロジェクト。2012年度の東京都美術館のリニューアルを機に東京藝術大学と連携して始動したものです。一般から集まった市民と、学芸員や大学の教員、第一線で活躍中の専門家らが美術館を拠点に、そこにある文化資源を活かしながら、人と作品、人と人、人と場所をつなぐ活動を展開しています。

一般公募の市民はアート・コミュニケータ「とびラー」(東京都美術館の「都美<とび>」と「新しい扉<とびら>を開く」という意味を込めた愛称)として、アートを介して誰もがフラットに対話できる場や、多様な価値観をもつ人々を結びつけるコミュニティのデザインに取り組んでいます。

 

3年の任期で活動する「とびラー」は毎年40名ほどが公募され、現在は会社員、フリーランサー、専業主婦、退職後の方、大学生など、年齢もバックグラウンドも異なる約140名が活躍されているそう。

活動はボランタリーですが、美術館から役割を与えられるサポーターではありません。任期中にアート・コミュニケータとしての学びを深めながら、美術館の現場で主体的に企画を立ち上げ実現させている能動的なプレイヤーです。これまでも、夜間に東京都美術館の建築の魅力を味わう「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」や、東京藝術大学の卒業制作展を作家と対話しながら巡る「卒展ツアー」など、「とびラー」ならではの視点で美術館を活用したさまざまなプログラムが実施されました。

「特別鑑賞会」も、「とびラー」考案のアイデアを取り入れながらよりよい形に進化していっているそう。今回は「とびラー」と、任期を終えた後もそれぞれのコミュニティで自立したアート・コミュニケータとして活動している元「とびラー」をあわせた約100人が参加者を迎えました。

(※以下、当日の様子については、「とびラー」と元「とびラー」の方々が一体として「特別鑑賞会」に関わっていらっしゃることから、「アート・コミュニケータ」と総称します)

障害のある方、一人ひとりが気兼ねなく作品と向き合える時間

ファン・ゴッホ作品の鮮やかな消しゴムハンコはアート・コミュニケータの手作り

「特別鑑賞会」には、障害者手帳等をお持ちの障害のある方約400名とその介助者320名余りが参加されました。

アート・コミュニケータの方々は、実施日の何日も前から「特別鑑賞会」へ向けて準備していたそう。たとえば、「特別鑑賞会」への事前申込方法はWEBフォーム、メール、ハガキの3種類があるのですが、ハガキで申し込まれた方に郵送で送付する参加証封筒には展覧会のテーマをモチーフとした手作りの消しゴムハンコを押しているのだとか。

これも「もらってうれしい参加証にしたい」との思いからアート・コミュニケータが考案した取り組み。実物を見せていただきましたが、ここでしか使われないのがもったいないほどのクオリティでした。

「特別観賞会」の参加者のなかには、駐車スペースを利用される方も多くいました。
ホワイエで過去の特別鑑賞会の様子や、会場で案内しているアート・コミュニケータの役割をモニターで紹介するなど、初めての参加者にも安心して入場してもらえるよう配慮されていました。
受付には聴覚に障害がある方のために手話通訳者も待機。

エントランスから受付にかけて、「こんにちは」「楽しんでください」といった参加者への挨拶が聞こえてきます。

「行っていいのかな? 迷惑をかけるんじゃないかな? と不安な気持ちを普段からお持ちの方も多いんです」と話してくださったのは学芸員の熊谷さん。

「美術館は自分が行っても大丈夫な場所なんだと思ってもらうため、参加者の皆さんをおもてなしする気持ちが伝わるようなウェルカムな空気感を作り出すことを大切にしています」

受付には貸し出し用の車いすが準備されていました。「車いすが必要な人は最初から乗ってきているのでは?」と疑問でしたが、足が悪い方のなかには、展示を見るときだけ車いすを使いたいという方も少なくないのだとか。実際に大量にあった車いすが瞬く間に貸し出されていった光景を見て、その発想がなかった筆者は驚かされました。

そのような方々は、やはり熊谷さんが話してくださったように、周囲に配慮して普段の展覧会へは行きづらいと感じてしまうのかもしれません。もちろん、通常の開館日でも車いすは貸し出されているそうですが、このように展示室入口前にずらりと用意されていると、みなさん気兼ねなく利用しやすいようです。

ここで、「特別鑑賞会」のリピート率が非常に高い理由の一端が垣間見られた気がしました。

特別展の展示室だけでなく、エントランスやエスカレーター、エレベーターなど、参加者が通るほぼすべての場所でアート・コミュニケータの方々がおもてなし。それぞれのポジションで連絡を取り合い、密に連携している姿を拝見しました。

見慣れない光景として、荷物用の大きなエレベーターが稼働していたことも挙げられます。

車いすの方が同じタイミングで何人も通常の来館者用エレベーターを利用しようとすると、どうしても発生してしまう待ち時間。ストレスなく「特別鑑賞会」を楽しんでほしいという思いのもと、現場のアート・コミュニケータ同士で「車いすの方が複数台いらした場合は、大型のエレベーターをご案内しよう」などと改善案を話し合っていたのが印象的です。

事前予約制による鑑賞会ということで、展示室には非常にゆったりとした時間が流れます。参加者の誰もが作品をじっくり鑑賞することができているようでした。

フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のプロヴァンスの田舎道》1890年5月12-15日頃 クレラー=ミュラー美術館蔵

本展の目玉である《夜のプロヴァンスの田舎道》の前もこのとおり。通常の開館時には、人気のある作品の前が混雑することも多く、車いすの方はどうしてもその後ろからの鑑賞になってしまいがちですが……この日は近づいてみたり離れてみたり、作品と一対一の対話の時間を楽しまれている様子が見て取れました。

展示室には聴覚に障害のある方のために、磁気式の筆談ボードを携帯したアート・コミュニケータの姿も。これは今回の「特別鑑賞会」から始めた取り組みで、聴覚に障害のある方が、展示室で何かお困りのときに声をかけやすい環境を整えるための試み、とのことです。筆談ボードを使ってお話しするなかで、必要な場合は受付から手話通訳者を呼んでもらうことも可能だそう。

 

取材時には拝見できませんでしたが、新型コロナウイルス感染症の流行以前は、参加者とアート・コミュニケータとが感想や意見を交わしながら作品を鑑賞し、各々が楽しい時間を共有していたそうです。

アート・コミュニケータの発案で、弱視の方や車いすの方など、展示されている状態では作品が見えづらい方が作品画像を手元で見られるiPadを活用したプログラムを実施したり、学芸員が展覧会のみどころ解説を行う「ワンポイント・トーク」で聴覚に障害のある方にも内容が伝わるよう文字表示支援を作成したりといった活動も行っていたとか。

過去の「特別鑑賞会」で、iPadに取り込んだ作品画像を手元で拡大している様子。(「プーシキン美術館展──旅するフランス風景画」2018年)

そういったさまざまな取り組みについて伺った際に熊谷さんが強調したのは、「アート・コミュニケータは、美術館を拠点にアートを介したコミュニティを作っています。『障害のある方に何かをしてさしあげる』といった、支援する側・される側の関係性のなかで、この『特別鑑賞会』の場にいるのではありません」ということ。

「障害のある人もない人も一緒に過ごすこの空間をどんな場にしたいのか、どんな場で『ありたい』のか。それを考え、そのために必要なコミュニケーションをする・行動をする。だからアート・コミュニケータには、するべきことをまとめたマニュアルは存在しないんです」と、誤解されがちなアート・コミュニケータのあり方を語りました。

 

コロナ禍の現在は、残念ながら接触や密を避けるために多くの取り組みが実施不可能な状態に。「せっかく同じ空間にいるのに、参加者の皆さんとお話ができないのは寂しいです」と嘆くアート・コミュニケータの表情に切ない気持ちになりましたが、会話をしないコミュニケーションのあり方や、さらにはリアルの空間以外での対話を補完する方法を模索しているとのこと。

そんな事情もありつつの「特別鑑賞会」。1時間、2時間と心行くまでゴッホの世界を堪能した参加者は、皆さん大変満足気な表情で感想を交わしながら美術館を後にされました。

「次の鑑賞会はまだかな、といつも楽しみにしているんです」

笑顔で感想を語る参加者

「特別鑑賞会」に参加された方々にもお話を伺いました。驚いたのは、お話しした全員が「特別鑑賞会」に何度も参加したことがある方だったこと。

ある車いすの女性は、「この鑑賞会は人数が限られているので助かっています。普段だと人が2重、3重、4重くらい重なっているけれど、ここでは一番前で見られるのがうれしいですね」と笑顔を見せました。

足を悪くしたことがきっかけで、足しげく通った美術館から遠ざかっていたという別の参加者は、この「特別鑑賞会」については「次の開催はまだかな、といつも楽しみにしているんです」と目を輝かせて期待を語ります。

視覚に障害をもつある女性は、原田マハさんの小説を読んでどうしてもゴッホ作品が見たいと熱望していたタイミングでの参加となり、喜びもひとしおの様子。介助者に説明してもらいながら作品を鑑賞したそうです。

「音声ガイドがよくできていたなと。ヘレーネさん(※本展で取り上げているゴッホ作品のコレクター)がこういう人だったんだな、というのが理解できました」と満足げ。作風の変化を追いながら、「こうやってゴッホは〈ひまわり〉にたどり着いたんだ」と感慨深い気持ちになったとか。

「普通の展覧会だと、介助の人に一緒に歩いてもらっていてもぶつかったり蹴とばされたり。逆に自分が人の前に割り込んでも気づかないから申し訳ない気持ちにもなってしまうけど、このくらい空いていると安心して見られるので感謝ですね」


本来であれば美術館は、障害のある人もない人も関係なく開かれた場所であるはず。しかし今は残念ながら、美術館へ行くことを躊躇してしまう人が少なくないのが現状です。

「障害のある方のための特別鑑賞会」には、まだまだ工夫できる部分があるのかもしれません。しかし、こういった鑑賞会が存在すること自体、障害のある方々が美術館へ行こうとするハードルを確実に下げる意義深い試みだと実感した取材となりました。

コロナ禍において減ってしまったコミュニケーションの機会をどのように創出していくのか、アート・コミュニケータの方々の動きに今後も注目していきます。

 

なお、東京都美術館で2022年1月22日(土)~4月3日(日)に開催される特別展『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』においても、「障害のある方のための特別観賞会」が開かれます。

身体障害者手帳をはじめとする各種手帳をお持ちの方400名とその介助者(1名まで)が応募可能。申し込み多数の場合は抽選となります。
申込期間は2022年1月5日(水)~2022年1月24日(月)まで。

ご興味のある方は、ぜひ詳細をご確認ください。⇒https://www.tobikan.jp/learn/accessprogram.html

『ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』開催概要

会期 2021年9月18日(土)~12月12日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開室時間 9:30~17:30 金曜日は9:30~20:00 (入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日
※ただし11月8日(月)、11月22日(月)、11月29日(月)は開室
入場料 一般 2,000円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,200円
日時指定予約制です。
※高校生以下無料。(日時指定予約が必要)
その他、詳細はこちら⇒https://gogh-2021.jp/ticket.html
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、東京新聞、TBS
お問い合わせ 050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://gogh-2021.jp

 


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【国立科学博物館】「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」会場レポート

国立科学博物館
(C)The Trustees of the British Museum

文化遺産の殿堂として知られ、古代エジプト文明の研究で世界をけん引してきた大英博物館。同館が厳選した6体のミイラを中心として、最新の研究成果をもとに古代エジプト人の素顔に迫る特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」が東京・上野の国立科学博物館で開催中です。
*会期は2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)まで。

開幕当日に行われた報道内覧会を取材しましたので、会場の様子をレポートします。

※掲載されている写真は特別な許可を得て撮影したものであり、一般の方の撮影は禁止されています。
※写真は設備の関係でガラスへの映り込みが多くなっています。見えづらい部分があるかと思いますがご了承ください。

会場風景
会場風景

6体のミイラから読み解く古代エジプト人の姿

現世で死んでも存在は終わらず、来世で復活するという死生観をもった古代エジプト人は、再生のために必要な肉体を保存するためにミイラ作りの技術を発展させていきました。特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」では、紀元前800年ごろ~後100年ごろに古代エジプトで生活していた6人の人物のミイラが展示されています。

「ペンアメンネブネスウトタウイの内棺」と「ペンアメンネブネスウトタウイのミイラ」 (C) The Trustees of the British Museum
棺の鮮やかな装飾が目を引きます。胸部には彼を守るかのように翼を広げるヌウト神の姿も。
「若い男性のミイラ」  (C) The Trustees of the British Museum

「アメンイリイレト テーベの役人」「ネスペルエンネブウ テーベの神官」「ペンアメンネブネスウトタウイ 下エジプトの神官」「タケネメト テーベの既婚女性」「ハワラの子ども」「グレコ・ローマン時代の若い男性」という、地位も年齢も生きた時代も異なる6体のミイラたち。

1体につき約7000枚という大量のCTスキャン画像をもとに作成された、高精度の3次元構築映像で内部を復元。銘文などの文字情報からは伺い知れなかった健康状態、癌や動脈硬化症といった病歴、死亡年齢などの生の側面を、約250点の豊富な展示品とともに紹介しています。

「アメンイリイレトのミイラ」 (C) The Trustees of the British Museum
3次元構築映像では内部の詳細な情報とともに、明らかになった生前の病状なども解説。

CTスキャンの恩恵を感じるものとして特に興味深いのは、第3中間期、第22王朝の前800年ごろにテーベ(現在のルクソール)で最も重要な宗教施設だったカルナク神殿の神官・ネスペルエンネブウのミイラでしょう。

死者を保護し、永遠の生命を得る手助けのためにミイラにはさまざまな護符や呪術的な装身具が置かれます。CTスキャンにより、ネスペルエンネブウのミイラは未開封のままで、それらの詳細な配置や材質までが明らかになったとか。

「ネスペルエンネブウのミイラ」 (C) The Trustees of the British Museum
3Dプリンターにより複製された護符や装身具 (C) The Trustees of the British Museum

映像でミイラに置かれた護符や装身具の位置が紹介されますが、皮膚の上や包帯の間だけでなく体内にも配していたことに驚かされました。護符や装身具は形や文字だけでなく位置にも重要な意味があるとのことで、こういった内部情報が遺物を損なうことなく知られるのも技術向上の賜物ですね。

内部のアイテムの数々は3Dプリントされて展示されていますので、ぜひ映像と見比べながら鑑賞してみてください。

「ジェドバステトイウエフアンクのカノポス壺」 (C) The Trustees of the British Museum

本展にはミイラ作りを含む、葬祭にまつわる古代エジプト人の信仰を示す遺物が多数展示されていますが、ひとつの信仰の形が顕著にわかる例では「カノポス壺」が挙げられます。

ミイラづくりに際して腐りやすい内臓は取り除かれますが、肝臓、肺、胃、腸は再生に特に重要だと考えられ、ホルス神の4人の息子を象ったカノポス壺という入れ物で大切に護っていました。

「復活を前提にするなら脳もどこかに保管しているのかな」と想像していると、脳は当時その機能が理解されていなかったため、どうやらミイラ作りの過程で捨てられてしまったそうで……。

古代エジプト人たちが知性と記憶をつかさどる部分と信じたのは心臓。再生に欠かせないものとして通常はミイラ職人によって体の中に残されたとか。

「子どものミイラ」 (C) The Trustees of the British Museum

時代ごとのミイラにまつわるデザインの変化にも注目です。

ローマ支配時代、後40~後55年ごろの子どものミイラには、頭部を覆うように描かれた写実的な肖像画が登場。ギリシャやローマの芸術様式の影響を感じさせます。また、ローマ支配時代までは子どもをミイラ化すること自体あまり例がなかったそうで、埋葬習慣の伝統にも影響が及んだことが伺えました。

弓形ハープ (C) The Trustees of the British Museum

再生の力をもつ冥界の神・オシリスの像や、来世の安寧を願い死者とともに埋葬された文書「死者の書」など、ミイラといえば……なおなじみの遺物も鑑賞できます。さらに本展では、楽器や女性の化粧道具、子どもの玩具や装身具、パンの化石といった、ほかの展覧会ではあまりお目にかかれない、古代エジプト人たちの文化や日々の暮らしに寄ったアイテムにフィーチャーしている点も見どころ。

子ども用の首飾りや装身具 (C) The Trustees of the British Museum
「ネズミの形をした玩具」「車輪がついた馬の玩具」 (C) The Trustees of the British Museum

彼らはどのように生き、そしてミイラになったのか。死生観や呪術的遺物などから神秘性を感じる一方で、どこかで親しみも覚えるような。古代エジプト人たちの生の姿が伺えるユニークな展覧会といえるでしょう。

会場で出会えるカワイイものたち

メジェド神やアヌビス神、バステト神といったエジプトの神々やヒエログリフなど、今日の日本人を惹きつけてやまない個性的で愛らしいデザインに溢れているのも古代エジプト世界の魅力ですよね。

本展でももちろん出会えますので、いくつか写真でご紹介します。

「胸飾り(ペクトラル)」 (C) The Trustees of the British Museum

ミイラ作りの神・アヌビスがお墓の上で伏せている姿のフォルムが愛らしい装身具。会場特設ショップでグッズ化もされていました!

「魚形護符」  (C) The Trustees of the British Museum

金と長石の青が美しい、再生を象徴する魚をモチーフにした護符。大きく形作られた背びれや尾ひれがおしゃれな一品。

「タケネメトの内棺」 (C) The Trustees of the British Museum

「タケネメトの内棺」の足元に描かれていた生き物(牛?)。頭の丸は角? それともボールのようなもの? とぼけた表情がなんともいえません。

日本オリジナル展示:サッカラ遺跡の発掘調査

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベ (C) North Saqqara Project

本展は国際巡回展ですが、会場後半では日本オリジナルの特別展示も見られます。それは、エジプトのサッカラ遺跡で現在も行われている最先端の発掘調査の様子。

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベの入口 (C) North Saqqara Project

本展の監修者である金沢大学教授・河合望さんを隊長とする日本エジプト合同・北サッカラ調査隊が2019年に発見した、ローマ支配時代のカタコンベ(地下集団墓地)の内部の様子を、実寸大の部分模型や映像などで紹介するものです。撮影はできませんでしたが、朽ちた雰囲気や埋もれた骨など、実際に現場にいるかのように錯覚するほど細部までこだわって再現されているのに感動しました。

本展で登場したような6体ミイラがどのように発掘され、今日の私たちが鑑賞できるようになったのか。この展示により、これまではあまり展覧会で紹介されることのなかった全体像が理解できるようになるはず。

人気声優の島﨑信長さんがナビゲーターをつとめる音声ガイド

なお、河合望さんの感じた興奮や発掘のロマンを聞いてより臨場感を高めたい方は音声ガイドの利用をおすすめします。

ミイラの匂いを嗅いでみよう

「猫のミイラ」 国立科学博物館蔵

第2会場では「古代エジプト文明と日本人」というテーマで、日本人がどのように古代エジプト文明の存在を知り、研究を続けてきたのかを紹介しています。ここでは阿波・徳島藩の18代当主であった蜂須賀正がエジプトで入手した「猫のミイラ」が初公開。

「猫のミイラ」に関連して、花王株式会社感覚科学研究所によって再現された、ミイラ作成当時の匂いを嗅げるコーナーも! ミイラの匂いを嗅ぐチャンスは一般人にはそうそうないはずなので、貴重な機会といえるでしょう。

「かいけつゾロリ」と特別コラボ!

また、幅広い世代に愛されている読み物シリーズ「かいけつゾロリ」とコラボレーションしていることでファンから注目を集める本展。

古代エジプトの世界に迷い込んで現代に帰れなくなったゾロリたちを救い出す、というストーリーのクイズが公式サイトに掲載されています。小さなお子さんと鑑賞される場合はぜひ、会場内のパネルにあるヒントを参考にチャレンジしてみてください。また、特設ショップにはたくさんの「かいけつゾロリ」オリジナルグッズが用意されていましたので、ファンの皆さんはお見逃しなく。

大英博物館のあるイギリスで有名なカカオブランド「ホテルショコラ」とコラボした本展オリジナルパッケージのスイーツも。デザインがたまらなくキュートです。

 

特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」概要

会期 2021年10月14日(木)〜2022年1月12日(水)
※会期等は変更になる場合があります。
会場 国立科学博物館
開館時間 9:00~17:00 (入場は閉館時刻の30分前まで)
休館日 月曜日、12月28日(火)~1月1日(土・祝)
※ただし12月27日(月)、1月3日(月)、1月10日(月・祝)は開館
入場料 一般・大学生2,100円 小・中・高校生600円 (いずれも税込)
※日時指定予約が必須。
※未就学児は無料。障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料。
主催 国立科学博物館、大英博物館、朝日新聞社
お問い合わせ 050–5541–8600 (ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://daiei-miira.exhibit.jp/

 

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【東京都美術館】「ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」会場レポート 信念のゴッホコレクター、珠玉のコレクションを辿る

東京都美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のプロヴァンスの田舎道》1890年5月12-15日頃 クレラー=ミュラー美術館蔵

2021年9月18日(土)、東京・上野の東京都美術館で『ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』が開幕しました。会期は12月12日(日)まで。

ファン・ゴッホ作品最大の個人収集家であるヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869〜1939)のコレクションにスポットを当てた展覧会。《夜のプロヴァンスの田舎道》や《黄色い家(通り)》などの人気作が顔をそろえる会場の様子をレポートします。

展示風景
展示風景

ファン・ゴッホ人気の立役者 ヘレーネ・クレラー=ミュラー

世界中にファンをもち、ここ日本においても最も愛されている画家の一人であるフィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。

27歳で画家を志し、37歳で生涯を終えるまでの10年間でおよそ2,000点もの作品を残したとされていますが、「生涯で数枚しか作品が売れなかった」という通説で知られるように生前は名声を得ることが叶いませんでした。

しかし、今や彼は近代美術の巨匠として位置づけられ、作品には数億、数十億の値がつけられるように。その背景には彼の作品の価値を認め、作品を保存し、後世に残そうと尽力した人々の情熱がありました。

フローリス・フェルステル《ヘレーネ・クレラー=ミュラーの肖像》1910年 クレラー=ミュラー美術館蔵

なかでも重要な役割を果たした立役者の一人が、この度の『ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』でスポットを当てたヘレーネ・クレラー=ミュラーです。

夫アントンとともに、19~20世紀にかけてのフランスやオランダの芸術家の作品を中心に、11,000点を超える膨大なコレクションを築いたオランダ有数の資産家・ヘレーネ。彼女はファン・ゴッホの作品に深い人間性や精神性を感じ取り、ファン・ゴッホがまだ広く評価されていない20世紀初頭から90点を超える油彩画と約180点の素描・版画を収集しました。

本展は、ヘレーネが初代館長を務めたオランダのクレラー=ミュラー美術館(1938年開館)の貴重な美術コレクションから、ファン・ゴッホの初期から晩年までの画業をたどる選りすぐりの作品48点を紹介するものです。

フィンセント・ファン・ゴッホ《レモンの籠と瓶》1888年5月 クレラー=ミュラー美術館蔵
一部作品には、作品とヘレーネの関連エピソードが紹介されています。
フィンセント・ファン・ゴッホ《森のはずれ》1883年8-9月 クレラー=ミュラー美術館蔵
ヘレーネが初めて購入した記念すべきファン・ゴッホ作品。
フィンセント・ファン・ゴッホ《悲しむ老人(「永遠の門にて」)》1890年5月 クレラー=ミュラー美術館蔵
過去に制作した自作版画を元に描いた作品。ヘレーネはこの絵を、人間の苦しみを慰めの域にまで昇華した作品だと高く評価しました。

へレーネはファン・ゴッホを心の拠りどころにしていましたが、なぜそこまで惹かれたのか、ヘレーネ自身は明確な言葉を残していないとのこと。本展の担当学芸員である大橋さんは、「断言はできないが、ゴッホの芸術に非常に高い精神性を感じていたこと。また、牧師の息子として生まれたゴッホが聖職者への道を挫折してしまったことと、ヘレーネもキリスト教の文化になじめず苦しみを感じていたこと。そういった共通した背景が大きな理由ではないか」と話します。

さらに、本展にはファン・ゴッホ作品以外にも、ヘレーネが特に熱心に収集したミレー、ルノワール、スーラ、モンドリアンなど、19世紀半ばから1920年代にかけての近代西洋絵画20点があわせて出展されています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《カフェにて》1877年頃 クレラー=ミュラー美術館蔵
ジョルジュ・スーラ《ポール=アン=ベッサンの日曜日》1888年 クレラー=ミュラー美術館蔵
オディロン・ルドン《キュクロプス》1914年頃 クレラー=ミュラー美術館蔵

写実主義から印象派、新印象派、象徴主義、そして抽象主義まで。目で見たありのままを描くレアリズムから人間の精神・感情に焦点を当てる方向へ、180度流行が変化した近代絵画の流れをたどるだけでなく、ファン・ゴッホ作品がまさにその転換の橋渡し的立ち位置にあることがわかる展示になっています。

これらヘレーネのコレクションからは、自らが得た感動を人々と分かち合うため、収集活動の早い段階から美術館の設立を生涯の使命にした彼女が、西洋美術の概略を見渡せるよう体系的にコレクションを築いたことが理解できるでしょう。

16年ぶりの来日!糸杉シリーズの傑作《夜のプロヴァンスの田舎道》

フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のプロヴァンスの田舎道》1890年5月12-15日頃  クレラー=ミュラー美術館蔵

本展の見どころの一つは、実に16年ぶりの来日となる《夜のプロヴァンスの田舎道》。

ファン・ゴッホの代表作に連作〈ヒマワリ〉がありますが、南仏プロヴァンス地方の太陽が燦々と降り注ぐ風景のなかに立つ、糸杉の暗い緑の色調と美しさに魅了されたファン・ゴッホにとって、糸杉は「〈ヒマワリ〉のような作品にしたい」と熱中させるほど重要なモチーフでした。

緑の深い色調の表現に苦心しながら何十枚と描いた糸杉のなかでも、おそらく南仏滞在の最後に制作されたという《夜のプロヴァンスの田舎道》は傑作との呼び声が高いもの。

波紋のように大胆にうねる星月夜をバックに佇む糸杉は、まるで燃え上がる黒い炎のよう。ゴッホ自身は書簡で糸杉の形の美しさをエジプトのオベリスクのようだと例えていますが、自然への畏敬の念がにじみでるような、まさにオベリスクさながらの荘厳な存在感に圧倒されます。

劇的に変化する画風。私たちの知る「ファン・ゴッホ」に至るまで。

フィンセント・ファン・ゴッホ《白い帽子を被った女の顔》1884年11月-85年5月 クレラー=ミュラー美術館蔵

ファン・ゴッホ作品の特徴として「鮮やかな色彩」「うねり」「極端な厚塗り」などを挙げる人は多いと思いますが、これらの特徴はいずれも母国オランダからフランスに拠点を移して以降、画業の後期に生まれたもの。本展では、画風の変化の著しいファン・ゴッホの画業を時代順に沿って紹介しています。

ファン・ゴッホは1880年に画家として歩み始めてから5年間をオランダで過ごしました。初期は、灰色や茶色などのくすんだ色彩を用いて農民や漁民の生活や田舎の風景などを好んで描いた「ハーグ派」と呼ばれる画家たちや、農民画家として知られるジャン=フランソワ・ミレーの影響を受けながら素描の習熟を急ぎ、やがて油絵を制作します。

画業を通じて自然、なかでも無限や永遠の象徴であると考えた種まきから収穫の循環や、四季の移ろいに強い関心をもち続けました。展示からは、自然やその自然と密接に関わりながら農村で働く労働者の姿、彼らの貧しさのにじむ表情、悲しみや嘆きといった主題を細やかに拾い上げていたことがわかります。

フィンセント・ファン・ゴッホ《防水帽を被った漁師の顔》1883年1-2月 クレラー=ミュラー美術館蔵
モデル自身の苦難に満ちた生き様を反映したような顔を特に好んだとか。
フィンセント・ファン・ゴッホ《刈る人》1885年7-8月 クレラー=ミュラー美術館蔵
働く農民のなかでも、麦の収穫をする姿を繰り返し習作で扱っています。
フィンセント・ファン・ゴッホ《織機と織工》1884年6-7月 クレラー=ミュラー美術館蔵
農民だけでなく織工にも強い関心をもっていたそう。いわく「夢見るような、物思いに沈んだ感じの」織工の雰囲気が見事に表現されています。

1886年、フランスのパリに向かったファン・ゴッホは、そこで出会った印象派や新印象派、日本の浮世絵版画に衝撃を受け、画風が大きく変化しました。

これ以降の作品は色彩が豊かで、画面も明るくなっていきます。絵の具を混ぜずに小さなタッチを並べることで色の濁りを防ぐ筆触分割による点描技法も取り入れ始めた点にぜひ注目してください。

フィンセント・ファン・ゴッホ《青い花瓶の花》1887年6月頃 クレラー=ミュラー美術館蔵
オランダ時代には考えられない鮮やかな色彩。花瓶と花は印象派風、背景は新印象派の点描技法の影響が見られます。
フィンセント・ファン・ゴッホ《レストランの内部》1887年夏 クレラー=ミュラー美術館蔵
厳密ではないものの、こちらもスーラを彷彿とさせる新印象派の点描技法が試みられている作品。

1888年から移り住んだ南仏のアルルでは、明るい空の青と、燃えるように鮮やかな太陽の色としての黄色に魅せられ、青と黄色の補色の組み合わせで色彩効果の実験を熱心に繰り返しました。この辺りから、絵筆のタッチで対象の形を模倣するような彫刻的で肉厚の筆触により、多くの人が知る「ファン・ゴッホらしい」表現主義的な画風が出来上がっていく過程が見て取れます。

フィンセント・ファン・ゴッホ《夕暮れの刈り込まれた柳》1888年3月 クレラー=ミュラー美術館蔵
柳の青がアルルの太陽の光を際立させています。
フィンセント・ファン・ゴッホ《種まく人》1888年6月17-28日頃 クレラー=ミュラー美術館蔵
敬慕していたミレーの《種まく人》のオマージュ作品。強烈な補色の対比に挑戦しています。これでもかと厚く筆触が重ねられ、凹凸がより作品に迫力を出しています。
フィンセント・ファン・ゴッホ《サン=レミの療養院の庭》1889年 クレラー=ミュラー美術館蔵

1889年には病のためサン=レミの療養院へ入院しながらも、療養院の庭や周辺の田園風景、また糸杉やオリーブ畑などの典型的なプロヴァンスのモチーフに取り組み、「うねり」の表現を編み出し、《夜のプロヴァンスの田舎道》や有名な《星月夜》といった傑作を制作。そして1890年に終焉の地、北仏のオーヴェール=シュル=オワーズへ移り住んだ後も、村や周辺の美しい景色にインスピレーションを刺激されながら1日1点という驚異的なスピードで制作を続け、筆遣いについても新たな様式の可能性を模索していたようです。

新しい場所、新しい出会いから常に学びを繰り返し、誰に作品が理解されずとも人生をかけて筆を握り続けたファン・ゴッホ。ヘレーネのコレクションからは「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」という彼の信念、その情熱をつぶさに目の当たりにすることができました。

フィンセント・ファン・ゴッホ《黄色い家(通り)》1888年9月 ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵
《夜のプロヴァンスの田舎道》と同じく16年ぶりの来日。

なお、本展にはクレラー=ミュラー美術館所蔵の作品以外に、オランダにあるもう一つの偉大な美術館を紹介するものとして、ファン・ゴッホ美術館のコレクションから《黄色い家(通り)》など4点のファン・ゴッホ作品が出展されています。

これらの作品はファン・ゴッホを経済的にも精神的にも支えた弟テオの死後、その妻ヨーが、作品の散逸を防ぐために設立したフィンセント・ファン・ゴッホ財団が永久貸与しているもの。彼女もまた、ファン・ゴッホの芸術を世に広めるべく人生を捧げた一人でした。


展覧会『ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』の開催は2021年12月12日(日)まで。

本展でぜひ、今日の我々が過去の芸術作品をさまざまに評価し、意見を交わし合えるのは、多くの人々が保存や継承に尽力したからこそだという事実に思いを寄せながら、ヘレーネの類まれなコレクションの魅力に浸ってみてください。

『ゴッホ展——響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』開催概要

会期 2021年9月18日(土)~12月12日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開室時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日
※ただし11月8日(月)、11月22日(月)、11月29日(月)は開室
入場料 一般 2,000円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,200円
日時指定予約制です。
※高校生以下無料。(日時指定予約が必要)
その他、詳細はこちら⇒https://gogh-2021.jp/ticket.html
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、東京新聞、TBS
お問い合わせ 050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://gogh-2021.jp

 


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乃木坂の少女たちが、日本美術と共鳴する。【東京国立博物館 表慶館】「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」(~11/28)内覧会レポート

東京国立博物館


今秋、東京国立博物館で実験的な展覧会が開催される。
「フォーシーズンズ」と題されたその展覧会では、四季折々の花々に託された日本人の伝統的な感性と、乃木坂46という現代のポップアイコンが融合を果たす。この刺激的なテーマに挑む7名の映像作家は乃木坂46を通じ、いかにして日本美術の本質を浮かび上がらせたのか。先行して開催された内覧会の様子をレポートし、その取り組みを紹介する。

乃木坂46が挑む「古典×現代」

展覧会入口。歴史ある表慶館の壁面に美麗な映像が投影されている
インスタレーションとともに伝統的な屏風絵や絵画が展示され、「古典×現代」という本展のテーマを表現する
尾形光琳らによる屏風絵など、日本絵画の精髄ともいえる名作が並ぶ。なお、本展覧会では複製を展示(東京国立博物館蔵)。

2021年9月4日(土)~2021年11月28日(日)まで、東京国立博物館 表慶館にて「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」が開催中だ。

本展のテーマの中核をなすのは日本美術の「古典×現代」である。

「日本美術」というと、特に若い人などはどこか縁遠く感じてしまう人は多いのではないだろうか。しかし、そこに描かれた自然や季節、四季折々の花々は今も変わらずに存在しているもの。自然を愛し、自分にとって身近な方法で描写しようとするのは昔も今も変わらない。

国立博物館は、幅広い世代から絶大な支持を集める乃木坂46がそうした日本古来の美意識と若い人たちをつなぐ架け橋になるのではないかと考えた。なぜなら、乃木坂46こそ穏やかな日常や身のまわりの自然を「歌」を起点にしてビジュアルとして世に広げ、そこに希望を託す存在だからだ。

それぞれの作品にはモチーフとなる作品がある。こちらは『見返り美人図』を題材にしたインスタレーション
酒井抱一『夏秋草図屏風』の右隻と左隻に対応し、左右でパフォーマンスを行う山下美月と久保史緒里
スリットカーテン越しに投影される映像。ここで表現されているのは日本絵画の遠近表現である

本展では、季節の花が描かれた7点の日本美術(複製)を展示。その日本美術の「本質」ともいえる作品を7人の映像作家が独自に解釈し、大型インスタレーションとして展開している。

例えば齋藤飛鳥がパフォーマーを務める冒頭の『日本絵画の遠近表現』は狩野長信の『花下遊楽図屏風』をモチーフにした作品だが、ここで取り上げられ、再解釈されているのは同絵画に見られる遠近法である。

野外で行われる春の宴を幕越しに眺めているような体験を生じさせる『花下遊楽図屏風』の仕掛けを、スリットカーテン越しにレイヤー状に映像を投影するという手法で再現。映像作家の大久保拓朗氏による「古典の再解釈」といった位置づけの作品となっている。このように、展示作品において示されているのは日本美術を読み解くために必要なちょっとしたルール・コードなのである。

乃木坂46が表現する、「日常」という名の花

齋藤飛鳥による舞踏のパフォーマンス。溌溂としたムーブメントが作品の枠を超えた力を生み出す
怪異のような美しさを放つ乃木坂メンバーの遠藤さくら。作家とパフォーマーの相性によって無限の可能性が示される
『秘められた風景』の賀喜遥香。作家の意図を超えた感情の真実性を感じさせる
『時間のジオラマ化』という作品では秋元康氏の詞の世界も堪能できる

しかし、乃木坂の少女たちはこうした作り手側の意図を反映させるための存在にとどまらない。実際に作品を鑑賞してみると、彼女たちの存在は作家たちの思惑を超えた真実性を宿していると思える瞬間もある。それはまさに、インスタレーションという形式だからこそ実感できることなのかもしれない。

個人的に印象深かったのは『妖しい美』(池田一真作)における遠藤さくらである。私は乃木坂46に詳しいわけではないので、こんな妖艶な雰囲気を醸し出せるアイドルがいたのかと正直驚かされた。これは上村松園が六条御息所の生霊を描いた『焔』をモチーフにした作品だが、彼女の舞踏によって刻々と生じる衣装や髪の毛の動きは、まさに妖異そのものだ。

他にも、『秘められた風景』において賀喜遥香の醸し出す抒情性も素晴らしく、乃木坂メンバーひとりひとりの普段とは違った魅力を存分に楽しめるのも本展の魅力のひとつだろう。

 

本展の会期は2021年11月28日(日)まで。
乃木坂46というフィルターを通じて、伝統的な日本美術が今を生きる私たちとつながる瞬間。それはとても刺激的だ。
ぜひ、実際に会場で体験されることをおすすめしたい。

開催概要

会期 2021年9月4日(土)~2021年11月28日(日)
会場 東京国立博物館 表慶館
開館時間 9:30~17:00
金・土曜日は、9:30~20:00
(入館は閉館の60分前まで)
休館日 月曜日(ただし9月20日(月・祝)は開館)、9月21日(火)
観覧料 一般・大学生 1,800円
高校生 1,000円
中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。
※混雑緩和のため、本展は事前予約制(日時指定券)です。入場にあたって、すべてのお客様は日時指定券の予約が必要です。詳細は展覧会公式サイトでご確認ください。
主催 東京国立博物館、文化財活用センター、ソニー・ミュージックエンタテインメント、文化庁、日本芸術文化振興会
展覧会公式サイト https://nogizaka-fourseasons.jp

 

記事提供:ココシル上野


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【国立科学博物館】「植物 地球を支える仲間たち」会場レポート 不思議と驚きがいっぱいの植物ワールド!

国立科学博物館

2021年7月10日(土)~9月20日(月・祝)の期間、東京・上野の国立科学博物館では特別展「植物 地球を支える仲間たち」が開催中です。

植物なのにアクティブだったり凶暴だったり、大きすぎたり小さすぎたり。不思議と驚きに満ちた、知られざる植物の世界を体感できる本展。会場の様子と見どころをレポートします。

個性派植物が目白押しの「植物 地球を支える仲間たち」

展示風景
展示風景
展示風景

本展は、最新の科学研究成果をもとに、地球上の生命にとってなくてはならない存在である植物の生き方、生存環境、形、進化などさまざまな観点から、原始から現代までの世界中の植物を紹介する大規模展覧会です。

標本、模型、映像、インスタレーションといった展示を見るだけではなく、音楽や匂いで聴覚や嗅覚も刺激されながら、200種類以上にのぼる植物たちの生態の面白さを総合的に学べる内容になっています。

規格外のスケールに驚愕!

本展の見どころの一つは、「○○○すぎる植物たち」と題されたエリアで来場者を待ち構える、大きすぎる植物たちの展示でしょう。

「ショクダイオオコンニャク」実物大模型

まず目を引くのが、インドネシア・スマトラ島の低地熱帯雨林に自生する、世界最大級の花序(花の集まり)をもつという「ショクダイオオコンニャク」の実物大模型です。高さが実に2.72Mと、若干ファンタジーの領域に入っています……! ギネス世界記録では3.1Mにも達するというから驚き。

開花すると38度ほどまで発熱し湯気を出すという不思議な生態で、その際に虫をおびき寄せるための臭いを蒸散させるそうですが、会場内にはなんと再現した臭いを嗅げるブースがありました。油断していた筆者が思わずのけ反ったその強烈な悪臭ぶりをぜひ体験してみてください。

「ラフレシア」実物大模型 京都府立植物園蔵

また、世界最大の花としておなじみの「ラフレシア」の姿も。展示されている実物大模型はスマトラ島に分布している「ラフレシア・アーノルディ」という種類で、直径は80CM。

「ラフレシア」と聞くと赤い花を思い浮かべる方がほとんどだと思いますが、葉や茎がどうなっているかは知っていますか? 実は「ラフレシア」属の仲間って、ぶどう科の木本つる植物に寄生して栄養分を吸収する寄生生物なので、花部分しか存在しないんですって。寄生している立場で世界一の花として有名になってしまう厚かましさ(?)が面白いですね。

「メキシコラクウショウ」の写真
「メキシコラクウショウ」の幹回りのスケールを再現したタペストリー

さらに、メキシコ・オアハカ州のトゥーレ村に現生する“トゥーレの樹”こと「メキシコラクウショウ」は根本周り57.9M、幹回り36.2Mで世界最太の樹としてギネス世界記録に認定されていますが、その幹回りの巨大さを、会場天井の空間をうまく活用してタペストリーで再現しているのも必見。にわかには信じがたい、笑ってしまうくらい規格外のスケール感をぜひ体感してください。

そのほか、大きすぎる翼をもつ種子「ハネフクベの種子」、大きすぎる果実「ジャックフルーツ」、大きすぎる松ぼっくり「コウルテリマツ」などなど、インパクトのある植物の実物が多数展示されていました。

太古の化石から遺伝子組み換え植物まで

クラドキシロン類「ヒロニア・エレガンス(葉)」 国立科学博物館蔵
リンボク類「レピドデンドロン・アクレアトゥム(幹表面)」 大阪市立自然史博物館蔵

植物の誕生から上陸、森の誕生、裸子植物・花の誕生と多様化……植物のダイナミックな進化の歴史を紹介するエリアでは、貴重な植物化石の数々が並びます。

復元イラストとともに、世界初公開となる最古の大型植物化石「クックソニア・バランデイ」や、10Mを超える大型の体を初めてつくった植物・クラドキシロン類の化石、石炭紀に巨大な湿地林の主要構成要素となったリンボク類の化石などが、人間が登場するはるか以前の地球がどのような姿をしていたのかを私たちに伝えます。

「青いキク」の樹脂標本 農研機構蔵
「光るトレニア」の樹脂標本 株式会社インプランタイノベーションズ蔵

一方、かつては自然界に存在せず、遺伝子組換え技術によって誕生した「青いバラ」や「青いキク」といった、現代の植物事情についても取り上げています。

「光る」という新しい形質の付与を目指して、海洋プランクトンの蛍光タンパク質の遺伝子を導入してつくられた「光るトレニア」が放つ黄緑色の蛍光の美しさを眺めていると、この技術がこの先どのように発展していくのかワクワクとさせられます。

本当は怖い植物たち

植物に対して「静か」「癒し」のイメージをもっている人々をヒヤッとさせる、狡猾な食虫植物や凶暴な果実も会場で存在感を放っています。

「ハエトリソウ」(約100倍拡大模型) 右側の葉の中には捕らわれた虫の姿が……

感覚毛へ30秒以内に2回刺激があると、葉を閉じて虫を逃がさないようにする「ハエトリソウ」や、粘着性のある消化液で虫を捕え半日で体の芯まで溶かす「モウセンゴケ」は、性質だけに留まらないそのフォルムの禍々しさを約100倍、約200倍の拡大模型で再現。

「ドロセア・アデラエ」など12種類の食虫植物が入れられた水槽

隣に置かれた水槽展示では、その多くが一見かわいらしく見える食虫植物が生きている状態でジオラマのようにぎゅっと詰め込まれています。この無法地帯に虫を放したらどうなってしまうのか……と想像せずにはいられません。

「ライオンゴロシの果実」の6倍拡大模型(左)と実物(右) 国立科学博物館蔵

フック状の先端部や、「かえし」と呼ばれるトゲで動物に付着して果実を散布させる植物の中でも“凶暴”な代表例として、口に付着して口が開かなくなり餓死してしまったライオンの逸話をもつ「ライオンゴロシ」や、忍者の道具で有名なマキビシにそっくりな「オニビシ」といった果実の実物展示も。

いずれも花自体は非常に美しいという、ギャップのある共通点をもつことも興味深いです。

楽しいエンタメ要素も!

インスタレーション展示「光合成FACTORY」
「光合成FACTORY」プレイの様子

会場内には、子どもが楽しめる参加型インスタレーション展示も設置されています。

光合成のメカニズムを学習できるスマートフォン向けブラウザゲーム「光合成FACTORY」は、プレイヤーが光合成工場の工場長となり、3個のミッションをクリアしていくという内容。会場ではそのミッション1を、最大4人までのプレイヤーとともに体を使って体験することができます。(スマートフォン用ゲームはこちらから⇒https://kougousei-factory.com

ほかのプレイヤーと協力しながら、光エネルギーのもと(光子)をどれだけ集められるか。操作は腕を動かすだけの単純なものですが、やってみると自然とほかのプレイヤーと競争のようになってくるので、大人だけでもなかなかの盛り上がりに。

「花の遺伝子ABC」の歌詞も展示
右は花のC遺伝子の変異によって生まれた「ツバキ(園芸品種) 八重」樹脂標本 国立科学博物館蔵

楽しく学べるといえば、会場内では組み合わせ次第で花の形が決まるという3種の遺伝子「A遺伝子」「B遺伝子」「C遺伝子」についての解説がありますが、関連して「花の遺伝子ABC」というオリジナル曲が流れています。3種の遺伝子の働きを覚えるための歌ですが、ちょっと奇妙な歌詞とメロディがクセになってしまうかも。


特設ショップ
特設ショップ

なお、本展の特設ショップでは「ラフレシア」をはじめとするクセのある植物のクッションやポーチをはじめ、人気クリエイター4組が「植物」をテーマに描き下ろしたデザインを使用した展覧会限定のオリジナルグッズ、人気トレーディングカードゲーム『デュエル・マスターズ』とのコラボ製品などが販売中。欲しい方はぜひお早めに足を運んでみてください。

 

特別展「植物展 地球を支える仲間たち」開催概要

会期 2021年7月10日(土)~9月20日(月・祝)
※会期等は変更になる場合があります。
最新情報は公式サイトよりご確認ください。
会場 国立科学博物館
開館時間 9時~17時(入場は16時30分まで)
休館日 7月12日(月)、9月6日(月)
入場料 一般・大学生 :1,900円(税込)
小・中・高校生:600円(税込)
※オンラインによる事前予約(日時指定)必須です。
主催 国立科学博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社
展覧会公式サイト https://plants.exhibit.jp

 

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【東京国立博物館】特別展「聖徳太子と法隆寺」レポート
脈々と受け継がれる、日本人の祈りの「かたち」。

東京国立博物館
四天王立像 広目天/多聞天 飛鳥時代・7世紀 奈良・法隆寺蔵

2021年7月13日(火)~9月5日(日)まで、東京国立博物館 平成館で 聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」が開催されています。公開前日にメディア向けの特別内覧会が開催されましたので、今回はその様子をお伝えいたします。

法隆寺1400年の祈りの美、そのすべてがここに。

会場に足を踏み入れると如意輪観音菩薩半跏像(法隆寺蔵)がお出迎え
展示風景。全五章構成となっており、第一会場・第二会場に分かれる
画面右の天寿国繍帳(中宮寺蔵)をはじめ、名刹の至宝が集う
行信僧都坐像(法隆寺蔵)。奈良時代肖像彫刻の傑作のひとつ
画面手間に展示されているのは伎楽面。伎楽は推古天皇の時代に伝来し、聖徳太子がこれを少年たちに習わせたと言う
聖徳太子を偲ぶ聖霊会で使用される「舎利御輿」(法隆寺蔵)

「和を以て貴しとなす」「耳がとても良くて何人もの話を一気に聞き分けられた」

日本史にそれほど詳しくなくても、日本人なら誰もがその逸話を知る「聖徳太子」。私たちが教科書で出会う「最初の偉人」とも言うべき存在でもあり、昔から日本国民の信仰の対象として尊崇されてきました。

本年、令和三(2021)年は聖徳太子(574-622)の1400年遠忌。この節目の年に開催される特別展「聖徳太子と法隆寺」は、法隆寺において護り伝えられてきた寺宝を中心に太子の肖像や遺品と伝わる宝物、また飛鳥時代以来の貴重な文化財を出展し、太子その人と太子信仰の世界に迫ります。

聖徳太子と法隆寺

教科書でおなじみの聖徳太子二王子像(東京国立博物館蔵)
子どもらしい愛らしさが感じられる「聖徳太子立像(二歳像)」(法隆寺蔵)
聖徳太子が推古天皇に「勝鬘経」を講じる様子を描いた「聖徳太子勝鬘経講讃図」(東京国立博物館蔵)

聖徳太子とは、推古天皇の時代に蘇我入鹿とともに政治を補佐し、仏教による国造りを推し進めた人物。

聖徳太子の業績といえば、当時の大帝国だった隋に「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」の書を届けさせたエピソードが有名ですね。この「日出る処の天子~」の一節はそのまま山岸涼子氏のマンガ『日出処の天子』のタイトルにも使われています。

その聖徳太子が607年に建立したのが、現存する世界最古の木造建築物である法隆寺です。
670年に火災に見舞われますが、8世紀初めまでに金堂・五重塔を中心とする西院伽藍を再建。金堂内には飛鳥時代の諸仏が安置されているほか、739年頃に建てられた夢殿を中心とする東院伽藍は太子信仰の中心となりました。

会場には東京国立博物館所蔵の作品のみならず、法隆寺から聖徳太子ゆかりの寺宝が多数出品され、彫刻・絵画・工芸・染織など幅広く仏教芸術の名品を堪能できる構成になっています。

展示作品紹介

《国宝 薬師如来坐像》 飛鳥時代・7世紀 奈良・法隆寺蔵

その謎は、人々を魅了する。古代仏像彫刻の大傑作。

金堂東の間の本尊で、口もとに微笑ほほえみを浮かべた神秘的な顔立ちや線的な衣文表現など、飛鳥時代の様式美を示す名品と称えられる作品。光背背面の銘文によれば607年に造立したとありますが、623年に完成した金堂中の間の釈迦三尊像に比べると鋳造技術などが進歩しているため、実際の制作年代は623年以降と考えられています。

頬や首、手などに円みを帯びた柔らかさが感じられ、仏師の卓越した技量が感じられます。飛鳥時代を代表する仏像のひとつに挙げられますが、制作年代のみならず銘文や台座など、まだまだ多くの謎が残されているそうです。

 

《伝橘夫人念持仏厨子》 飛鳥時代7-8世紀 奈良・法隆寺蔵

麗しき白鳳芸術の最高峰。

やわらかな微笑みが印象的な阿弥陀三尊像。精緻な出来栄えとともに、その指先や衣にみられる流麗な曲線はひときわ美しく、白鳳の時期に生み出された金銅仏中においても随一の傑作とされています。その阿弥陀三尊像を安置する、須弥座を備えた天蓋付きの厨子も当初のもの。まさに、古代の礼拝空間を今に伝えてくれている作品です。

 

《七星文銅大刀》 飛鳥時代7世紀 奈良・法隆寺蔵(旧法隆寺献納宝物)

刀剣ファンのみなさまはこちらをどうぞ。

刀剣好きの筆者が注目したのがこちら。刀身に北斗七星を表したという美しい銅製の刀剣です。大阪・四天王寺蔵の「七星剣」など北斗七星をモチーフにした意匠の刀剣は他にもありますが、古代中国において北斗七星が敵を破る強い力を宿していたと信じられていたことから、こうした剣が作られるようになったそうです。

刀身には漆を塗って金箔を押していたそうで、今なお随所に金色が残っています。当時は一体どれほど壮麗な姿をした刀剣だったのかと思わず胸が熱くなりますが、私だけでしょうか・・・。

 


 

展覧会グッズ販売コーナー
般若心経を「絵」で表した「絵心経手拭いたおる」

トーハクといえば物販の充実ぶりでも有名。
Tシャツや図録といった定番商品のほかにも、聖徳太子の愛犬「雪丸」グッズや「絵心経手拭いたおる」など、トーハクの商魂(?)が爆発したユニークなグッズが並んでいます。

また、同じく東京国立博物館の東洋館では2021年7月14日(水)〜 10月10日(日)までミュージアムシアター「法隆寺 国宝 金堂-聖徳太子のこころ」を上映。現地では入ることができない奈良・法隆寺の金堂内のすべてがバーチャルリアリティによって再現され、本尊の仏像や壁画を間近で体験することができます!
詳しくはこちらのミュージアムシアター公式サイトをご覧ください。

 

開催概要

展覧会名 聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」
会 期 2021年7月13日(火)~9月5日(日)
前期:2021年7月13日(火)~8月9日(月・休)
後期:2021年8月11日(水)~9月5日(日)
開館時間 9:30~17:00
休館日 月曜日
※ただし、8月9日(月・休)は開館し、8月10日(火)は本展のみ休館
入場料 一般 2,200円
大学生 1,400円
高校生 1,000円
※混雑緩和のため、本展は事前予約制(日時指定券)です。入場にあたって、すべてのお客様は日時指定券の予約が必要です。「前売日時指定券」、「当日券」の詳細は展覧会公式サイトでご確認ください。
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/horyuji2021/index.html

 

 

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【東京国立博物館】特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」レポート 東京で初公開!360度で楽しむ十一面観音のお姿

東京国立博物館
展示風景 国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

2021年6月22日(火)~9月12日(日)の期間、東京・上野の東京国立博物館にて特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」が開催中です。

その類まれな美しさで日本彫刻の最高傑作ともいわれる国宝《十一面観音菩薩立像》が、史上初めて奈良県外で展示されることで注目を集める本展。プレス内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

大神神社ゆかりの仏像が約150年ぶりに再会!

本展の主役である国宝《十一面観音菩薩立像》は奈良県桜井市の聖林寺が所蔵するものですが、江戸時代までは聖林寺ではなく、同市内の大神(おおみわ)神社に安置されていたことをご存じですか?

日本古来の自然信仰を現代まで伝える、三輪山を御神体とする大神神社。奈良時代には仏教伝来により神仏習合が進み、大神神社の境内に大神寺(鎌倉時代に大御輪寺に改称)が造られ、多くの仏像がまつられるようになりました。

しかし、明治政府の神仏分離令により廃仏毀釈の波が起こると、大御輪寺が廃寺に。仏像も聖林寺など親交の深かった近隣の寺院へ移すことを余儀なくされます。

本展は、国宝《十一面観音菩薩立像》をはじめ、国宝《地蔵菩薩立像》(法隆寺蔵)、《日光菩薩立像》《月光菩薩立像》(どちらも正暦寺蔵)など、かつて大御輪寺でまつられていた仏像を約150年ぶりに再会させる形で一堂に展示。
あわせて、大神神社の自然信仰や古代の祭祀を物語る資料や三輪山禁足地の出土品などを紹介するものです。

展示風景 《三輪山絵図》室町時代・16世紀 奈良・大神神社蔵 ※8月1日までの展示
展示風景 重要文化財《朱漆金銅装楯》鎌倉時代・嘉元3年(1305年) 奈良・大神神社蔵

360度さまざまな角度で堪能する十一面観音

展示風景 国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝《十一面観音菩薩立像》は、清廉な雰囲気の会場で中央に落ち着きます。立像の背後には大神神社の三ツ鳥居を再現。鳥居から続くのは本殿ではなく三輪山という、大神神社における自然信仰の形をビジュアルで伝えています。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

十一面観音は、名前のとおり11の顔をもちます。
インドにおいてすべての方向を意味する「10」という数字に本体の面を合わせて11面、とするものもありますが、日本では本体の面+11面という形が一般的とのこと。国宝《十一面観音菩薩立像》も後者です。

あらゆる方向を見渡す頭頂部の11面には個性があり、正面の3面が穏やかな表情の「菩薩面」。像から見て左側(正面向かって右側)3面が怒ったような表情の「瞋怒(しんぬ)面」。像から見て右側(正面向かって左側)3面が牙を出した「牙上出(げじょうしゅつ)面」。後ろの1面が大きく笑った「大笑面」。そして中央の「頂上仏面」となっています。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

現在の国宝《十一面観音菩薩立像》は3面が失われています。そのため、残念ながら「大笑面」だけは確認することが叶いませんが、前後左右どこからでも鑑賞できるような会場配置なので、現存する面はすべて肉眼で楽しめるのがうれしいポイント。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

日本に現存する近世以前の仏像はほとんどが木造ですが、奈良時代・8世紀後半ごろには乾漆造りという技法が制作に用いられていました。本像も、木心のうえに木屎漆(こくそうるし)と呼ばれる漆と木粉の練り物で成型する「木心乾漆造り」でつくられたうちのひとつです。

削るのではなく漆を盛り上げてつくるため、写実的表現に適しているとされる木屎漆。本像では風をはらんだかのような天衣の襞のゆったりとしたカーブ、肉取りの張り、眼球の存在を感じさせる瞼の起伏や髪筋の整然としたさまなど、木屎漆ならではの表現が見どころです。

国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

側面から見ると、8等身のすらりとしたプロポーション、胸の厚み、重心の置き方などがよくわかります。厳かな面差しの頭をやや前に出した姿勢は、人々の姿をしっかり捉えようとするかのよう。

国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

後姿は珠玉の美しさで、背中のなまめかしさももちろんですが、特に腰から足にかけて衣の曲線がうっとりするほど優美なさまは必見。ところどころ剥げた金箔と地のつややかな黒色の対比が、かえって雰囲気のある陰影をつくり出しています。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

細部に目をこらせば、宝瓶を握る左手、下ろされた右手の指のたおやかなことにも目を奪われました。蓮の花をモチーフにした台座には天平美術らしい華やかさも。「日本美術の最高傑作」という評はけして誇張表現ではないと実感させられます。

国宝《十一面観音菩薩立像 光背残欠》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

また、神仏の後光を視覚的に表現した光背(こうはい)も別途展示されています。現在では軸部分を残して多くが失われていますが、もとは3重の圏帯と唐草文を透かし彫りする光背だったのではと推測されているそう。在りし日の華麗さが偲ばれます。

そのほかの展示作品を紹介

国宝《地蔵菩薩立像》平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

かつて大御輪寺で十一面観音の隣に配されていたという国宝《地蔵菩薩立像》は、両手の手先以外をすべて一本の木材から彫り出した仏像です。太づくりの体躯は、まさに一本の木がそこにそびえ立っているかのような、ずしりとした実在感に満ちています。

左が《月光菩薩立像》右が《日光菩薩立像》どちらも平安時代・10~11世紀 奈良・正暦寺蔵

《日光菩薩立像》と《月光菩薩立像》は一見そっくりな姿ですが、実は材質や構造技法、作風が異なり、本来一具ではなかったらしいというのが面白いところ。大ぶりな目鼻立ちをしているのが日光菩薩、面長でおだやかな表情を浮かべ、顎付近がスッキリしているように見えるのが月光菩薩です。

展示風景 《山ノ神遺跡出土品》奈良県桜井市 山ノ神遺跡出土 古墳時代・5~6世紀 東京国立博物館蔵など

本展には三輪山禁足地や山ノ神遺跡で出土したものも展示されていますが、その多くは何らかの祭祀に使われた道具をかたどった模造品なのだとか。なかでも目を引くのは、酒造りにかかわる器物をかたどった石製品や土製品。
大神神社の祭神である大物主大神がお酒の神様であると前提を置くと、出土品の存在から、現在まで残る大神神社の酒造信仰が古墳時代までさかのぼりえることが見て取れ、興味深いものでした。

「日本美術のとびら」入り口
「日本美術のとびら」巨大スクリーンの一部

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」の開催は2021年9月12日(日)まで。

なお、本展の開幕と同時に、東京国立博物館の本館特別3室に新しく「日本美術のとびら」という常設の体験展示も公開されました。日本美術の歴史を学べる巨大スクリーンの前で手を動かすと、表示された日本美術のポップアップが回転したり、ページをめくったりとインタラクティブな体験ができるほか、高精細複製品の《風神雷神図屛風》や《夏秋草図屛風》といった名品も鑑賞できます。

事前予約が必要ですが、特別展の観覧料でそのまま入れますので、ぜひ一緒に巡ってみてはいかがでしょう。

 

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」概要
※本展は事前予約制(日時指定券)です。詳細は展覧会公式サイトよりご確認ください。

会期 2021年6月22日(火)~9月12日(日)
会場 東京国立博物館 本館特別5室
開館時間 午前9時30分~午後5時
休館日 月曜日(ただし、8月9日は開館)
観覧料 前売日時指定券 一般1,400円、大学生700円、高校生400円、中学生以下無料

そのほか、詳細は展覧会公式サイトから⇒https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/tickets.html

主催 東京国立博物館、読売新聞社、文化庁、日本芸術文化振興会
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/

 

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【上野の森美術館】「キングダム展 -信-」レポート 400点以上の直筆生原画でたどる信の歩み

上野の森美術館
キングダム展 展示風景 ©原泰久/集英社

原 泰久原作の漫画『キングダム』の展覧会「キングダム展 -信-」が、東京・上野にある上野の森美術館にて開催中です。*会期は2021年6月12日(土)から7月25日(日)まで。

作者全面監修のもと作り上げられた「キングダム展 -信-」

キングダム展 キービジュアル ©原泰久/集英社
第3章「馬陽防衛戦」展示風景 ©原泰久/集英社
第4章「王騎と龐煖」展示風景 ©原泰久/集英社
第8章「函谷関の戦い」展示風景 ©原泰久/集英社
第12章「人の本質は光」展示風景 ©原泰久/集英社

「週刊ヤングジャンプ」(集英社)で連載中の大人気漫画『キングダム』は、春秋戦国時代の中国を舞台に、天下の大将軍を目指す元下僕の少年・信(しん)と、後に始皇帝となる秦の若き王・嬴政(えいせい)が中華統一を目指す物語です。

その『キングダム』の連載開始15周年を記念して企画されたのが今回の「キングダム展 -信-」。迫力ある作品世界に没入できる、過去最大規模の原画展です。

作者である原氏の全面監修のもと、主人公・信の歩みを再構成し、第1話「無名の少年」から第438話「雄飛の刻」までの出会い、戦い、別れのストーリーを400点以上の直筆原画と巨大グラフィックで追っていく内容になっています。

20点の描きおろし原画も!「キングダム展 -信-」の展示内容や会場の様子を紹介

本展は第0章~第13章+エンディングという構成でエリア分けされています。

第0章「無名の少年」展示風景 描きおろし原画とそれを元にしたグラフィック ©原泰久/集英社

信の物語の始まりを紹介する第0章「無名の少年」では、戦災孤児だった信と親友の漂(ひょう)が、天下の大将軍になる夢を語り合う様子や別れのシーンの原画が展示されています。本展には、本展のために描きおろされた原画が20点出展されていますが、そのうち約1/3がこの第0章に集中! 新たに美しく描き出された信と漂の過ごした日々……原氏の強いこだわりを感じさせます。

第2章「秦の怪鳥」展示風景 描きおろし原画 ©原泰久/集英社

第1章「蛇甘平原(だかんへいげん)の戦い」では、描きおろし原画をもとにしたグラフィックパノラマと合戦のBGMで、信の初めての戦場を臨場感たっぷりに再現。

続く第2章「秦の怪鳥」では、「蛇甘平原の戦い」で信が出会い、背中を追いかけることになる秦の大将軍・王騎(おうき)の巨大描きおろし原画(和紙パネル)が姿を見せます。サイズは高さ約3m、幅約1.5mと迫力満点!

原作第66話、王騎との初対面でその存在の大きさに「こ……こいつ… でかすぎて解からねェ!!!」と圧倒される信の姿が印象的なシーンですが、観覧者も信と同じ目線で王騎を見上げることができます。

第3章「馬陽防衛戦」展示風景 ©原泰久/集英社

王騎により「飛信隊」と名づけられた信の部隊の活躍にスポットを当てた第3章「馬陽防衛戦」では、激戦の末にわずかなスキをついて趙の敵将・馮忌(ふうき)を信が討ち取った屈指の名シーンを、立体的な造作で表現しているのが見どころ。

第4章「王騎と龐煖」展示風景 ©原泰久/集英社
第5章「受け継ぐ者」展示風景 描きおろし原画とそれを元にしたグラフィック 王騎の思いを受け継ぎ涙する信 ©原泰久/集英社

そして展示は、王騎と因縁の敵・龐煖(ほうけん)との死闘を追う第4章「王騎と龐煖」、王騎の最期のシーンを連続する原画だけでしっとりと見せる第5章「受け継ぐ者」、秦国で頭角を現しだした者たちを紹介する第6章「大将軍を目指す者たち」へと続いていきます。

第7章「山陽攻略戦」展示風景 信と魏の武将・輪虎との一騎打ち ©原泰久/集英社
第8章「函谷関の戦い」展示風景 ©原泰久/集英社
第8章「函谷関の戦い」展示風景 ©原泰久/集英社

第7章「山陽攻略戦」、第8章「函谷関(かんこくかん)の戦い」と、信の戦いの歩みは熾烈を極めていきます。特に魏・趙・韓・燕・楚の五か国が合従軍となり秦に侵攻し、多くの読者を絶望させた「函谷関の戦い」の展示は、15日の間に目まぐるしく変化する敵国ごとの戦局のハイライトがギュッとつまっていて非常に見ごたえあり!

第9章「大炎」展示風景 ©原泰久/集英社

秦と合従軍との戦いは第9章、第10章の展示までもつれ込みます。信にとって初めての戦場の指揮官だった大将軍・麃公(ひょうこう)の燃え盛る戦いの炎を赤い壁面で表現した第9章「大炎」も胸を熱くさせますが、うならされたのは最終局面、もう負けると後がない「蕞(さい)」での戦いを紹介する第10章「蕞の攻防」。

第10章「蕞の攻防」展示風景 ©原泰久/集英社

度重なる死闘で疲れ果て、麃公を失い、心まで折れかけていた信の姿が描かれた原画からフッと横を見ると、王であるにもかかわらず死地へ戦いにきた嬴政が信の目の前に現れるシーンが、壁一面のグラフィックで登場するのです。本当に嬴政が目の前にいるかのような存在感があり、暗闇に届いた一筋の光、信が受けた感動を体験できるニクい演出となっていました。

第11章~第12章は心を揺さぶる珠玉のアレンジ

第11章「呂不韋の問い」展示風景 ©原泰久/集英社

第10章まで基本的には時系列で原画が並べられてきましたが、展示終盤、第11章以降は本展だけのオリジナル展開となっています。

第11章「呂不韋(りょふい)の問い」から第12章「人の本質は光」にかけては、原作の第423話から第427話で描かれた、嬴政と覇権を争う秦の相国・呂不韋による中華統一の是非をめぐる問答がベースに。

戦争は紛れもない人の本質の表れであり、戦争はなくならないとする呂不韋の思想を「人の本質は―― 光だ」と強く否定する嬴政が、なぜその考えに至ったのかの経緯を広大な空間で紹介しています。

第12章「人の本質は光」展示風景 ©原泰久/集英社
第12章「人の本質は光」展示風景 ©原泰久/集英社

幼少期の嬴政を救った紫夏という女性、漂、王騎や麃公、そして名もなき者たち。これまで嬴政や信と出会い、支え、思いを託し、自分の中にある光を輝かせて死んでいったキャラクターたちの印象的なシーンが走馬灯のように出現し、原作読者の涙腺を揺さぶります。

原作で最高に盛り上がった名シーンの魅力を少しも損なうことなく、よりドラマティックになるようなアレンジが秀逸。この章が本展最大の見どころと言っていいかもしれません。

カラー原画や読み切りのネームも

最終章である第13章「雄飛の刻」は、第1話冒頭で描かれた、大将軍となった信の未来の姿をリメイクした描きおろしイラストなどを展示。過酷な運命を乗り越えてきた信と嬴政が新たな一歩を踏み出したところでストーリーの展示は終わります。

「エンディング」展示風景 「おまけ原画セレクション」には「『キングダム』といったらこれがなくちゃね」と感じるような名場面がずらり ©原泰久/集英社
「エンディング」展示風景 ©原泰久/集英社
「エンディング」展示風景 ©原泰久/集英社

本展の最後では、コアなファンが喜びそうな「エンディング」が観覧者を待ち構えます。各章に入りきらなかった名シーンを作者コメントとともに紹介する「おまけ原画セレクション」や、描きおろしの展示会キービジュアルを含むカラー原画、『キングダム』のプロトタイプともいえる読み切り「黄金の翼」のネーム、ラフスケッチなど、貴重なアイテムが並んでいました。


『キングダム』最大の魅力のひとつである臨場感あふれる戦闘シーンや、生命力に満ち満ちたキャラクターの表情など、生原画の書き込み具合を隅々まで堪能できる「キングダム展 -信-」。

見るというより”読んでいく”感覚で歩けるこの展覧会は、ライトなファンもコアなファンも変わらず信の物語を一から新鮮な気持ちで楽しめるはず。ぜひ足を運んでみてください。

展覧会オリジナルグッズの中では、騰(とう)将軍の”ファルファル”だけが印刷されたマスキングテープが異彩を放っていました。 ©原泰久/集英社

 

「キングダム展 -信-」概要

会期 2021年6月12日(土)~7月25日(日)
会場 上野の森美術館
開館時間 10:00~20:00 ※最終入館は閉館の1時間前まで
観覧料 全日日時指定制 詳細は公式サイトよりご確認ください。
https://kingdom-exhibit.com/ticket
主催 集英社、朝日新聞社
協賛 共同印刷、ローソンチケット
問い合わせ 050-5541-8600 (ハローダイヤル 全日9時~20時)
公式サイト https://kingdom-exhibit.com/

 

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特別展「イサム・ノグチ 発見の道」会場レポート (東京都美術館 ~2021/8/29まで開催)

東京都美術館
「あかり」インスタレーション

東京・上野の東京都美術館では、2021年4月24日から8月29日までの期間、特別展「イサム・ノグチ 発見の道」が開催中です。

「彫刻とは何か」を生涯にわたり模索するなかでイサム・ノグチが歩んだ「発見の道」を、約90件の作品でたどる本展。会場の様子や展示作品についてレポートします。

彫刻家、イサム・ノグチについて

舞台美術やプロダクトデザイン、ランドスケープ・デザインなど、さまざまな分野で類まれな才能を発揮した20世紀を代表する彫刻家、イサム・ノグチ(1904-1988)。

誰もが知る巨匠でありながら、彫刻の作品群を一見すればわかるように、ノグチは独自の彫刻哲学によって一つの形態や素材に固執することを良しとしませんでした。

拠点すらも一つではなく、ニューヨークと日本、ときにはイタリアを行き来しながら創作活動を続けたという、いろいろな意味で「安住しない」人物です。

父が日本人、母が米国人という自身のアイデンティティへの葛藤から生まれた寂しさや強烈な帰属願望を創作の糧にしていたノグチですが、その安住を避ける創作姿勢から表出した作品は驚くほど多様で、豊かな表情に彩られています。

「イサム・ノグチ 発見の道」と題された本展は、重要なインスピレーションを与え続けたという日本の伝統や文化の諸相をはじめ、集大成である晩年の石彫に至るまでにノグチが得た出会いを、90件あまりの多彩な作品を通して一望。ノグチが拓いた彫刻の可能性や芸術の境地を体感しようというものです。

展覧会名になった、イサム・ノグチ《発見の道》1983-1984年 安山岩 鹿児島県霧島アートの森蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

特別展「イサム・ノグチ 発見の道」会場の様子

第1章 展示風景 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
第2章 展示風景 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
第3章 展示風景 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

本展の会場は「彫刻と空間とは一体である」というノグチの思想に基づいた全3章の展示空間で構成されていますが、全体を眺めてまず気づくのは壁の少なさ。作品が広いフロアに点々と配置されていました。

いわゆる回遊式の展示ということで、感性の赴くままにノグチ作品の世界に没頭することができます。

また、一部をのぞき、作品をガラスケースに入れずに展示しているのも特徴です。

「公共の楽しみという目的がなければ彫刻の意味そのものに疑問が呈されてしまう」、「彫刻をなにか切り離された、神聖犯すべからざるものとしてみたことはない」(注1)

と語ったこともあるノグチ。ただの鑑賞物としてではなく、生活のなかにある彫刻の有用性にこだわった彼の作品は、本展のように人々と隔てのない形で展示されることでより生き生きと輝くのかもしれません。

第1章「彫刻の宇宙」

イサム・ノグチ《黒い太陽》1967-69年 スウェーデン産花崗岩 国立国際美術館蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
イサム・ノグチ《化身》1947年(鋳造1972年) ブロンズ イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 (公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
イサム・ノグチ《ヴォイド》1971年(鋳造1980年) ブロンズ 和歌山県立近代美術館蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

第1章「彫刻の宇宙」フロアにあるのは、星のように散りばめられた1940年代から最晩年の80年代の多様な作品。

角度を変えるとまるで凹凸がうごめいているように錯覚する《黒い太陽》や、無限の時空間を想起させる《ヴォイド》など注目作品は多いですが、最大の見どころはやはり、展示室の中心で存在感を放つ150灯の「あかり」による大規模インスタレーションでしょう。

「あかり」インスタレーション

ノグチが1951年に岐阜提灯と出会ってから制作がスタートした、太陽や月の光に見立てた「あかり」。一定の素材や形態に固執することを避けたノグチには珍しく、30年以上かけて200を超すバリエーションを作り続けた、ライフワークとも呼ぶべき特別なシリーズです。

ノグチは「あかり」を単なる照明器具ではなく、和紙を通した光そのものを彫刻とする「光の彫刻」であり、「暮らしにクオリティを与え、いかなる世界も光で満たすもの」(注2)と考えていました。

従来の彫刻の概念を拡張し、「彫刻とは何か」を問い続けたノグチが至った一つの完成形です。

ゆっくりと明滅を繰り返す「あかり」のインスタレーションの下には通路が設けられ、そのなかを歩くことが可能。分け隔てなく世界を照らす柔らかな光に、優しく包まれるような心地よさを覚えました。

第2章「かろみの世界」

イサム・ノグチ《坐禅》1982-83年 溶融亜鉛メッキ鋼板 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

第2章では、日本文化の在り様に内包される「軽さ」の要素を作品に取り入れようとしたノグチが挑んだ「かろみ(軽み)」の世界を体感できます。

《坐禅》をはじめ、折り紙や切り紙から得た着想をもとに制作された金属板の彫刻は、一枚のアルミニウム板を折り曲げたものや、鋼鉄板を切断して組み合わせたものとさまざまですが、受ける印象はまさに紙さながらの軽やかさ。

平面的でありながらボリュームや奥行きが存在する、ノグチの目指したという「彫刻の重さと物質性の否定」を体現しています。

イサム・ノグチ《リス》1988年 ブロンズ 香川県立ミュージアム蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
ノグチがこの世を去る最晩年に制作された《リス》は、丸みを帯びた耳と尾がかわいらしい。
《プレイスカルプチェア》2021年 鋼鉄 茨城放送蔵

遊園地の建設プランをもっていたノグチは大型遊具の制作にも着手していて、そのうちの一つが、フロアでひと際目を引く遊具彫刻《プレイスカルプチュア》。波のようにうねるパイプを輪にしたような特徴的なフォルムは、子ども心をくすぐる躍動感と弾むような軽やかさに満ちています。

「あかり」インスタレーション
第1章に続き、こちらにも型違いの「あかり」が登場。「明かり(light)」=「軽い(light)」ということで、ノグチの「かろみの世界」を体験するうえでは欠かせない存在。
フリーフォームソファ、フリーフォームオットマン
展示室の片隅ではノグチがデザインしたソファも設置され、自由に座ることが可能。すっとした軽やかな佇まいでなかなかの座り心地でした。

第3章「石の庭」

イサム・ノグチ《無題》1987年 安山岩 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 (公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

香川県牟礼町には、ノグチの野外アトリエと住居をそのまま美術館にした「イサム・ノグチ庭園美術館」がありますが、第3章「石の庭」フロアでは、同館に残る石彫作品を特別展示。牟礼以外でまとめて展示されるのは、1999年の同館開館以来、本展が初となるそうです!

牟礼の豊かな自然の下、石工・和泉正敏の助けを借りて石の本質と向き合い、あらゆるものが照応しあうアトリエで自らの感覚と世界をつなげることで「石の声」を聞くようになったというノグチ。

ありのままの石の姿を残しながら必要最小限の手だけ加えていくというまったく新しい表現方法で、ノグチの集大成とも呼ばれる石彫作品群を制作していきました。

イサム・ノグチ《ねじれた柱》1982-84年 玄武岩 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 (公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

約3メートル、本展で最も大きな彫刻である《ねじれた柱》は、巨石本来のエッセンスを巧みに生かしながら大胆な削りを入れた大作。不思議なバランスで保たれた威容に圧倒されます。

イサム・ノグチ《フロアーロック(床石)》1984年 玄武岩 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵(公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与)  ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713

2つの岩を多角的に直線で削った《フロアーロック(床石)》は、研磨された石肌と地肌のコントラストや刃文のように浮かんだ模様に鋭さのある作品。突きつめられた造形美には、作品に向き合ったノグチの気迫がそのまま宿っているかのようでした。


彫刻を「ただ見つめるだけでなく完全に経験すべきなにか」(注3)としてとらえていたイサム・ノグチの作品の世界。ぜひ本展に足を運んで、<ノグチ空間>を全身で体験してみてください。

 

<特別展「イサム・ノグチ 発見の道」概要> ※日時指定予約推奨

会期 2021年4月24日(土)~8月29日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
休室日 月曜日 (ただし、7月26日、8月2日、8月9日は開室予定)
観覧料 【日時指定予約推奨】
一般 1,900円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,100円

・高校生以下無料
・身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添の方(1名まで)は無料。
※高校生、大学生、専門学校生、65歳以上の方、各種お手帳をお持ちの方は証明できるものの持参が必須。
詳しくはこちらから⇒https://isamunoguchi.exhibit.jp/ticket.html

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション、文化庁、独立行政法人日本芸術文化振興会
問い合わせ 03-5777-8600 (ハローダイヤル)
公式ページ https://isamunoguchi.exhibit.jp/

(注1) イサム・ノグチ/北代美和子訳『イサム・ノグチ エッセイ』、みすず書房、2018年、P23、P96
(注2) ドウス昌代『イサム・ノグチ 宿命の越境者』、講談社、2000年、P318
(注3) イサム・ノグチ/北代美和子訳『イサム・ノグチ エッセイ』、みすず書房、2018年、P197

参考文献:
「『イサム・ノグチ 発見の道』公式図録」(朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション)
ドウス昌代『イサム・ノグチ 宿命の越境者』(講談社)
北代美和子訳『イサム・ノグチ エッセイ』(みすず書房)

 

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【東京国立博物館】特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」会場レポート|鳥獣戯画の世界をまるっと楽しむ!全巻・全場面を展覧会史上初の一挙公開

東京国立博物館

 

(2021年6月1日追記)【再開のお知らせ】
特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」は緊急事態宣言に伴う東京都の要請を受けて示された文化庁の方針により休館していましたが、6月1日より再開、また会期が6月20日(日)まで延長されることになりました。
最新の情報については、本展覧会の公式サイトをご確認ください。

https://chojugiga2020.exhibit.jp/

 

2021年4月13日から5月30日まで、東京・上野にある東京国立博物館で特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」が開催中です。

擬人化した動物や人々の営みが生き生きと描かれた、時代を越えて人々の心をとらえ続ける日本絵画史屈指の名作《鳥獣戯画》。その全4巻・全場面を一挙公開という展覧会史上初の試みで話題を集める本展を取材しましたので、展示内容や見どころをレポートします。

※会期は前期(4月13日~5月9日)と後期(5月11日~30日)に分かれます。本記事において写真付きで紹介する作品に関しては、下部の情報欄に期間表記がないものはすべて全期展示です。

意外と知らない? 謎多き《鳥獣戯画》の世界

《源氏物語絵巻》《伴大納言絵巻》《信貴山縁起》と並んで日本四大絵巻の一つとして数えられ、京都の古寺・高山寺が守り伝えてきた国宝《鳥獣戯画》。

日本絵画のなかでも抜群の知名度を誇りますが、《鳥獣戯画》が別名《鳥獣人物戯画》とも呼ばれ、動物だけでなく人物も描かれていることや、制作にかかわった絵師が一人ではないと推定されていることなど、全体像を把握している人は意外に少ないのではないでしょうか。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵 / 私たちがよく目にする擬人化された動物たちは《鳥獣戯画》のほんの一部の登場人物(動物?)なのです。

今から800年ほど前、平安時代の終わり~鎌倉時代の初め頃にかけて段階的に描かれたとされる本作ですが、実は作者、制作目的、高山寺への収蔵経緯など、詳しい背景のほとんどが未だ明らかになっていないミステリアスな作品です。

 全4巻の巻ごとに関連性があるといえばあるが、最初からシリーズものとして構想されたわけではなさそう……。

一般的な絵巻に記されている詞書(ことばがき)と呼ばれる文字情報が一切なく、共通したテーマがあるのかさえわからない……。

というように、一度目にすれば忘れないタイムレスな絵のセンスと比較して、その他の情報はどこまでもぼんやりと実体を見せない作品といえます。

作品を読み解くには真摯に作品そのものと向き合うしかありませんが。その底の知れなさが研究者たちの探求心をかき立て、私たちを惹きつける要素となっているのは間違いないでしょう。

本展は、そんな謎多き《鳥獣戯画》の世界を一望できるまたとないチャンスです。

特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」の
会場の様子と展示内容

エントランスには《鳥獣戯画》のイラストを動かしたムービーも。
会場のいたるところに動物たちがいて和みます。
会場風景
会場風景

2つの会場の空間を贅沢に使った本展は、3章仕立てで構成されています。ここからは各章それぞれの展示内容を紹介します。

【第1章】国宝 鳥獣戯画のすべて

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵 / 蛙・兎・猿をはじめ、11種類の動物たちの多くが擬人化され生き生きと描かれています。
国宝《鳥獣戯画 乙巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵 / 16種類の実在・空想動物が登場する動物図鑑のような乙巻。甲巻と違って動物が擬人化されていません。
国宝《鳥獣戯画 丙巻》(部分) 平安~鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 丙巻は前半が賭け事や勝負事を楽しむ人々の様子を描いた人物戯画、後半が祭りや蹴鞠を楽しむ動物たちの様子を描いた動物戯画で構成されています。人物の表情の巧みな書き分けが秀逸。
国宝《鳥獣戯画 丁巻》(部分) 鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 丁巻は人物主体で、ほかの3巻に比べて線描が太く、おおらかな筆致が特徴。甲巻や丙巻のモチーフを踏まえた画面が多く、巻をまたいだ見比べが楽しい巻です。

甲・乙・丙・丁の全4巻、合わせて約44メートル(!)にもなる全場面を、会期を通じて一挙展示するという取り組みが目玉の第1章。会期中に巻き替えが実施されていたこれまでの展覧会では叶わなかった、筆運びや表現の差異など各巻の横断的な見比べができるのがファンにとってはたまらないポイントでしょう。

また、第1章では動く歩道を設置して《鳥獣戯画》を鑑賞してもらおうという前代未聞の挑戦も見逃せません。

動く歩道は甲巻の前に設置されています。

一番人気があるだろう甲巻の前に設置したのは新型コロナウイルス感染症対策を視野に入れたものかと思いますが、人と押し合うこともなく、とてもゆっくりとした動きなので「速すぎて見られなかった!」といった不都合もなく……。誰もが最前列でじっくり作品に向き合うことができる画期的な設備だと感じました。

そもそも絵巻は右から左へ、広げて、巻き上げて、また広げてという動的な鑑賞方法で楽しむもの。この試みは、自ら絵巻を紐解いているかのように感じてほしい、という主催側の粋な計らいともとれます。

【第2章】鳥獣戯画の断簡と模本――失われた場面の復原

第2章では、部分的に欠落した絵巻の一画面を掛け軸にした断簡や、原本で失われた画面を写し留めている模本が展示されています。

実は、現在まで伝わっている《鳥獣戯画》の原本にはいくつか画面の欠けがあり、現状の甲巻は錯簡(画面の順序が入れ替わること)の指摘もあるそうです。そこで本展では原本・断簡・模本を国内外から集結。かつて存在した「鳥獣戯画のすべて」を俯瞰しようと試みています。

重要文化財《鳥獣戯画断簡 (東博本)》(部分) 平安時代 東京国立博物館蔵

たとえば《鳥獣戯画断簡(東博本)》の左側、蛙が持つ蓮の傘の下辺りに黒い点々が見えますが、これは現状の甲巻の第16紙に描かれた萩の花とつながるため、この断簡がもともと第16紙の前に位置していたことが判明しています。

《鳥獣戯画模本(長尾家旧蔵本)》(部分) 伝土佐光信筆 室町時代 アメリカ、ホノルル美術館蔵 前後期で展示替えあり / ユーモアたっぷりの高跳びシーン。

画面の内容が現状の甲巻第11紙以降に相当する《鳥獣戯画模本(長尾家旧蔵本)》は、甲巻が錯簡となる以前の状態を写しているとのこと。さらに、高跳びをする兎と猿といった現状では確認できない画面も留めているなど、かつての甲巻を知るために非常に役立つ資料となっています。

断簡や模本の情報をもとに、かつての甲巻の姿をわかりやすく紹介する参考展示も。

このようにさまざまなヒントをかき集めて、謎を解くように全貌を明らかにしていく行為に胸がときめくという方も多いのでは。ここから第1章の原本に戻ってみれば、1回目の鑑賞時とは違った楽しみ方ができそうです。

【第3章】明恵上人と高山寺

奈良時代の創建とされ、学僧・明恵(みょうえ)上人によって鎌倉時代に再興された京都の高山寺は、《鳥獣戯画》のほかにも多くの文化財が伝わっています。

第3章では、28年ぶりの寺外展示となる重要文化財《明恵上人坐像》や、生涯にわたって明恵上人が記した夢の記録《夢記》、明恵上人の和歌をまとめた《明恵上人歌集》など、多くの人々に慕われた明恵上人の人柄がうかがえる高山寺ゆかりの美術品が展示されています。

重要文化財《明恵上人坐像》鎌倉時代 京都・高山寺蔵
重要文化財《明恵上人坐像》鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 生き写しのような等身木像。求道のために切断した右耳も再現されています。厳しさと優しさが共存するような眼差しが印象的。
重要文化財《夢記》明恵筆 1220年 京都・高山寺蔵 前期展示 / 見た夢の内容を約40年にわたり、飾らない言葉や絵で書き残したという明恵上人直筆の書。中世の宗教者の生の感情を知ることができる貴重な存在です。
重要文化財《子犬》鎌倉時代 京都・高山寺蔵 / 展示の最後で来館者を見送ってくれる、首をかしげる仕草がかわいい子犬の像は必見。明恵上人が手元に置いて愛玩したと伝えられています。

ゆかりの品々を見ていくにつれ、明恵上人にどこか親しみやすさを覚えていきます。どうやら明恵上人の存命中は《鳥獣戯画》は別の場所で保管されていたそうですが、小動物や草木にも愛情を注いだと伝わる明恵上人が礎を築いた高山寺だからこそ、《鳥獣戯画》が大切に守られてきたのだろうと想像がふくらみました。

見れば見るほど面白い!《鳥獣戯画》4巻の見比べ

先述のように、全巻全場面展示ならではの楽しみ方といえば横断的な見比べです。面白いものをいくつか取り上げます。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵
国宝《鳥獣戯画 丁巻》(部分) 鎌倉時代 京都・高山寺蔵

甲巻と丁巻の法会の場面です。甲巻で描かれた泣く猿や扇を持つ兎などが、丁巻では同じような恰好や動作をする人間として配置され、動物たちでパロディしたモチーフをさらに人間でパロディするという、非常に面白い構図になっています。

国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵
国宝《鳥獣戯画 丙巻》(部分) 平安~鎌倉時代 京都・高山寺蔵

動物戯画は甲巻と丙巻後半に描かれていますが、甲巻の動物が烏帽子をかぶっているのに対し、丙巻の動物は帽子に見立てた葉っぱをかぶっています。

同じ擬人化の手法を用いながら、甲巻の動物はより人間らしく振舞い、丙巻の動物はやや動物らしさが残っていることにどんな意図があるのでしょうか? 謎は深まるばかりです。

国宝《鳥獣戯画 乙巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵
国宝《鳥獣戯画 乙巻》(部分) 平安時代 京都・高山寺蔵

前半が日本動物、後半が異国動物・空想上の動物とモチーフが異なる乙巻は、筆致の微妙な違いも興味深いところ。

異国動物・空想上の動物はやや慎重でかっちりとした筆運びになっていますが、これは絵師の違いによるものではなく、絵師が手本を参考にしながら描いたためと考えられています。知らない動物を間違って表現しないよう、お手本に忠実に描いた結果というわけですね。

国宝《鳥獣戯画 丁巻》(部分) 鎌倉時代 京都・高山寺蔵

巻や画面をまたいだ見比べではありませんが、ぜひ確認してほしいのがこちら。一見すると稚拙な技量の絵師が書いたと思われがちな丁巻ですが、画面左で振り返っている公家風の男の顔を見ると、右で騒いでいる男たちと比較して非常にわかりやすく“上手い”ことが伝わるはず。

丁巻のおおらかな画風は、確かな技量をもった絵師があえてそのように描いていることが理解できるポイントなので必見です。

終わりに

ミュージアムショップ
会場限定オリジナルグッズもたくさん。

ミュージアムショップでは、《鳥獣戯画》に登場する動物たちをあしらったTシャツやマスキングテープなどかわいいアイテムが目白押しですが、やはり一番の注目アイテムは、ほぼ原寸大の全巻全場面やさまざまな論考を収めた公式図録でしょう。400ページ越えの大大大ボリュームでまさに決定版という趣なので、ファンの皆さんはこの機を逃さないようチェックしてくださいね。

ちなみに、本展の音声ガイドナビゲーターは人気声優の山寺宏一さんと恒松あゆみさんが担当しています。軽妙な語り口で、子どもでも楽しく聴けるような平易な言葉で解説されていますので、鑑賞のお供にぜひ。


墨による単色の線描でありながら、実に豊かな表現で私たちの心をつかんで離さない《鳥獣戯画》の世界。本展に足を運び、自分なりに作品を読み解いて“謎解き”に挑戦してみるのも一興かもしれません。

 

特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」概要 

※本展は事前予約制です。オンラインでの日時指定券の予約が必要です。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。また、国宝《鳥獣戯画 甲巻》は動く歩道でご覧いただけます。

会期 2021年4月13日(火)~5月30日(日)
(2021年6月1日追記)会期が6月20日(日)まで延長されました。最新の情報については、本展覧会の公式サイトをご確認ください。※会期中、一部作品の展示替え、および場面替えがありますが、国宝《鳥獣戯画》4巻は会期を通じ、場面替えなしで全場面を展示します。
会場 東京国立博物館 平成館
開館時間 午前9時~午後7時(最終入場は午後6時)
(2021年6月1日追記)会期延長を受け、開館時間が午前8時30分~午後8時(最終入場は午後7時)に変更されました。
※ただし、6月14日(月)は午後1時~午後8時開館
休館日 月曜休館 ※ただし5月3日(月・祝)は開館
観覧料 一般 2,000円、大学・専門学校生 1,200円、高校生 900円

※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料ですが、「日時指定券」の予約や学生証、障がい者手帳等の提示が必要です。詳細はこちらからご確認ください。
https://chojugiga2020.exhibit.jp/ticket.html

主催 東京国立博物館、高山寺、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社
協賛 鹿島建設、損保ジャパン、凸版印刷、三井物産
公式ページ https://chojugiga2020.exhibit.jp/

参考資料:「特別展『国宝 鳥獣戯画のすべて』図録」

 

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