【鑑賞レポ】上野にアートの動物園が登場!企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」が藝大アートプラザで開催中 (~6月26日まで)

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

東京藝術大学 上野キャンパスにあるギャラリーショップ「藝大アートプラザ」では、50名を超える藝大関連アーティストによる企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」が開催されています。入場無料、会期は2022年4月23日(土)~6月26日(日)まで。

愛らしかったりちょっと不気味だったりと、さまざまな魅力をもった生き物たちに出会える本展。実際に鑑賞してきましたので、出展作品の一部をご紹介しますね。

長久保 華子 (前)《ふくら文鳥》ヒノキ、漆、乾漆粉、金粉、顔料/木彫、彩色、蒔絵  (奥)《碧色の瞳》ヒノキ、漆、乾漆粉、顔料/木彫、彩色
大崎 風実《Sink》乾漆/漆、麻布
中莖 あかり (左)《frog》、(右)《frog》セラミック
岩崎 拓也 (左)《秘密の花園》、(右)《秘密の花園》キャンパスに油彩

上野にアートの動物園が出現!「Art Jungle〜藝大動物園〜」

JR上野駅から徒歩10分ほどの場所にある藝大アートプラザ。ここでは、東京藝術大学の学生、卒業生、教員など、藝大に関わるアーティストたちによるさまざまなジャンルの作品を展示・販売しています。

藝大アートプラザ

家に飾りやすいサイズ感の絵画や立体作品が多く、価格帯は数万~数十万が中心ですが、なかには日常使いできる数千円のアクセサリーやうつわなども。誰でも気軽に「アートを買う」という体験ができるスポットです。

企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」展示風景

4月23日から始まった企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」は、「藝大アートプラザをアートのジャングルに!」を合言葉に、57名のアーティストが日本画、油画、彫刻、工芸などで思い思いに創造した動植物を展示。上野動物園のすぐそばで、「アートでできたもうひとつの動物園=藝大動物園」を出現させています。

お持ち帰りしたくなる!かわいい生き物たち

本展ではたくさんのかわいい生き物たちと出会えます。

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

あらあらあら……! と愛らしさに思わずにっこりしてしまった東條 明子さんの《春を待つ》という作品。筆者のイチオシです。

遠目には布か粘土かと予想していましたが木彫りで驚きました。毛並みのふわふわ感が彫り跡で見事に表現されていますね。木彫りならではの温もりを感じます。下腹部のたゆんとしたフォルムからちょこっとのぞく爪先がたまりません。

東條 明子《春を待つ》樟に彩色

360度どの角度から見てもかわいいのですが、実は左手に毛布と人形(?)を持っているのに気づいて最高にハッピーな気分に。あまりにキュートすぎる……。

そっと吹く春の風のように身体を包み込んでいる。孤独はいつもそこにあるもの。待ち続ける子供は凛として愛おしい。(東條 明子)

本展の作品には上記のようなアーティストコメントがついているものが多く、制作意図や作品に込めた想いを知ることができます。このペンギンちゃんは親を待っているのでしょうか? 意図したものなのか、会場でこの子がわりとポツンとしたところに展示されていたこともあり、思わずギュッと抱きしめてあげたくなりました。

小林 佐和子《はねうさぎ》陶芸、磁器、練込

小林 佐和子さんの《はねうさぎ》のように、架空の生き物も多く登場しています。キリッと上を向いた眉毛、ツンとした口元が小生意気な感じでこちらも本当にかわいい。足元にいくにつれてほっそりしていく体型バランスが、胸毛のモフモフ感を強調していていいですね。

「はねうさぎ」と「はねひつじ」は一緒に暮らしたいと思う架空動物です。哺乳類ですが羽毛を纏い、飛べませんが跳躍します。胸に赤いハートの羽毛を蓄え、人に懐き甘い匂いがします。体温は人より高く寒い日に重宝します。冬は羽毛を広げて温まるので丸く、夏はスリムになります(小林佐和子)

アーティストの愛がたっぷり感じられるコメントを読むと、途端にリアリティーが増して思わずだっこしてみたくなりました。この子が実在したら家族に迎える人が大勢いそう。

内田 亘《眠る鳥》張り子、和紙、アクリル
内田 亘《食うぞ》張り子、和紙、アクリル

内田 亘さんの《眠る鳥》と《食うぞ》はゆるっとしたフォルムと脱力した表情が魅力的。眺めているこちらもホッと肩の力が抜けていく、ぜひ枕元に飾りたい動物たちです。筆者は特に《眠る鳥》の形の“サツマイモ感”が気に入りました。

杉山 佳 (右)《ツキノワグマ》麻紙、岩絵具、膠、クレヨン など

杉山 佳さんはツキノワグマやフクロウの特徴をクレヨンで大胆に抜き出して、シンプルにデフォルメしています。塗り部分には岩絵具が使われているそう。かなり厚塗りしているのか、ふっくらと存在感のあるザラザラマットな質感がシンプルなデザインに個性をつけています。洋室にも和室にもマッチしそうなすてきな作風でした。

森 聖華《ダラダラ自然釉フグ貯金箱》陶土、石膏型張り込み、穴窯焼成

森 聖華さんの《ダラダラ自然釉フグ貯金箱》はこの見た目で貯金箱という意外性がグッド。ぷっくりつやつやしたお腹に癒されます。自然釉ならではの不規則な模様が味わい深く、ふとした瞬間に手に取って眺めたくなる風情がありました。

松田 剣《シリグロカエル》陶土、手びねり

松田 剣さんの《シリグロカエル》は手のひらサイズの作品で、だ円形の平べったい体からちんまりと伸びる足と、獲物を観察しているのかただほんやりしているだけなのか、なんともいえない瞳がかわいいです。よく見ると背中の模様が細かい! 光沢を感じるグレーの色使いが両生類っぽさを演出していますね。ぬるりぬるりと移動しそう。

ねがみ くみこさんの独特すぎる世界観から目が離せない

ねがみ くみこ《スーパーカー》石粉粘土

本展でひときわ異彩を放っていたのは、ねがみ くみこさんの作品。特に《スーパーカー》はインパクトがすごかったです。動物園のかわいい動物たちにキャッキャしていたところに突然変質者が現れました。「ど、どういうこと!?」と困惑しながらアーティストコメントを読むと、

おまるごと移動ができたら無敵なのではというコンセプトの元に制作をしました。 一生のうちでトイレで過ごす時間は3年という話もあります。人生の大問題がこれで解決。おまるの定番はアヒルさんですが、ちょっとだらしのない顔をしたバクのおまるに私は乗りたい。(ねがみ くみこ)

とのことでした。なるほど……(なるほど?)

おまるでスッキリしている人間の上半身も脱がせていることで、より一層の開放感を感じさせてくれます。

おまるのバクはだらしないというかキマッてる感じですね。人間のほうも形こそ微笑んでいるようですが、ちょっと喜怒哀楽、どの感情なのかわからない謎めいた表情を浮かべていて……。ねがみさんのその他の作品と合わせて鑑賞すると、見る人によっていかようにも受け取れる、絶妙な表情づくりが上手な方なのだなとわかりました。

ねがみ くみこ《革張り風ワンコ》テラコッタ
ねがみ くみこ (左)《クーズーぶらん》、(右)《シカぶらん》陶

《革張り風ワンコ》は今にもしゃべりだしそうなくらい生き生きとしています。間抜けな表情にも見えますが、油断するとパクリといかれそうな信用ならなさも感じました。

壁に展示してあった《クーズーぶらん》と《シカぶらん》は、お金持ちの家にありがち(?)なシカの頭部の剥製を、前足を出す形にアレンジして作ったのかしらと想像していました。しかし、アーティストコメントを読むと、どうやら元から2本足の動物のよう。知ると途端に未知との遭遇感、不気味さを笑顔のなかに見出してしまいます。センスの塊だ……。すっかりねがみさんのファンになってしまいました。

時間を忘れて引き込まれる美麗な作品も

須澤 芽生 (左)《Brilliance》、(右)《Glimmer》絹、膠、墨、岩絵具、箔、泥

パステル調の淡い色で描かれた須澤 芽生さんの《Brilliance》と《Glimmer》は本展でひときわ美麗で華やか。

江戸時代の絵師・円山応挙の孔雀図の制作技法を研究したきたという須澤 芽生さん。自然界の装飾美を極めたような孔雀の美しさを、日本画の伝統的な素材を使用してなんとか表現しようとした応挙の姿勢を追体験しながら、自由に孔雀や鳥の優美な姿を表現したそう。非現実的な色彩が孔雀のもつ幻想性をさらに高めています。

須澤 芽生《Glimmer》絹、膠、墨、岩絵具、箔、泥

一般的な日本画は格調高いというか、親しみづらさを感じることが多いのですが、こちらはふんわりと見る者を慰めるような温もりがあり、日本画のイメージを覆された作品。自分の羽毛にくちばしを埋める姿が愛らしく、インコへの愛情に満ちた眼差しを感じます。

岩崎 広大《かつて風景の一部だったものに、風景をプリントする。-Idea blanchardii-(1°20’38.4″N 124°51’14.4″E)WGS84-》昆虫標本、UVプリント

岩崎 広大さんの、昆虫の身体に昆虫のいた土地の風景写真をプリントするという斬新でおしゃれな作品も目を引きます。昆虫標本にもプリントできるという事実にまず驚き!

個体はインドネシアで採られたものだとか。風景がうっすらとぼやけているのが、この蝶が見ている風景を羽根ごしに見ているような感覚になる効果を生んでいます。旅先でこんなにすてきな作品を見かけたら反射的に買ってしまいそう。時間を忘れて見入りました。


ご紹介したのはほんの一部。会場では、他にも魅力的な生き物たちがまだまだたくさんいます! 撮影可能、入場無料ですので、上野動物園を訪れた際は、ぜひ藝大アートプラザのもう一つの動物園にも足を運んでみてはいかがでしょうか。

企画展「Art Jungle〜藝大動物園〜」概要

会期 2022年4月23日(土)~ 2022年6月26日(日)
会場 藝大アートプラザ
東京都台東区上野公園12ー8 東京藝術大学美術学部構内
開館時間 11:00-18:00
休館日 月曜日(祝日は営業、翌火曜休業)
観覧料 無料
URL 公式Webサイト:https://artplaza.geidai.ac.jp
公式Twitter:https://twitter.com/artplaza_geidai
お問い合わせ https://form.id.shogakukan.co.jp/forms/artplaza-geidai
注意事項 ※新型コロナウイルスの状況により、営業日時が変更になる場合がございます。最新情報は公式Webサイト・SNSをご確認ください。

※記事の内容は2022/5/15時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。

記事提供:ココシル上野


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【東京国立博物館】特別展「琉球」内覧会レポート。島人の想いを、未来に紡ぐ(~6/26)

東京国立博物館
黒漆首里那覇港図堆錦螺鈿衝立 (1928年・鹿児島県歴史・美術センター黎明館蔵)

令和4年(2022)、沖縄県は復帰50年を迎える。

かつて沖縄が琉球王国であったころ、アジアの海を舞台に諸国との貿易や外交を繰り広げ、世界の架け橋となることを目指していた。

有名な「万国津梁」という言葉にはそうした琉球の崇高な理想が込められている。

琉球王国がその後歩んだ道のりは平坦なものではなかったが、その土壌で育まれた独自の文化の煌めきは、今なお私たちの心を捉えて離さない。

琉球文化の形成や継承の意義、その美意識に着目する特別展「琉球」が東京国立博物館で幕を開けた。

※(2022/5/19)作品の展示期間について画像下部に追記。

今ここに蘇る、琉球王国の技と美。

展示会場(第一会場入口)

会場構成は「万国津梁(ばんこくしんりょう) アジアの架け橋」「王権の誇り 外交と文化」「琉球列島の先史文化」「しまの人びとと祈り」「未来へ」の全5章。会場は第一会場・第二会場に分かれており、それぞれでひとつの展覧会を構成できるほどのボリュームだ。

本展では王国時代の歴史資料・工芸作品、国王尚家に伝わる宝物に加え、考古遺物や民族作品などさまざまな文化財が一堂に会する。また、展覧会の終盤では平成27年より取り組まれてきた琉球王国文化遺産集積・再興事業を紹介し、事業によって復元された文化財を展示する。

過去から未来へと、貴重な琉球文化を次の世代へと手渡していきたいという主催者側の思いが感じられる。

展示会場風景
手前《戌秋走小唐船方陣賦〔東恩納寛惇文庫〕》(1874年・沖縄県立図書館蔵)展示期間:5/3- 5/29
《琉球使節江戸登城行列図》(19世紀・九州国立博物館蔵)展示期間:5/3-5/29
重要文化財《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)藤原国善  (1458年・沖縄県立博物館・美術館蔵)

第一会場に鎮座する《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)は琉球王国が世界の架け橋ならんとした気概を示した「万国津梁」の言葉が刻まれた梵鐘だ。

15~16世紀、琉球王国は自らアジアの海に雄飛し、各地を結ぶ中継貿易の拠点となって大いに繁栄した。その存在は16世紀にアジアに進出したヨーロッパの国々にも重視され、「琉球」の名は世界に知られるようになる。
現代のグローバリゼーションにも通じる思想だが、人間そのもののスケール、野心の大きさは現代の日本人とは隔絶しているといってもいいだろう。

第一会場ではこうした琉球王国の歩みを辿る貴重な歴史資料の数々が展示されている。

朱漆が鮮やかな足付盆が会場に映える
沖縄県指定文化財《聞得大君御殿雲龍黄金簪》(15~16世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵)
(左)国宝・黒漆脇差拵(号 治金丸)(沖縄・那覇市歴史博物館蔵)(右)国宝・青貝螺鈿鞘腰刀拵(号 北谷菜切)(沖縄・那覇市歴史博物館)展示期間:5/3-5/29

会場には名匠・名工の手がけた琉球漆芸、茶器、絵画といった琉球文化の至宝が集う。国宝60件、重要文化財17件、県市指定重要文化財24件と約3分の1が指定文化財であり、琉球・沖縄をテーマにした展覧会では質・量ともに最大規模といえるだろう。

中でも《青貝螺鈿鞘腰刀拵》を含む尚家に伝わる三宝刀の公開は注目を集めている。刀身や装飾の美しさはもちろんだが、大ヒットオンラインゲーム『刀剣乱舞』において三宝刀が取り上げられたこともあり、特に若い世代への訴求力が高まっている。展覧会グッズコーナーでは『刀剣乱舞-ONLINE-』とのコラボ商品も販売されているので、興味のある方はぜひ立ち寄ってみてほしい。

琉球染織の豪華競演 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
国宝《玉冠(付簪)》(18~19世紀・沖縄・那覇市歴史博物館蔵)展示期間:5/3-5/15 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》(19世紀・神奈川・女子美術大学美術館蔵)展示期間:5/3-5/29

会場を見回すと、琉球国王の正装をはじめ、中国産の更紗地を用いた衣装や琉球で織られた浮織物など、素材や技法も多種多様な琉球染織が目を引く。ここまで琉球染織が幅広く展示された展覧会は筆者の記憶する限りはなく、非常に貴重な機会だといえるだろう。

《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》は背中全体に大きく波濤が上がる風景画のようなデザインが特徴的。日本の遠山桜文様と中国の波濤山水文を合わせた意匠の妙は、国際色豊かな琉球文化の特徴を色濃く映し出している。

第4章では「しまの人々の祈り」として、土地に根差した宗教観に注目する
神女が村落祭祀で身につける装身具。中央が《玉ハベル》、右が《玉ダスキ》、左が《玉ガーラ》(ともに東京国立博物館蔵)

沖縄と聞いて多くの人が連想するのが「ノロ」に代表されるような祭祀のイメージではないだろうか。女性が祭祀を司るという特徴は姉妹が兄弟を霊的に守護するという「おなり神信仰」に通じるもので、琉球ではこうした美意識と宗教観を豊かな自然の中で育んできた。

展覧会終盤ではこうした琉球文化の「信仰」という側面に焦点を当て、私たちの胸中に沖縄の人々の祈りの姿を喚起する。そう、今も昔も沖縄は祈りの島なのだ。

模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》 (原資料17~18世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵) 展示期間:5/3-5/29

朱漆塗が鮮やかな模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》は琉球の王家・王族家の祭祀道具として王府内で使用されていたものを復元した作品。木工、沈金などの漆工技術が結集された琉球漆工史上でも重要な祭器で、琉球王国文化を考えるうえでも貴重な作品とされている。

開催概要

《大龍柱》(旧首里城正殿前)(1711年・沖縄県立博物館・美術館蔵)
会期 2022年5月3日(火・祝)~6月26日(日)
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間 9時30分~17時00分(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日
観覧料 一般  2,100円
大学生 1,300円
高校生  900円
(注)本展は事前予約不要です。オンラインもしくはご来館時に東京国立博物館正門チケット売り場でチケットをご購入ください。
(注)混雑時は入場をお待ちいただく可能性があります。
(注)中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
(注)本展観覧券で、ご観覧当日に限り総合文化展もご覧いただけます。ただし、総合文化展の混雑状況によっては、入場をお待ちいただく場合があります。
(注)会期中、一部作品の展示替えを行います。
(注)詳細は、展覧会公式サイトチケット情報のページでご確認ください
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/

 

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【会場レポ】「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」レイバーンにグラント、珍しい英国絵画も来日(東京都美術館で7月3日まで)

東京都美術館

ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画史を彩る巨匠たちの作品を紹介する「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」が、東京都美術館で4月22日(金)から開催されています。会期は7月3日(日)まで。

開幕に先立って行われた報道内覧会に参加しましたので、会場の様子や展示作品についてレポートします。

スコットランド国立美術館が誇る美の至宝が一挙来日。

展示風景
展示風景
エル・グレコ《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》1600年頃
デイヴィッド・ウィルキー《結婚式の日に身支度をする花嫁》1838年

スコットランドのエディンバラで1859年に開館したスコットランド国立美術館。ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ブーシェ、コロー、ルノワールなど、西洋絵画史において重要な画家の作品を多くコレクションにもつ、世界屈指の美術館として知られています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」では、そんな巨匠たち(THE GREATS)の作品を時代順に紹介。

さらに、同館のコレクションを特徴づけている、ゲインズバラ、レノルズ、ミレイといったイングランド出身の画家や、日本ではなかなか見ることのできないレイバーン、ラムジー、グラント、ウィルキーなどスコットランド出身の卓越した画家たちの魅力あふれる名品も多数出品しています。

約90点の油彩画・水彩画・素描を通じて、ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画の流れのなかで、英国絵画の流行や変遷の歴史も知ることができる展覧会です。

プロローグ

会場入り口

本展は、「ルネサンス」「バロック」「グランド・ツアーの時代」「19世紀の開拓者たち」と時代ごとに分けられた4章と、プロローグ+エピローグという展示構成になっています。

まずプロローグでは、スコットランド国立美術館について紹介。

アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》1885年

作品を貸し出している美術館を写真やムービーで紹介する展覧会は数多いですが、本展のプロローグでは、同館のコレクションが現在も展示されている館内の様子や、その新古典主義様式の素晴らしい建築、美術館を取り巻くエディンバラの印象的な街並みを絵画で見ていけるのが面白いです。

ジェームズ・バレル・スミス《エディンバラ、プリンシズ・ストリート・ガーデンズとスコットランド国立美術館の眺め》1885年

「神殿かな?」と思ったらこれが美術館とは……。奥に見えるエディンバラ城とあわせてまるでファンタジーの世界のような非日常感に満ちた、精緻でロマンティックな水彩画。普段は「ふーん」で流してしまう美術館情報がばっちり記憶に焼き付きました。

チャプター1. ルネサンス

次に「チャプター1. ルネサンス」の展示エリアへ。フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマを中心に花開いたルネサンス時代の、創造性に富んだ絵画や素描を展示しています。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》1470年頃

レオナルド・ダ・ヴィンチの師であるヴェロッキオは《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》で廃墟の神殿を描いていますが、それはこの時代の聖母子像の背景としては異例のこと。「古代世界の再発見と分析」というルネサンスの特徴を宗教画のなかで示した重要な作例といえるそう。

パリス・ボルドーネ《化粧をするヴェネツィア女性たち》1550年頃

一方で、肌を見せる高級娼婦という官能的な主題を神話的、寓意的な暗喩によって上質なものにしたボルドーネの《化粧をするヴェネツィア女性たち》のように、それまでなかった世俗的な作品も描かれるようになったことを取り上げて、この時代の芸術家の活動機会の広がりや、依頼主の興味や嗜好の多様性を紹介しています。

ラファエロ・サンツィオ《「魚の聖母」のための習作》1512-14年頃
コレッジョ(アントニオ・アッレーグリ)(帰属)《美徳の寓意(未完)》1550-1560年頃

ラファエロやティツィアーノの美しい素描や、コレッジョによるとされる、ある意味で完成品より貴重な(?)見事に中心部だけ抜けた未完成作品《美徳の寓意(未完)》の展示も。画面右側にいる女性のCGのような立体感を見るにつけ、「ここで止めるなんてなんともったいない……」と惜しく思うと同時に、完成した「もしも」を想像させてくれる魅力的な作品です。12点と作品数は少ないながらも見ごたえがありました。

チャプター2. バロック

「チャプター2. バロック」では、ベラスケスやレンブラントといった、従来の世界観を覆そうとした17世紀ヨーロッパの革新的な画家たちの作品が並びます。

ディエゴ・ベラスケス《卵を料理する老婆》1618年

日常のささやかな題材を偉大な芸術の域にまで高め、かつてないリアリズム絵画を制作したスペインの画家・ベラスケスの初期の傑作《卵を料理する老婆》は本展で初来日。

少年と老婆の肌や衣服はもちろん、前景の食器や食材の質感が巧みに描き分けられ、ドラマティックな明暗描写によって庶民の平凡なモチーフが厳かな雰囲気をまとっています。これが18歳か19歳のときに描いた作品というから驚くばかり……。

レンブラント・ファン・レイン《ベッドの中の女性》1647年

聖書や神話の登場人物に深い人間性を与えて見る者の共感を誘った、17世紀オランダの最も偉大な芸術家・レンブラントの《ベッドの中の女性》という謎めいた作品も注目です。

主題を特定する要素は避けられていますが、旧約聖書に登場する、結婚初夜に新郎を7度悪魔に殺されたサラが新たな夫トビアと悪魔の戦いを見守る場面を描いたのではないかといわれているそう。顔に影を落として浮かべる、期待と不安、なにより切実さが伝わる複雑な表情に感情表現が巧みなレンブラントらしさを感じます。

アンソニー・ヴァン・ダイク《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》1627年

肖像画の分野で後の英国美術に大きな影響を与えたヴァン・ダイクの《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》なども印象的でしたが、この「バロック」エリアで特に興味深かったのはイタリアの画家・レーニの《モーセとファラオの冠》でした。

グイド・レーニ《モーセとファラオの冠》1640年頃

優美な人体、明快な輪郭、均衡ある構図が持ち味でアカデミズムでは「ラファエロに次ぐ画家」、ゲーテからは「神のごとき天才」とも評されたレーニの作品。妙な仕上がりというか、「いくらなんでも女性の肌が緑色すぎるのでは? 男性と比べて女性は全体的にぼやけているし……」と違和感が。きっと何か意図があるはずだと公式図録を開いてみました。

すると「晩年のレーニは、大ざっぱで一見未完成に見える技法で作品を制作していたが、本作は本当に未完成の可能性がある」といった内容のことが書いてあり、少しずっこけました。紛らわしさが研究家泣かせですね。レーニの伝記を書いた人物は「慌てて描いたようなぞんざいなテクニック」と辛らつに評していたそうで……。晩節を汚したタイプだったとは知りませんでした。ですが、これはこれで神秘的な雰囲気があってすてきです。

チャプター3. グランド・ツアーの時代

18世紀はパリやロンドン、ヴェネツィアなどの都市で、芸術的才能が爆発的に開花した時代。そして、英国のコレクターたちが美術品の購入や文化的教養を深める目的で、「グランド・ツアー」と呼ばれる大規模なヨーロッパ旅行をした時代でもありました。「チャプター3. グランド・ツアーの時代」では、この二つの視点から作品を紹介しています。

ジャン=アントワーヌ・ヴァトー《ツバメの巣泥棒》1712年頃
フランソワ・ブーシェ《田園の情景》 左から「愛すべきパストラル」1762年 / 「田舎風の贈物」1761年 / 「眠る女庭師」1762年

展示エリアに入ってすぐ、「雅宴画」というジャンルを確立し、幻想的な理想郷を想像した革新者・ヴァトーの魅力がつまった《ツバメの巣泥棒》や、彼の流れを受け継いだブーシェによる牧歌的でロマンティックな三つの大作などを展示。18世紀パリを象徴する華やかなロココの世界に引き込まれます。

一方、この頃の英国では肖像画の表現が発展していったため、本展でも英国の三大肖像画家と称されるラムジー、レノルズ、ゲインズバラが紹介されています。

アラン・ラムジー《貴婦人の肖像(旧称「フローラ・マクドナルドの肖像」)》1752年
ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》1780-81年

特に注目してほしいのは、ロイヤル・アカデミーの初代会長をつとめたイングランド出身のレノルズ。

代表作《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》は、通常の肖像画のように正面を向いていないため、一見肖像画とわかりづらい作品です。三人の女性が手仕事をしていますが、まるでサロンのように優雅。三人の女性が並ぶ構図は古典美術の「三美神」という伝統的な主題になぞらえているもので、そのおかげか時代を超越した美しさがあります。これは、「グランド・マナー(歴史画の様式)」を取り入れて肖像画の地位を高めようとしたレノルズを象徴する作品なのだとか。

トマス・ゲインズバラ《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》1778年頃

また、レノルズのライバルで、互いに尊敬しあう関係だったゲインズバラの《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》は、スカートのあたりの非常に大胆で素早い筆致をぜひ間近で鑑賞してください。少し雑な仕上がりにすら思えるのに、離れて見るとつややかな素材感が見事に表現されていて、まるで魔法のように感じられるはず。

ゲインズバラは肖像画で成功しましたが、実は風景画家になりたかったそう。風景に対する高い関心が画面に独特の空気感を生まれさせるのでしょうか。人物と風景を融合させる彼の作品はどこか叙情的です。

フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》1770年頃
フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂》1770年頃

イタリアは「グランド・ツアー」で英国のコレクターたちが熱心に訪れた場所であり、18世紀ヴェネツィアで最も有名な画家の一人だったグアルディによる、都市の景観を精密に描いた「景観図(ヴェドゥータ)」も大変人気だったとか。

現代のように楽しい旅の思い出を写真に残せないですから、みんなお土産で買っていったのだろうと思うと親近感がわきますね。それまでの正確に輪郭をとった地誌的な景観画と一線を画し、印象派を思わせる素早い筆致や、光と空気感を意識的に取り込んだ作風が魅力です。

ジョン・ロバート・カズンズ《カマルドリへの道》1783-1790年頃

イングランド出身の画家・カズンズがイタリア旅行のスケッチから制作した《カマルドリへの道》も、目立たないですが美しい作品でした。ナポリのポッツオーリ湾を描いた水彩画で、スケッチと完成品では景色が変わっているそう。

柔らかな緑と青みがかった灰色の抑制された色調によって哀愁漂う雰囲気を醸し出していますが、遠い海と空はうっすらバラ色の光が降り注いでいて幻想的です。この風景は単なる記録ではなく、画家のなかで詩的に再構築されたものなのでしょう。芸術家たちにとっても、この時代のイタリアという土地がどれほど特別なものだったのかが伝わってくるようでした。

チャプター4. 19世紀の開拓者たち

19世紀の英国やフランスは肖像画や風景画などが引き続き好まれた一方で、世紀半ばに活躍したバルビゾン派や、その後の印象派、ポスト印象派など、革命的な画家たちが大きな変革をもたらした時代だったことを紹介する「チャプター4. 19世紀の開拓者たち」。

左から、フランシス・グラント《アン・エミリー・ソフィア・グラント(“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》1857年 / ヘンリー・レイバーン《ウィリアム・クルーンズ少佐(1830年没)》1809-1811年頃

華麗で伝統的な「グランド・マナー」の肖像画の例として、日本で見る機会の少ないスコットランド出身の画家、レイバーンとグラントの大作をハイライト的に展示しています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《「古来比類なき甘美な瞳」》1881年

先ほど紹介したレノルズやゲインズバラの影響を受けた、イングランド出身の画家・ミレイの《「古来比類なき甘美な瞳」》は、物憂げながらこれから訪れる厳しい現実をしっかり見据えるような澄んだ瞳が印象的。バッチリおめかしした人物画が多い中で、服装も髪型も飾り気がなく素朴で逆に新鮮に映りました。

鋭い観察力に基づきつつ、とても感傷的な雰囲気の作品で、タイトルは女性詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの詩から引用したもの。摘み取られたスミレの花とともに、成長していく少女の純真さと儚さの輝きを表現しているといいます。このように、この時代の主要な画家には、文学や物語のテーマを個人的に解釈する傾向があったのだとか。

ジョン・コンスタブル《デダムの谷》1828年

19世紀英国の風景画の巨匠・コンスタブルの《デダムの谷》も見逃せません。彼が愛した生まれ故郷の田園風景を描いた作品で、雲が落とす影や、触れたときの感触や冷たさが伝わってきそうな植物が、いかに細心の注意を払って描かれているか。彼ならではの見事な自然主義を感じる、自身が「おそらく私の最高傑作」と評したといわれる名画です。

ベルト・モリゾ《庭にいる女性と子ども》1883-84年頃

フランスでは、対象を直接写生し、色や光を賛美する画家たちが登場しました。物議をかもしながらも時代をつくり、広く愛好されていった革命的な画家たちの表現の変遷を、本展ではコロー、シスレー、ルノワール、マネ、ゴーガンなどの巨匠たちを中心とした作品で追っていけます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《子どもに乳を飲ませる女性》1893-94年
クロード・モネ《エプト川沿いのポプラ並木》1891年

エピローグ

エピローグには1作だけ、アメリカの画家チャーチの大作《アメリカ側から見たナイアガラの滝》がドンっと置かれています。

フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年

よく見ないと気づかないですが、画面左の崖に展望台があり、そこには滝をのぞき込む小さな人影が。この人影と対比して、ナイアガラの滝の驚異、崇高で劇的なスケールが見事に表現されている本展で一番大きな作品です。(257.5×227.3cm)

ラストを飾るにふさわしい圧巻の迫力ですが、ここまでイングランドやスコットランドの画家を意識的に取り上げてきたにもかかわらず、なぜ急にアメリカの自然を描いたアメリカの画家の作品が登場するのかと疑問も。その理由を、東京都美術館の髙城靖之学芸員は次のように解説してくれました。

「スコットランドの貧しい家庭に生まれ、アメリカに渡って成功し、財を成した実業家が、故郷のためにスコットランド国立美術館へ寄贈した作品です。スコットランド国立美術館は開館当初、絵画購入の予算を与えられませんでした。では、なぜ現在、これだけの質の高いすばらしいコレクションを形成できたのかというと、地元の名士たちや市民から寄贈を受け、また寄付金などで作品を購入してきた歴史があります。本作は、そういったスコットランド国立美術館のコレクション形成の歴史を象徴するような作品であり、記念碑的な作品として本展の最後を飾っています」


ルネサンス期から19世紀後半までの西洋絵画の巨匠たちの作品を紹介しつつ、スコットランドやイングランド出身画家たちの名画にスポットを当てた「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」。開催は2022年7月3日(日)までとなっています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」開催概要

会期 2022年4月22日(金)~7月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
※夜間開室については展覧会公式サイトでご確認ください。
休館日 月曜日(ただし5月2日は開室)
観覧料 一般 1900円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1400円
※日時指定予約制です。その他、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://greats2022.jp

記事提供:ココシル上野


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【取材レポ】国立西洋美術館がリニューアルオープン!コルビュジエが設計した前庭や無料開放される19世紀ホールなど見どころを紹介

国立西洋美術館


施設整備のため約1年半の間休館していた国立西洋美術館(東京・上野)が、2022年4月9日にリニューアルオープンしました!

本記事では「近代建築の父」と称されるフランスの建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)が設計した、1959年の開館当時に近い姿に戻された前庭や、無料開放される「19世紀ホール」など、リニューアル後の変化を詳しくレポート。

あわせて、新たに開幕した小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」、「新収蔵版画コレクション展」についてもご紹介します。

開館当時の姿に近づいた国立西洋美術館

リニューアルオープン前日に行われた記者発表会・リニューアル内覧会で、ひと足はやく工事後の国立西洋美術館を拝見してきました。

国立西洋美術館 南側の入り口からの光景

2020年10月から行われた工事では企画展示館の空調や防水設備の更新なども実施されましたが、リニューアルを目に見えて実感できるのは前庭の外観です。

同館の前庭は1959年の開館以来、さまざまな改変が加えられてきました。これは美術館としての機能や利便性を向上させるためでしたが、2016年に本館と前庭を含む敷地全体がユネスコ世界文化遺産に登録された際には、当初の前庭の設計意図が一部失われていると指摘を受けてしまったそうです。

そこで同館では、ル・コルビュジエが設計した意図が正しく伝わるよう、また建物としての価値を高めるよう、施設整備にあわせて前庭を開館当時の姿にできる限り戻すことを決定しました。

園路から敷地内がよく見えるように。

リニューアル後の同館に足を運んでまず気づくのは、南西側にあった植栽がほぼ撤去されていることと、上野公園の園路から同館の敷地がよく見えるようになったことです。

敷地南西の端からの光景。ほとんど植栽が消えています。

リニューアル前の姿をご覧になったことがある方は、ぜひそのときの光景を思い出してみてください。

上の写真は、リニューアル前は小道つきの植栽エリアがあった場所です。ずいぶんスッキリしましたよね!

植栽や敷地を囲う柵によりやや閉鎖的な雰囲気があった前庭ですが、このたび開館当時の開放的なオープンスペースらしい姿を復原。上野公園との連続性をもたせるために、開館当時のように透過性のある柵にしたことで、園路側からも美術館側からも視線が通るようになりました。

向かい側の東京文化会館もよく見えるように。

ル・コルビュジエが考えた本館へのアプローチと彫刻作品の配置も、開館当初の姿にできる限り近づけられました。

まず、かつて正門として扱われていた西側(噴水広場側)の入り口が当初の状態に近い形に。あわせて、この西側の入り口から来館者を誘導するように引かれた床のラインも復活しました。

西側の入り口から《地獄の門》方向にのびるグレーのライン。

床のラインはまっすぐ東側にある《地獄の門》の方向にのびています。ラインに沿って右手にロダンの《考える人(拡大作)》、左手に《カレーの市民》を鑑賞しながら進むと、ラインは左に分岐して人々を本館の中へ誘います。

ラインの先にある《地獄の門》/ オーギュスト・ロダン《地獄の門》松方コレクション
オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》松方コレクション / 西側の入り口から入った来館者のほうを向いて設置されています。
オーギュスト・ロダン《カレーの市民》
ラインは途中で本館のほうへ分岐。

設計の際、ル・コルビュジエはまず中心に核となる部屋をつくり、コレクションの増加とともにぐるぐる外側に螺旋を描く形で展示スペースを増築していくという「無限成長美術館」を構想していました。

同館の福田京専門員は、「前庭から無限成長美術館のコンセプトであるピロティ(柱だけで構成された吹き抜けの空間)へ、そして中央のホールへと流れるように動線が続いていく。歩きながら視線を移すと次々に光景が変わっていき、矢印などのサインなどを使わなくても自然に進む方向へ誘うという手法を、ル・コルビュジエは本館の中でも多く用いています」と話します。

また、前庭の床には動線のラインのほかにも、細い目地があみだくじのように広がっていることに気づきます。

前庭一面に広がる目地。

こちらは、ル・コルビュジエが人体の寸法と黄金比をもとに考案した尺度である「モデュロール」で割り付けられたもの。リニューアル前にもありましたが、もともとのデザインとしての目地と、コンクリートのパネルを分割する目地が混在して、デザインが分かりづらい状態でした。また、デザインとしての目地の一部も開館当時とは位置が変わっていたそうです。

今回のリニューアルでコンクリートのパネルの目地も美観を損ねないようモデュロールで割り付け、細部にわたって復原されました。

ちなみにこの前庭の床の目地ですが、向かいにある東京文化会館の窓のサッシの割り付けと幅も位置も完全に呼応しているそうですよ!

東京文化会館の設計は、ル・コルビュジエの弟子であり、国立西洋美術館の設計にも関わった前川國男が手掛けていますから、師匠へのオマージュということでしょうか? 足を運んだ際は見比べてみてください。

本館の吹き抜け空間「19世紀ホール」が無料開放!

19世紀ホール

リニューアルオープンにあたり、これまで有料エリアだった本館の中央にある吹き抜け空間「19世紀ホール」が当面の間、無料で開放されます!(2階展示室へ続くスロープから先は観覧券が必要)

三角形の天窓からやわらかな自然光が入っている様子が印象的な「19世紀ホール」は、空間自体がひとつの彫刻作品のような場所。常設展の起点であり、スロープを上って2階に進むと、ホールをぐるりと取り囲むように回廊型に配置された展示室をめぐることができます。

19世紀ホール スロープからの光景

こうした「19世紀ホール」を起点とした螺旋状の動線は、まさにル・コルビュジエの「無限成長美術館」のアイデアが反映されたもの。傾斜のゆるいスロープを上れば柱の奥に2階の絵画がチラリ……ここでも移動する間に移り変わる光景を楽しむことができます。リニューアルした前庭とあわせて「19世紀ホール」でル・コルビュジエの世界を体験しましょう。

常設展にも新しい仕掛けが!

常設展 展示風景

実業家・松方幸次郎が築いた「松方コレクション」を核とした、中世から20世紀にかけての西洋絵画やフランス近代彫刻が鑑賞できる常設展についても変化があります。

常設展は、《睡蓮》のモネをはじめ、ドラクロワ、ルーベンス、セザンヌ、ルノワール、ゴッホ、ピカソなど、時代を代表する巨匠たちの作品が目白押し。500円で入れるのが信じられないほど見どころ満載の展示となっています。

常設展 展示風景

田中正之館長によれば、リニューアルにあわせて常設展の展示方法を考え直し、いままでとは少し違った作品の並べ方をしているそう。

「古い時代の絵画の中に近代の作品が混じっているなど、隠し味的な展示になっている。なぜそこに近代の作品が混ざっているのか、何を見せようとしているのかを考えながらご覧いただければ」とのことでした。新たに「Collection in FOCUS」という作品のピックアップ紹介のコーナーも設けられていましたので、ぜひチェックしてみてください。

新収蔵作品や初展示作品など、常設展の新顔であろう作品を内覧会でいくつか見つけましたのご紹介しておきます。

(写真左)【新収蔵作品】ベルナルド・ストロッツィ《聖家族と幼児洗礼者聖ヨハネ》 1640年代前半、油彩、カンヴァス
(写真右)【新収蔵作品】ジョン・エヴァレット・ミレイ《狼の巣穴》  1863年、油彩、カンヴァス
(写真左)【初展示作品】フランク・ブラングィン《木陰》 油彩、カンヴァス
(写真左)【初展示作品】ヨゼフ・イスラエルス《煙草を吸う老人》 油彩、カンヴァス

せっかくなので常設展をゆっくり巡ってみました。個人的にこの常設展の展示室は、出口のない森に迷い込んだように「あれ、いま自分はどこにいるんだろう」とソワソワした気持ちになる瞬間があるのが楽しい場所です。ところどころに目隠しのように壁が設置されていることが、予想がつかない感じと迷路感を出しているのでしょうか。こんなところでも「無限成長美術館」のエッセンスを感じました。

常設展 展示風景

2種類の小企画展が同時に開幕!

リニューアルオープンにあわせ、4月9日からル・コルビュジエが晩年に制作した絵画と素描を紹介する小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」が開催されています。

ル・コルビュジエ《奇妙な鳥と牡牛》 1957年、タピスリー 大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

世界有数のル・コルビュジエのコレクションを所蔵する大成建設の寄託作品を中心とした約20点(展示替え含め約30点)を展示。

初期のピュリスム様式から大きく方向性を変え、自然界の形象と厳格な幾何学的構図の融合、そして人間と機械、感情と合理性、芸術と科学の調和を目指したとされる作品が並び……ということらしいのですが、筆者のレベルでは、そのあたりのことはちょっとよくわかりませんでした……。(動物の絵が愛嬌があってかわいいなーと思いながら鑑賞していました)

建物と絵画とであまりイメージも重ならないなと。ただ、国立西洋美術館をぐるりと一周してきた後にこの小企画展を鑑賞したところ、わからないなりに「ああ、たしかにこの建物と作品の作者は同じなんだろうな」と不思議と納得できました。

(写真左から)ル・コルビュジエ《静物》1953年、油彩、カンヴァス 《牡牛XVIII》1959年、グアッシュ、カンヴァス いずれも大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

聞けば、前庭だけでなく本館の各所にも先ほど話題に出した「モデュロール」の寸法が使われているとか。そのために空間には独特のリズムと調和が生まれている気がします。規則性と意外性が同居する建築と、秩序がないようで全体として調和がとれている絵画は重なる部分があるのかな? などと考える展示でした。

「新収蔵版画コレクション展」展示風景

同時に開幕した「新収蔵版画コレクション展」では、4,500点以上にもなる同館の版画コレクションの中から、2015年度以降に新規収蔵された作品を紹介。時代順、地域ごとに作品をまとめ、15世紀末から20世紀初頭まで、デューラーやレンブラントといった巨匠の作品をはじめ、多様な版画表現が楽しめます。

ポスタービジュアルにはアルブレヒト・デューラーの『黙示録』より《書物をむさぼり喰う聖ヨハネ》が使われています。
(写真右)エドヴァルド・ムンク《魅惑II》 1895年、エッチング、ドライポイント、バーニッシャー/紙

6月4日からは「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」が開催予定

記者発表会の様子

記者発表会では2022年6月4日より開催予定の、ドイツ・フォルクヴァング美術館との共同プロジェクトから生まれた企画展「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」の紹介も。

両館のコレクションから、印象派とポスト印象派を軸にドイツ・ロマン主義から20世紀絵画までの100点を超える絵画や素描、版画、写真を展示。自然と人の対話(ダイアローグ)から生まれた近代における自然に対する感性と芸術表現の展開を紹介するものです。

ファン・ゴッホが晩年に取り組んだ風景画の代表作《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》が初来日するほか、世界的に注目を集めているフィンランドの画家ガッレン=カッレラの作品も本邦初公開。マネ、シニャック、ムンク、ホドラー、エルンストといった巨匠たちの共演による多彩な自然表現が楽しめるとのこと。


新たなスタートを切った国立西洋美術館。観覧の前には、ル・コルビュジエの思想をじっくり感じられる前庭もぜひゆっくり楽しんでみてください。

 

■国立西洋美術館 インフォメーション

所在地:東京都台東区上野公園7-7
開館時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで) ※入場は閉室の30分前まで
公式サイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/

・小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」
会期:2022年4月9日(土)~9月19日(月・祝)
会場:国立西洋美術館 新館1階第1展示室

・小企画展「新収蔵版画コレクション展」
会期:2022年4月9日(土)~5月22日(日)
会場:国立西洋美術館 新館2階版画素描展示室

・企画展「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」
会期:2022年6月4日(土)~9月11日(日)
会場:国立西洋美術館

※休館日、観覧料等については公式サイトでご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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【国立科学博物館】特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」会場レポート。宝石のすべてがわかる⁉ 豪華絢爛なジュエリーも集結

国立科学博物館
取材会に登場したカズレーザーさん(アメシストドームの前にて)

多種多様な宝石と、それらを使用した豪華絢爛なジュエリーを一堂に集めた特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」が国立科学博物館(東京・上野)で開催中です。会期は2月19日(土)から6月19日(日)まで。

開催に先駆けて行われた取材会と報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

会場入口
展示風景
展示風景
展示風景 「ナポレオンの名将モルティエ元帥よりリュミニー侯爵夫人へ送られたピンク・トパーズとアクアマリンのパリュール」1820年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

カズレーザーさんも興味津々!宝石のすべてがわかる展覧会

宝石のほとんどは、地球内部で形成された鉱物です。さまざまな地質作用の重なりを通して、美しさ、耐久性、適度な大きさといった宝石の要件をすべて満たす鉱物が生じることはまれであり、その稀少性ゆえに長く尊ばれてきました。

古くは魔よけやお守り、地位や権力を示すシンボルとして。現在では宝飾品として。美しく輝き、朽ちることのない姿に神秘性と力強さを秘めた宝石は、時代を超えて世界中の人々を魅了しています。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」は、約200種類もの多種多様な宝石のラフ(原石)・ルース(磨いた石)や、アルビオン アートをはじめとする世界的な宝飾コレクションのジュエリーを展示。原石誕生のしくみ、歴史、性質、多様性、加工技術など、実物を見せながら科学的・文化的な切り口で総合的に「宝石」を紹介する内容になっています。

取材会には展覧会公式アンバサダーであり、音声ガイドナビゲーターも担当したタレントのカズレーザーさんが登場しました。

カズレーザーさん

本展について「学ぶことがめちゃめちゃ多い」と話すカズレーザーさん。「すべての宝石に特徴があって、光があたったときの色の変わり方とか、固さとか割れ方とか、ひとつ調べると派生でいろんなことに詳しくなれる。まずは自分の推しの宝石を見つけるのがいいのでは」と楽しみ方を提案します。

インタビューの最後に「宝石や鉱物というものは何もものを言わないんですけど、それに対する人間の捉え方が歴史とともに変わるのが面白かったです。皆さんもぜひ足を運んでみてください」と呼びかけました。

また、本展の監修者である国立科学博物館 地学研究部部長 宮脇律郎さんは、本展にかける思いを次のように語ります。

写真右端が宮脇律郎さん

「宝石は古い時代から人々の生活を豊かにし、高め、実生活の実用品という側面だけでなくむしろ気持ちを豊かにする存在として私たちの生活に寄り添ってきました。そういった宝石をあらためて科学の目で見つめ直しながら、その美しさの秘密を十分に味わえるような知識と、その背景に対する皆さんの見方をより深くするために本展を役立てていただけたら嬉しいです」

第1章 原石の誕生

具体的な展示内容をいくつか取り上げていきます。

「第1章 原石の誕生」では、地球内部のどういった環境下で原石が形成されるのか、原石を含むさまざまな岩石の大型標本を4つの産状タイプ(火成岩、熱水脈、ペグマタイト、変成岩)にわけて紹介しています。

たとえば、マグマが冷えて固まってできた「火成岩」で見つかる原石はダイヤモンドやペリドットなど。地下深くに存在する高温の熱水が岩盤の割れ目などを通って上昇した跡「熱水脈」で見つかる原石はアメシストやロッククリスタル(水晶)などがあるそう。

「熱水脈」で見つかる代表的な原石

何かしらのエネルギーを秘めた人工物にしか見えないトルマリンや、丸く菌糸類のように結晶化したマラカイトなど、原石のビジュアルは独特なものもあって面白いです。また、地球外産の原石としてペリドットを含むパラサイト隕石も展示されていました。

トルマリン 神奈川県立生命の星・地球博物館蔵
パラサイト(エスクエル隕石) ミュージアムパーク茨城県自然博物館蔵

第1章では、先ほどからちらちらと写真に写り込んでいた、ブラジルの溶岩台地で掘り出されたという高さ約2.5mの巨大なアメシストドームも鑑賞できます。大量のアメシストがキラキラキラ……と音が聞こえてきそうなくらい煌めいている姿は壮観! 本展の目玉展示です。

アメシストドーム
アメシストドーム(部分)

第2章 原石から宝石へ

「第2章 原石から宝石へ」では、原石の採掘からカット(成形や研磨の工程)の加工技術までを紹介。たとえば、ダイヤモンドの魅力を最大限引き出すカットとしてデザインされたラウンドブリリアントカット(58面カット)の工程見本などを展示し、原石がどのような過程で美しい宝石になるのかを分かりやすく解説しています。

展示風景
ブリリアントカットの工程見本 山梨県立宝石美術専門学校蔵
10種類の代表的な宝石のシェイプ(輪郭) 諏訪貿易蔵

注目は、古美術収集家の橋本貫志氏(1924~2018)が15年かけて世界中のオークションで集めた「橋本コレクション」のジュエリーのうち、宝石がセットされた指輪約200点を製作年代順に並べた展示。およそ4000年におよぶ宝石のカットの歴史をたどることができます。

橋本コレクション
橋本コレクション/ 紀元前2000年頃に製作された指輪
橋本コレクション/ 18世紀頃に製作された指輪

アンティークジュエリー愛好家なら、ここだけで何時間でも鑑賞していられそうなほど変化とバラエティに富んだラインナップです。「16世紀までは半球状のツルっとしたカット(カボションカット)が主流だったんだ」など、時代の流れに沿って鑑賞することでさまざまな気づきがあるはず。

第3章 宝石の特性と多様性

「第3章 宝石の特性と多様性」では、「輝き」「煌めき」「彩り」「強さ」といった宝石の価値基準となる特性を科学的に解説しながら、ラフ(原石)、ルース(磨いた石)をメインに200種を超える宝石を一挙に紹介。

ダイヤモンド、サファイア、ルビー、エメラルドの4大宝石から、フォスフォフィライトなどのレアストーン、真珠やコーラル(宝石珊瑚)といった生物由来のものまで、それぞれの宝石の特徴や多様性を学ぶことができます。

宝石の美しさの秘密である、光の透過、反射、屈折、散乱といった光学特性の解説
硬さの指標である「モース硬度」の基準となる鉱物一覧
エメラルドやその仲間の展示

展示では、赤いイメージのあるガーネットの意外なカラーバリエーションの豊富さに驚きましたが、実はガーネットは単一の鉱物種ではなくグループ名なのだそう。色の違いは鉱物種の違いも関係しているとか。

さまざまな色のガーネットの展示

同じくグループ名であるトルマリンは、一粒の結晶の部位で色が異なるバイカラー(2色)やトリカラー(3色)のものが多いだけでなく、見る向きで色が異なる多色性、光源により色が変わる変色性をもつこともある、見ていて楽しい宝石。

グラデーションの結晶が美しいトルマリンの展示

サイケデリックでクールなビジュアルをしたオパールの原石も発見。ルースは上品な印象だったのでギャップに引きつけられます。オパールだけでなく、ラフとルースの印象の違いを自分の目で確認できるのも本展の醍醐味ですね。

(写真右上)ひび割れのような模様で7色に輝くオパールの原石/ ボルダー・オパール 協力:翡翠原石館

第3章で要チェックなのは「紫外線で光る宝石(蛍光)」のコーナー。暗い小部屋で、蛍光性をもつものとして代表的なフローライト(蛍石)をはじめ、いろいろな石が発する幻想的な光の共演が楽しめます。暗褐色のアンバー(琥珀)がライトブルーに光る一方で、ルビーは赤の発色がより強くなるなど、光り方にも個性があってワクワクしました。

「紫外線で光る宝石(蛍光)」の展示

また、「日本産の宝石」のコーナーも見ごたえあり。日本産の宝石というとパール(真珠)やひすいがとれることは知っていましたが、トパーズやガーネット、ルビー、サファイア、アメシスト、ロードクロサイトなども見つかるそう。種類の豊富さに意外だと驚く来場者の声も多く聞こえてきました。

「日本産の宝石」の展示

インパクトがあったのは「巨大宝石」のコーナー。20種ある宝石種の最大クラスのものを集めた展示で、一番大きいロッククリスタルは「21290.00ct」という見たことも聞いたこともないカラット数で思わず笑ってしまいました。両手でも持ち上げられなさそうです……。これだけ大きいと、細かいカットの美しさもしっかり認識できるのでありがたいところ。

「巨大宝石」の展示

第4章 ジュエリーの技巧

美しく輝くルースは、自ら輝きながらルースを引き立てる役割も果たすゴールドやプラチナといった貴金属のベゼル(台座)に収められることで、はじめてジュエリーになります。

「第4章 ジュエリーの技巧」では、宝石のセッティング(仕立て)の技術に着目。優れたセッティングがジュエリーにさらなる付加価値を与えることを示すため、パリに本店を構えるハイジュエリー メゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」や、兵庫県芦屋市発のジュエリーブランド「ギメル」の芸術的デザインの逸品の数々を紹介しています。

「パンカ セット」ヴァン クリーフ&アーペル蔵
「アメンタ ネックレス」ヴァン クリーフ&アーペル蔵
日本の四季をイメージした「Four Seasons」 の夏の作品 ギメルトレーディング蔵
日本の四季をイメージした「Four Seasons」 の秋の作品 ギメルトレーディング蔵

セッティングの面で特に目を引くのは、ヴァン クリーフ&アーペルの「葡萄の葉のクリップ」というルビーとダイヤモンドが使われた作品。モザイク風に配置された細かなルビーを固定する貴金属が見えないことがおわかりでしょうか。

「葡萄の葉のクリップ」ヴァン クリーフ&アーペル蔵

これには「ミステリーセット」という、ルースを支える爪や突起が外から見えないように固定する同ブランドの特許技術が使われているそうです。きわめて高い専門性を要求する技術だけあり、いくら見回してもどのように石がセットされているのかまったくわかりませんでした……。ルビーの純粋な色彩の調和が楽しめるすばらしいデザインです。

第5章 宝石の極み

古代では魔除けや御守りとして指輪やペンダントなどに加工され、中世から近世に移行するルネッサンスの時代には、王侯貴族の「誇り」や権力の象徴として、人々の目にとまりやすいブローチやネックレスに仕立てられてきたという宝石。

時代によって役割を変えながら、限られた人々のためだけに存在した宝石は、いつしか装飾品の域を超えた歴史的な美術品、文化財として伝承されるようになったといいます。

「第5章 宝石の極み」では、世界的な宝飾コレクションであるアルビオン アート・コレクションから、古代のメソポタミアやエジプトで作られた作品から20世紀のジュエリーまで、選りすぐりの芸術品約60点を展示。自然と文化が融合した至高の美の歴史を鑑賞できます。

「ヘレニズム アルテミスのアメシスト・インタリオを伴うディアデム」紀元前4世紀後期-3世紀 ギリシャ アルビオン アート・コレクション
「ルネサンス 空翔るキューピッドのペンダント」1590-1620年頃 ドイツまたはオランダ 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
「ウェリントン公爵のシャトレーヌ・ウォッチ」1809年頃 イギリス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真左)「ロシア大帝エカテリーナ2世よりアレクセイ・オルロフへ贈られたエカテリーナ大帝の肖像 エメラルド・インタリオ」18世紀 ロシア 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真右)「ロシア大帝エカテリーナ2世より第2代バッキンガムシャー伯爵へ贈られたエメラルド」1830年頃 イギリス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
「ベル・エポック ブシュロン蔵 ダイヤモンドのドッグカラー・ネックレス」1910年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真上下セットで)ヴュルテンベルク王室旧蔵 ピンク・トパーズとダイヤモンドのグランパリュール:1810-1830年頃 ロシア(推定)個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

「おっ!」と目を引かれたのは、日本人に大人気の画家、アルフォンス・ミュシャが宝飾の革命を志したジョルジュ・ブーケと共同制作した胸飾り。アール・ヌーヴォー絶頂期の記念碑的作品だという本作ですが、ミューズを思わせる乙女の像を囲っている花模様や、キューピッドをイメージする矢、チェーンでつながれたパールなどロマンティック感満載のデザインが大変愛らしいです。

「アール・ヌーヴォー フーケ&ミュシャ作 コルサージュ・オーナメント」1900年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

本展のラストを飾る第2会場では、日本のジュエリーの発展とクリエイター、クラフトマンの才能発信を目的としたコンペ「JJAジュエリーデザインアワード」の上位3作品が展示されているのですが、その斬新なデザインに視線がくぎづけ。

「Twinkle~星影の記憶~」デザイン・製作 上久保泰志

なかでもグランプリを受賞した上久保泰志氏の「Twinkle~星影の記憶~」は、筆者個人としては出展作品で一番心惹かれたジュエリー。製作者が子どものころに見た流星群をモチーフにした作品で、ダイヤモンドとプラチナ、ホワイトゴールド、イエローゴールドを用いて夜空で輝く星影の瞬きや、流星が残した輝きの軌跡と余韻を表現しているそう。非常に個性的ながら洗練された気品の漂うネックレスです。

美の歴史に残る逸品だらけのアンティークジュエリーで大満足していたところに、「現代デザイナーも負けてないぞ!」といわんばかりの鮮烈な傑作をお出しされ……最後まで気を抜けない、見どころしかない展覧会でした。

なお、本展では漫画家の二ノ宮知子先生が「Kiss」(講談社)で連載中の『七つ屋 志のぶの宝石匣』の登場キャラクターたちが会場を案内するほか、第2会場で描き下ろしイラストも展示。また、色鉛筆作家・長靴をはいた描(ねこ)氏の描き下ろし作品3点も展示されていますので、ファンの方はお見逃しなく。

二ノ宮知子先生の描き下ろしイラスト
長靴をはいた描(ねこ)氏の描き下ろし作品

国立科学博物館の宮脇律郎さんは、本展のPRで次のように話していました。
「博物館の展示で一番見ていただきたいのは “実物” です。本物を目にする機会はなかなかありませんが、この会場はそれらを集めて濃縮しています。会場に来て実物を見て、ぜひお気に入りの石を見つけてください」

さまざまな展覧会に足を運ぶ筆者も、いつになく心から「写真や映像ではなく実物を見てほしい!」と感じた、まばゆい輝きに満ちた本展。宝石の美しさの理由を学びながら、人類が積み上げてきた美の歴史をぜひその目で確かめてみてください。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」開催概要

会期 2022年2月19日(土)~ 6月19日(日)
※会期等は変更になる場合があります。
会場 国立科学博物館 地球館地下1階 特別展示室
開館時間 9時~17時(入場は16時30分まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日休館)
※ただし3月28日、5月2日、6月13日は開館
入場料(税込) 一般・大学生2,000円、小・中・高校生600円
※日時指定予約制
※詳細は展覧会公式サイトでご確認ください。
主催 国立科学博物館、TBS、読売新聞社
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://hoseki-ten.jp

 

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【東京国立博物館】全方位型の展示空間で、空也上人が蘇る。特別展「空也上人と六波羅蜜寺」(~5/8)報道内覧会レポート

東京国立博物館
《空也上人立像》 康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵

平安時代中期、民衆に阿弥陀信仰をいち早く広めた空也上人。

空也上人が創建した六波羅蜜寺に伝えられる上人像や、彼のもとで造られた四天王立像など、鎌倉彫刻の名宝が集う特別展「空他上人と六波羅蜜寺」が東京国立博物館で幕を開けた。

会場入口

東京国立博物館にて、空也上人と六波羅蜜寺の名宝に焦点を当てた特別展「空也上人と六波羅蜜寺」が開催されている。
ご存じの通り、空也上人とは南無阿弥陀仏を唱えれば極楽浄土が叶うとする阿弥陀信仰を民衆に広げた僧侶である。

この空也上人が生きた時代は平安時代中期。この時代は律令制度自体のゆるみ、それに起因する承平・天慶の乱など社会が大きな混乱に見舞われた時期でもあった。

そして、天暦五年(951)に京都の都に蔓延したパンデミックによって多くの民衆が病に侵されたわけだが、空也上人は井戸を掘り、火葬をすすめ、自らの命を省みることなく人々に救いの道を示したのである。

そして時は流れ、本年は空他上人没後150年を迎える。奇しくも、世界はコロナ禍という未曽有のパンデミックの最中にある。

ここに不思議な時代の符合と、本展の開催されるタイミングについて機縁を感じるのは筆者だけではないだろう。

本展では実に半世紀ぶりに空也上人立像が東京で公開され、さらに空也上人立のもとで制作された四天王立像や定朝(じょうちょう)作の地蔵菩薩像、さらに運慶作の地蔵菩薩坐像など、平安から鎌倉の彫刻の名品が一堂に集う。

会場風景
展示風景より。手前が《閻魔王坐像》(鎌倉時代・13世紀)
《地蔵菩薩立像》(平安時代・11世紀)

展示会場は東京国立博物館本館の特別5室。一室のみの展示空間なので敷地面積はさほどでもないが、鎌倉期の傑作彫刻が集う空間はまさに圧巻の一言。さらに空也上人をはじめ、展示作品によっては像を全方位360°から鑑賞することができるため、見どころは多い。

特に日頃拝観する機会の少ない光背(こうはい)部分(神仏から発せられる光明を視覚的に表現したもの)をじっくり鑑賞することができるので、ぜひあなただけの「推し角度」を見つけてみてほしい。

会場に足を踏み入れると正面に鎮座している地蔵菩薩立像は華やかな彩色が優美な平安彫刻の傑作で、均整の取れた身体のバランス、なだらかな曲面による立体構成の妙が光る。着衣は可憐な菊花紋で彩られており、大仏師定朝の技の冴えを感じさせる。

重要文化財・薬師如来坐像を中央に据え、四天王立像が揃い踏み
度重なる苦難を乗り越え、伝えられる六波羅蜜寺の至宝
《伝平清盛坐像》(鎌倉時代・13世紀)

六波羅蜜寺は当時平安京の外側に位置しており、京都の葬送の地鳥辺野(とりべの)の入口にあたる。そのことから「あの世」と「この世」の境界と見なされてきた特別な地であるが、六波羅蜜寺は建立以来幾多の災害や戦火に見舞われてきた。

本展で展示されているのはそれらの災禍を乗り越えて現代まで伝えられてきた奇跡の品々である。その美術的価値はもちろん、作品を通じて当時の信仰心の厚みにも思いを馳せてみるといいかもしれない。

伝平清盛坐像は慶派仏師の手によるものと考えられており、明証はないが平清盛の像として伝えられている。謎の多い像だ。
清盛は髪を剃った僧侶の姿で両手に巻物を持ち、それに視線を注ぐようにして足を組んで座している。一説には清盛の怨霊を防ぐために作られたとされているが、書物を眺めながらもどこか瞑想的な表情が印象的だ。かつて世を謳歌した清盛は、この時何を考えていたのだろう。

《空也上人立像》 康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵

13世紀はじめに作られた六波羅蜜寺所蔵・空也上人立像は、日本の肖像彫刻の中で屈指の知名度を誇る。
口から仏さまがあらわれるという独特の造形が目を引くため、空也上人の業績や本像の正式名称を知らない若い世代にもよく知られている作品だ。

作者は鎌倉時代を代表する仏師運慶の四男、康勝(こうしょう)と考えられている。本像は空也上人の没後250年ほどの時を経て造像されたものだというが、まるで本人を目の当たりにして造られたかのような写実性が特徴的だ。鉦鼓を打ち鳴らして念仏を唱え、鹿杖を突きながら歩みを進める痩身の僧侶の姿。形なき音声を造形化した創造性には、脱帽というほかない。

本展では全方位360°から鑑賞可能。街を闊歩して鍛えられた脛やふくらはぎ、助けを求める声に耳を澄ますかのような表情・・・ぜひ空也上人の在りし日の姿を想起しながら、作品を鑑賞してみてほしい。

特別展「空也上人と六波羅蜜寺」開催概要

会期 2022年3月1日(火)~5月8日(日)
会場 東京国立博物館 本館特別5室
開館時間 9:30~17:00
休館日 月曜日、3/22(火)  ※ただし3/21, 3/28, 5/2は開館
主催 東京国立博物館、六波羅蜜寺、朝日新聞社、テレビ朝日、BS朝日
展覧会公式サイト https://kuya-rokuhara.exhibit.jp/

※記事の内容は掲載時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますのでご注意ください。

 

記事提供:ココシル上野


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「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」会場レポート。修復された《窓辺で手紙を読む女》の印象はどう変わる?(東京都美術館で~2022年4月3日まで)

東京都美術館
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃

17世紀オランダを代表する画家、ヨハネス・フェルメールが手掛けた《窓辺で手紙を読む女》。その大規模な修復作業により取り戻された“本来の姿”を、所蔵館以外で世界初公開する展覧会「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が、東京都美術館にて開催中です。
会期は2022年2月10日(木)から4月3日(日)まで。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、展示内容をレポートします。

※特別な記載のない作品はすべてドレスデン国立古典絵画館所蔵です。

会場風景
会場風景

《窓辺で手紙を読む女》に現れたキューピッドの画中画

2017年から2021年にかけて大規模な修復プロジェクトが行われた、ドレスデン国立古典絵画館が所蔵する《窓辺で手紙を読む女》ヨハネス・フェルメール(1632-75)が歴史画から風俗画に転向して間もない初期の傑作です。窓から差し込む光の表現や、室内で手紙を読む女性像など、今日の私たちが知るフェルメールらしいスタイルが確立されたターニングポイントといえる作品でもあります。

こちらは修復前の姿。 ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》2001年 個人蔵

修正された本作の最も大きな変化は、背後の壁面に隠されていたキューピッドの画中画が復元されたこと。
もともと画中画の存在自体は、1979年に行われたX線調査によって明らかになっていましたが、それは作家自身が塗りつぶしたものと考えられてきました。しかし、修復プロジェクトの過程でフェルメールの死後、第三者が上塗りしたものだったと判明したそうです。

専門家チームは本作を、フェルメールのアトリエから出された1658年頃に近い状態に戻すことを決めました。そして修復後、まずドレスデン国立古典絵画館でお披露目されたのち、世界に先駆けて本展で公開されることになったのです。

画中画に描かれた愛の神であるキューピッドは、嘘や欺瞞を象徴する仮面を踏みつけながらどことなく誇らしげな表情を浮かべています。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

展示解説によれば、このキューピッドの原型は当時流行していた寓意図像集にあるそう。内包する意味は「誠実な愛は嘘や偽善に打ち勝つ」ということで、女性の読んでいる手紙が恋文であることは明らかであり、寓意に関連づけたメッセージも受け取ることができるとか。

本作の隣には修復前の複製画が展示されているので、違いを見比べて楽しめます。

修復前の女性はどこか感情の読み取れないミステリアスな印象で、憂いや落胆といった少し陰鬱な気配も受け取れましたが……。ラブレターを前提に修復後の本作を鑑賞してみると、頬の赤らみが目につきますし、そっと落とされた眼差しには手紙の相手への深い思いがにじんでいるような気がして、かなり見え方が変わりました。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

また、経年劣化により変色したニスや汚れが取り除かれ、画面全体が明るくなっている点にも注目です。壁の白が顕著ですが、窓枠のフェルメールブルーや画面手前に広がるタペストリーの赤も鮮やかになっています。女性の金髪などに見られる、フェルメールの得意とするポワンティエ技法(光の反射する場所やハイライトを白い点で描写する技法)による光の表現も、より美しく輝くかのようでした。

カーテン、タペストリー、窓枠、椅子、画中画に囲まれた女性の立ち姿のバランスは計算されつくしていて、画面がごちゃつくことなく奥行きが強調された印象です。キューピッドがカーテンを開けて、こっそり女性の姿をのぞかせてくれるように配置されているのも面白いですね。

 

ところで、画面の4分の1ほどを占める画中画が出現したことで、画面が狭くなったように感じるのは仕方のないことかなと考えていたところ……実は修復前と修復後で、本当に画面が狭くなっていることに気づきました。画面の上下左右、四辺とも少しずつ端が見えなくなっているのです。

上辺を見ると、修正前はカーテンレールの上に空間が続いていますが、修正後はまるごとなくなっています。
【上】ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》(部分)2001年 個人蔵 /
【下】ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

なぜ? と公式図録をチェックしてみると、どうやら四辺も第三者による上塗りと発覚したため取り除いてしまったようです。もともと、その部分は未完成というか、塗りつぶしてしまったワイングラスの消し残しやただの濃淡のムラがあるばかりだったそう。

ドレスデン国立古典絵画館の上席学芸員であるウタ・ナイトハルト氏は、四辺は本来額縁で隠されていたのではないか。錯視効果を高める目的で、カーテンレールの上部など現在は欠けているように見える要素が額縁に直接描かれていたのではないか、と推測していました。

真相はわかりませんが、いずれにせよ、長年愛されてきた《窓辺で手紙を読む女》が劇的な変身を遂げたことに変わりありません。修正前の絵のすっきりとした雰囲気が好きという方は今回の修復に複雑な思いがあるかもしれませんが、実物を見れば、喪失感だけでなく蘇った傑作の新たな魅力もきっと見つけられるはず。

なぜキューピッドは消されてしまったのか?

修復プロジェクトに関する映像

本展では大きくスペースを使って、修復プロジェクトの全容を解説パネルや修復中の様子を収めた映像などで詳しく紹介しています。顕微鏡を覗きながら解剖刀で少しずつニスや汚れを取り除いていく作業のあまりの細かさには気が遠くなりそうで……。4年も費やした修復作業が、どれだけ細心の注意を払って行われていたのかが伝わる展示となっています。

修復プロジェクトに関する映像

そもそも、《窓辺で手紙を読む女》がなぜ、誰によってこれほどの改変を加えられたのかは興味が引かれるところですよね。しかし、それは大規模な調査を経た現在も謎のままだということです。

キューピッドの画中画が良好な状態であることから、保存上の理由ではなく、一時的な趣味や流行の変化といった美的配慮による手入れの可能性があるそう。なんと軽率なことかと、現在の我々の感覚からすると恐れおののくばかりですが、当時のフェルメールは今ほど有名ではなかったそうで……。

実は、本作が1742年にドレスデン国立古典絵画館の基礎となったザクセン選帝侯のコレクションに加わった際には、フェルメールではなくレンブラント・ファン・レインの作品だと見なされていたとか。ヨーロッパで絶大な人気を誇っていたレンブラントの作風に寄せるために画中画が消されたのでは? という見方もあるようです。

アントン・ハインリヒ・リーデル《窓辺で手紙を読む女性(フェルメールの原画に基づく)》1783年 ドレスデン版画素描館蔵

同スペースでは、1783年、1850年頃、1893年、1907年頃と、制作された年代の異なる《窓辺で手紙を読む女》の4点の複製版画についての紹介も。その展示解説によれば、《窓辺で手紙を読む女》の作者であると誤認された人物はレンブラントだけでなく、時代によりレンブラントの弟子のホーファールト・フリンクだったり、ピーテル・デ・ホーホだったりと紆余曲折。フェルメールの作品だと認められたのは1862年だというから驚きです。あちこち改変されて、作者がコロコロ変わってと、なにかと不遇の作品だったことがわかりました。

17世紀オランダの黄金時代を彩った珠玉の絵画たち

ヤン・ステーン《ハガルの追放》1655-57年頃
ワルラン・ヴァイヤン《自画像》1645年頃
ハブリエル・メツー《鳥売りの男》1662年
ヘンドリク・アーフェルカンプ《そりとスケートで遊ぶ人々》1620年頃
ヤーコプ・ファン・ライスダール《城山の前の滝》1665-70年頃

17世紀のオランダといえば、ヨーロッパのなかでもいち早く市民社会を実現させた国であり、絵画のパトロンの多くは教会や王侯貴族ではなく市民でした。大仰な歴史画ではなく私邸で日常的に親しめる小ぶりな風俗画(室内画)が好まれ、それまで宗教画や歴史画のわき役だった風景や静物を主役にした風景画、静物画もジャンルの一つとして確立。社会的地位の向上を反映する肖像画も目覚ましい発展を遂げました。

ごく細部にまで及ぶ写実的な描写と、ときに象徴的な絵画的レトリックを用いながら、オランダの生活や文化をリアルに、もしくは現実を凌駕するリアリティで描き出す。まさに絵画の黄金時代と呼ぶにふさわしい豊かな絵画表現が花開いた時期です。

本展では、そんな17世紀オランダ絵画の黄金時代を彩る、フェルメールと同時代に活躍したレンブラント、ハブリエル・メツー、ヤーコプ・ファン・ライスダールなど、ドレスデン国立古典絵画館所蔵の絵画約70点を展示しています。

レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》1633年

レンブラントをはじめとする肖像画の多くは、巧みな光と影の描写が目を引きます。

レンブラントが自身の妻を描いたとされる《若きサスキアの肖像》は、古代風の衣装や顔の上半分に差す影などから、一般的な肖像画というよりは架空の頭部習作である「トローニー」だと考えられているとか。レンブラントらしいスポットライトを当てたようなダイナミックな明暗描写で、怪しげな微笑みがより一層ミステリアスに映ります。真夜中にこの絵を見てしまったら怖くて眠れなくなりそうです……。

ミヒール・ファン・ミーレフェルト《女の肖像》制作年不詳

《女の肖像》を描いたミヒール・ファン・ミーレフェルトは、オランダのデルフトで最も人気と影響力のあったとされる肖像画家。彼に肖像画を書いてもらうことは大変な名誉であると、貴族や裕福な市民から多くの依頼を受けていたとか。

《女の肖像》に描かれているのは裕福な貴族の女性で、凛とした立ち姿と眼差しが印象的です。白い襞襟のつややかさや透明感の表現にも唸りますが、注目してほしいのは肌の色つやと質感! 上品でありながら生き生きと輝くようで、当時の人気も納得できる魅力にあふれています。

ヘラルト・ダウ《歯医者》1672年
ヘラルト・テル・ボルフ《手を洗う女》1655-56年頃
ピーテル・ファン・スリンゲラント《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》1673年

風俗画、特に室内画においては、日常生活の正確な観察にもとづいた精緻な作品が並びます。その多くは同時に、ピーテル・ファン・スリンゲラントの《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》のように、教訓や寓意を示す描写により深い芸術性を作品に持たせています。一見すると少し風変わりな売買の場面を描いているようでも、実は手渡しする鳥や片側だけの靴の描写が、売春の仲介・性交の誘いといったニュアンスを忍ばせている……というふうに。

自分の感性のまま味わうのもいいですが、それらの示す意味を汲み取りながら知的に鑑賞するのも面白そうですね。

エフベルト・ファン・デル・プール《夜の村の大火》1650年以降

18.5×23.5cmと非常に小さく目立ちませんが、エフベルト・ファン・デル・プールの《夜の村の大火》はあまり見かけない「火事」を扱った風俗画です。ファン・デル・プールは画家仲間と娘を火災で亡くした経験から、人生を通して火事・火災の作品制作に情熱を注いだ人物。夜半、燃えさかる家の前で家族や家財を守ろうとする人々を、唯一の光源である炎が照らしています。炎への畏怖の念や無常観がにじむ、引き込まれる作品です。

メルヒオール・ドンデクーテル《羽を休める雌鳥》制作年不詳
ワルラン・ヴァイヤン《手紙、ペンナイフ、羽根ペンを留めた赤いリボンの状差し》1658年
ヤン・デ・ヘーム《花瓶と果物》1670-72年頃

静物画では、当時高価だった2種のチューリップを織り交ぜたヤン・デ・ヘームの《花瓶と果物》がとびぬけて存在感を示していました。

本作は、豊かな装飾性と美的洗練を備えた静物を求める17世紀後半のコレクターたちの要望に応えたもの。明暗や色彩の力強いコントラストもすばらしいですが、花や葉の上のしずく、花瓶に映り込んだ窓、果物の光沢……。画家自身の精密すぎる観察眼と、観察したものを完璧に再現できてしまう超絶技巧には感服するほかありません。

ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ
ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ

なお、本展はオランダ生まれのミッフィーとコラボしています。展覧会オリジナルグッズとして、2種のぬいぐるみやシーリングワックスセットなど「手紙」をテーマにしたさまざまな商品が展開されていました。ファンの方はお見逃しなく!

「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」開催概要

会期 2022年2月10日(木)〜4月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開室時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
※金曜日は9:30~20:00
休室日 月曜日(※3月21日は開室)、3月22日(火)
入場料 一般 2100円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1500円
※本展は日時指定予約制です。詳しくは展覧会公式サイトチケットページでご確認ください。
https://www.dresden-vermeer.jp/ticket/
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、 産経新聞社、 フジテレビジョン
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.dresden-vermeer.jp

 

記事提供:ココシル上野


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特別展「ポンペイ」会場レポート。2000年前に滅んだ古代都市の実像に迫る(東京国立博物館で~2022年4月3日まで)

東京国立博物館
会場風景

かつてイタリア南部に存在し、約2000年前、火山の噴火により住民ごと姿を消したローマ帝国の都市・ポンペイ。その繁栄や人々の暮らしを約150点の出土品などで紹介する特別展「ポンペイ」が、東京・上野の東京国立博物館 平成館で開催中です。会期は2022年1月14日(金)~4月3日(日)。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加しましたので、会場の様子や展示作品をレポートします。

※キャプションに特別な記載のない作品はすべてナポリ国立考古学博物館の所蔵品です。

日本初公開を含む約150点の名品を紹介!

会場風景
会場風景、《猛犬注意》(1世紀)

約1万人が暮らし、ワインやオリーブ油の生産に適した風光明媚な土地だったローマ帝国の地方都市・ポンペイ。紀元後79年、街の北西にあるヴェスヴィオ山で大規模な噴火が起こり、一昼夜にしてすべてが埋没してしまった悲劇の街です。

東西1600m、南北800mほどの広さをもつその遺跡は、18世紀に本格的な発掘が開始されるまでのおよそ1700年もの間、都市の賑わいを当時のまま眠らせたタイムカプセルのような存在。古代ローマ都市の姿を知ることができる貴重な資料の宝庫として、現在も精力的な発掘調査が続けられています。

特別展「ポンペイ」は、ポンペイから出土した多くの優品を所蔵するナポリ国立考古学博物館の全面協力のもと、同館が誇るモザイク画、壁画、彫像、日用品など、日本初公開を含む約150点を展示するもの。2000年前に繁栄した都市と、そこに生きた人々の息吹を感じられる貴重な展覧会となっています。

次からは、本展の序章〜5章にわたる展示内容を紹介していきます。

序章:ヴェスヴィオ山噴火とポンペイ埋没

序章、エントランス

序章ではヴェスヴィオ山噴火前後の様子を紹介しています。本展には高精細映像の巨大ディスプレイがいくつか展開されていますが、特に序章の噴火CG映像は大迫力。どのようにポンペイの街が飲み込まれたのかがリアルに描写され、多くの活火山を有する日本に住む人間としては心を揺さぶられるものがありました。

《女性犠牲者の石膏像》(79年/1875年)

すぐ横には《女性犠牲者の石膏像》の展示も。固まった火山灰には時折、有機物が分解されたことによる空洞が生まれ、そこに石膏を水で溶いたものを注ぐと人間の遺体などの石膏像が出来上がるとか。遺体が入っているわけではないのに生々しい存在感があります。

《バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山》(62~79年)

また、噴火前のヴェスヴィオ山を描いた唯一の作例とされるフレスコ画《バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山》では、大きく変形する前の山の姿を確認できます。とても希少な資料なのですが、どうしても山より全身をブドウに包んだローマ神話のワインの神・バックスのシュールさに目が引き寄せられてしまいます。

第1章:ポンペイの街―公共建築と宗教

第1章ではポンペイのフォルム(中央広場)、劇場、円形闘技場、浴場、運動場といった公共施設にまつわる作品や、宗教と信仰に関連した作品を紹介してします。

《辻音楽師》(前1世紀)
ポリュクレイトス《槍を持つ人》(前1~後1世紀、オリジナルは前450~前440年)

本展のメインビジュアルに採用された、当時の演劇人気をうかがわせるモザイク画《辻音楽師》や、西洋美術の人体表現に大きな影響を及ぼしたポリュクレイトスの《槍を持つ人》の大理石模刻など見どころが満載!

《ビキニのウェヌス》(前1~後1世紀)

沐浴する直前のサンダルを脱ぐ美の女神・ウェヌスを表現した《ビキニのウェヌス》は装身具の金彩が美しいです。ウェヌスはポンペイの守護神で、街には神殿も建てられていたそうですが、こちらの大理石像は邸宅の広間で飾られていたとのこと。

《水道のバルブ》(1世紀)

また、目立ちませんが驚くような展示としては、ポンペイで広く使われていたという水道のバルブを推したいところ。調べてみると日本の歴史で本格的に水道が登場するのは16世紀ごろということですから、古代ローマ人がいかに水力学の分野で高い技術水準に達していたのかがわかります。

第2章 ポンペイの社会と人々の活躍

《ブドウ摘みを表わした小アンフォラ(通称「青の壺」)》(1世紀前半)
《書字板と尖筆を持つ女性(通称「サッフォー」)》(50~79年)

第2章では、ポンペイの街で暮らした裕福な市民たちの暮らしぶりを伝える生活調度品や装飾品といった出土品を展示。そこからはビジネスの才覚でのし上がった低い出自の女性や解放奴隷などの資産家の存在も浮かび上がり、貧富の差が激しかった古代ローマ社会の意外な流動性がうかがえます。

《賃貸広告文》(62~79年)

面白いのは、この何やら大きく文字が書かれた岩のようなもの。実はこれ、邸宅の外壁に書いた賃貸広告文なんですって。私たちもよく街で見かける「入居者募集!」の広告と同じものだと思うと、「本当にそこで生きていたんだ」という実感が一気にわいてきます。

広告文には次のように書かれているそう。「スプリウス・フェリクスの娘ユリアの屋敷では、品行方正な人々のための優雅な浴室、店舗、中2階、2階部屋を、来る8月13日から6年目の8月13日まで、5年間貸し出します。S.Q.D.L.E.N. C.(後略)」

不動産賃貸業をたくみに経営したこのユリア・フェリクスも、仕事の才覚で富裕層になった聡明な女性の好例とのこと。

第3章:人々の暮らし―食と仕事

第3章では、食生活を知るための台所用品や食器類、出土した食材などを展示。また、医療用具、画材、農具、工具など、ポンペイの住民が使っていた仕事道具を紹介し、 ポンペイに生きた人びとの日常生活にフォーカスしています。

《パン屋の店先》(50~79年)

ポンペイには30軒ほどのパン屋や、テイクアウト可能な料理屋があり手軽に食事をとることができたそう。フレスコ画《パン屋の店先》には円盤状のパイのような形をしたパンが描かれていますが、なんと絵に描かれたそのままのパンが遺跡から発掘され、本展に出品されています。

《炭化したパン》(79年)

炭化したパンがこれほどふっくらと形が保たれるのかと感動。これは「パニス・クアドラトゥス」と呼ばれる典型的なパンで、焼く前にナイフで放射線状の切れ目を入れて分けやすいようにしていたとか。

《仔ブタ形の錘》(1世紀)

調理器具や秤といった日用雑貨でも、少し目を凝らすと洗練された装飾が施されているものが多いのがわかります。なかには動物をモチーフとした作品もあり、錘(おもり)は仔ブタの形になっているのがユーモアが効いていてフフッと笑えました。

第4章:ポンペイ繁栄の歴史

「悲劇詩人の家」の一部再現展示

第4章は本展のハイライトです。ポンペイ繁栄の歴史を示す3軒の邸宅「竪琴奏者の家」「悲劇詩人の家」「ファウヌスの家」の一部を会場内に再現! モザイク画や壁画の傑作を鑑賞しながら、2000年前の邸宅の雰囲気を感じられる展示空間になっています。

《踊るファウヌス》(前2世紀)
《葉綱と悲劇の仮面》(前2世紀末)

なかでも傑出しているのは、紀元前2世紀ごろに建てられ、ローマ化以前のヘレニズム文化の豊かさを現代に残した「ファウヌスの家」の展示。一つの街区すべて(約3,000㎡)を一軒で占めていたというポンペイ最大の邸宅です。ここでは「ファウヌスの家」の由来である牧神ファウヌスの躍動的なブロンズ像《踊るファウヌス》や、オプス・ウェルミクラトゥムと呼ばれる細密技法で作られた美しくも恐ろしい床モザイク《葉綱と悲劇の仮面》などを鑑賞できます。

「ファウヌスの家」の一部再現展示
「ファウヌスの家」の一部再現展示、床には《アレクサンドロス大王のモザイク》複製も。

また、この「ファウヌスの家」の談話室で発見されたのが、かの有名なモザイク画の傑作《アレクサンドロス大王のモザイク》。アレクサンダー大王率いるマケドニア軍が、ダレイオス3世率いるペルシア軍に勝利した「イッソスの戦い」を描いたこの作品は、残念ながら現在も修復作業中ですが、本展では原寸大の8K高精細映像で楽しめます。ディスプレイ前の床にも同作の複製が敷かれ、当時の家人気分で踏んで歩くこともできました。

第5章:発掘のいま、むかし

《綱渡りのサテュロス》(前15~後50年)
《ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)(前27~後14年頃)ノーラ歴史考古学博物館蔵

かつての発掘調査は美術品を獲得するための「宝探し」的な意味合いが強かったものの、現在では発掘以上に遺跡や出土物の保護が重要視されているそう。エピローグとなる第5章では、初期に発掘された《綱渡りのサテュロス》や東京大学の学術調査隊の代表的な発掘品である《ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)》などを展示しながら、18世紀から現在に至るポンペイ遺跡発掘の歴史を振り返ります。

締めくくりの最新情報として、《アレクサンドロス大王のモザイク》の現在進行中の修復作業についてもドキュメンタリーの映像で紹介されていました。

ポンペイくんと記念撮影できるかも?

なお、本展は太っ腹なことに個人利用に限り写真撮影OK! それに関連して、展覧会の公式Instagram(@pompeii2022)ではモデルのAMONさん扮する「#ポンペイくん」と一緒に、会場内の“映える”おすすめ撮影スポットをご紹介する企画を進めるとのこと。ポンペイくんは会期中、会場に出現することもあるそうですよ。

ミュージアムショップの様子
ミュージアムショップの様子

ミュージアムショップでは本展オリジナルグッズが多数展開されていますが、なんと前述の《炭化したパン》のクッションなども登場。ひび割れ表現になんともいえない風情があります。また、ポムポムプリンとのかわいいコラボグッズも! 古代ローマ風にお色直ししたプリンちゃんのここでしか買えない限定商品、ファンの方はぜひお見逃しなく。

キャッチコピーである「そこにいた。」という言葉の意味を肌で感じ取れるすばらしい展覧会でした。
特別展「ポンペイ」の開催は2022年1月14日(金)から4月3日(日)まで。ぜひ皆さんも、2000年の時を超えてなお生き生きとした存在感を放つ作品群を通じて、ロマンあふれる古代の空気に浸ってみてはいかがでしょう。

特別展「ポンペイ」開催概要

会期 2022年1月14日(金)~4月3日(日)
会場 東京国立博物館 平成館
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※3月4日以降の金・土・日・祝日は午後6時まで
休館日 月曜日、3月22日(火)※ただし、3月21日(月・祝)、3月28日(月)は開館
観覧料 一般 2,100円、大学生 1,300円、高校生 900円
※本展は事前予約(日時指定券)推奨です。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 東京国立博物館、ナポリ国立考古学博物館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://pompeii2022.jp/

※記事の内容は2022/1/20時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますのでご注意ください。

 

記事提供:ココシル上野


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【書道博物館】「没後700年 趙孟頫とその時代」会場レポート これから書道を始めたい方は必見!美麗な書が続々

台東区立書道博物館

モンゴル民族が支配する元王朝に仕えながらも、漢民族の伝統文化の継承に生涯をかけ、中国書画史に多大な功績を残した書の大家・趙孟頫ちょうもうふ(1254-1322)。その没後700年を記念して、台東区立書道博物館では特別展「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」が開催されています。

書道博物館の主任研究員である中村信宏さんに本展をご案内いただきましたので、会場の様子や展示内容についてレポートします。

会期:2022年1月4日(火)~2月27日(日)
期間中、一部の作品の展示替え、場面替え等が行われます。
前期:1月4日(火)~30日(日)、後期:2月1日(火)~27日(日)

東京国立博物館との連携企画です
※掲載している写真は特別な許可を得て撮影したものです。
※展示室の照明の関係で写真が全体的に暗めです。ご了承ください。

主任研究員の中村信宏さん
展示風景
展示風景

「書聖」王羲之の書法の伝承者・趙孟頫

趙孟頫ちょうもうふは、南宋時代の末期に宋の太祖(王朝の創始者)の11代目の子孫として生まれた、書画の分野で活躍した文人です。26歳で母国が滅ぼされる憂き目に遭いますが、33歳でモンゴル族が統治する元王朝に招聘され、要職を歴任しました。

漢民族王朝である宋の皇族出身でありながら、異民族王朝の元に仕えるとはなんと無節操なことか、と当時でも後世でも多くの非難を集めたそうです。しかし、趙孟頫は出世欲やお金のために元に仕えたのではありません。後述する王羲之おうぎしの書法をはじめとした漢民族の伝統文化を守り、継承することを自らの使命として、たとえ汚名を被るとしても権力をもつことを選んだのだと考えられています。

本展では、そんな使命感をもった趙孟頫がどのように書を学び、書き、それが後世に伝わっていったのかを、紙幣や印章などの時代背景がわかる関連資料を含めた約50点の作品で紹介しています。

「偽造したら死刑」と書かれた、元時代に流通していた紙幣。中統元宝交粧鈔ちゅうとうげんほうこうしょう 元時代・中統元年(1260) 前期のみ展示

趙孟頫の作品を詳しく見ていく前に、まず彼が傾倒し、よく学んだ書家として真っ先に名前が挙がる東晋時代の貴族、王羲之おうぎし(303-361)について簡単に紹介します。

書聖、つまり書の神様と呼ばれる王羲之は、実用一色だった書の世界に感情表現を持ち込んだことで書を芸術の域へと高めた、中国の書道史で最も有名な人物。その書は平明で普遍的な美しさをもち、今日に至るまで書法の最高の規範とされています。

趙孟頫が元王朝で働き始めたころ、大都では王羲之の存在感が薄れ、書の改革派だった中唐時代の顔真卿がんしんけい(709-785)が崇拝されていたといいます。趙孟頫は漢民族の文化、なかでも自らのルーツである中国南方の文化の灯を絶やすまいと、同じルーツをもつ王羲之の書法を身につけ、それを規範とする復古主義を掲げました。王羲之由来の古典の筆法や形に原点回帰した作風は、宋時代以来の書の流れを大きく転換させたそうです。

王羲之は肉筆が現存しておらず、臨書や拓本などから筆跡をたどることしかできません。つまり、実質的に王羲之書法の継承者である趙孟頫は、王羲之にアプローチするうえでは欠かすことのできない重要な存在であり、逆もまた然りということ。

当然、趙孟頫を扱う本展では多数の王羲之の書が紹介されています。


定武蘭亭序ていぶらんていじょ韓珠船本かんじゅせんぼん― 王羲之筆 原跡:東晋時代・4世紀 前期のみ展示

上の写真は王羲之の書の中でも最高傑作と名高い「蘭亭序らんていじょ」の数ある複製のうち、定武ていぶ本と呼ばれるもの。中村さんは本作について「無駄な肉をそぎ落とし、静かな趣の中に確かな強さが存在します。上品な書きぶりでいかにも当時の貴族が書きそうな文字です」と話します。

他の「蘭亭序」は派手な筆遣いが見られますが、一番静かで王羲之の神髄に迫っているのが定武本だと評価されていて、趙孟頫も特に定武本を尊重していたそう。

絳帖こうじょう 潘師旦ばんしたん編 北宋時代・11世紀頃

こちらは「絳帖こうじょう」という法帖(お手本帖)に収録された王羲之の書ですが、700年前には実際に趙孟頫が持っていたものなのだとか。その証拠に趙孟頫の号である「松雪」の印が押してありますので、実物をご覧の際は探してみると楽しいかも。

2枚展示されているうちの1枚には、たくさんの所有印が押されています。 絳帖 潘師旦編 北宋時代・11世紀頃

ちょっと主題からは反れますが、本作に限らず貴重な作品であっても所有印を遠慮なく押してしまうのって、現代の日本人の感覚からするととても大胆なことですね。来歴や感想などを書き記す「ばつ文」もいろいろな書の空きスペースに残されていて、不思議な気持ちになりました。

掲載NGでしたが、同じく趙孟頫が所持していた、道教の経典を王羲之が小楷(細字の楷書)で書いた「黄庭経こうていきょう」の法帖も必見です。王羲之が書聖として扱われている理由が一目で理解できる調和のとれた上品な字姿は、肉筆でなくとも十分見入ってしまうものでした。

どこを見ても美しい字しかない!趙孟頫の世界を堪能

さて、ここからは本題の趙孟頫の作品を紹介していきます。

「どこからどう見てもきれいな字しかないので、初めて書を学びたい、何から学ぼうかなと考えている方は必見です」と中村さんが力説する本展ですが、まさにその言葉通りの内容となっていました。

蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ 趙孟頫筆 原跡:元時代・至大3年(1310)

先ほど紹介した定武本の「蘭亭序」と王羲之について、趙孟頫がつらつらと思いを認めた「蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ」は本展の目玉のひとつ。本作の魅力を中村さんは「展示されている前半4ページが『蘭亭序』を趙孟頫が臨書したもの、後半4ページが趙孟頫の跋文なのですが、どこが境目かわからず、すべて蘭亭序に見えてしまう。いかに趙孟頫が王羲之の書法を目指し、それに肉薄したかがよくわかります」と話します。

前半は王羲之の字の臨書。 蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ 趙孟頫筆 原跡:元時代・至大3年(1310)
後半は趙孟頫の字。 蘭亭十三跋らんていじゅうさんばつ 趙孟頫筆 原跡:元時代・至大3年(1310)

まさに、言われるまで筆者は臨書と跋文が書かれていることに気づきませんでした。画数が多い字は特に字形も雰囲気も似ている気がします。

跋文には「数ある『蘭亭序』のなかでも定武本が最上である。字の形は時代によって変わるが、筆づかいは千年前も変わることがない。古法を一変させた王羲之の書からは雄秀の気(卓越した趣き)が自然と出ている。まさに師法とすべきなのだ」ということが書いてあるそう。王羲之への深い尊敬の念が伝わってきますね。

なお、部分的に焼失してしまっていますが、本作の肉筆は東京国立博物館の展示で見ることができます。

過秦論かしんろん (玉煙堂帖ぎょくえんどうじょう 所収)  趙孟頫筆 原跡:元時代・至元28年(1291) 前期のみ展示

過秦論かしんろん」や「楷書漢汲黯伝冊かいしょかんきゅうあんでんさつ」といった、小楷で端正にキリッと書かれた作品からは、趙孟頫の尋常ならざる鍛錬の片鱗がうかがえました。人はこれだけ整った字を、これだけ整然と書けてしまうものなのかと圧倒されるばかり。

趙孟頫の小楷を見ていると、彼のなかには文字の確固たる正解の形があって、それを寸分の狂いもなく正確に出力できるのだなと考えてしまいます。その域に至るまでどれだけの研鑽を積んだのでしょう。中村さんによれば、趙孟頫は1日に1万字(!)も書いていたということで、さもありなん。

ちなみに趙孟頫の楷書は清時代に流行し、科挙(高難易度の官僚登用試験)においては、趙孟頫に寄せた楷書で答案をつくると点数がプラスになったこともあるとか。そう扱われるのも納得の美しさでした。

掲載NGでしたが、特に肉筆の「楷書漢汲黯伝冊」は、拓本では表現しきれない細~~~いカミソリのような書きぶりが確認できて、呼吸も許されないような緻密な筆運びにこちらが息を忘れてしまいます。

真草千字文 しんそうせんじもん(渤海蔵真帖ぼっかいぞうしんじょう所収)  趙孟頫筆 原跡:元時代・13~14世紀 前期のみ展示

こちらは「千字文せんじもん」といって、子供に漢字を教えるときなどに手本として使われた、250の4字句からなる千字の長詩です。楷書と草書を並べて書くもので、趙孟頫も「千字文」で学び、大家の義務として自らも「千字文」を残しました。草書に精通していない筆者でも、この草書の一画一画から漂う気品には感じ入るものがあります。

ところで、書の大家ということで、鑑賞前はなんとなく「これぞ趙孟頫!」とはっきり言える文字の特徴があるのかなと想像していました。しかし鑑賞してみると、王羲之に追従しているだけあり均整の取れた美しさはすばらしいですが、それ以外にはあまり特徴がないような……?

きれいなだけ? といまいち趙孟頫の大家「らしさ」が分からずにいる筆者に、中村さんは次のように教えてくれました。

「確かに趙孟頫の書の一番の特徴は美しさ。誰が見ても美しいので初心者でも入りやすいですが、大したことない、誰にでも書けそうと軽く見られがちです。しかし、実際に書いてみて初めて計算された美しさだというのが分かるんです。ちょっとでも点画がずれると一気に崩壊が始まる、それも特徴といってもいいかもしれません」

蘇軾次韻潜師詩そしょくじいんせんしし(三希堂帖所収)  趙孟頫筆 原跡:元時代・大徳10年(1306) 前期のみ展示

その話を聞いてからあらためて鑑賞したのが、こちらの「蘇軾次韻潜師詩そしょくじいんせんしし」。趙孟頫が師と仰ぐ中峰明本ちゅうほうみんぽんを訪れた際に書いた作品です。楷書、行書、草書と書体を混ぜ合わせ、即興でササっと書かれたものということですが、抜群に全体のバランスが取れていることに驚きます。

文字によって線の太い細い、形の大きい小さいなど、一部を見ていると凸凹した印象を受けるのに不思議なもの。これも「計算された美しさ」の一端ということでしょうか。

「全体がまとまっていることが大切なのです。一見バラバラに見える文字でも、すべて違和感なくまとめる。卓越した技術が必要ですが、それができるのが大家というものです」と中村さん。

なるほど……! すごさがやっと少しだけ理解できました。ぜひ皆さんもその点に注目して展示を回ってみてください。

このほか、江戸時代に水戸藩に伝わった名品や、画家としても優れていた趙孟頫の「伯楽図」を狩野派の狩野中信が模写した作品など、日本における趙孟頫の人気が伝わる展示もありました。

超貴重な趙孟頫の弟の書も!

楷書謝賜御書詩表巻かいしょしゃしごしょしひょうかん  蔡襄さいじょう筆 北宋時代・皇祐5年(1053)

時代性を表すものとして面白い展示作品も。北宋時代の官僚である蔡襄さいじょうが皇帝に奉った「楷書謝賜御書詩表巻かいしょしゃしごしょしひょうかん」です。間の取り方や端正な字姿も見どころなのですが、注目は宋の四大家の一人、米芾べいふつが書き加えた跋文。米芾は長年この書を拓本でしか見たことがなく、40年経ってついに肉筆が見れたということで、その記念として跋文を記しているのです。

皇帝に仕えた書の大家さえ40年。当時、有名人の肉筆の書と出会うチャンスがどれだけ貴重だったのかが分かりますね。楷書で「四十年」とそのまま書いてあって見つけやすいので、万感の思いが詰まった書をぜひ鑑賞してみてください。

趙孟籲ちょうもうゆの跋文が見られる。 楷書謝賜御書詩表巻 蔡襄筆 北宋時代・皇祐5年(1053)

なお、本作には複数人が跋文を書いていて、その中には趙孟頫の親友・鮮于枢せんうすうや弟・趙孟籲ちょうもうゆの文字も。趙孟籲の文字は大変珍しいそうなのでお見逃しなく。


書には明るくなく、書いてある内容も読み取れない人間が楽しめるか不安だった本取材ですが、「何時間でも鑑賞していられるな」とすっかり魅力にハマってしまいました。

今回の取材は前期展示が鑑賞できるタイミングで行っていて、2月1日(火)から始まる後期展示では作品の顔ぶれがかなり変わるようです。後期は出展数が数点増えているのでさらに楽しめそう。 詳しい出展作品はこちらのページの一覧でご確認ください。

ちなみに、筆者は連携企画を行っている東京国立博物館の展示にも足を運んでみました。趙孟頫という個人に焦点を当てた書道博物館の展示と比較して、東京国立博物館はより時代全体の雰囲気を俯瞰できる書や画が楽しめる内容になっています。あわせてご鑑賞ください。

本展に足を運べば、少し前にTwitterで話題になったユニークな注意書きも見られます。

■特別展「没後700年 趙孟頫とその時代―復古と伝承―」開催概要

会期 2022年1月4日(火)〜2月27日(日)
会場 台東区立書道博物館
開館時間 午前9時30分~午後4時30分(入館は午後4時まで)
休館日 月曜日(祝休日と重なる場合は翌平日)、特別整理期間等
観覧料 一般 500円(300円) 小、中、高校生 250円(150円)
※詳細は公式サイトをご確認ください。
展覧会公式ページ https://www.taitocity.net/zaidan/shodou/oshirase/news/2113/

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特別展「体感!日本の伝統芸能」会場レポート 日本が守り伝えてきた芸術を一堂に(東京国立博物館 表慶館で3月13日まで開催)

東京国立博物館

2022年1月7日(金)~3月13日(日)の期間、東京・上野の東京国立博物館 表慶館では、ユネスコ無形文化遺産 特別展「体感!日本の伝統芸能-歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊の世界-」が開催中です。

ユネスコ無形文化遺産に登録された5つの伝統芸能がもつ固有の美と「わざ」を味わう本展。新型コロナウイルス感染拡大防止のために中止となった2020年の内容を、一部リニューアルした内容になっています。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

※会期中、一部作品の展示替えがありますのでご注意ください。
前期:1月7日(金)~2月13日(日)
後期:2月15日(火)~3月13日(日)

文楽の展示風景
能楽の展示風景
組踊の展示風景
雅楽の展示風景

華やかな「金門五山桐」の再現舞台が来館者をお出迎え

本展では、平安時代に大まかな形態が成立した最古の雅楽をはじめ、室町時代に大成した能楽、江戸時代初期にさかのぼる文楽(人形浄瑠璃)、歌舞伎、組踊といった、さまざまな歴史を経て現代に生き続ける日本の伝統芸能を通覧して楽しめる内容になっています。

具体的には、それぞれの芸能の舞台の一部を原寸大に近い大きさで再現。あわせて、実際に舞台で使用された衣裳や楽器、小道具、そして貴重な映像資料などを紹介しています。

石川五右衛門の扮装が鎮座する「金門五山桐」南禅寺山門の場の再現舞台

再現舞台のなかには、役者の視点から舞台空間を体感できるよう来館者が上れる仕様になっているものもあり、特に雰囲気を楽しめるのは会場に入ってすぐの歌舞伎「金門五山桐」の舞台。極彩色の寺院建築の上部には幾筋もの桜の吊り枝が下がり、豪華・豪快な石川五右衛門の立体展示が中央で存在感を示します。

賑やかに彩られた1室

舞台が置かれた1室全体が、桟敷で賑やかに見物している人々のグラフィックや提灯で江戸時代の芝居小屋のように彩られている点にも注目です。壁に展示されているのは歌舞伎役者を描いた錦絵。さらには、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎が出演する日本最古の映画『紅葉狩』の上映も。

華やかな色彩感で祝祭気分を盛り上げる歌舞伎の精神を表現した空間で、来館者を一気に非日常の世界へ誘います。

「暫」の鎌倉権五郎景政の衣裳など見ごたえたっぷり!迫力の展示作品

衣裳「暫」鎌倉権五郎景政 松竹衣裳(株)蔵

本展で目を引いた展示作品をいくつか紹介していきます。

まずはこちら、歌舞伎十八番の一つ、「暫」の鎌倉権五郎景政の超人的な力強さを表現した衣裳。三升の紋を白く抜いた、大紋の袖の威容に驚きます! 横から見ると袖というより凧のよう。

スーパーマン・鎌倉権五郎景政の衣裳は規格外に派手、と記憶していましたが、実物を見ると本当に笑ってしまうくらい大げさ。何十キロあるのでしょうか……。こんなものを着て暴れまわれるのですから、それは強いに決まっていると問答無用で納得してしまう存在感です。

小道具「暫」鎌倉権五郎景政の太刀 藤浪小道具(株)蔵

横には景政の2Mを超える大太刀が置かれています。景政がこの大太刀を一振りするだけで、何人もの首を豪快に切り落とすシーンは「暫」でも最も印象的なシーンの一つですが、それも可能かもと思わせる迫力がありました。

鼉太鼓 国立劇場蔵

雅楽のエリアに展示されている鼉太鼓(だだいこ)にも圧倒されます。こちらのカラフルなオブジェはどんな大道具かしら? と説明文を読んだら、楽器ということで大変驚きました。正式な舞楽に用いられる巨大な締め太鼓で、本来は左方・右方一対ですが、国立劇場所蔵の鼉太鼓は一基の裏表に左右の装飾が施されています。

頂点には日輪と月輪、太鼓を囲むのは大きな火焔と五色の雲形、左右には昇竜と鳳凰の彫刻、太鼓の革には金箔で二つ巴と三つ巴。吉祥を示すさまざまな文様や色彩が用いられていて、5Mはありそうな巨躯とあいまって、なんだか見ているだけで拝みたくなるようなパワーを感じました。一体どんな音が鳴るのか気になります!

衣裳や小道具の繊細な美しさに魅了される

(左)衣裳「藤娘」藤の精 松竹衣裳(株)蔵 前期展示 / (右)衣裳「京鹿子娘道成寺」白拍子花子 松竹衣裳(株)蔵 前期展示

本展の醍醐味はやはり、劇場の客席からでは分からない衣裳や小道具のデザインを細部まで間近で鑑賞できること。

「銘苅子」の天女の衣裳・天冠・小道具(柄杓) 国立劇場おきなわ蔵

目が覚めるように鮮やかだったのは、羽衣伝説を題材にした組踊「銘苅子(めかるしー)」の天女の立体展示。

関東在住の筆者は、沖縄の芸能である組踊にはあまり触れる機会がなかったため、天女が着ている紅型(びんがた)衣裳「黄色地鳳凰立波文様」に描かれた荒れ狂う波の独特な形が新鮮に映ります。多色摺りの華麗な色彩感が特徴の紅型は、沖縄特有の模様染めとのこと。

虹のような輝きを表現しているかのような飛衣(羽衣)を羽織った姿は、きっと動けば展示の何倍も優美に見えるのでしょう。本展を通覧するなかで、本土の芸能と比べたときの組踊の色彩感覚、特に赤色の取り入れ方の違いが興味深く感じられました。

(左)能装束 黒地紋尽模様縫箔 国立能楽堂蔵 / (右)能面(般若) 国立能楽堂蔵

能楽のエリアでは役ごとに面(おもて)、装束、小道具を組み合わせた出で立ちを紹介していますが、特に鬼女の出で立ちには引き込まれるものがあります。

嫉妬と恨みから鬼となって女性の面である「般若」は目から下が怒り、目から上が深い悲しみという二面性を表現していることでおなじみ。幽玄と現世の境に立つ存在としての神秘性だけでなく、図らずも鬼になってしまったやるせなさや、情に翻弄された切なさなど、絡み合うたくさんの感情が伝わる造形をあらためて堪能しました。

そんな鬼女の役専用の装束というのが「黒地紋尽模様縫箔」。刺繍や金・銀箔でさまざまな文様を散りばめ、上品ですが遊び心のあるデザインです。桜や梅、菊などをモチーフにしたそれぞれの文様はかわいらしい色合いなので、なぜこれが鬼女専用に? と疑問も浮かびますが……。

家紋などもそうですが、こういった小さな文様一つをとっても、四季や花鳥風月といった自然と関わり、自然を生活に取り入れて共生してきた日本人ならではの美意識を感じずにはいられません。

文楽人形「義経千本桜」静御前 小道具 鼓 国立文楽劇場蔵
「文七」「玉藻前・双面」などの首(かしら)

文楽のエリアでは、「義経千本桜」静御前をはじめ、人間サイズと比較しても劣らない華美な浄瑠璃人形の装束が見ごたえありますが、人形の首(かしら)の展示も面白いです。

それぞれの首には「性根」という根本の性格を表した造形がなされているそうで、たとえば内面に苦悩をにじませ、悲劇の主人公などに使われる「文七」や、素朴で愚かなほど実直な役に使われる「又平」などが紹介されていました。

説明文を読まなくても「こういう役で使われるんだろうな」とだいたいの人物像がわかるから感心します。なんでもないことのように思えて、実はそれってすごいことではないでしょうか。現代にいたるまでに洗練に洗練を重ね、過不足なく仕上がった造形美をぜひじっくり鑑賞してほしいです。

ユネスコ無形文化遺産 特別展「体感!日本の伝統芸能-歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊の世界-」概要

会期 2022年1月7日(金)~3月13日(日)
※会期中、一部作品の展示替えあり
会場 東京国立博物館 表慶館
開館時間  9:30~17:00
休館日 月曜日
観覧料 一般 1,500円、大学生 1,000円、高校生 600円
※事前予約(日時指定券)推奨
※中学生以下、障がい者とその介護者一名は無料
その他、詳細は公式サイトよりご確認ください。
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/dentou2022/tickets.html
主催 文化庁、日本芸術文化振興会、東京国立博物館、読売新聞社
お問い合わせ 050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/dentou2022/

 

記事提供:ココシル上野


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