【東京国立博物館】特別展「琉球」内覧会レポート。島人の想いを、未来に紡ぐ(~6/26)

東京国立博物館
黒漆首里那覇港図堆錦螺鈿衝立 (1928年・鹿児島県歴史・美術センター黎明館蔵)

令和4年(2022)、沖縄県は復帰50年を迎える。

かつて沖縄が琉球王国であったころ、アジアの海を舞台に諸国との貿易や外交を繰り広げ、世界の架け橋となることを目指していた。

有名な「万国津梁」という言葉にはそうした琉球の崇高な理想が込められている。

琉球王国がその後歩んだ道のりは平坦なものではなかったが、その土壌で育まれた独自の文化の煌めきは、今なお私たちの心を捉えて離さない。

琉球文化の形成や継承の意義、その美意識に着目する特別展「琉球」が東京国立博物館で幕を開けた。

※(2022/5/19)作品の展示期間について画像下部に追記。

今ここに蘇る、琉球王国の技と美。

展示会場(第一会場入口)

会場構成は「万国津梁(ばんこくしんりょう) アジアの架け橋」「王権の誇り 外交と文化」「琉球列島の先史文化」「しまの人びとと祈り」「未来へ」の全5章。会場は第一会場・第二会場に分かれており、それぞれでひとつの展覧会を構成できるほどのボリュームだ。

本展では王国時代の歴史資料・工芸作品、国王尚家に伝わる宝物に加え、考古遺物や民族作品などさまざまな文化財が一堂に会する。また、展覧会の終盤では平成27年より取り組まれてきた琉球王国文化遺産集積・再興事業を紹介し、事業によって復元された文化財を展示する。

過去から未来へと、貴重な琉球文化を次の世代へと手渡していきたいという主催者側の思いが感じられる。

展示会場風景
手前《戌秋走小唐船方陣賦〔東恩納寛惇文庫〕》(1874年・沖縄県立図書館蔵)展示期間:5/3- 5/29
《琉球使節江戸登城行列図》(19世紀・九州国立博物館蔵)展示期間:5/3-5/29
重要文化財《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)藤原国善  (1458年・沖縄県立博物館・美術館蔵)

第一会場に鎮座する《銅鐘 旧首里城正殿鐘》(万国津梁の鐘)は琉球王国が世界の架け橋ならんとした気概を示した「万国津梁」の言葉が刻まれた梵鐘だ。

15~16世紀、琉球王国は自らアジアの海に雄飛し、各地を結ぶ中継貿易の拠点となって大いに繁栄した。その存在は16世紀にアジアに進出したヨーロッパの国々にも重視され、「琉球」の名は世界に知られるようになる。
現代のグローバリゼーションにも通じる思想だが、人間そのもののスケール、野心の大きさは現代の日本人とは隔絶しているといってもいいだろう。

第一会場ではこうした琉球王国の歩みを辿る貴重な歴史資料の数々が展示されている。

朱漆が鮮やかな足付盆が会場に映える
沖縄県指定文化財《聞得大君御殿雲龍黄金簪》(15~16世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵)
(左)国宝・黒漆脇差拵(号 治金丸)(沖縄・那覇市歴史博物館蔵)(右)国宝・青貝螺鈿鞘腰刀拵(号 北谷菜切)(沖縄・那覇市歴史博物館)展示期間:5/3-5/29

会場には名匠・名工の手がけた琉球漆芸、茶器、絵画といった琉球文化の至宝が集う。国宝60件、重要文化財17件、県市指定重要文化財24件と約3分の1が指定文化財であり、琉球・沖縄をテーマにした展覧会では質・量ともに最大規模といえるだろう。

中でも《青貝螺鈿鞘腰刀拵》を含む尚家に伝わる三宝刀の公開は注目を集めている。刀身や装飾の美しさはもちろんだが、大ヒットオンラインゲーム『刀剣乱舞』において三宝刀が取り上げられたこともあり、特に若い世代への訴求力が高まっている。展覧会グッズコーナーでは『刀剣乱舞-ONLINE-』とのコラボ商品も販売されているので、興味のある方はぜひ立ち寄ってみてほしい。

琉球染織の豪華競演 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
国宝《玉冠(付簪)》(18~19世紀・沖縄・那覇市歴史博物館蔵)展示期間:5/3-5/15 ※こちらの作品はすでに展示を終了しています
《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》(19世紀・神奈川・女子美術大学美術館蔵)展示期間:5/3-5/29

会場を見回すと、琉球国王の正装をはじめ、中国産の更紗地を用いた衣装や琉球で織られた浮織物など、素材や技法も多種多様な琉球染織が目を引く。ここまで琉球染織が幅広く展示された展覧会は筆者の記憶する限りはなく、非常に貴重な機会だといえるだろう。

《緋色地波濤桜樹文様紅型木綿衣裳》は背中全体に大きく波濤が上がる風景画のようなデザインが特徴的。日本の遠山桜文様と中国の波濤山水文を合わせた意匠の妙は、国際色豊かな琉球文化の特徴を色濃く映し出している。

第4章では「しまの人々の祈り」として、土地に根差した宗教観に注目する
神女が村落祭祀で身につける装身具。中央が《玉ハベル》、右が《玉ダスキ》、左が《玉ガーラ》(ともに東京国立博物館蔵)

沖縄と聞いて多くの人が連想するのが「ノロ」に代表されるような祭祀のイメージではないだろうか。女性が祭祀を司るという特徴は姉妹が兄弟を霊的に守護するという「おなり神信仰」に通じるもので、琉球ではこうした美意識と宗教観を豊かな自然の中で育んできた。

展覧会終盤ではこうした琉球文化の「信仰」という側面に焦点を当て、私たちの胸中に沖縄の人々の祈りの姿を喚起する。そう、今も昔も沖縄は祈りの島なのだ。

模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》 (原資料17~18世紀・沖縄県立博物館・美術館蔵) 展示期間:5/3-5/29

朱漆塗が鮮やかな模造復元《朱漆巴紋沈金御供飯》は琉球の王家・王族家の祭祀道具として王府内で使用されていたものを復元した作品。木工、沈金などの漆工技術が結集された琉球漆工史上でも重要な祭器で、琉球王国文化を考えるうえでも貴重な作品とされている。

開催概要

《大龍柱》(旧首里城正殿前)(1711年・沖縄県立博物館・美術館蔵)
会期 2022年5月3日(火・祝)~6月26日(日)
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
開館時間 9時30分~17時00分(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日
観覧料 一般  2,100円
大学生 1,300円
高校生  900円
(注)本展は事前予約不要です。オンラインもしくはご来館時に東京国立博物館正門チケット売り場でチケットをご購入ください。
(注)混雑時は入場をお待ちいただく可能性があります。
(注)中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
(注)本展観覧券で、ご観覧当日に限り総合文化展もご覧いただけます。ただし、総合文化展の混雑状況によっては、入場をお待ちいただく場合があります。
(注)会期中、一部作品の展示替えを行います。
(注)詳細は、展覧会公式サイトチケット情報のページでご確認ください
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/

 

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【会場レポ】「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」レイバーンにグラント、珍しい英国絵画も来日(東京都美術館で7月3日まで)

東京都美術館

ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画史を彩る巨匠たちの作品を紹介する「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」が、東京都美術館で4月22日(金)から開催されています。会期は7月3日(日)まで。

開幕に先立って行われた報道内覧会に参加しましたので、会場の様子や展示作品についてレポートします。

スコットランド国立美術館が誇る美の至宝が一挙来日。

展示風景
展示風景
エル・グレコ《祝福するキリスト(「世界の救い主」)》1600年頃
デイヴィッド・ウィルキー《結婚式の日に身支度をする花嫁》1838年

スコットランドのエディンバラで1859年に開館したスコットランド国立美術館。ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ブーシェ、コロー、ルノワールなど、西洋絵画史において重要な画家の作品を多くコレクションにもつ、世界屈指の美術館として知られています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」では、そんな巨匠たち(THE GREATS)の作品を時代順に紹介。

さらに、同館のコレクションを特徴づけている、ゲインズバラ、レノルズ、ミレイといったイングランド出身の画家や、日本ではなかなか見ることのできないレイバーン、ラムジー、グラント、ウィルキーなどスコットランド出身の卓越した画家たちの魅力あふれる名品も多数出品しています。

約90点の油彩画・水彩画・素描を通じて、ルネサンス期から19世紀後半にかけての西洋絵画の流れのなかで、英国絵画の流行や変遷の歴史も知ることができる展覧会です。

プロローグ

会場入り口

本展は、「ルネサンス」「バロック」「グランド・ツアーの時代」「19世紀の開拓者たち」と時代ごとに分けられた4章と、プロローグ+エピローグという展示構成になっています。

まずプロローグでは、スコットランド国立美術館について紹介。

アーサー・エルウェル・モファット《スコットランド国立美術館の内部》1885年

作品を貸し出している美術館を写真やムービーで紹介する展覧会は数多いですが、本展のプロローグでは、同館のコレクションが現在も展示されている館内の様子や、その新古典主義様式の素晴らしい建築、美術館を取り巻くエディンバラの印象的な街並みを絵画で見ていけるのが面白いです。

ジェームズ・バレル・スミス《エディンバラ、プリンシズ・ストリート・ガーデンズとスコットランド国立美術館の眺め》1885年

「神殿かな?」と思ったらこれが美術館とは……。奥に見えるエディンバラ城とあわせてまるでファンタジーの世界のような非日常感に満ちた、精緻でロマンティックな水彩画。普段は「ふーん」で流してしまう美術館情報がばっちり記憶に焼き付きました。

チャプター1. ルネサンス

次に「チャプター1. ルネサンス」の展示エリアへ。フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマを中心に花開いたルネサンス時代の、創造性に富んだ絵画や素描を展示しています。

アンドレア・デル・ヴェロッキオ(帰属)《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》1470年頃

レオナルド・ダ・ヴィンチの師であるヴェロッキオは《幼児キリストを礼拝する聖母(「ラスキンの聖母」)》で廃墟の神殿を描いていますが、それはこの時代の聖母子像の背景としては異例のこと。「古代世界の再発見と分析」というルネサンスの特徴を宗教画のなかで示した重要な作例といえるそう。

パリス・ボルドーネ《化粧をするヴェネツィア女性たち》1550年頃

一方で、肌を見せる高級娼婦という官能的な主題を神話的、寓意的な暗喩によって上質なものにしたボルドーネの《化粧をするヴェネツィア女性たち》のように、それまでなかった世俗的な作品も描かれるようになったことを取り上げて、この時代の芸術家の活動機会の広がりや、依頼主の興味や嗜好の多様性を紹介しています。

ラファエロ・サンツィオ《「魚の聖母」のための習作》1512-14年頃
コレッジョ(アントニオ・アッレーグリ)(帰属)《美徳の寓意(未完)》1550-1560年頃

ラファエロやティツィアーノの美しい素描や、コレッジョによるとされる、ある意味で完成品より貴重な(?)見事に中心部だけ抜けた未完成作品《美徳の寓意(未完)》の展示も。画面右側にいる女性のCGのような立体感を見るにつけ、「ここで止めるなんてなんともったいない……」と惜しく思うと同時に、完成した「もしも」を想像させてくれる魅力的な作品です。12点と作品数は少ないながらも見ごたえがありました。

チャプター2. バロック

「チャプター2. バロック」では、ベラスケスやレンブラントといった、従来の世界観を覆そうとした17世紀ヨーロッパの革新的な画家たちの作品が並びます。

ディエゴ・ベラスケス《卵を料理する老婆》1618年

日常のささやかな題材を偉大な芸術の域にまで高め、かつてないリアリズム絵画を制作したスペインの画家・ベラスケスの初期の傑作《卵を料理する老婆》は本展で初来日。

少年と老婆の肌や衣服はもちろん、前景の食器や食材の質感が巧みに描き分けられ、ドラマティックな明暗描写によって庶民の平凡なモチーフが厳かな雰囲気をまとっています。これが18歳か19歳のときに描いた作品というから驚くばかり……。

レンブラント・ファン・レイン《ベッドの中の女性》1647年

聖書や神話の登場人物に深い人間性を与えて見る者の共感を誘った、17世紀オランダの最も偉大な芸術家・レンブラントの《ベッドの中の女性》という謎めいた作品も注目です。

主題を特定する要素は避けられていますが、旧約聖書に登場する、結婚初夜に新郎を7度悪魔に殺されたサラが新たな夫トビアと悪魔の戦いを見守る場面を描いたのではないかといわれているそう。顔に影を落として浮かべる、期待と不安、なにより切実さが伝わる複雑な表情に感情表現が巧みなレンブラントらしさを感じます。

アンソニー・ヴァン・ダイク《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》1627年

肖像画の分野で後の英国美術に大きな影響を与えたヴァン・ダイクの《アンブロージョ・スピノーラ侯爵(1569-1630)の肖像》なども印象的でしたが、この「バロック」エリアで特に興味深かったのはイタリアの画家・レーニの《モーセとファラオの冠》でした。

グイド・レーニ《モーセとファラオの冠》1640年頃

優美な人体、明快な輪郭、均衡ある構図が持ち味でアカデミズムでは「ラファエロに次ぐ画家」、ゲーテからは「神のごとき天才」とも評されたレーニの作品。妙な仕上がりというか、「いくらなんでも女性の肌が緑色すぎるのでは? 男性と比べて女性は全体的にぼやけているし……」と違和感が。きっと何か意図があるはずだと公式図録を開いてみました。

すると「晩年のレーニは、大ざっぱで一見未完成に見える技法で作品を制作していたが、本作は本当に未完成の可能性がある」といった内容のことが書いてあり、少しずっこけました。紛らわしさが研究家泣かせですね。レーニの伝記を書いた人物は「慌てて描いたようなぞんざいなテクニック」と辛らつに評していたそうで……。晩節を汚したタイプだったとは知りませんでした。ですが、これはこれで神秘的な雰囲気があってすてきです。

チャプター3. グランド・ツアーの時代

18世紀はパリやロンドン、ヴェネツィアなどの都市で、芸術的才能が爆発的に開花した時代。そして、英国のコレクターたちが美術品の購入や文化的教養を深める目的で、「グランド・ツアー」と呼ばれる大規模なヨーロッパ旅行をした時代でもありました。「チャプター3. グランド・ツアーの時代」では、この二つの視点から作品を紹介しています。

ジャン=アントワーヌ・ヴァトー《ツバメの巣泥棒》1712年頃
フランソワ・ブーシェ《田園の情景》 左から「愛すべきパストラル」1762年 / 「田舎風の贈物」1761年 / 「眠る女庭師」1762年

展示エリアに入ってすぐ、「雅宴画」というジャンルを確立し、幻想的な理想郷を想像した革新者・ヴァトーの魅力がつまった《ツバメの巣泥棒》や、彼の流れを受け継いだブーシェによる牧歌的でロマンティックな三つの大作などを展示。18世紀パリを象徴する華やかなロココの世界に引き込まれます。

一方、この頃の英国では肖像画の表現が発展していったため、本展でも英国の三大肖像画家と称されるラムジー、レノルズ、ゲインズバラが紹介されています。

アラン・ラムジー《貴婦人の肖像(旧称「フローラ・マクドナルドの肖像」)》1752年
ジョシュア・レノルズ《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》1780-81年

特に注目してほしいのは、ロイヤル・アカデミーの初代会長をつとめたイングランド出身のレノルズ。

代表作《ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち》は、通常の肖像画のように正面を向いていないため、一見肖像画とわかりづらい作品です。三人の女性が手仕事をしていますが、まるでサロンのように優雅。三人の女性が並ぶ構図は古典美術の「三美神」という伝統的な主題になぞらえているもので、そのおかげか時代を超越した美しさがあります。これは、「グランド・マナー(歴史画の様式)」を取り入れて肖像画の地位を高めようとしたレノルズを象徴する作品なのだとか。

トマス・ゲインズバラ《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》1778年頃

また、レノルズのライバルで、互いに尊敬しあう関係だったゲインズバラの《ノーマン・コートのセリーナ・シスルスウェイトの肖像》は、スカートのあたりの非常に大胆で素早い筆致をぜひ間近で鑑賞してください。少し雑な仕上がりにすら思えるのに、離れて見るとつややかな素材感が見事に表現されていて、まるで魔法のように感じられるはず。

ゲインズバラは肖像画で成功しましたが、実は風景画家になりたかったそう。風景に対する高い関心が画面に独特の空気感を生まれさせるのでしょうか。人物と風景を融合させる彼の作品はどこか叙情的です。

フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》1770年頃
フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂》1770年頃

イタリアは「グランド・ツアー」で英国のコレクターたちが熱心に訪れた場所であり、18世紀ヴェネツィアで最も有名な画家の一人だったグアルディによる、都市の景観を精密に描いた「景観図(ヴェドゥータ)」も大変人気だったとか。

現代のように楽しい旅の思い出を写真に残せないですから、みんなお土産で買っていったのだろうと思うと親近感がわきますね。それまでの正確に輪郭をとった地誌的な景観画と一線を画し、印象派を思わせる素早い筆致や、光と空気感を意識的に取り込んだ作風が魅力です。

ジョン・ロバート・カズンズ《カマルドリへの道》1783-1790年頃

イングランド出身の画家・カズンズがイタリア旅行のスケッチから制作した《カマルドリへの道》も、目立たないですが美しい作品でした。ナポリのポッツオーリ湾を描いた水彩画で、スケッチと完成品では景色が変わっているそう。

柔らかな緑と青みがかった灰色の抑制された色調によって哀愁漂う雰囲気を醸し出していますが、遠い海と空はうっすらバラ色の光が降り注いでいて幻想的です。この風景は単なる記録ではなく、画家のなかで詩的に再構築されたものなのでしょう。芸術家たちにとっても、この時代のイタリアという土地がどれほど特別なものだったのかが伝わってくるようでした。

チャプター4. 19世紀の開拓者たち

19世紀の英国やフランスは肖像画や風景画などが引き続き好まれた一方で、世紀半ばに活躍したバルビゾン派や、その後の印象派、ポスト印象派など、革命的な画家たちが大きな変革をもたらした時代だったことを紹介する「チャプター4. 19世紀の開拓者たち」。

左から、フランシス・グラント《アン・エミリー・ソフィア・グラント(“デイジー”・グラント)、ウィリアム・マーカム夫人(1836-1880)》1857年 / ヘンリー・レイバーン《ウィリアム・クルーンズ少佐(1830年没)》1809-1811年頃

華麗で伝統的な「グランド・マナー」の肖像画の例として、日本で見る機会の少ないスコットランド出身の画家、レイバーンとグラントの大作をハイライト的に展示しています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《「古来比類なき甘美な瞳」》1881年

先ほど紹介したレノルズやゲインズバラの影響を受けた、イングランド出身の画家・ミレイの《「古来比類なき甘美な瞳」》は、物憂げながらこれから訪れる厳しい現実をしっかり見据えるような澄んだ瞳が印象的。バッチリおめかしした人物画が多い中で、服装も髪型も飾り気がなく素朴で逆に新鮮に映りました。

鋭い観察力に基づきつつ、とても感傷的な雰囲気の作品で、タイトルは女性詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの詩から引用したもの。摘み取られたスミレの花とともに、成長していく少女の純真さと儚さの輝きを表現しているといいます。このように、この時代の主要な画家には、文学や物語のテーマを個人的に解釈する傾向があったのだとか。

ジョン・コンスタブル《デダムの谷》1828年

19世紀英国の風景画の巨匠・コンスタブルの《デダムの谷》も見逃せません。彼が愛した生まれ故郷の田園風景を描いた作品で、雲が落とす影や、触れたときの感触や冷たさが伝わってきそうな植物が、いかに細心の注意を払って描かれているか。彼ならではの見事な自然主義を感じる、自身が「おそらく私の最高傑作」と評したといわれる名画です。

ベルト・モリゾ《庭にいる女性と子ども》1883-84年頃

フランスでは、対象を直接写生し、色や光を賛美する画家たちが登場しました。物議をかもしながらも時代をつくり、広く愛好されていった革命的な画家たちの表現の変遷を、本展ではコロー、シスレー、ルノワール、マネ、ゴーガンなどの巨匠たちを中心とした作品で追っていけます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《子どもに乳を飲ませる女性》1893-94年
クロード・モネ《エプト川沿いのポプラ並木》1891年

エピローグ

エピローグには1作だけ、アメリカの画家チャーチの大作《アメリカ側から見たナイアガラの滝》がドンっと置かれています。

フレデリック・エドウィン・チャーチ《アメリカ側から見たナイアガラの滝》1867年

よく見ないと気づかないですが、画面左の崖に展望台があり、そこには滝をのぞき込む小さな人影が。この人影と対比して、ナイアガラの滝の驚異、崇高で劇的なスケールが見事に表現されている本展で一番大きな作品です。(257.5×227.3cm)

ラストを飾るにふさわしい圧巻の迫力ですが、ここまでイングランドやスコットランドの画家を意識的に取り上げてきたにもかかわらず、なぜ急にアメリカの自然を描いたアメリカの画家の作品が登場するのかと疑問も。その理由を、東京都美術館の髙城靖之学芸員は次のように解説してくれました。

「スコットランドの貧しい家庭に生まれ、アメリカに渡って成功し、財を成した実業家が、故郷のためにスコットランド国立美術館へ寄贈した作品です。スコットランド国立美術館は開館当初、絵画購入の予算を与えられませんでした。では、なぜ現在、これだけの質の高いすばらしいコレクションを形成できたのかというと、地元の名士たちや市民から寄贈を受け、また寄付金などで作品を購入してきた歴史があります。本作は、そういったスコットランド国立美術館のコレクション形成の歴史を象徴するような作品であり、記念碑的な作品として本展の最後を飾っています」


ルネサンス期から19世紀後半までの西洋絵画の巨匠たちの作品を紹介しつつ、スコットランドやイングランド出身画家たちの名画にスポットを当てた「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」。開催は2022年7月3日(日)までとなっています。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」開催概要

会期 2022年4月22日(金)~7月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開館時間 9:30~17:30、金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
※夜間開室については展覧会公式サイトでご確認ください。
休館日 月曜日(ただし5月2日は開室)
観覧料 一般 1900円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1400円
※日時指定予約制です。その他、詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://greats2022.jp

記事提供:ココシル上野


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【東京都美術館】オープン・レクチャー募集開始 上野の文化施設発!「こどもと大人のためのミュージアム思考」のススメ

東京都美術館

 

5月5日(木・祝)午後2時~ オンライン開催

東京都美術館と東京藝術大学、そして上野公園に集まる9つの文化機関が連携し、すべてのこどもたちが、文化やアートを介して「社会に参加しつながりを持つこと」を推進するラーニング・デザイン・プロジェクト「Museum Startあいうえの」。約10年間の取組みをまとめた『こどもと大人のためのミュージアム思考』(左右社刊、2022年)の出版を記念し、『上野の文化施設発!「こどもと大人のためのミュージアム思考」のススメ』をテーマに、5月5日(木・祝)にオンラインにて、オープン・レクチャーを開催します。

 

「Museum Startあいうえの」の理念や実践例を紹介しつつ、社会におけるアート・コミュニケータの役割とともに、これからのミュージアムのあり方を考えていきます。登壇は、著者の稲庭彩和子氏、伊藤達矢氏、鈴木智香子氏ほか。多様な文化や人々が関わり合い、豊かなコミュニケーションが生まれるミュージアムを舞台に、どんな学びが育まれてきたのでしょうか。市民とともにつくりだす新しい学びの姿について思考を深めていきたいと思います。オンライン開催ですので、みなさまぜひお気軽にご参加ください。

 

・オープン・レクチャー開催概要

日時|2022年5月5日(木・祝)14:00~16:30
会場|オンライン(Zoomウェビナー使用)
定員|300名(事前申込制、先着順、※定員になり次第締め切ります。)
参加費|無料
登壇者|稲庭彩和子(独立行政法人国立美術館 主任研究員)
伊藤達矢(東京藝術大学社会連携センター特任教授)
鈴木智香子(独立行政法人国立美術館 特任研究員)ほか
その他|手話通訳、UD トークによる文字表示支援あり
申込方法|下記フォームよりお申込みください。申込みアドレス宛に招待URLをお送りします。
申込みフォーム|https://tobikan.jp/form/294
オープン・レクチャーの詳細|https://tobira-project.info/openlecture12
問い合わせ先|「とびらプロジェクト」運営チーム p-tobira@tobira-project.info

 

・書籍紹介

 

編著:稲庭彩和子
著:伊藤達矢、河野佑美、鈴木智香子、渡邊祐子
装幀:松田行正+杉本聖士
定価:本体1800円+税
四六判並製/296ページ
2022年3月31日 第一刷発行
978-4-86528-079-1 C0070
オンライン販売:http://sayusha.com/catalog/books/paiueno

 

・「Museum Start あいうえの」とは…

東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、東京藝術大学が主催し、国立科学博物館、国立国会図書館国際子ども図書館、上野の森美術館、国立西洋美術館、東京国立博物館、恩賜上野動物園、東京文化会館が共催する、ラーニング・デザイン・プロジェクトです。

上野公園に集まる9つの文化機関が連携し、すべてのこどもたちが、文化やアートを介して「社会に参加しつながりを持つこと」を推進するプロジェクトです。文化を介して人々のコミュニケーションの機会を作り、人々の平等性、多様性を肯定し、人々の関わり合いを育み、人々のウェル・ビーイング(well-being : 心身ともに健康で幸福感がある状態)を高めることを目的としています。
「Museum Start あいうえの」ウェブサイト:https://museum-start.jp/

 

 

記事提供:ココシル上野


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【取材レポ】国立西洋美術館がリニューアルオープン!コルビュジエが設計した前庭や無料開放される19世紀ホールなど見どころを紹介

国立西洋美術館


施設整備のため約1年半の間休館していた国立西洋美術館(東京・上野)が、2022年4月9日にリニューアルオープンしました!

本記事では「近代建築の父」と称されるフランスの建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)が設計した、1959年の開館当時に近い姿に戻された前庭や、無料開放される「19世紀ホール」など、リニューアル後の変化を詳しくレポート。

あわせて、新たに開幕した小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」、「新収蔵版画コレクション展」についてもご紹介します。

開館当時の姿に近づいた国立西洋美術館

リニューアルオープン前日に行われた記者発表会・リニューアル内覧会で、ひと足はやく工事後の国立西洋美術館を拝見してきました。

国立西洋美術館 南側の入り口からの光景

2020年10月から行われた工事では企画展示館の空調や防水設備の更新なども実施されましたが、リニューアルを目に見えて実感できるのは前庭の外観です。

同館の前庭は1959年の開館以来、さまざまな改変が加えられてきました。これは美術館としての機能や利便性を向上させるためでしたが、2016年に本館と前庭を含む敷地全体がユネスコ世界文化遺産に登録された際には、当初の前庭の設計意図が一部失われていると指摘を受けてしまったそうです。

そこで同館では、ル・コルビュジエが設計した意図が正しく伝わるよう、また建物としての価値を高めるよう、施設整備にあわせて前庭を開館当時の姿にできる限り戻すことを決定しました。

園路から敷地内がよく見えるように。

リニューアル後の同館に足を運んでまず気づくのは、南西側にあった植栽がほぼ撤去されていることと、上野公園の園路から同館の敷地がよく見えるようになったことです。

敷地南西の端からの光景。ほとんど植栽が消えています。

リニューアル前の姿をご覧になったことがある方は、ぜひそのときの光景を思い出してみてください。

上の写真は、リニューアル前は小道つきの植栽エリアがあった場所です。ずいぶんスッキリしましたよね!

植栽や敷地を囲う柵によりやや閉鎖的な雰囲気があった前庭ですが、このたび開館当時の開放的なオープンスペースらしい姿を復原。上野公園との連続性をもたせるために、開館当時のように透過性のある柵にしたことで、園路側からも美術館側からも視線が通るようになりました。

向かい側の東京文化会館もよく見えるように。

ル・コルビュジエが考えた本館へのアプローチと彫刻作品の配置も、開館当初の姿にできる限り近づけられました。

まず、かつて正門として扱われていた西側(噴水広場側)の入り口が当初の状態に近い形に。あわせて、この西側の入り口から来館者を誘導するように引かれた床のラインも復活しました。

西側の入り口から《地獄の門》方向にのびるグレーのライン。

床のラインはまっすぐ東側にある《地獄の門》の方向にのびています。ラインに沿って右手にロダンの《考える人(拡大作)》、左手に《カレーの市民》を鑑賞しながら進むと、ラインは左に分岐して人々を本館の中へ誘います。

ラインの先にある《地獄の門》/ オーギュスト・ロダン《地獄の門》松方コレクション
オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》松方コレクション / 西側の入り口から入った来館者のほうを向いて設置されています。
オーギュスト・ロダン《カレーの市民》
ラインは途中で本館のほうへ分岐。

設計の際、ル・コルビュジエはまず中心に核となる部屋をつくり、コレクションの増加とともにぐるぐる外側に螺旋を描く形で展示スペースを増築していくという「無限成長美術館」を構想していました。

同館の福田京専門員は、「前庭から無限成長美術館のコンセプトであるピロティ(柱だけで構成された吹き抜けの空間)へ、そして中央のホールへと流れるように動線が続いていく。歩きながら視線を移すと次々に光景が変わっていき、矢印などのサインなどを使わなくても自然に進む方向へ誘うという手法を、ル・コルビュジエは本館の中でも多く用いています」と話します。

また、前庭の床には動線のラインのほかにも、細い目地があみだくじのように広がっていることに気づきます。

前庭一面に広がる目地。

こちらは、ル・コルビュジエが人体の寸法と黄金比をもとに考案した尺度である「モデュロール」で割り付けられたもの。リニューアル前にもありましたが、もともとのデザインとしての目地と、コンクリートのパネルを分割する目地が混在して、デザインが分かりづらい状態でした。また、デザインとしての目地の一部も開館当時とは位置が変わっていたそうです。

今回のリニューアルでコンクリートのパネルの目地も美観を損ねないようモデュロールで割り付け、細部にわたって復原されました。

ちなみにこの前庭の床の目地ですが、向かいにある東京文化会館の窓のサッシの割り付けと幅も位置も完全に呼応しているそうですよ!

東京文化会館の設計は、ル・コルビュジエの弟子であり、国立西洋美術館の設計にも関わった前川國男が手掛けていますから、師匠へのオマージュということでしょうか? 足を運んだ際は見比べてみてください。

本館の吹き抜け空間「19世紀ホール」が無料開放!

19世紀ホール

リニューアルオープンにあたり、これまで有料エリアだった本館の中央にある吹き抜け空間「19世紀ホール」が当面の間、無料で開放されます!(2階展示室へ続くスロープから先は観覧券が必要)

三角形の天窓からやわらかな自然光が入っている様子が印象的な「19世紀ホール」は、空間自体がひとつの彫刻作品のような場所。常設展の起点であり、スロープを上って2階に進むと、ホールをぐるりと取り囲むように回廊型に配置された展示室をめぐることができます。

19世紀ホール スロープからの光景

こうした「19世紀ホール」を起点とした螺旋状の動線は、まさにル・コルビュジエの「無限成長美術館」のアイデアが反映されたもの。傾斜のゆるいスロープを上れば柱の奥に2階の絵画がチラリ……ここでも移動する間に移り変わる光景を楽しむことができます。リニューアルした前庭とあわせて「19世紀ホール」でル・コルビュジエの世界を体験しましょう。

常設展にも新しい仕掛けが!

常設展 展示風景

実業家・松方幸次郎が築いた「松方コレクション」を核とした、中世から20世紀にかけての西洋絵画やフランス近代彫刻が鑑賞できる常設展についても変化があります。

常設展は、《睡蓮》のモネをはじめ、ドラクロワ、ルーベンス、セザンヌ、ルノワール、ゴッホ、ピカソなど、時代を代表する巨匠たちの作品が目白押し。500円で入れるのが信じられないほど見どころ満載の展示となっています。

常設展 展示風景

田中正之館長によれば、リニューアルにあわせて常設展の展示方法を考え直し、いままでとは少し違った作品の並べ方をしているそう。

「古い時代の絵画の中に近代の作品が混じっているなど、隠し味的な展示になっている。なぜそこに近代の作品が混ざっているのか、何を見せようとしているのかを考えながらご覧いただければ」とのことでした。新たに「Collection in FOCUS」という作品のピックアップ紹介のコーナーも設けられていましたので、ぜひチェックしてみてください。

新収蔵作品や初展示作品など、常設展の新顔であろう作品を内覧会でいくつか見つけましたのご紹介しておきます。

(写真左)【新収蔵作品】ベルナルド・ストロッツィ《聖家族と幼児洗礼者聖ヨハネ》 1640年代前半、油彩、カンヴァス
(写真右)【新収蔵作品】ジョン・エヴァレット・ミレイ《狼の巣穴》  1863年、油彩、カンヴァス
(写真左)【初展示作品】フランク・ブラングィン《木陰》 油彩、カンヴァス
(写真左)【初展示作品】ヨゼフ・イスラエルス《煙草を吸う老人》 油彩、カンヴァス

せっかくなので常設展をゆっくり巡ってみました。個人的にこの常設展の展示室は、出口のない森に迷い込んだように「あれ、いま自分はどこにいるんだろう」とソワソワした気持ちになる瞬間があるのが楽しい場所です。ところどころに目隠しのように壁が設置されていることが、予想がつかない感じと迷路感を出しているのでしょうか。こんなところでも「無限成長美術館」のエッセンスを感じました。

常設展 展示風景

2種類の小企画展が同時に開幕!

リニューアルオープンにあわせ、4月9日からル・コルビュジエが晩年に制作した絵画と素描を紹介する小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」が開催されています。

ル・コルビュジエ《奇妙な鳥と牡牛》 1957年、タピスリー 大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

世界有数のル・コルビュジエのコレクションを所蔵する大成建設の寄託作品を中心とした約20点(展示替え含め約30点)を展示。

初期のピュリスム様式から大きく方向性を変え、自然界の形象と厳格な幾何学的構図の融合、そして人間と機械、感情と合理性、芸術と科学の調和を目指したとされる作品が並び……ということらしいのですが、筆者のレベルでは、そのあたりのことはちょっとよくわかりませんでした……。(動物の絵が愛嬌があってかわいいなーと思いながら鑑賞していました)

建物と絵画とであまりイメージも重ならないなと。ただ、国立西洋美術館をぐるりと一周してきた後にこの小企画展を鑑賞したところ、わからないなりに「ああ、たしかにこの建物と作品の作者は同じなんだろうな」と不思議と納得できました。

(写真左から)ル・コルビュジエ《静物》1953年、油彩、カンヴァス 《牡牛XVIII》1959年、グアッシュ、カンヴァス いずれも大成建設株式会社所蔵(国立西洋美術館寄託)

聞けば、前庭だけでなく本館の各所にも先ほど話題に出した「モデュロール」の寸法が使われているとか。そのために空間には独特のリズムと調和が生まれている気がします。規則性と意外性が同居する建築と、秩序がないようで全体として調和がとれている絵画は重なる部分があるのかな? などと考える展示でした。

「新収蔵版画コレクション展」展示風景

同時に開幕した「新収蔵版画コレクション展」では、4,500点以上にもなる同館の版画コレクションの中から、2015年度以降に新規収蔵された作品を紹介。時代順、地域ごとに作品をまとめ、15世紀末から20世紀初頭まで、デューラーやレンブラントといった巨匠の作品をはじめ、多様な版画表現が楽しめます。

ポスタービジュアルにはアルブレヒト・デューラーの『黙示録』より《書物をむさぼり喰う聖ヨハネ》が使われています。
(写真右)エドヴァルド・ムンク《魅惑II》 1895年、エッチング、ドライポイント、バーニッシャー/紙

6月4日からは「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」が開催予定

記者発表会の様子

記者発表会では2022年6月4日より開催予定の、ドイツ・フォルクヴァング美術館との共同プロジェクトから生まれた企画展「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」の紹介も。

両館のコレクションから、印象派とポスト印象派を軸にドイツ・ロマン主義から20世紀絵画までの100点を超える絵画や素描、版画、写真を展示。自然と人の対話(ダイアローグ)から生まれた近代における自然に対する感性と芸術表現の展開を紹介するものです。

ファン・ゴッホが晩年に取り組んだ風景画の代表作《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》が初来日するほか、世界的に注目を集めているフィンランドの画家ガッレン=カッレラの作品も本邦初公開。マネ、シニャック、ムンク、ホドラー、エルンストといった巨匠たちの共演による多彩な自然表現が楽しめるとのこと。


新たなスタートを切った国立西洋美術館。観覧の前には、ル・コルビュジエの思想をじっくり感じられる前庭もぜひゆっくり楽しんでみてください。

 

■国立西洋美術館 インフォメーション

所在地:東京都台東区上野公園7-7
開館時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで) ※入場は閉室の30分前まで
公式サイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/

・小企画展「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ ― 大成建設コレクションより」
会期:2022年4月9日(土)~9月19日(月・祝)
会場:国立西洋美術館 新館1階第1展示室

・小企画展「新収蔵版画コレクション展」
会期:2022年4月9日(土)~5月22日(日)
会場:国立西洋美術館 新館2階版画素描展示室

・企画展「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」
会期:2022年6月4日(土)~9月11日(日)
会場:国立西洋美術館

※休館日、観覧料等については公式サイトでご確認ください。

 

記事提供:ココシル上野


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第四十三回 上野東照宮 春のぼたん祭

上野東照宮

“ジパング”“赤胴の輝”など希少品種を始め、開苑当時からの大株や珍しい緑色のボタンなど110種500株以上が春を彩ります。

1980年に日中友好を記念に開苑し、江戸の風情を今に残す上野東照宮のぼたん苑では、2022年4月9日(土)~5月8日(日)の間、110種500株以上が彩る春のぼたん祭を開催します。

※当苑では新型コロナウイルス感染拡大防止の取り組みとして、苑内の定期消毒や現金授受の撤廃、従業員の健康管理などの対策を行っています。ご来苑いただく皆様に安心して庭園を鑑賞していただくため、ご来苑者様には手指の消毒とマスク着用のご協力をお願いしています。

 

開苑当時からの大株や、緑色に咲く『まりも』など110種500株以上

期間中、日本、中国、アメリカ、フランスなど110種500株以上のボタンが咲き誇ります。中には開苑当時から咲き続ける大株や、中国品種と日本品種の自然交配による緑色の花が珍しい『まりも』などもお楽しみいただけます。

[苑内風景※昨年のイメージ]

[まりも]

今回ご覧いただける希少品種
[ジパング]

黄色の千重咲きのボタンで上向きに咲く唯一のボタン。とても上品な香りと共にお楽しみいただけます。

[赤銅の輝]
黄色に桃色がかった橙色の花弁でとても珍しい品種のボタンです。花弁一枚一枚が際立ち、上向きに咲くのも特徴です。

 

■『ボタン』とは
ボタンの花は「富貴」の象徴とされ、「富貴花」「百花の王」などと呼ばれています。
日本には奈良時代に中国から薬用植物として伝えられたとされ、江戸時代以降、栽培が盛んになり数多くの品種が作り出されました。中国文学では盛唐(8世紀初頭)以後、詩歌に盛んに詠われるようになり、日本文学でも季語として多くの俳句に詠まれ、絵画や文様、家紋としても親しまれてきた花です。

[紫紅殿(しこうでん)]
[黄冠(おうかん)]

 

『旧寛永寺 五重塔』をはじめとする本格的な江戸建築とボタンを楽しむ
苑内からは旧寛永寺五重塔や東照宮の参道に並ぶ石灯籠を見る事ができ、枯山水の日本庭園とあわせて他では味わえない江戸風情の中でボタンを見る事ができます。

■他にも写真撮影スポットが充実!
ボタンの撮影を楽しまれるお客さまが多く訪れる当苑では、季節感のある撮影をお楽しみいただける色鮮やかな鯉のぼりや、苑内の随所に寄せ植えや盆栽などをご用意しています。
500株以上が咲くボタンとの撮影をお楽しみください。

 

■ボタンと共に咲くお花達
苑内にはボタンの他にシャクナゲや約20品種のシャクヤクなどが随時開花しボタンとの艶やかな共演をお楽しみいただけます。

[シャクナゲ(4月初旬~下旬)]
[シャクヤク(4月下旬~5月中旬)]
[シャクヤク(4月下旬~5月中旬)]

 

[上野東照宮 春のぼたん祭]概要
名称:第四十三回 上野東照宮 春のぼたん祭
期間:2022年4月9日(土)~5月8日(日)※期間中無休
開苑時間:9:00~17:00(入苑締切)
入苑料:大人(中学生以上)700円、団体(20名以上)600円、会期入苑券2,000円、小学生以下無料
主催:一般社団法人 上野観光連盟 後援:台東区
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園9-88 TEL:03-3822-3575(ぼたん苑)
アクセス:JR上野駅 公園口より徒歩5分
京成電鉄京成上野駅 池之端口より徒歩5分
東京メトロ根津駅 2番出口より徒歩10分
URL:https://uenobotanen.com/
公式Instagram:https://www.instagram.com/utbotanen_official/

 

記事提供:ココシル上野


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藝大コレクション展2022 ー春の名品探訪 天平の誘惑ーが、4月2日(土)から開催。

東京藝術大学大学美術館
《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》「弁財天及び四眷属像」 建暦2年(1212) 頃 重要文化財 東京藝術大学蔵

 

藝大ならではのさまざまな分野が混在したコレクションを鑑賞できる、年に一度の貴重な機会。

東京藝術大学は、前身である東京美術学校の設立から135年の長きにわたって作品や資料の収集につとめてきました。その内容は古美術から現在の学生制作品まで多岐に及びます。当館では、この多彩なコレクションを広く公開する機会として、毎年藝大コレクション展を開催しています。
2022年の藝コレは、「春の名品探訪」と題して約3万件の所蔵品の中から選りすぐった名品を中心に展示します。さらに今回は、天平の美術に思いを馳せた特集展示も見どころとなっています。
著しい損傷を被りながらも威風を伝えている《月光菩薩坐像》は、天平彫刻を代表する仏像のひとつです。また今回の展示では所蔵する乾漆仏像の断片や東大寺法華堂天蓋残欠に新たな光を当てています。最新の研究成果により南都仏師たちの技法が解き明かされます。

《月光菩薩坐像》 奈良時代 東京藝術大学蔵

そして特集の白眉は、《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》(重要文化財)です。今回の展示では、厨子とその内側四方に描かれた合計7面全て、さらに吉祥天像(模刻)によって立体的な展示を試みます。鎌倉時代に制作されたこの名品にも、天平の面影を見ることができます。

《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》「弁財天及び四眷属像」 建暦2年(1212) 頃 重要文化財 東京藝術大学蔵

 

◆みどころ◆

1. 浄瑠璃寺吉祥天厨子を大展開

《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》(重要文化財)は、もとは京都・浄瑠璃寺の木造吉祥天立像を収めた厨子の扉および背面板で、明治22 年(1889)に東京美術学校の所蔵となりました。今回の展示では当初はめられていた厨子(模造)および吉祥天像(模刻)とあわせ、全7面を一挙公開します。目前に開かれた厨子のなかに足を踏み入れていくようなイメージをご覧いただける立体的な展示を試みます。

 

2. ぐるっと名品、一巡り

本学が所蔵する約3万件の作品や資料のなかから、古美術から現代美術に至る名品を展示空間をぐるりと取り囲むように陳列します。《小野雪見御幸絵巻》(重要文化財)や狩野常信《鳳凰図屏風》などの古美術からはじまり、藝コレでは約 10 年ぶりの出品となる長原孝太郎《入道雲》、初公開の白川一郎《不空羂索観音》といった近代洋画の逸品、そして狩野芳崖《悲母観音》(重要文化財)や橋本雅邦《白雲紅樹》(重要文化財)などの近代日本画の名品までご覧いただけます。

長原孝太郎 《入道雲》 明治42 年(1909) 東京藝術大学蔵

3. 近代の天平探求

フェノロサや岡倉天心らの奈良古社寺調査に同行した狩野芳崖は、31 社寺で調査した所蔵品や建築物などをスケッチに描き留めました。本展に出品する《奈良官遊地取》はこのスケッチを後世、12 巻の巻子装にしたものです。そこには当時の調査で再発見された天平美術が写し取られています。また芳崖の弟子たちの証言によれば、この時の古美術研究が芳崖の絶筆《悲母観音》の面貌表現につながったといいます。《奈良官遊地取》との同時展示により《悲母観音》の淵源に思いを馳せる旅へとご案内します。

狩野芳崖 《悲母観音》 明治21 年(1888) 重要文化財 東京藝術大学蔵

 

◆開催情報◆

会期:2022 年4月2日(土)~5月8日(日)
休館日:月曜日(ただし、5 月2 日は開館)
開館時間:午前10 時~午後5時(入館は午後4時30 分まで)
※本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により変更及び入場制限を実施する可能性がございます。
会場:東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1
(〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8)
交通案内:JR上野駅(公園口)、東京メトロ千代田線根津駅(1 番出口)より徒歩 10 分
京成上野駅(正面口)、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅(7 番出口)より徒歩 15 分
当館に駐車場はございません 。
観覧料:一般440(330)円、大学生:110(60)円
※高校生以下及び18 歳未満は無料
※( )は20 名以上の団体料金
※団体鑑賞者20 名につき1 名の引率者は無料
※障がい者手帳をお持ちの方(介護者1 名を含む)は無料

主催:東京藝術大学

お問合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
ホームページ:https://museum.geidai.ac.jp/

 

記事提供:ココシル上野


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【国立科学博物館】第9回 ヒットネット(HITNET) ミニ企画展「音の誘惑-日本の産業技術-」開催について

国立科学博物館


国立科学博物館では、2022(令和4)年3月23日(水)~5月8日(日)までの期間、第9回 ヒットネット(HITNET) ミニ企画展「音の誘惑-日本の産業技術-」を開催します。
【詳細URL:https://www.kahaku.go.jp/event/2022/03hitnet/ 】

国立科学博物館では、日本の産業系博物館等の資料を検索できる共通データベース(ヒットネット=HITNET)を構築し、公開してきています。産業技術に関する資料を所蔵・展示している多くの産業系博物館が日本各地に存在することを紹介するために、このたび、ヒットネットに登録している161館から、「音楽」に関連する4館を紹介するミニ企画展を開催します。各館に展示されている音に関するエピソードなどをお楽しみください。パネルや展示を見ながら、日々の生活を支え、豊かな文化を育んできた産業技術の面白さや、技術の歴史を見る楽しさを感じていただければ幸いです。

第8回 HITNET ミニ企画展「香りの魅力-日本の産業技術-」開催時の様子(2020年)

 

第9回ヒットネット(HITNET)ミニ企画展 「音の誘惑-日本の産業技術-」 開催概要

【会場】国立科学博物館 地球館2階(東京都台東区上野公園7-20)
【開催期間】2022(令和4)年3月23日(水)~5月8日(日) 47日間
【料金】常設展示入館料のみでご覧いただけます。
【休館日】毎週月曜日(月曜日が休日の場合は火曜日) ※ただし3月28日(月)、5月2日(月)は臨時開館
【開館時間】9:00~17:00 ※現在、入館時間は予約制
【主催】国立科学博物館
【共催】新冠町聴体験文化交流館 レ・コード館(北海道新冠町)、津軽三味線会館(青森県五所川原市)
浜松市楽器博物館(静岡県浜松市)、ブラザーミュージアム(愛知県名古屋市)

【詳細URL:https://www.kahaku.go.jp/event/2022/03hitnet/ 】
※入館にはオンラインによる事前予約が必要です。ご来館前に必ず公式ホームページをご確認ください。

 

・ヒットネット(HITNET)とは…

【ヒットネット=HITNET】では、日本全国の登録した産業系博物館等が収蔵・展示する資料を横断的に検索・閲覧することができます。ホームページ( http://sts.kahaku.go.jp/hitnet/ )から、関心のあるキーワードを入力すると、データベース内の該当する情報が表示されます。私たちの生活を豊かにしてきた産業技術のルーツや、技術者・職人たちの創意工夫の跡を見ることができます。

 

・国立科学博物館

※入館にはオンラインによる事前予約が必要です。ご来館前に必ず公式ホームページをご確認ください。

【所在地】〒110-8718 東京都台東区上野公園 7-20
【開館時間】9:00 ~17:00
【休館日】毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)※ただし、本展開催期間のうち3月28日(月)、5月2日(月)は臨時開館
【入館料】一般・大学生 630円、高校生(高等専門学校生含む)以下および65歳以上 無料
【問い合わせ】ハローダイヤル:03-5777-8600

< 国立科学博物館 >
ホームページ:https://www.kahaku.go.jp/
産業技術史資料情報センター: http://sts.kahaku.go.jp/
第9 回ヒットネット(HITNET)ミニ企画展 「音の誘惑-日本の産業技術-」:https://www.kahaku.go.jp/event/2022/03hitnet/ 

YouTube:https://www.youtube.com/user/NMNSTOKYO/
Twitter:https://twitter.com/museum_kahaku
Facebook:https://www.facebook.com/NationalMuseumofNatureandScience/
Instagram:https://www.instagram.com/kahaku_nmns/

 

記事提供:ココシル上野


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【国立科学博物館】特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」会場レポート。宝石のすべてがわかる⁉ 豪華絢爛なジュエリーも集結

国立科学博物館
取材会に登場したカズレーザーさん(アメシストドームの前にて)

多種多様な宝石と、それらを使用した豪華絢爛なジュエリーを一堂に集めた特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」が国立科学博物館(東京・上野)で開催中です。会期は2月19日(土)から6月19日(日)まで。

開催に先駆けて行われた取材会と報道内覧会に参加してきましたので、会場の様子をレポートします。

会場入口
展示風景
展示風景
展示風景 「ナポレオンの名将モルティエ元帥よりリュミニー侯爵夫人へ送られたピンク・トパーズとアクアマリンのパリュール」1820年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

カズレーザーさんも興味津々!宝石のすべてがわかる展覧会

宝石のほとんどは、地球内部で形成された鉱物です。さまざまな地質作用の重なりを通して、美しさ、耐久性、適度な大きさといった宝石の要件をすべて満たす鉱物が生じることはまれであり、その稀少性ゆえに長く尊ばれてきました。

古くは魔よけやお守り、地位や権力を示すシンボルとして。現在では宝飾品として。美しく輝き、朽ちることのない姿に神秘性と力強さを秘めた宝石は、時代を超えて世界中の人々を魅了しています。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」は、約200種類もの多種多様な宝石のラフ(原石)・ルース(磨いた石)や、アルビオン アートをはじめとする世界的な宝飾コレクションのジュエリーを展示。原石誕生のしくみ、歴史、性質、多様性、加工技術など、実物を見せながら科学的・文化的な切り口で総合的に「宝石」を紹介する内容になっています。

取材会には展覧会公式アンバサダーであり、音声ガイドナビゲーターも担当したタレントのカズレーザーさんが登場しました。

カズレーザーさん

本展について「学ぶことがめちゃめちゃ多い」と話すカズレーザーさん。「すべての宝石に特徴があって、光があたったときの色の変わり方とか、固さとか割れ方とか、ひとつ調べると派生でいろんなことに詳しくなれる。まずは自分の推しの宝石を見つけるのがいいのでは」と楽しみ方を提案します。

インタビューの最後に「宝石や鉱物というものは何もものを言わないんですけど、それに対する人間の捉え方が歴史とともに変わるのが面白かったです。皆さんもぜひ足を運んでみてください」と呼びかけました。

また、本展の監修者である国立科学博物館 地学研究部部長 宮脇律郎さんは、本展にかける思いを次のように語ります。

写真右端が宮脇律郎さん

「宝石は古い時代から人々の生活を豊かにし、高め、実生活の実用品という側面だけでなくむしろ気持ちを豊かにする存在として私たちの生活に寄り添ってきました。そういった宝石をあらためて科学の目で見つめ直しながら、その美しさの秘密を十分に味わえるような知識と、その背景に対する皆さんの見方をより深くするために本展を役立てていただけたら嬉しいです」

第1章 原石の誕生

具体的な展示内容をいくつか取り上げていきます。

「第1章 原石の誕生」では、地球内部のどういった環境下で原石が形成されるのか、原石を含むさまざまな岩石の大型標本を4つの産状タイプ(火成岩、熱水脈、ペグマタイト、変成岩)にわけて紹介しています。

たとえば、マグマが冷えて固まってできた「火成岩」で見つかる原石はダイヤモンドやペリドットなど。地下深くに存在する高温の熱水が岩盤の割れ目などを通って上昇した跡「熱水脈」で見つかる原石はアメシストやロッククリスタル(水晶)などがあるそう。

「熱水脈」で見つかる代表的な原石

何かしらのエネルギーを秘めた人工物にしか見えないトルマリンや、丸く菌糸類のように結晶化したマラカイトなど、原石のビジュアルは独特なものもあって面白いです。また、地球外産の原石としてペリドットを含むパラサイト隕石も展示されていました。

トルマリン 神奈川県立生命の星・地球博物館蔵
パラサイト(エスクエル隕石) ミュージアムパーク茨城県自然博物館蔵

第1章では、先ほどからちらちらと写真に写り込んでいた、ブラジルの溶岩台地で掘り出されたという高さ約2.5mの巨大なアメシストドームも鑑賞できます。大量のアメシストがキラキラキラ……と音が聞こえてきそうなくらい煌めいている姿は壮観! 本展の目玉展示です。

アメシストドーム
アメシストドーム(部分)

第2章 原石から宝石へ

「第2章 原石から宝石へ」では、原石の採掘からカット(成形や研磨の工程)の加工技術までを紹介。たとえば、ダイヤモンドの魅力を最大限引き出すカットとしてデザインされたラウンドブリリアントカット(58面カット)の工程見本などを展示し、原石がどのような過程で美しい宝石になるのかを分かりやすく解説しています。

展示風景
ブリリアントカットの工程見本 山梨県立宝石美術専門学校蔵
10種類の代表的な宝石のシェイプ(輪郭) 諏訪貿易蔵

注目は、古美術収集家の橋本貫志氏(1924~2018)が15年かけて世界中のオークションで集めた「橋本コレクション」のジュエリーのうち、宝石がセットされた指輪約200点を製作年代順に並べた展示。およそ4000年におよぶ宝石のカットの歴史をたどることができます。

橋本コレクション
橋本コレクション/ 紀元前2000年頃に製作された指輪
橋本コレクション/ 18世紀頃に製作された指輪

アンティークジュエリー愛好家なら、ここだけで何時間でも鑑賞していられそうなほど変化とバラエティに富んだラインナップです。「16世紀までは半球状のツルっとしたカット(カボションカット)が主流だったんだ」など、時代の流れに沿って鑑賞することでさまざまな気づきがあるはず。

第3章 宝石の特性と多様性

「第3章 宝石の特性と多様性」では、「輝き」「煌めき」「彩り」「強さ」といった宝石の価値基準となる特性を科学的に解説しながら、ラフ(原石)、ルース(磨いた石)をメインに200種を超える宝石を一挙に紹介。

ダイヤモンド、サファイア、ルビー、エメラルドの4大宝石から、フォスフォフィライトなどのレアストーン、真珠やコーラル(宝石珊瑚)といった生物由来のものまで、それぞれの宝石の特徴や多様性を学ぶことができます。

宝石の美しさの秘密である、光の透過、反射、屈折、散乱といった光学特性の解説
硬さの指標である「モース硬度」の基準となる鉱物一覧
エメラルドやその仲間の展示

展示では、赤いイメージのあるガーネットの意外なカラーバリエーションの豊富さに驚きましたが、実はガーネットは単一の鉱物種ではなくグループ名なのだそう。色の違いは鉱物種の違いも関係しているとか。

さまざまな色のガーネットの展示

同じくグループ名であるトルマリンは、一粒の結晶の部位で色が異なるバイカラー(2色)やトリカラー(3色)のものが多いだけでなく、見る向きで色が異なる多色性、光源により色が変わる変色性をもつこともある、見ていて楽しい宝石。

グラデーションの結晶が美しいトルマリンの展示

サイケデリックでクールなビジュアルをしたオパールの原石も発見。ルースは上品な印象だったのでギャップに引きつけられます。オパールだけでなく、ラフとルースの印象の違いを自分の目で確認できるのも本展の醍醐味ですね。

(写真右上)ひび割れのような模様で7色に輝くオパールの原石/ ボルダー・オパール 協力:翡翠原石館

第3章で要チェックなのは「紫外線で光る宝石(蛍光)」のコーナー。暗い小部屋で、蛍光性をもつものとして代表的なフローライト(蛍石)をはじめ、いろいろな石が発する幻想的な光の共演が楽しめます。暗褐色のアンバー(琥珀)がライトブルーに光る一方で、ルビーは赤の発色がより強くなるなど、光り方にも個性があってワクワクしました。

「紫外線で光る宝石(蛍光)」の展示

また、「日本産の宝石」のコーナーも見ごたえあり。日本産の宝石というとパール(真珠)やひすいがとれることは知っていましたが、トパーズやガーネット、ルビー、サファイア、アメシスト、ロードクロサイトなども見つかるそう。種類の豊富さに意外だと驚く来場者の声も多く聞こえてきました。

「日本産の宝石」の展示

インパクトがあったのは「巨大宝石」のコーナー。20種ある宝石種の最大クラスのものを集めた展示で、一番大きいロッククリスタルは「21290.00ct」という見たことも聞いたこともないカラット数で思わず笑ってしまいました。両手でも持ち上げられなさそうです……。これだけ大きいと、細かいカットの美しさもしっかり認識できるのでありがたいところ。

「巨大宝石」の展示

第4章 ジュエリーの技巧

美しく輝くルースは、自ら輝きながらルースを引き立てる役割も果たすゴールドやプラチナといった貴金属のベゼル(台座)に収められることで、はじめてジュエリーになります。

「第4章 ジュエリーの技巧」では、宝石のセッティング(仕立て)の技術に着目。優れたセッティングがジュエリーにさらなる付加価値を与えることを示すため、パリに本店を構えるハイジュエリー メゾン「ヴァン クリーフ&アーペル」や、兵庫県芦屋市発のジュエリーブランド「ギメル」の芸術的デザインの逸品の数々を紹介しています。

「パンカ セット」ヴァン クリーフ&アーペル蔵
「アメンタ ネックレス」ヴァン クリーフ&アーペル蔵
日本の四季をイメージした「Four Seasons」 の夏の作品 ギメルトレーディング蔵
日本の四季をイメージした「Four Seasons」 の秋の作品 ギメルトレーディング蔵

セッティングの面で特に目を引くのは、ヴァン クリーフ&アーペルの「葡萄の葉のクリップ」というルビーとダイヤモンドが使われた作品。モザイク風に配置された細かなルビーを固定する貴金属が見えないことがおわかりでしょうか。

「葡萄の葉のクリップ」ヴァン クリーフ&アーペル蔵

これには「ミステリーセット」という、ルースを支える爪や突起が外から見えないように固定する同ブランドの特許技術が使われているそうです。きわめて高い専門性を要求する技術だけあり、いくら見回してもどのように石がセットされているのかまったくわかりませんでした……。ルビーの純粋な色彩の調和が楽しめるすばらしいデザインです。

第5章 宝石の極み

古代では魔除けや御守りとして指輪やペンダントなどに加工され、中世から近世に移行するルネッサンスの時代には、王侯貴族の「誇り」や権力の象徴として、人々の目にとまりやすいブローチやネックレスに仕立てられてきたという宝石。

時代によって役割を変えながら、限られた人々のためだけに存在した宝石は、いつしか装飾品の域を超えた歴史的な美術品、文化財として伝承されるようになったといいます。

「第5章 宝石の極み」では、世界的な宝飾コレクションであるアルビオン アート・コレクションから、古代のメソポタミアやエジプトで作られた作品から20世紀のジュエリーまで、選りすぐりの芸術品約60点を展示。自然と文化が融合した至高の美の歴史を鑑賞できます。

「ヘレニズム アルテミスのアメシスト・インタリオを伴うディアデム」紀元前4世紀後期-3世紀 ギリシャ アルビオン アート・コレクション
「ルネサンス 空翔るキューピッドのペンダント」1590-1620年頃 ドイツまたはオランダ 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
「ウェリントン公爵のシャトレーヌ・ウォッチ」1809年頃 イギリス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真左)「ロシア大帝エカテリーナ2世よりアレクセイ・オルロフへ贈られたエカテリーナ大帝の肖像 エメラルド・インタリオ」18世紀 ロシア 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真右)「ロシア大帝エカテリーナ2世より第2代バッキンガムシャー伯爵へ贈られたエメラルド」1830年頃 イギリス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
「ベル・エポック ブシュロン蔵 ダイヤモンドのドッグカラー・ネックレス」1910年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート
(写真上下セットで)ヴュルテンベルク王室旧蔵 ピンク・トパーズとダイヤモンドのグランパリュール:1810-1830年頃 ロシア(推定)個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

「おっ!」と目を引かれたのは、日本人に大人気の画家、アルフォンス・ミュシャが宝飾の革命を志したジョルジュ・ブーケと共同制作した胸飾り。アール・ヌーヴォー絶頂期の記念碑的作品だという本作ですが、ミューズを思わせる乙女の像を囲っている花模様や、キューピッドをイメージする矢、チェーンでつながれたパールなどロマンティック感満載のデザインが大変愛らしいです。

「アール・ヌーヴォー フーケ&ミュシャ作 コルサージュ・オーナメント」1900年頃 フランス 個人蔵、協力:アルビオン アート・ジュエリー・インスティテュート

本展のラストを飾る第2会場では、日本のジュエリーの発展とクリエイター、クラフトマンの才能発信を目的としたコンペ「JJAジュエリーデザインアワード」の上位3作品が展示されているのですが、その斬新なデザインに視線がくぎづけ。

「Twinkle~星影の記憶~」デザイン・製作 上久保泰志

なかでもグランプリを受賞した上久保泰志氏の「Twinkle~星影の記憶~」は、筆者個人としては出展作品で一番心惹かれたジュエリー。製作者が子どものころに見た流星群をモチーフにした作品で、ダイヤモンドとプラチナ、ホワイトゴールド、イエローゴールドを用いて夜空で輝く星影の瞬きや、流星が残した輝きの軌跡と余韻を表現しているそう。非常に個性的ながら洗練された気品の漂うネックレスです。

美の歴史に残る逸品だらけのアンティークジュエリーで大満足していたところに、「現代デザイナーも負けてないぞ!」といわんばかりの鮮烈な傑作をお出しされ……最後まで気を抜けない、見どころしかない展覧会でした。

なお、本展では漫画家の二ノ宮知子先生が「Kiss」(講談社)で連載中の『七つ屋 志のぶの宝石匣』の登場キャラクターたちが会場を案内するほか、第2会場で描き下ろしイラストも展示。また、色鉛筆作家・長靴をはいた描(ねこ)氏の描き下ろし作品3点も展示されていますので、ファンの方はお見逃しなく。

二ノ宮知子先生の描き下ろしイラスト
長靴をはいた描(ねこ)氏の描き下ろし作品

国立科学博物館の宮脇律郎さんは、本展のPRで次のように話していました。
「博物館の展示で一番見ていただきたいのは “実物” です。本物を目にする機会はなかなかありませんが、この会場はそれらを集めて濃縮しています。会場に来て実物を見て、ぜひお気に入りの石を見つけてください」

さまざまな展覧会に足を運ぶ筆者も、いつになく心から「写真や映像ではなく実物を見てほしい!」と感じた、まばゆい輝きに満ちた本展。宝石の美しさの理由を学びながら、人類が積み上げてきた美の歴史をぜひその目で確かめてみてください。

特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」開催概要

会期 2022年2月19日(土)~ 6月19日(日)
※会期等は変更になる場合があります。
会場 国立科学博物館 地球館地下1階 特別展示室
開館時間 9時~17時(入場は16時30分まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日休館)
※ただし3月28日、5月2日、6月13日は開館
入場料(税込) 一般・大学生2,000円、小・中・高校生600円
※日時指定予約制
※詳細は展覧会公式サイトでご確認ください。
主催 国立科学博物館、TBS、読売新聞社
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://hoseki-ten.jp

 

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【東京国立博物館】全方位型の展示空間で、空也上人が蘇る。特別展「空也上人と六波羅蜜寺」(~5/8)報道内覧会レポート

東京国立博物館
《空也上人立像》 康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵

平安時代中期、民衆に阿弥陀信仰をいち早く広めた空也上人。

空也上人が創建した六波羅蜜寺に伝えられる上人像や、彼のもとで造られた四天王立像など、鎌倉彫刻の名宝が集う特別展「空他上人と六波羅蜜寺」が東京国立博物館で幕を開けた。

会場入口

東京国立博物館にて、空也上人と六波羅蜜寺の名宝に焦点を当てた特別展「空也上人と六波羅蜜寺」が開催されている。
ご存じの通り、空也上人とは南無阿弥陀仏を唱えれば極楽浄土が叶うとする阿弥陀信仰を民衆に広げた僧侶である。

この空也上人が生きた時代は平安時代中期。この時代は律令制度自体のゆるみ、それに起因する承平・天慶の乱など社会が大きな混乱に見舞われた時期でもあった。

そして、天暦五年(951)に京都の都に蔓延したパンデミックによって多くの民衆が病に侵されたわけだが、空也上人は井戸を掘り、火葬をすすめ、自らの命を省みることなく人々に救いの道を示したのである。

そして時は流れ、本年は空他上人没後150年を迎える。奇しくも、世界はコロナ禍という未曽有のパンデミックの最中にある。

ここに不思議な時代の符合と、本展の開催されるタイミングについて機縁を感じるのは筆者だけではないだろう。

本展では実に半世紀ぶりに空也上人立像が東京で公開され、さらに空也上人立のもとで制作された四天王立像や定朝(じょうちょう)作の地蔵菩薩像、さらに運慶作の地蔵菩薩坐像など、平安から鎌倉の彫刻の名品が一堂に集う。

会場風景
展示風景より。手前が《閻魔王坐像》(鎌倉時代・13世紀)
《地蔵菩薩立像》(平安時代・11世紀)

展示会場は東京国立博物館本館の特別5室。一室のみの展示空間なので敷地面積はさほどでもないが、鎌倉期の傑作彫刻が集う空間はまさに圧巻の一言。さらに空也上人をはじめ、展示作品によっては像を全方位360°から鑑賞することができるため、見どころは多い。

特に日頃拝観する機会の少ない光背(こうはい)部分(神仏から発せられる光明を視覚的に表現したもの)をじっくり鑑賞することができるので、ぜひあなただけの「推し角度」を見つけてみてほしい。

会場に足を踏み入れると正面に鎮座している地蔵菩薩立像は華やかな彩色が優美な平安彫刻の傑作で、均整の取れた身体のバランス、なだらかな曲面による立体構成の妙が光る。着衣は可憐な菊花紋で彩られており、大仏師定朝の技の冴えを感じさせる。

重要文化財・薬師如来坐像を中央に据え、四天王立像が揃い踏み
度重なる苦難を乗り越え、伝えられる六波羅蜜寺の至宝
《伝平清盛坐像》(鎌倉時代・13世紀)

六波羅蜜寺は当時平安京の外側に位置しており、京都の葬送の地鳥辺野(とりべの)の入口にあたる。そのことから「あの世」と「この世」の境界と見なされてきた特別な地であるが、六波羅蜜寺は建立以来幾多の災害や戦火に見舞われてきた。

本展で展示されているのはそれらの災禍を乗り越えて現代まで伝えられてきた奇跡の品々である。その美術的価値はもちろん、作品を通じて当時の信仰心の厚みにも思いを馳せてみるといいかもしれない。

伝平清盛坐像は慶派仏師の手によるものと考えられており、明証はないが平清盛の像として伝えられている。謎の多い像だ。
清盛は髪を剃った僧侶の姿で両手に巻物を持ち、それに視線を注ぐようにして足を組んで座している。一説には清盛の怨霊を防ぐために作られたとされているが、書物を眺めながらもどこか瞑想的な表情が印象的だ。かつて世を謳歌した清盛は、この時何を考えていたのだろう。

《空也上人立像》 康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵

13世紀はじめに作られた六波羅蜜寺所蔵・空也上人立像は、日本の肖像彫刻の中で屈指の知名度を誇る。
口から仏さまがあらわれるという独特の造形が目を引くため、空也上人の業績や本像の正式名称を知らない若い世代にもよく知られている作品だ。

作者は鎌倉時代を代表する仏師運慶の四男、康勝(こうしょう)と考えられている。本像は空也上人の没後250年ほどの時を経て造像されたものだというが、まるで本人を目の当たりにして造られたかのような写実性が特徴的だ。鉦鼓を打ち鳴らして念仏を唱え、鹿杖を突きながら歩みを進める痩身の僧侶の姿。形なき音声を造形化した創造性には、脱帽というほかない。

本展では全方位360°から鑑賞可能。街を闊歩して鍛えられた脛やふくらはぎ、助けを求める声に耳を澄ますかのような表情・・・ぜひ空也上人の在りし日の姿を想起しながら、作品を鑑賞してみてほしい。

特別展「空也上人と六波羅蜜寺」開催概要

会期 2022年3月1日(火)~5月8日(日)
会場 東京国立博物館 本館特別5室
開館時間 9:30~17:00
休館日 月曜日、3/22(火)  ※ただし3/21, 3/28, 5/2は開館
主催 東京国立博物館、六波羅蜜寺、朝日新聞社、テレビ朝日、BS朝日
展覧会公式サイト https://kuya-rokuhara.exhibit.jp/

※記事の内容は掲載時点のものです。最新の情報と異なる場合がありますのでご注意ください。

 

記事提供:ココシル上野


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「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」会場レポート。修復された《窓辺で手紙を読む女》の印象はどう変わる?(東京都美術館で~2022年4月3日まで)

東京都美術館
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃

17世紀オランダを代表する画家、ヨハネス・フェルメールが手掛けた《窓辺で手紙を読む女》。その大規模な修復作業により取り戻された“本来の姿”を、所蔵館以外で世界初公開する展覧会「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が、東京都美術館にて開催中です。
会期は2022年2月10日(木)から4月3日(日)まで。

開催に先立って行われた報道内覧会に参加してきましたので、展示内容をレポートします。

※特別な記載のない作品はすべてドレスデン国立古典絵画館所蔵です。

会場風景
会場風景

《窓辺で手紙を読む女》に現れたキューピッドの画中画

2017年から2021年にかけて大規模な修復プロジェクトが行われた、ドレスデン国立古典絵画館が所蔵する《窓辺で手紙を読む女》ヨハネス・フェルメール(1632-75)が歴史画から風俗画に転向して間もない初期の傑作です。窓から差し込む光の表現や、室内で手紙を読む女性像など、今日の私たちが知るフェルメールらしいスタイルが確立されたターニングポイントといえる作品でもあります。

こちらは修復前の姿。 ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》2001年 個人蔵

修正された本作の最も大きな変化は、背後の壁面に隠されていたキューピッドの画中画が復元されたこと。
もともと画中画の存在自体は、1979年に行われたX線調査によって明らかになっていましたが、それは作家自身が塗りつぶしたものと考えられてきました。しかし、修復プロジェクトの過程でフェルメールの死後、第三者が上塗りしたものだったと判明したそうです。

専門家チームは本作を、フェルメールのアトリエから出された1658年頃に近い状態に戻すことを決めました。そして修復後、まずドレスデン国立古典絵画館でお披露目されたのち、世界に先駆けて本展で公開されることになったのです。

画中画に描かれた愛の神であるキューピッドは、嘘や欺瞞を象徴する仮面を踏みつけながらどことなく誇らしげな表情を浮かべています。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)1657-1659年頃
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

展示解説によれば、このキューピッドの原型は当時流行していた寓意図像集にあるそう。内包する意味は「誠実な愛は嘘や偽善に打ち勝つ」ということで、女性の読んでいる手紙が恋文であることは明らかであり、寓意に関連づけたメッセージも受け取ることができるとか。

本作の隣には修復前の複製画が展示されているので、違いを見比べて楽しめます。

修復前の女性はどこか感情の読み取れないミステリアスな印象で、憂いや落胆といった少し陰鬱な気配も受け取れましたが……。ラブレターを前提に修復後の本作を鑑賞してみると、頬の赤らみが目につきますし、そっと落とされた眼差しには手紙の相手への深い思いがにじんでいるような気がして、かなり見え方が変わりました。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

また、経年劣化により変色したニスや汚れが取り除かれ、画面全体が明るくなっている点にも注目です。壁の白が顕著ですが、窓枠のフェルメールブルーや画面手前に広がるタペストリーの赤も鮮やかになっています。女性の金髪などに見られる、フェルメールの得意とするポワンティエ技法(光の反射する場所やハイライトを白い点で描写する技法)による光の表現も、より美しく輝くかのようでした。

カーテン、タペストリー、窓枠、椅子、画中画に囲まれた女性の立ち姿のバランスは計算されつくしていて、画面がごちゃつくことなく奥行きが強調された印象です。キューピッドがカーテンを開けて、こっそり女性の姿をのぞかせてくれるように配置されているのも面白いですね。

 

ところで、画面の4分の1ほどを占める画中画が出現したことで、画面が狭くなったように感じるのは仕方のないことかなと考えていたところ……実は修復前と修復後で、本当に画面が狭くなっていることに気づきました。画面の上下左右、四辺とも少しずつ端が見えなくなっているのです。

上辺を見ると、修正前はカーテンレールの上に空間が続いていますが、修正後はまるごとなくなっています。
【上】ザビーネ・ベントフェルト《複製画:窓辺で手紙を読む女(フェルメールの原画に基づく)》(部分)2001年 個人蔵 /
【下】ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》(修復後)(部分)1657-1659年頃

なぜ? と公式図録をチェックしてみると、どうやら四辺も第三者による上塗りと発覚したため取り除いてしまったようです。もともと、その部分は未完成というか、塗りつぶしてしまったワイングラスの消し残しやただの濃淡のムラがあるばかりだったそう。

ドレスデン国立古典絵画館の上席学芸員であるウタ・ナイトハルト氏は、四辺は本来額縁で隠されていたのではないか。錯視効果を高める目的で、カーテンレールの上部など現在は欠けているように見える要素が額縁に直接描かれていたのではないか、と推測していました。

真相はわかりませんが、いずれにせよ、長年愛されてきた《窓辺で手紙を読む女》が劇的な変身を遂げたことに変わりありません。修正前の絵のすっきりとした雰囲気が好きという方は今回の修復に複雑な思いがあるかもしれませんが、実物を見れば、喪失感だけでなく蘇った傑作の新たな魅力もきっと見つけられるはず。

なぜキューピッドは消されてしまったのか?

修復プロジェクトに関する映像

本展では大きくスペースを使って、修復プロジェクトの全容を解説パネルや修復中の様子を収めた映像などで詳しく紹介しています。顕微鏡を覗きながら解剖刀で少しずつニスや汚れを取り除いていく作業のあまりの細かさには気が遠くなりそうで……。4年も費やした修復作業が、どれだけ細心の注意を払って行われていたのかが伝わる展示となっています。

修復プロジェクトに関する映像

そもそも、《窓辺で手紙を読む女》がなぜ、誰によってこれほどの改変を加えられたのかは興味が引かれるところですよね。しかし、それは大規模な調査を経た現在も謎のままだということです。

キューピッドの画中画が良好な状態であることから、保存上の理由ではなく、一時的な趣味や流行の変化といった美的配慮による手入れの可能性があるそう。なんと軽率なことかと、現在の我々の感覚からすると恐れおののくばかりですが、当時のフェルメールは今ほど有名ではなかったそうで……。

実は、本作が1742年にドレスデン国立古典絵画館の基礎となったザクセン選帝侯のコレクションに加わった際には、フェルメールではなくレンブラント・ファン・レインの作品だと見なされていたとか。ヨーロッパで絶大な人気を誇っていたレンブラントの作風に寄せるために画中画が消されたのでは? という見方もあるようです。

アントン・ハインリヒ・リーデル《窓辺で手紙を読む女性(フェルメールの原画に基づく)》1783年 ドレスデン版画素描館蔵

同スペースでは、1783年、1850年頃、1893年、1907年頃と、制作された年代の異なる《窓辺で手紙を読む女》の4点の複製版画についての紹介も。その展示解説によれば、《窓辺で手紙を読む女》の作者であると誤認された人物はレンブラントだけでなく、時代によりレンブラントの弟子のホーファールト・フリンクだったり、ピーテル・デ・ホーホだったりと紆余曲折。フェルメールの作品だと認められたのは1862年だというから驚きです。あちこち改変されて、作者がコロコロ変わってと、なにかと不遇の作品だったことがわかりました。

17世紀オランダの黄金時代を彩った珠玉の絵画たち

ヤン・ステーン《ハガルの追放》1655-57年頃
ワルラン・ヴァイヤン《自画像》1645年頃
ハブリエル・メツー《鳥売りの男》1662年
ヘンドリク・アーフェルカンプ《そりとスケートで遊ぶ人々》1620年頃
ヤーコプ・ファン・ライスダール《城山の前の滝》1665-70年頃

17世紀のオランダといえば、ヨーロッパのなかでもいち早く市民社会を実現させた国であり、絵画のパトロンの多くは教会や王侯貴族ではなく市民でした。大仰な歴史画ではなく私邸で日常的に親しめる小ぶりな風俗画(室内画)が好まれ、それまで宗教画や歴史画のわき役だった風景や静物を主役にした風景画、静物画もジャンルの一つとして確立。社会的地位の向上を反映する肖像画も目覚ましい発展を遂げました。

ごく細部にまで及ぶ写実的な描写と、ときに象徴的な絵画的レトリックを用いながら、オランダの生活や文化をリアルに、もしくは現実を凌駕するリアリティで描き出す。まさに絵画の黄金時代と呼ぶにふさわしい豊かな絵画表現が花開いた時期です。

本展では、そんな17世紀オランダ絵画の黄金時代を彩る、フェルメールと同時代に活躍したレンブラント、ハブリエル・メツー、ヤーコプ・ファン・ライスダールなど、ドレスデン国立古典絵画館所蔵の絵画約70点を展示しています。

レンブラント・ファン・レイン《若きサスキアの肖像》1633年

レンブラントをはじめとする肖像画の多くは、巧みな光と影の描写が目を引きます。

レンブラントが自身の妻を描いたとされる《若きサスキアの肖像》は、古代風の衣装や顔の上半分に差す影などから、一般的な肖像画というよりは架空の頭部習作である「トローニー」だと考えられているとか。レンブラントらしいスポットライトを当てたようなダイナミックな明暗描写で、怪しげな微笑みがより一層ミステリアスに映ります。真夜中にこの絵を見てしまったら怖くて眠れなくなりそうです……。

ミヒール・ファン・ミーレフェルト《女の肖像》制作年不詳

《女の肖像》を描いたミヒール・ファン・ミーレフェルトは、オランダのデルフトで最も人気と影響力のあったとされる肖像画家。彼に肖像画を書いてもらうことは大変な名誉であると、貴族や裕福な市民から多くの依頼を受けていたとか。

《女の肖像》に描かれているのは裕福な貴族の女性で、凛とした立ち姿と眼差しが印象的です。白い襞襟のつややかさや透明感の表現にも唸りますが、注目してほしいのは肌の色つやと質感! 上品でありながら生き生きと輝くようで、当時の人気も納得できる魅力にあふれています。

ヘラルト・ダウ《歯医者》1672年
ヘラルト・テル・ボルフ《手を洗う女》1655-56年頃
ピーテル・ファン・スリンゲラント《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》1673年

風俗画、特に室内画においては、日常生活の正確な観察にもとづいた精緻な作品が並びます。その多くは同時に、ピーテル・ファン・スリンゲラントの《若い女に窓から鶏を差し出す老婆》のように、教訓や寓意を示す描写により深い芸術性を作品に持たせています。一見すると少し風変わりな売買の場面を描いているようでも、実は手渡しする鳥や片側だけの靴の描写が、売春の仲介・性交の誘いといったニュアンスを忍ばせている……というふうに。

自分の感性のまま味わうのもいいですが、それらの示す意味を汲み取りながら知的に鑑賞するのも面白そうですね。

エフベルト・ファン・デル・プール《夜の村の大火》1650年以降

18.5×23.5cmと非常に小さく目立ちませんが、エフベルト・ファン・デル・プールの《夜の村の大火》はあまり見かけない「火事」を扱った風俗画です。ファン・デル・プールは画家仲間と娘を火災で亡くした経験から、人生を通して火事・火災の作品制作に情熱を注いだ人物。夜半、燃えさかる家の前で家族や家財を守ろうとする人々を、唯一の光源である炎が照らしています。炎への畏怖の念や無常観がにじむ、引き込まれる作品です。

メルヒオール・ドンデクーテル《羽を休める雌鳥》制作年不詳
ワルラン・ヴァイヤン《手紙、ペンナイフ、羽根ペンを留めた赤いリボンの状差し》1658年
ヤン・デ・ヘーム《花瓶と果物》1670-72年頃

静物画では、当時高価だった2種のチューリップを織り交ぜたヤン・デ・ヘームの《花瓶と果物》がとびぬけて存在感を示していました。

本作は、豊かな装飾性と美的洗練を備えた静物を求める17世紀後半のコレクターたちの要望に応えたもの。明暗や色彩の力強いコントラストもすばらしいですが、花や葉の上のしずく、花瓶に映り込んだ窓、果物の光沢……。画家自身の精密すぎる観察眼と、観察したものを完璧に再現できてしまう超絶技巧には感服するほかありません。

ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ
ミッフィーとコラボレーションしたオリジナルグッズ

なお、本展はオランダ生まれのミッフィーとコラボしています。展覧会オリジナルグッズとして、2種のぬいぐるみやシーリングワックスセットなど「手紙」をテーマにしたさまざまな商品が展開されていました。ファンの方はお見逃しなく!

「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」開催概要

会期 2022年2月10日(木)〜4月3日(日)
会場 東京都美術館 企画展示室
開室時間 9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
※金曜日は9:30~20:00
休室日 月曜日(※3月21日は開室)、3月22日(火)
入場料 一般 2100円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 65歳以上 1500円
※本展は日時指定予約制です。詳しくは展覧会公式サイトチケットページでご確認ください。
https://www.dresden-vermeer.jp/ticket/
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、 産経新聞社、 フジテレビジョン
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://www.dresden-vermeer.jp

 

記事提供:ココシル上野


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