【国立科学博物館】「植物 地球を支える仲間たち」会場レポート 不思議と驚きがいっぱいの植物ワールド!

国立科学博物館

2021年7月10日(土)~9月20日(月・祝)の期間、東京・上野の国立科学博物館では特別展「植物 地球を支える仲間たち」が開催中です。

植物なのにアクティブだったり凶暴だったり、大きすぎたり小さすぎたり。不思議と驚きに満ちた、知られざる植物の世界を体感できる本展。会場の様子と見どころをレポートします。

個性派植物が目白押しの「植物 地球を支える仲間たち」

展示風景
展示風景
展示風景

本展は、最新の科学研究成果をもとに、地球上の生命にとってなくてはならない存在である植物の生き方、生存環境、形、進化などさまざまな観点から、原始から現代までの世界中の植物を紹介する大規模展覧会です。

標本、模型、映像、インスタレーションといった展示を見るだけではなく、音楽や匂いで聴覚や嗅覚も刺激されながら、200種類以上にのぼる植物たちの生態の面白さを総合的に学べる内容になっています。

規格外のスケールに驚愕!

本展の見どころの一つは、「○○○すぎる植物たち」と題されたエリアで来場者を待ち構える、大きすぎる植物たちの展示でしょう。

「ショクダイオオコンニャク」実物大模型

まず目を引くのが、インドネシア・スマトラ島の低地熱帯雨林に自生する、世界最大級の花序(花の集まり)をもつという「ショクダイオオコンニャク」の実物大模型です。高さが実に2.72Mと、若干ファンタジーの領域に入っています……! ギネス世界記録では3.1Mにも達するというから驚き。

開花すると38度ほどまで発熱し湯気を出すという不思議な生態で、その際に虫をおびき寄せるための臭いを蒸散させるそうですが、会場内にはなんと再現した臭いを嗅げるブースがありました。油断していた筆者が思わずのけ反ったその強烈な悪臭ぶりをぜひ体験してみてください。

「ラフレシア」実物大模型 京都府立植物園蔵

また、世界最大の花としておなじみの「ラフレシア」の姿も。展示されている実物大模型はスマトラ島に分布している「ラフレシア・アーノルディ」という種類で、直径は80CM。

「ラフレシア」と聞くと赤い花を思い浮かべる方がほとんどだと思いますが、葉や茎がどうなっているかは知っていますか? 実は「ラフレシア」属の仲間って、ぶどう科の木本つる植物に寄生して栄養分を吸収する寄生生物なので、花部分しか存在しないんですって。寄生している立場で世界一の花として有名になってしまう厚かましさ(?)が面白いですね。

「メキシコラクウショウ」の写真
「メキシコラクウショウ」の幹回りのスケールを再現したタペストリー

さらに、メキシコ・オアハカ州のトゥーレ村に現生する“トゥーレの樹”こと「メキシコラクウショウ」は根本周り57.9M、幹回り36.2Mで世界最太の樹としてギネス世界記録に認定されていますが、その幹回りの巨大さを、会場天井の空間をうまく活用してタペストリーで再現しているのも必見。にわかには信じがたい、笑ってしまうくらい規格外のスケール感をぜひ体感してください。

そのほか、大きすぎる翼をもつ種子「ハネフクベの種子」、大きすぎる果実「ジャックフルーツ」、大きすぎる松ぼっくり「コウルテリマツ」などなど、インパクトのある植物の実物が多数展示されていました。

太古の化石から遺伝子組み換え植物まで

クラドキシロン類「ヒロニア・エレガンス(葉)」 国立科学博物館蔵
リンボク類「レピドデンドロン・アクレアトゥム(幹表面)」 大阪市立自然史博物館蔵

植物の誕生から上陸、森の誕生、裸子植物・花の誕生と多様化……植物のダイナミックな進化の歴史を紹介するエリアでは、貴重な植物化石の数々が並びます。

復元イラストとともに、世界初公開となる最古の大型植物化石「クックソニア・バランデイ」や、10Mを超える大型の体を初めてつくった植物・クラドキシロン類の化石、石炭紀に巨大な湿地林の主要構成要素となったリンボク類の化石などが、人間が登場するはるか以前の地球がどのような姿をしていたのかを私たちに伝えます。

「青いキク」の樹脂標本 農研機構蔵
「光るトレニア」の樹脂標本 株式会社インプランタイノベーションズ蔵

一方、かつては自然界に存在せず、遺伝子組換え技術によって誕生した「青いバラ」や「青いキク」といった、現代の植物事情についても取り上げています。

「光る」という新しい形質の付与を目指して、海洋プランクトンの蛍光タンパク質の遺伝子を導入してつくられた「光るトレニア」が放つ黄緑色の蛍光の美しさを眺めていると、この技術がこの先どのように発展していくのかワクワクとさせられます。

本当は怖い植物たち

植物に対して「静か」「癒し」のイメージをもっている人々をヒヤッとさせる、狡猾な食虫植物や凶暴な果実も会場で存在感を放っています。

「ハエトリソウ」(約100倍拡大模型) 右側の葉の中には捕らわれた虫の姿が……

感覚毛へ30秒以内に2回刺激があると、葉を閉じて虫を逃がさないようにする「ハエトリソウ」や、粘着性のある消化液で虫を捕え半日で体の芯まで溶かす「モウセンゴケ」は、性質だけに留まらないそのフォルムの禍々しさを約100倍、約200倍の拡大模型で再現。

「ドロセア・アデラエ」など12種類の食虫植物が入れられた水槽

隣に置かれた水槽展示では、その多くが一見かわいらしく見える食虫植物が生きている状態でジオラマのようにぎゅっと詰め込まれています。この無法地帯に虫を放したらどうなってしまうのか……と想像せずにはいられません。

「ライオンゴロシの果実」の6倍拡大模型(左)と実物(右) 国立科学博物館蔵

フック状の先端部や、「かえし」と呼ばれるトゲで動物に付着して果実を散布させる植物の中でも“凶暴”な代表例として、口に付着して口が開かなくなり餓死してしまったライオンの逸話をもつ「ライオンゴロシ」や、忍者の道具で有名なマキビシにそっくりな「オニビシ」といった果実の実物展示も。

いずれも花自体は非常に美しいという、ギャップのある共通点をもつことも興味深いです。

楽しいエンタメ要素も!

インスタレーション展示「光合成FACTORY」
「光合成FACTORY」プレイの様子

会場内には、子どもが楽しめる参加型インスタレーション展示も設置されています。

光合成のメカニズムを学習できるスマートフォン向けブラウザゲーム「光合成FACTORY」は、プレイヤーが光合成工場の工場長となり、3個のミッションをクリアしていくという内容。会場ではそのミッション1を、最大4人までのプレイヤーとともに体を使って体験することができます。(スマートフォン用ゲームはこちらから⇒https://kougousei-factory.com

ほかのプレイヤーと協力しながら、光エネルギーのもと(光子)をどれだけ集められるか。操作は腕を動かすだけの単純なものですが、やってみると自然とほかのプレイヤーと競争のようになってくるので、大人だけでもなかなかの盛り上がりに。

「花の遺伝子ABC」の歌詞も展示
右は花のC遺伝子の変異によって生まれた「ツバキ(園芸品種) 八重」樹脂標本 国立科学博物館蔵

楽しく学べるといえば、会場内では組み合わせ次第で花の形が決まるという3種の遺伝子「A遺伝子」「B遺伝子」「C遺伝子」についての解説がありますが、関連して「花の遺伝子ABC」というオリジナル曲が流れています。3種の遺伝子の働きを覚えるための歌ですが、ちょっと奇妙な歌詞とメロディがクセになってしまうかも。


特設ショップ
特設ショップ

なお、本展の特設ショップでは「ラフレシア」をはじめとするクセのある植物のクッションやポーチをはじめ、人気クリエイター4組が「植物」をテーマに描き下ろしたデザインを使用した展覧会限定のオリジナルグッズ、人気トレーディングカードゲーム『デュエル・マスターズ』とのコラボ製品などが販売中。欲しい方はぜひお早めに足を運んでみてください。

 

特別展「植物展 地球を支える仲間たち」開催概要

会期 2021年7月10日(土)~9月20日(月・祝)
※会期等は変更になる場合があります。
最新情報は公式サイトよりご確認ください。
会場 国立科学博物館
開館時間 9時~17時(入場は16時30分まで)
休館日 7月12日(月)、9月6日(月)
入場料 一般・大学生 :1,900円(税込)
小・中・高校生:600円(税込)
※オンラインによる事前予約(日時指定)必須です。
主催 国立科学博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社
展覧会公式サイト https://plants.exhibit.jp

 

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【東京国立博物館】特別展「聖徳太子と法隆寺」レポート
脈々と受け継がれる、日本人の祈りの「かたち」。

東京国立博物館
四天王立像 広目天/多聞天 飛鳥時代・7世紀 奈良・法隆寺蔵

2021年7月13日(火)~9月5日(日)まで、東京国立博物館 平成館で 聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」が開催されています。公開前日にメディア向けの特別内覧会が開催されましたので、今回はその様子をお伝えいたします。

法隆寺1400年の祈りの美、そのすべてがここに。

会場に足を踏み入れると如意輪観音菩薩半跏像(法隆寺蔵)がお出迎え
展示風景。全五章構成となっており、第一会場・第二会場に分かれる
画面右の天寿国繍帳(中宮寺蔵)をはじめ、名刹の至宝が集う
行信僧都坐像(法隆寺蔵)。奈良時代肖像彫刻の傑作のひとつ
画面手間に展示されているのは伎楽面。伎楽は推古天皇の時代に伝来し、聖徳太子がこれを少年たちに習わせたと言う
聖徳太子を偲ぶ聖霊会で使用される「舎利御輿」(法隆寺蔵)

「和を以て貴しとなす」「耳がとても良くて何人もの話を一気に聞き分けられた」

日本史にそれほど詳しくなくても、日本人なら誰もがその逸話を知る「聖徳太子」。私たちが教科書で出会う「最初の偉人」とも言うべき存在でもあり、昔から日本国民の信仰の対象として尊崇されてきました。

本年、令和三(2021)年は聖徳太子(574-622)の1400年遠忌。この節目の年に開催される特別展「聖徳太子と法隆寺」は、法隆寺において護り伝えられてきた寺宝を中心に太子の肖像や遺品と伝わる宝物、また飛鳥時代以来の貴重な文化財を出展し、太子その人と太子信仰の世界に迫ります。

聖徳太子と法隆寺

教科書でおなじみの聖徳太子二王子像(東京国立博物館蔵)
子どもらしい愛らしさが感じられる「聖徳太子立像(二歳像)」(法隆寺蔵)
聖徳太子が推古天皇に「勝鬘経」を講じる様子を描いた「聖徳太子勝鬘経講讃図」(東京国立博物館蔵)

聖徳太子とは、推古天皇の時代に蘇我入鹿とともに政治を補佐し、仏教による国造りを推し進めた人物。

聖徳太子の業績といえば、当時の大帝国だった隋に「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」の書を届けさせたエピソードが有名ですね。この「日出る処の天子~」の一節はそのまま山岸涼子氏のマンガ『日出処の天子』のタイトルにも使われています。

その聖徳太子が607年に建立したのが、現存する世界最古の木造建築物である法隆寺です。
670年に火災に見舞われますが、8世紀初めまでに金堂・五重塔を中心とする西院伽藍を再建。金堂内には飛鳥時代の諸仏が安置されているほか、739年頃に建てられた夢殿を中心とする東院伽藍は太子信仰の中心となりました。

会場には東京国立博物館所蔵の作品のみならず、法隆寺から聖徳太子ゆかりの寺宝が多数出品され、彫刻・絵画・工芸・染織など幅広く仏教芸術の名品を堪能できる構成になっています。

展示作品紹介

《国宝 薬師如来坐像》 飛鳥時代・7世紀 奈良・法隆寺蔵

その謎は、人々を魅了する。古代仏像彫刻の大傑作。

金堂東の間の本尊で、口もとに微笑ほほえみを浮かべた神秘的な顔立ちや線的な衣文表現など、飛鳥時代の様式美を示す名品と称えられる作品。光背背面の銘文によれば607年に造立したとありますが、623年に完成した金堂中の間の釈迦三尊像に比べると鋳造技術などが進歩しているため、実際の制作年代は623年以降と考えられています。

頬や首、手などに円みを帯びた柔らかさが感じられ、仏師の卓越した技量が感じられます。飛鳥時代を代表する仏像のひとつに挙げられますが、制作年代のみならず銘文や台座など、まだまだ多くの謎が残されているそうです。

 

《伝橘夫人念持仏厨子》 飛鳥時代7-8世紀 奈良・法隆寺蔵

麗しき白鳳芸術の最高峰。

やわらかな微笑みが印象的な阿弥陀三尊像。精緻な出来栄えとともに、その指先や衣にみられる流麗な曲線はひときわ美しく、白鳳の時期に生み出された金銅仏中においても随一の傑作とされています。その阿弥陀三尊像を安置する、須弥座を備えた天蓋付きの厨子も当初のもの。まさに、古代の礼拝空間を今に伝えてくれている作品です。

 

《七星文銅大刀》 飛鳥時代7世紀 奈良・法隆寺蔵(旧法隆寺献納宝物)

刀剣ファンのみなさまはこちらをどうぞ。

刀剣好きの筆者が注目したのがこちら。刀身に北斗七星を表したという美しい銅製の刀剣です。大阪・四天王寺蔵の「七星剣」など北斗七星をモチーフにした意匠の刀剣は他にもありますが、古代中国において北斗七星が敵を破る強い力を宿していたと信じられていたことから、こうした剣が作られるようになったそうです。

刀身には漆を塗って金箔を押していたそうで、今なお随所に金色が残っています。当時は一体どれほど壮麗な姿をした刀剣だったのかと思わず胸が熱くなりますが、私だけでしょうか・・・。

 


 

展覧会グッズ販売コーナー
般若心経を「絵」で表した「絵心経手拭いたおる」

トーハクといえば物販の充実ぶりでも有名。
Tシャツや図録といった定番商品のほかにも、聖徳太子の愛犬「雪丸」グッズや「絵心経手拭いたおる」など、トーハクの商魂(?)が爆発したユニークなグッズが並んでいます。

また、同じく東京国立博物館の東洋館では2021年7月14日(水)〜 10月10日(日)までミュージアムシアター「法隆寺 国宝 金堂-聖徳太子のこころ」を上映。現地では入ることができない奈良・法隆寺の金堂内のすべてがバーチャルリアリティによって再現され、本尊の仏像や壁画を間近で体験することができます!
詳しくはこちらのミュージアムシアター公式サイトをご覧ください。

 

開催概要

展覧会名 聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」
会 期 2021年7月13日(火)~9月5日(日)
前期:2021年7月13日(火)~8月9日(月・休)
後期:2021年8月11日(水)~9月5日(日)
開館時間 9:30~17:00
休館日 月曜日
※ただし、8月9日(月・休)は開館し、8月10日(火)は本展のみ休館
入場料 一般 2,200円
大学生 1,400円
高校生 1,000円
※混雑緩和のため、本展は事前予約制(日時指定券)です。入場にあたって、すべてのお客様は日時指定券の予約が必要です。「前売日時指定券」、「当日券」の詳細は展覧会公式サイトでご確認ください。
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/horyuji2021/index.html

 

 

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【東京国立博物館】特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」レポート 東京で初公開!360度で楽しむ十一面観音のお姿

東京国立博物館
展示風景 国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

2021年6月22日(火)~9月12日(日)の期間、東京・上野の東京国立博物館にて特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」が開催中です。

その類まれな美しさで日本彫刻の最高傑作ともいわれる国宝《十一面観音菩薩立像》が、史上初めて奈良県外で展示されることで注目を集める本展。プレス内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

大神神社ゆかりの仏像が約150年ぶりに再会!

本展の主役である国宝《十一面観音菩薩立像》は奈良県桜井市の聖林寺が所蔵するものですが、江戸時代までは聖林寺ではなく、同市内の大神(おおみわ)神社に安置されていたことをご存じですか?

日本古来の自然信仰を現代まで伝える、三輪山を御神体とする大神神社。奈良時代には仏教伝来により神仏習合が進み、大神神社の境内に大神寺(鎌倉時代に大御輪寺に改称)が造られ、多くの仏像がまつられるようになりました。

しかし、明治政府の神仏分離令により廃仏毀釈の波が起こると、大御輪寺が廃寺に。仏像も聖林寺など親交の深かった近隣の寺院へ移すことを余儀なくされます。

本展は、国宝《十一面観音菩薩立像》をはじめ、国宝《地蔵菩薩立像》(法隆寺蔵)、《日光菩薩立像》《月光菩薩立像》(どちらも正暦寺蔵)など、かつて大御輪寺でまつられていた仏像を約150年ぶりに再会させる形で一堂に展示。
あわせて、大神神社の自然信仰や古代の祭祀を物語る資料や三輪山禁足地の出土品などを紹介するものです。

展示風景 《三輪山絵図》室町時代・16世紀 奈良・大神神社蔵 ※8月1日までの展示
展示風景 重要文化財《朱漆金銅装楯》鎌倉時代・嘉元3年(1305年) 奈良・大神神社蔵

360度さまざまな角度で堪能する十一面観音

展示風景 国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

国宝《十一面観音菩薩立像》は、清廉な雰囲気の会場で中央に落ち着きます。立像の背後には大神神社の三ツ鳥居を再現。鳥居から続くのは本殿ではなく三輪山という、大神神社における自然信仰の形をビジュアルで伝えています。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

十一面観音は、名前のとおり11の顔をもちます。
インドにおいてすべての方向を意味する「10」という数字に本体の面を合わせて11面、とするものもありますが、日本では本体の面+11面という形が一般的とのこと。国宝《十一面観音菩薩立像》も後者です。

あらゆる方向を見渡す頭頂部の11面には個性があり、正面の3面が穏やかな表情の「菩薩面」。像から見て左側(正面向かって右側)3面が怒ったような表情の「瞋怒(しんぬ)面」。像から見て右側(正面向かって左側)3面が牙を出した「牙上出(げじょうしゅつ)面」。後ろの1面が大きく笑った「大笑面」。そして中央の「頂上仏面」となっています。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

現在の国宝《十一面観音菩薩立像》は3面が失われています。そのため、残念ながら「大笑面」だけは確認することが叶いませんが、前後左右どこからでも鑑賞できるような会場配置なので、現存する面はすべて肉眼で楽しめるのがうれしいポイント。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

日本に現存する近世以前の仏像はほとんどが木造ですが、奈良時代・8世紀後半ごろには乾漆造りという技法が制作に用いられていました。本像も、木心のうえに木屎漆(こくそうるし)と呼ばれる漆と木粉の練り物で成型する「木心乾漆造り」でつくられたうちのひとつです。

削るのではなく漆を盛り上げてつくるため、写実的表現に適しているとされる木屎漆。本像では風をはらんだかのような天衣の襞のゆったりとしたカーブ、肉取りの張り、眼球の存在を感じさせる瞼の起伏や髪筋の整然としたさまなど、木屎漆ならではの表現が見どころです。

国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

側面から見ると、8等身のすらりとしたプロポーション、胸の厚み、重心の置き方などがよくわかります。厳かな面差しの頭をやや前に出した姿勢は、人々の姿をしっかり捉えようとするかのよう。

国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

後姿は珠玉の美しさで、背中のなまめかしさももちろんですが、特に腰から足にかけて衣の曲線がうっとりするほど優美なさまは必見。ところどころ剥げた金箔と地のつややかな黒色の対比が、かえって雰囲気のある陰影をつくり出しています。

国宝《十一面観音菩薩立像》(部分) 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

細部に目をこらせば、宝瓶を握る左手、下ろされた右手の指のたおやかなことにも目を奪われました。蓮の花をモチーフにした台座には天平美術らしい華やかさも。「日本美術の最高傑作」という評はけして誇張表現ではないと実感させられます。

国宝《十一面観音菩薩立像 光背残欠》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵

また、神仏の後光を視覚的に表現した光背(こうはい)も別途展示されています。現在では軸部分を残して多くが失われていますが、もとは3重の圏帯と唐草文を透かし彫りする光背だったのではと推測されているそう。在りし日の華麗さが偲ばれます。

そのほかの展示作品を紹介

国宝《地蔵菩薩立像》平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵

かつて大御輪寺で十一面観音の隣に配されていたという国宝《地蔵菩薩立像》は、両手の手先以外をすべて一本の木材から彫り出した仏像です。太づくりの体躯は、まさに一本の木がそこにそびえ立っているかのような、ずしりとした実在感に満ちています。

左が《月光菩薩立像》右が《日光菩薩立像》どちらも平安時代・10~11世紀 奈良・正暦寺蔵

《日光菩薩立像》と《月光菩薩立像》は一見そっくりな姿ですが、実は材質や構造技法、作風が異なり、本来一具ではなかったらしいというのが面白いところ。大ぶりな目鼻立ちをしているのが日光菩薩、面長でおだやかな表情を浮かべ、顎付近がスッキリしているように見えるのが月光菩薩です。

展示風景 《山ノ神遺跡出土品》奈良県桜井市 山ノ神遺跡出土 古墳時代・5~6世紀 東京国立博物館蔵など

本展には三輪山禁足地や山ノ神遺跡で出土したものも展示されていますが、その多くは何らかの祭祀に使われた道具をかたどった模造品なのだとか。なかでも目を引くのは、酒造りにかかわる器物をかたどった石製品や土製品。
大神神社の祭神である大物主大神がお酒の神様であると前提を置くと、出土品の存在から、現在まで残る大神神社の酒造信仰が古墳時代までさかのぼりえることが見て取れ、興味深いものでした。

「日本美術のとびら」入り口
「日本美術のとびら」巨大スクリーンの一部

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」の開催は2021年9月12日(日)まで。

なお、本展の開幕と同時に、東京国立博物館の本館特別3室に新しく「日本美術のとびら」という常設の体験展示も公開されました。日本美術の歴史を学べる巨大スクリーンの前で手を動かすと、表示された日本美術のポップアップが回転したり、ページをめくったりとインタラクティブな体験ができるほか、高精細複製品の《風神雷神図屛風》や《夏秋草図屛風》といった名品も鑑賞できます。

事前予約が必要ですが、特別展の観覧料でそのまま入れますので、ぜひ一緒に巡ってみてはいかがでしょう。

 

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ―三輪山信仰のみほとけ」概要
※本展は事前予約制(日時指定券)です。詳細は展覧会公式サイトよりご確認ください。

会期 2021年6月22日(火)~9月12日(日)
会場 東京国立博物館 本館特別5室
開館時間 午前9時30分~午後5時
休館日 月曜日(ただし、8月9日は開館)
観覧料 前売日時指定券 一般1,400円、大学生700円、高校生400円、中学生以下無料

そのほか、詳細は展覧会公式サイトから⇒https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/tickets.html

主催 東京国立博物館、読売新聞社、文化庁、日本芸術文化振興会
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/shorinji2020/

 

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江戸から学ぶ 第13回『江戸の大火と盛り場』(令和3年度)

たくさんのお申込みありがとうございました。当落通知は10月中旬頃発送の予定です。

締切 令和3年10月3日(日)

<講演概要>
江戸は振袖火事(1657年)をはじめ度々の大家に見舞われました。その対策として設けられたのが延焼防止のための明地=火除地です。ところが庶民は、そこを盛り場に造り替えてしまいます。そこに江戸の面白さ、江戸庶民のたくましさがみえてきます。

日時 令和3年 10月31日(日)14:00開演(120分程度を予定)
会場 ミレニアムホール(台東区生涯学習センター・台東区西浅草3丁目25-16)

講師 波多野 純 氏(日本工業大学名誉教授)
昭和21年生まれ、神奈川県出身。日本工業大学名誉教授(前学長)、波多野純建築設計室代表。工学博士。『江戸城Ⅱ』で建築史学会賞。「ネパールにおける仏教僧院の保存修復」で日本建築学会賞(業績・共同)。

<留意事項>
・新型コロナウイルス感染症拡大等の理由により、内容の変更や中止となる可能性があります。
・参加の際は、新型コロナウイルス感染症対策のため、必ずマスクを着用し、私語は控えるようお願いします。

 

 

 

 

江戸から学ぶ 第16回『徳川将軍菩提寺の謎』(令和3年度)

たくさんのお申込みありがとうございました。当落通知は12月上~中旬頃発送の予定です。

締切 令和3年11月28日(日)

<講演概要>
日時 令和3年 12月25日(土)10:30開演(90分程度の予定)
会場 寛永寺輪王殿(台東区上野公園14-5)

徳川家は代々浄土宗の檀家でした。
しかしその霊廟は、宗派も場所も違う三か所に作られるようになります。
何故このようなことになってしまったのか、その時浄土宗はどのように対応したのか。
表舞台には出てこない、裏側の歴史を解き明かします。

講師 浦井 正明 氏(寛永寺住職)
昭和12年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学文学部史 学科卒業。東叡山寛永寺山内現龍院住職、寛永寺長臈を経て、令和2年2月より東叡山輪王寺門跡門主・寛永寺貫首。台東区文化財保護審議会委員、台東区教育委員会委員長を歴任し、現在は台東区文化政策懇談会委員、 上野の山文化ゾーン連絡協議会顧問を務める。 平成29年10月に台東区文化功労栄誉章を受章。

<留意事項>
・新型コロナウイルス感染症拡大等の理由により、内容の変更や中止となる可能性があります。
・参加の際は、新型コロナウイルス感染症対策のため、必ずマスクを着用し、私語は控えるようお願いします。

 

 

 

 

「講演会シリーズ『江戸から学ぶ』連続講座」往復はがきでの申込方法

下記内容を記載し、申込先までご郵送ください。

【往復用裏面】

(1)講演会タイトル
(2)郵便番号、住所、氏名(フリガナ)、年齢
(3)同伴者の有無
同伴者1名まで。有の場合は「同伴者氏名、年齢」も記入してください。
(4)電話番号(日中対応可能な番号)
(5)ライブ配信実施時の参加希望調査
新型コロナウイルス感染症等の影響により、講演会の開催ができない場合に、講演のライブ配信(生中継)を実施する可能性があります(現在、調整中)。ライブ配信を実施する場合、参加を希望される方は、「ライブ配信参加希望」と記載してください。
<ライブ配信を検討中の講演会>
第13回「江戸の大火と盛り場」
第14回「江戸の富くじ興行」
第15回「江戸の時刻と時の鐘」
第16回「徳川将軍菩提寺の謎」
第17回「災害都市江戸と穴蔵大工」
※開催方法については、当落通知にて連絡予定です。

【返信面表面】

郵便番号、住所、氏名を記入する

【各講演会 申込締切日】※必着

番外編第2回「江戸の音を観る」奥浅草編:令和3年9月5日(日)
第13回「江戸の大火と盛り場」:令和3年10月3日(日)
第14回「江戸の富くじ興行」:令和3年10月24日(日)
第15回「江戸の時刻と時の鐘」:令和3年11月7日(日)
第16回「徳川将軍菩提寺の謎」:令和3年11月28日(日)
第17回「災害都市江戸と穴蔵大工」:令和3年12月19日(日)
クロージングイベント:令和4年1月30日(日)

【注意事項】

・同日者による複数口の申込はご遠慮ください。
・開催日の10日前までに、当落いずれの場合も抽選結果をおしらせします。当選者には参加券をお送りします。
・ご提供いただいた個人情報は、当該目的にのみ使用いたします。

【申込先】

〒110-8615 台東区東上野4-5-6
台東区文化振興課「江戸から学ぶ」担当

江戸から学ぶ 『クロージングイベント』(令和3年度)

日時 令和4年2月27日(日)14:00開演(120分程度の予定)
会場 ミレニアムホール(台東区生涯学習センター・台東区西浅草3丁目25-16)

第一部「八代将軍吉宗 鷹狩と桜の名所」
〇概要
江戸幕府八代将軍徳川吉宗は、29年余にわたり国家をリフォームするために享保改革を展開しました。
享保改革のさまざまな政策のうち、台東区とかかわりの深い2つの政策、鷹狩と桜の名所づくりについてお話しします。
〇講師:大石 学 氏(東京学芸大学名誉教授・独立行政法人日本芸術文化振興会監事)
昭和28年生まれ、東京都足立区出身。台東区立下谷中学校卒業、都立上野高校卒業、東京学芸大学卒業、同大学院修士課程修了、筑波大学博士課程単位取得、名城大学助教授、東京学芸大学教授などをへて、現在は東京学芸大学名誉教授、独立行政法人日本芸術文化振興会監事。『台東区史』(1997年刊)分担執筆。

第二部 トークセッション「江戸に学び、未来を拓く」
〇出演
大石 学 氏(東京学芸大学名誉教授・独立行政法人日本芸術文化振興会監事)
浦井 正明 氏(寛永寺住職)
昭和12年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学文学部史 学科卒業。東叡山寛永寺山内現龍院住職、寛永寺長臈を経て、令和2年2月より東叡山輪王寺門跡門主・寛永寺貫首。台東区文化財保護審議会委員、台東区教育委員会委員長を歴任し、現在は台東区文化政策懇談会委員、 上野の山文化ゾーン連絡協議会顧問を務める。 平成29年10月に台東区文化功労栄誉章を受章。

<留意事項>
・新型コロナウイルス感染症拡大等の理由により、内容の変更や中止となる可能性があります。
・参加の際は、新型コロナウイルス感染症対策のため、必ずマスクを着用し、私語は控えるようお願いします。

江戸から学ぶ 第15回『江戸の時刻と時の鐘』(令和3年度)

たくさんのお申込みありがとうございました。当落通知は11月中~下旬頃発送の予定です。

締切 令和3年11月7日(日)

<講演概要>
江戸時代、人々はどうやって時刻を取り、報せていたのでしょう。
時代劇などにも登場する「時の鐘」ですが、その実態はほとんど知られていません。本講演では、江戸時代の時刻制度と江戸における時の鐘についてご紹介します。

日時 令和3年 12月5日(日)14:00開演(90分程度を予定)
会場 台東区民会館 9階 ホール(台東区花川戸2丁目6番5号 都立産業貿易センター台東館併設)

講師 浦井 祥子 氏(徳川林政史研究所非常勤研究員)
昭和45年生まれ、東京都台東区出身。日本女子大学大学院文学研究科博士課程後期終了。博士(文学)。専門は日本近世史。時刻制度を中心に、江戸から明治期までの制度や文化について、幅広く研究している。東京大学史料編纂所非常勤研究員、日本女子大学・成城大学・跡見学園女子大学などの非常勤講師を経て、現在徳川林政史研究所非常勤研究員。

<留意事項>
・新型コロナウイルス感染症拡大等の理由により、内容の変更や中止となる可能性があります。
・参加の際は、新型コロナウイルス感染症対策のため、必ずマスクを着用し、私語は控えるようお願いします。

 

江戸から学ぶ 第14回『江戸の富くじ興行』(令和3年度)

たくさんのお申込みありがとうございました。当落通知は11月上旬頃発送の予定です。

締切 令和3年10月24日(日)

<講演概要>
江戸文化を象徴的に示す富くじは、当時「富」や「富突」と呼ばれ、幕府の認可を得た寺社のみが一定期間助成事業として興行できるもので、江戸では谷中感応寺や浅草寺などが有名でした。今回は富くじのやり方や当選規定、歴史的推移、興行請負の実態などについて、具体的な資料をもとに紹介します。

日時 令和3年 11月21日(日)14:00開演(90分程度を予定)
会場 台東区民会館 9階 ホール(台東区花川戸2丁目6番5号 都立産業貿易センター台東館併設)

講師 滝口 正哉 氏(立教大学特任准教授)
早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。立正大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。専門は近世都市史・文化史。著書に『千社札にみる江戸の社会』(同成社)、『江戸の社会と御免富』(岩田書院)、『江戸の祭礼と寺社文化』(同成社)。編著に『赤坂氷川神社の歴史と文化』(都市出版)。

<留意事項>
・新型コロナウイルス感染症拡大等の理由により、内容の変更や中止となる可能性があります。
・参加の際は、新型コロナウイルス感染症対策のため、必ずマスクを着用し、私語は控えるようお願いします。

 

 

 

 

 

江戸から学ぶ 番外編第2回『江戸の音を観る』奥浅草編(令和3年度)

たくさんのお申込みありがとうございました。

締切 令和3年9月5日(日)

<講演概要>
日時 令和3年10月3日(日)14:00開演(120分程度を予定)
会場 ミレニアムホール(台東区生涯学習センター・台東区西浅草3丁目25-16)

第一部「奥浅草における江戸文化の歩み」
〇概要
江戸時代、街道筋のこの地には、遊郭、芝居町、ちょっと変わった由来を持つ神社仏閣など個性的な場所が集まりました。なかでも遊廓は江戸の文化の一翼を担い、おもてなしの源泉でもありました。その歴史と生まれた文化が現在にどのように引き継がれたかをたどります。
〇講師:佐野 陽子 氏(慶應義塾大学名誉教授・嘉悦大学名誉学長)
慶應義塾大学経済学部1954年卒。同大学院を経て経済学博士。専攻は労働経済。慶應大学商学部教授。東京国際大学商学部教授。嘉悦大学学長を歴任。近年の著作に『ドバイのまちづくり』(慶應義塾大学出版会 2009)、『奥浅草 地図から消えた吉原と山谷』(共著 サノックス 2018)。台東区浅草田原町在住65年。

第二部「現在(いま)に息づく江戸の音」
〇概要
お祭、歌舞伎、落語などになくてはならない「囃子」を通して江戸文化のエッセンスを感じ、日本人の中に変わらず生き続けてきた江戸の響きを体感します。
〇出演:望月 太左衛 氏(重要無形文化財 長唄<総合認定>保持者)
東京藝術大学にて博士号(音楽)取得。伝統芸能教場・鼓樂庵代表。250 年前より続く歌舞伎囃子望月流宗家家元である父・十代目望月太左衛門に幼少より師事。台東区内「おはやしの会」はじめ国内及びアメリカ、ドイツ、オーストリア( 2019年台東区・ウィーン市第1区姉妹都市提携30周年記念事業参加)など海外における演奏、講演と普及活動に邁進している。

<留意事項>
・新型コロナウイルス感染症拡大等の理由により、内容の変更や中止となる可能性があります。
・参加の際は、新型コロナウイルス感染症対策のため、必ずマスクを着用し、私語は控えるようお願いします。

お知らせ

「江戸をたずねる」奥浅草ガイドツアー

「江戸の音を観る 奥浅草編」でとりあげる地域を、実際に巡るガイドツアーです。「江戸の音を観る 奥浅草編」とあわせてご参加いただくと、よりお楽しみいただけます。(イベントタイトルをクリックすると該当のページへ移行します)。

<概要>
<日時>
令和3年11月6日(土)
A班・13時00分開始/B班・13時30分開始
※班により集合時間が異なります。
※雨天決行(荒天時中止)
<講師>
待乳山聖天解説/平田 真純 氏(待乳山聖天本龍院住職)
ガイドツアー/日比谷 孟俊 氏(元慶應義塾大学教授・燈虹塾代表)
ガイドツアー/不破 利郎 氏(奥浅草観光協会専務理事・燈虹塾会員)