【東京藝術大学大学美術館】「藝大式 美術の”ミカタ” ―この夏、藝大生になる―」取材レポート。誰もが“藝大生”になれる特別な夏が上野で開幕

東京藝術大学大学美術館
「藝大式 美術の“ミカタ”―この夏、藝大生になる―」特別チューターのお笑いコンビ・ナイツ

東京・上野公園の東京藝術大学大学美術館にて、2026年7月24日(金)より、誰もが憧れの“藝大生”になれるユニークな展覧会「藝大式 美術の“ミカタ” ―この夏、藝大生になる―」が開幕しました。会期は9月23日(水・祝)まで。

本展は、東京藝術大学の現役講師陣が手がける12コマの「講義」を、同館の貴重なコレクション作品を教材にしながら「展覧会」として味わうというもの。まるで本当に大学の授業を聴講しているかのような、これまでにない贅沢な鑑賞体験ができるのが大きな魅力です。

本展の特別チューターに就任したお笑いコンビ・ナイツ(塙宣之さん・土屋伸之さん)が登場した取材会など、開幕前日に行われた報道内覧会の詳細をレポートします。

ナイツ登場! 笑いで紐解く「藝大」の世界

本展特別チューターに就任したナイツ・塙宣之さん(左)と土屋伸之さん(右)

報道内覧会では、本展の「特別チューター」に就任したお笑いコンビ・ナイツ(塙宣之さん・土屋伸之さん)の取材会が行われました。

現在、日本大学芸術学部で美術を学ぶ土屋さんは、「かつて本気で美大予備校に通って東京藝大を受験し、全く歯が立たなかった」というエピソードを披露。「この展示で『藝大生になれる』んだったら、あんなに一生懸命勉強しなくてよかった(笑)」と、藝大の授業をリアルに体感できる本展のクオリティを大絶賛しました。一方の塙さんも「プラモデルが好きなので、赤外線で中の骨組みから調べて仏像を模刻する展示に感動した」と独自の視点で語り、会場を沸かせました。

取材会が行われた「7限目」のエリアでは、動物の作品を見てその気持ちを付箋に書き残す参加型展示が行われています。 取材会では、ここで大喜利が勃発。巨大なシロクマの作品《polka dots》を前に、お二人もフリップボードで回答を発表しました。

土屋さんは「私こそがチューターです」、塙さんは「実はな~んにも考えてないよ!」と回答。「面白い答えを求められたけど、思いつかなくて逃げました」と白状する塙さんに、土屋さんが「あえて語らず相手に考えさせるのもアートですよね」とフォローを入れる一幕も。

最後に本展へのメッセージを求められると、土屋さんは「『藝大生になれる』というのが一番の魅力。本当に藝大の授業を受ける体験をしてほしい」と本展のコンセプトを力強くアピール。塙さんも、「今はネットやスマホばかり見てしまう時代ですが、実際に足を運んで、生で絵を見て感じることは非常に大事」と、生の芸術に触れる意義を真面目に語ってくれました。

そうだ、藝大生になろう。

展示会場入口

藝大美術学部は1887(明治20)年設置の東京美術学校(美校)を前身とし、美術教育と研究の中枢として、優れた芸術家や研究者を数多く輩出してきました。

本展は2026年~2028年の3年にわたり毎夏開催されるシリーズの第一弾で、藝大の現役講師陣が藝大コレクションを中心に企画した講義形式の展示を体験できるという初の試み。

美術館の展示として構成された全12限の「講義」では、美術の歴史、実技、表現、鑑賞、保存修復などをテーマに、藝大講師陣がさまざまな美術の「ミカタ」を提案しています。

ホンモノで美術の「ミカタ」を学ぶ

ラファエル・コラン《田園恋愛詩》1882年 ※本記事で紹介している作品はすべて東京藝術大学蔵
黒田清輝《婦人像(厨房)》明治25年(1892)
永井翔彩《模写・国宝 伴大納言絵巻 上巻1》平成24年(2012)紙本著色
五味清吉《大国主命と八上姫》大正2年(1913)
左手前は奥村謙太郎《夏雲》大正7年(1918)

授業形式といっても、もちろん座学ではありません。会場には黒田清輝、和田英作、平櫛田中ら歴代教授や藤田嗣治ら卒業生の作品、さらにゴッホや学生たちの作品まで、バラエティに富む藝大コレクションが並び、リアルな鑑賞体験を通じて美術の「ミカタ」を習得できます。

1~3限では明治期の日本近代美術をさまざまな角度から振り返り、4限では美校創設に深く関わった岡倉天心の『茶の心』から日本人の美意識を学びます。5限では藝大で脈々と受け継がれる「模写」に焦点を当て、続く6限では「模刻」を軸とした仏像の保存修復方法を紹介。これらを通じて「ルーツと向き合う」ことの重要性を浮き彫りにします。

また、9~11限では美校卒業生の活躍を紹介するとともに、約100年前の東京の文化的変容に関して概観します。

藝大生の模写を目の前で鑑賞!

1限 絵画基礎演習「まねぶ美術館~模写でよみとく美の手とこころ~」では、なんと展示室内で現役の藝大生による模写を実演。

ナイツの取材会では、土屋さんが模写を行う藝大生にインタビューした時のことを語ってくれたのですが、実際に美術品を展示する会場である以上、模写に使える道具も限られてくるそうです。そんな中で藝大生たちは作品をそのまま模写するだけでなく、実際の絵画とは光源を変えて描いてみたり、さまざまなチャレンジを行っているということでした。

今まさに藝大で美術を学ぶ学生が真剣に模写をする姿を通じて、絵に秘められた画家の心情や意図について思いをめぐらせてみるのもいいかもしれませんね。

夏休みの体験学習として

動物をモチーフにした可愛らしい作品が並ぶ7限の展示室
描かれた動物の気持ちを考えて貼り付けてみよう
8限ではAI解析による美術鑑賞アーカイブを体験・参加できる
その精巧さと迫力に唸らされる、縮尺模刻・東大寺南大門仁王像

大学講義がテーマの本展ですが、楽しめるのは大人だけではありません。

7限「動物の目で作品を見てみよう」では、動物をモチーフにしたさまざまな作品を展示。「かわいい」という素朴な感覚からスタートできるという意味で、子供たちにもおすすめのエリアです。

8限「見て、触れて、言葉にして」ではAI解析による最新の美術鑑賞アーカイブを紹介。作品を見た時の印象などを、AIで整理・蓄積したアーカイブを通じて、他者との違いや自身の作品鑑賞の変化を実感できます。お子さんと一緒に感想をアウトプットしてみると、さまざまな気づきがあるかもしれません。

個人的にオススメなのは6限「藝大式、仏像のお医者さん」の会場に展示されている縮尺模刻・東大寺南大門仁王像です。縮尺に応じて、像のさまざまな角度や造形の微調整を経て制作されたという本作。邪を払うという仁王像の「睨み」をぜひ会場で体験してみてください。

会場には親子で楽しめる体験展示のほか、エンボススタンプを押して楽しめるワークシートも配布。さらに会期中はミニコンサートやミニレクチャーなど、藝大ならではのイベントも実施。興味のある「講義」を深掘りして、夏休みの自由研究にしてみてはいかがでしょうか?

藝大式 美術の”ミカタ” ―この夏、藝大生になる―」概要

会期 2026年7月24日(金)~9月23日(水・祝)
会場 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2、3、4(東京・上野公園)
開館時間 午前10時~午後5時(最終入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日
8月10日(月)、9月21日(月・祝)を除く
観覧料 詳細は公式サイトでご確認ください。
主催 東京藝術大学、読売新聞社
問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト https://geidai-art-mikata.jp/

※記事の内容は取材時点のものです。最新情報は公式サイト等でご確認ください。


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【国立西洋美術館】「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」取材レポート。ゴヤやルドン、マティスにつながるレンブラント版画の革新性とは

国立西洋美術館
展示風景

17世紀オランダを代表する画家レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(1606-69)の“版画家”としての側面に光を当てる展覧会「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」が、国立西洋美術館で開幕しました。会期は2026年9月23日(水・祝)まで。

※会期中、一部作品の展示替えがあります。詳細は公式ページに掲載されている作品リスト等でご確認ください。


1606年、オランダ・レイデンに生まれ、肖像画家・物語画家として確固たる地位を築いたレンブラント。光と影の劇的な対比表現を用いた《夜警》などの油彩画で広く知られますが、生涯にわたり版画、とりわけエッチングの制作にも情熱を注ぎ、その表現の可能性を切り拓いたことで、版画史上最大の巨匠とも評されています。

展示風景
右はシャルル・ワルトネ《夜警 (レンブラントに基づく)》1886年、国立西洋美術館(星元太郎氏より寄贈)

本展は、レンブラントの版画表現におけるさまざまな「挑戦」の軌跡のみならず、その影響を受けたゴヤやマティス、ピカソらの作品を一堂に集め、20世紀初頭までの「継承」と「インパクト」の様相をたどるもの。世界唯一のレンブラント専門美術館であるアムステルダムのレンブラント・ハウス美術館と国立西洋美術館の所蔵作品を中心に、国内の美術館、大学図書館、海外の個人コレクターから拝借した作品、書籍やポスターなども含めた約130点を展示しています。

 

第1章「レンブラント、版画の挑戦」では、レンブラントの野心的な版画制作によって生み出された多彩な表現を、「肖像と頭部習作」「社会的周縁者と庶民たち」「宗教主題」「銅版上のスケッチ」「風景」という主題別5セクションで紹介しています。

17世紀ヨーロッパにおいて普及していた主な版画技法には、木版画と、金属凹版画であるエングレーヴィング、エッチングが存在しました。エッチングに先行して登場したエングレーヴィングは、ビュラン(彫刻刀)で原版(印刷のための図像を彫る板)となる金属板を直接刻む技法です。その扱いの難しさから高度な訓練を要し、力強くシャープで直線優位、ともすれば機械的なほど規則正しい線描表現が定式化していました。

16世紀エングレーヴィング技法の作例/ヘンドリク・ホルツィウス、コルネリス・コルネリスゾーン・ファン・ハールレムに基づく《竜に噛まれるカドモスの部下》1588年、国立西洋美術館 【参考出品】

これに対し、レンブラントが主に取り組んだのがエッチング(腐食銅版画)です。もともと硬い鉄の鎧や刀剣に装飾を刻むために生み出された技術を版画に応用したもので、防蝕剤を塗った銅板をニードル(針状の先端を持つ道具)で削り、金属が露出した部分を酸で腐食させて溝をつくる技法です。紙にペンで描くような感覚で制作できるのが特徴ですが、当初は制作に膨大な時間がかかるエングレーヴィングの代替として扱われることが多く、その表現の可能性は十分に探究されていませんでした。

エッチング制作に関する資料の展示

17世紀初頭になると、オランダで版画家としての訓練を受けたことのない画家たちがエッチング制作に参入。伝統にとらわれない新たな表現を模索する動きが広がり始めました。その流れに画家として独立したばかりのレンブラントも加わり、歴史的転換期の牽引者として発展に貢献。原版数にして実に314点もの作品を残しています。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《旅回りの楽師たち》1635年頃、レンブラント・ハウス美術館

エッチングを扱った画家の多くは、キャリアの一時期に数点の作品を制作するにとどまり、また、その作品の大半は風景を扱ったものでした。対するレンブラントは、風景はもちろん肖像や頭部習作、風俗、聖書の物語まで多岐にわたる主題を扱い、オランダでは新ジャンルとなる、銅板をスケッチブックのように用いた習作風の作例も残しています。これほど幅広いジャンルを手掛けることは、ジャンルの専門分化が進んだ当時のオランダにおいて、決して一般的なことではありませんでした。こうした観点から見ても、レンブラントの版画制作は挑戦的であったといえます。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《自画像、口を開けた顔》1630年、レンブラント・ハウス美術館

初期のアイコニックな習作《自画像、口を開けた顔》(1630)は、大きく見開いた眼とすぼめた口が一見ひょうきんな印象を与えますが、決して戯れで制作されたものではありません。物語画家として人物描写の説得力を追求したレンブラントが、自らの顔をモデルにさまざまな表情を研究したことがうかがえる一作です。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《柔らかい帽子をかぶり模様つきの外套をまとう自画像》1631年、国立西洋美術館

翌年に制作された《柔らかい帽子をかぶり模様付きの外套をまとう自画像》(1631)は、小品ながらその線描の多彩さに目を見張ります。湾曲した帽子のつばのしなやかな生地は、緩やかにうねる縦線の集積で描写され、光沢のあるどっしりとした外套の生地は、パターンが異なる交差線やジグザグ線が重ねられています。一方で、襞襟や袖口のレース、縮れた髪はペン素描のように自在で、柔らかく繊細な線によって成立しており、従来評されがちだった「単調さ」をすでに克服し、質感に応じた線描表現を確立していたことが見て取れます。

また、エッチングはステート(原版改変)を重ね、印刷しながらイメージを発展させるプロセスが一般的です。レンブラントはその回数が突出しており、本作も14ものステートが確認されています。

どちらもレンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《版画商クレメント・デ・ヨンゲの肖像》1651年、レンブラント・ハウス美術館

《版画商クレメント・デ・ヨンゲの肖像》(1651)の展示では、第1ステートと第5ステートの刷りを比較できます。第5ステートでは陰影が濃くなり、表情が読み取りづらくなっていることでミステリアスな雰囲気が漂います。

レンブラントはステートを重ねることで、しばしば情景そのものの意味が変わるほどの大幅な変更を加えました。次第にイメージの発展にとどまらず、原版改変をバリエーション制作の手段として利用するようになります。なかには、先行する版画家セーヘルスの《トビアスと天使》の原版を改変し、エジプト逃避の旅路にある聖家族という別主題の作品に仕立ててしまった《エジプトへの逃避》(c.1652)のような例も存在し、レンブラントが版画を固定された完成品ではなく、柔軟な創作の場として捉えていたことがうかがえます。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン、ヘルキュレス・セーヘルスの原版を改変《エジプトへの逃避》1652年頃、国立西洋美術館

レンブラントのエッチング作品の白眉とされる《百グルデン版画》(1648)は、本展のハイライトのひとつ。タイトルは当時の版画として破格の「100グルデン」という高値で取引されたことに由来し、画面では新約聖書『マタイによる福音書』19章の諸場面が、共通の主人公であるキリストを中心に同時進行で展開しています。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《百グルデン版画》1648年頃、国立西洋美術館

柔らかな闇で閉じられた背景において、漆黒からグレー、白へと移り変わる、むしろ絵画的にニュアンス豊かな陰影のグラデーションを生み出しているのは、無数の線が織りなすネットワークです。専用のニードルで直接銅板を削り、まくれた部分で独特の滲みを生み出す「ドライポイント」技法の併用や、和紙への印刷がその豊かな階調を一層深め、情景描写に深い余韻をもたらしています。

その一方で、画面左側の人物群はほぼ輪郭線のみで、ペン素描のように捉えられています。斬新な群像劇の構成で注目される本作ですが、レンブラントによる技法的挑戦の成果の結晶と見なすこともできるでしょう。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《イタリア風景の中で読書する聖ヒエロニムス》1653年頃、レンブラント・ハウス美術館
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《アムステルダムの眺望》1641年頃、レンブラント・ハウス美術館

《アムステルダムの眺望》(c.1641)は、レンブラントがキャリアの大半を過ごしたアムステルダム市を、運河を挟んだ対岸から捉えた作品。低い地平線と画面の大半を占める空という構成は、当時のオランダ風景画のトレンドに沿うものです。一方で、空をあえて白く残して光を感じさせる手法は、必ずといっていいほど雲が描かれていた伝統的な版画表現から離れるものあり、こちらもレンブラントが開拓したアプローチといえます。

 

第2章「受け継がれる遺産―17-18世紀」では、レンブラントと同時代の17世紀から18世紀の影響を辿っています。

レンブラントの版画作品は製作当時より高い人気を誇っていました。しかし、その技法があまりに高度であったためか、17世紀におけるフォロワーは弟子のフェルディナンド・ボルや、イタリアのジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネなど少数にとどまりました。

ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ、通称イル・グレケット《箱舟に入るノアと動物たち》1650-55年、国立西洋美術館

続く18世紀には、ドイツの作家たちを中心に関心が高まります。レンブラント信奉者のひとり、ゲオルク・フリードリヒ・シュミットの《窓の蜘蛛を伴う自画像》(1758)は、明るい窓辺で制作に励む作家の姿を捉えたものですが、併置されたレンブラントの《窓辺でエッチングを制作する自画像》(1648)をはっきりとわかる形で土台にしています。ただし、ヴァイオリンや兵役の経験を示唆する剣など独自の趣向も盛り込んでおり、運命や時の経過と結びつくモチーフであるクモの巣が、場面にメランコリックな抒情を加えています。

左から、ゲオルク・フリードリヒ・シュミット《窓の蜘蛛を伴う自画像》1758年、レンブラント・ハウス美術館 /レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《窓辺でエッチングを制作する自画像》1648年、レンブラント・ハウス美術館
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン、およびゲオルク・フリードリヒ・シュミット、ブレーズ・ニコラ・ル・シュウールに基づく《額に手をかざす老人》1639年頃および1770年、レンブラント・ハウス美術館

18世紀はこうした模倣作品が乱立したのはもちろん、シュミットが描画を担当した《額に手をかざす老人》(c.1639/1770)のように、レンブラントが未完で残した作品に手を入れて「完成」させる動きも見られました。さらに、オリジナルの原版が急速に摩耗するほど需要が過熱し、複製品や模造品が市場に出回る事態へと発展します。

ウィリアム・ホガース《戯画化された「フェリクスの前のパウロ」》1751年、レンブラント・ハウス美術館

イギリスの風刺画家ウィリアム・ホガースは《戯画された「フィリクス前のパブロ」》(1751)で、時に露骨なまでに自然主義的だったレンブラントの作風を揶揄。自国の作家を差し置き、レンブラント作品に多額の金銭が費やされる状況に警鐘を鳴らしたことからも、当時の熱狂ぶりがうかがえます。また、この時期に「カタログ・レゾネ(全作品解説目録)」の編纂も始まり、現代に続くレンブラント研究の堅固な基盤が築かれていきました。

エドメ=フランソワ・ジェルサン《レンブラント全作品のカタログ・レゾネ》1751年、レンブラント・ハウス美術館

 

第3章「世紀を超えるインパクト――19-20世紀」でまず登場するのは、スペインの巨匠フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテスです。晩年には「自然とベラスケス、レンブラント以外に師匠はいなかった」と語ったと伝えられるゴヤですが、この言葉が指すのは油彩画家ではなく、版画家としてのレンブラントです。ゴヤは当時のスペインで希少だったレンブラントの版画作品を知人のコレクション等を通して熱心に研究し、制作に生かしました。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《使徒たちに現れるキリスト》 1656年、レンブラント・ハウス美術館
フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス《〈戦争の惨禍〉79:真理は死んだ》1810-20年頃、国立西洋美術館

《〈戦争の惨禍〉79:真理は死んだ》(c.1810-20)は、ナポレオン戦争や国内の混乱を経験したゴヤが、人間の醜さ、残酷さを告発するとともに、宮廷画家という地位にありながら過激な政治批判を込めて制作した版画シリーズの一作。描かれているのは、王政復古による「憲法の自由」の死を暗喩する、女性擬人像によって表された「真理」の死です。円を描くような群像の配置や、真理が発する光線の描写は、併置されたレンブラントの《使徒たちに現れるキリスト》(1656)とのつながりが見てとれます。

一方、19世紀前半のフランスにおいて、エッチングは世間からなかば忘れられた技法でしたが、芸術家の感性やオリジナリティを重視する潮流の中、近代にふさわしい版画技法として再評価されます。そうした文脈において、とりわけ注目されたレンブラント作品のひとつが《書斎の学者(ファウスト)》(c.1652)です。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《書斎の学者(ファウスト)》1652年頃、国立西洋美術館

線が密集した暗い部分と、描線そのものの表現力を生かした明るい部分の対比が美しい傑作ですが、その内容は髑髏や地球儀が置かれた書斎で、学者らしき老人が窓辺に現れた謎めいた幻影を見つめている、というものです。作品の意味は判然とせず、さまざまな解釈を生みましたが、18世紀までに錬金術師ファウストを描いたとみなされるようになり、熱心なレンブラント信奉者であったゲーテの有名な戯曲『ファウスト』の着想源になったことが知られています。

また、画面に漂う神秘的な雰囲気は19世紀の人々の感性と響き合い、文豪ユゴーが代表作『ノートル=ダム・ド・パリ』にイメージを取り入れたほか、エッチングの普及を目的として発刊された『エッチングのパリ』誌ポスターにも利用されました。本作は、当時のパリのエッチング・リバイバルと結びついた、一種のレンブラント崇拝現象を象徴する一例と見なすことができます。

フレデリック・レガメ《『エッチングのパリ』誌ポスター》1875年、レンブラント・ハウス美術館

こうしてレンブラントがエッチングの可能性として示した、神秘的な薄明りや揺らめく光、漆黒の闇といった革新的な明暗表現を絶賛したのは、1862年にパリで設立された「腐食銅版画家協会」でした。版画集の序文の中で、「(それらは)彼の夢想的で力強く奇怪な想像力が生み出すあらゆる幻想を描くために必要なものだったのだ。彼のパレットはいかに豊かであっても、これほど多彩な効果をもたらしはしなかった」と評したのです。

フランス象徴主義を代表する画家オディロン・ルドンもまた、レンブラントの繊細な階調と深い奥行きのある明暗法に、神秘的な精神性を喚起する造形語法を見出した一人です。その敬愛ぶりは、「造形の持つあらゆる神秘が、彼(レンブラント)に依る」ことを必須としたと手記に残すほどでした。《〈ヨハネ黙示録〉:その右の手に7つの星を持ち、その口より両刃の利き剣いで》(1899)でキリストを包み込む深い闇は、まさにレンブラントを思わせるものです。

オディロン・ルドン《〈ヨハネ黙示録〉:その右の手に7つの星を持ち、その口より両刃の利き剣いで》1899年、国立西洋美術館
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《三本の木》1643年、国立西洋美術館

レンブラントのエッチング風景画の代表作《三本の木》(1643)も、19世紀フランスでは広く知られていました。嵐が迫るオランダの田園風景を表現した作品で、鋭い直線で斜めに刻まれた激しい雨、交差線のグラデーションによる黒く渦巻く雲、そして三本の木の背後に存在する光のコントラストがドラマチックな効果を生んでいます。この表現に多くの作家が魅せられ、展示ではバルビゾン派のシャルル゠フランソワ・ドビーニーやアルフォンス・ルグロ、フェリックス・ブラックモンらの作品でその影響を紹介しています。

アルフォンス・ルグロ《嵐の川景色》1857年、レンブラント・ハウス美術館
どちらもフェリックス・ビュオ《ウェストミンスター・ブリッジないしウェストミンスターの時計塔》1884年頃、国立西洋美術館
ジェイムズ・アボット・マクニール・ホイッスラー《庭》 1886年、国立西洋美術館

20世紀初頭に入ってもレンブラント人気は衰えることなく、20世紀美術の双璧をなすアンリ・マティスやパブロ・ピカソも、自身の作品の中でレンブラントへのオマージュを捧げています。

マティスは前衛芸術運動「フォービズム」の創始者であり、卓越した色彩画家として知られる一方で、版画においてはわずかな例外を除いて、黒と白の表現に徹しました。展示される《版画を彫るアンリ・マティス》(1900-03)は、作家の版画制作の出発点に位置する作例です。

制作にあたる自身の上半身を正面から大きくとらえたテーマや構図は、前述した18世紀のシュミット同様、レンブラントの《窓辺でエッチングを制作する自画像》を着想源にした可能性が高いと考えられています。初めて版画制作を試みるにあたって、19世紀後半以降にパリで評価が高まっていたレンブラントの自画像を手本とすることは、若きマティスにとって自然な選択だったのでしょう。

アンリ・マティス《版画を彫るアンリ・マティス》1900-03年、国立西洋美術館

ピカソの《〈ヴォラールのための連作〉:パレットを持つレンブラント》(1934)では、口ひげを蓄え、羽根飾りのついた帽子をかぶるなど、エッチングの自画像で繰り返し描かれたレンブラントのパブリックイメージが戯画化されています。本作は、使い物にならなくなった銅板に、ピカソが半ば自棄になって線を走らせる中、偶然レンブラントの姿が浮かび上がったという経緯で作品化されました。レンブラントのような深い黒を再現できるかを試す実験的な試みでもあり、複数の版画作品からの図像の借用も確認されていることから、ピカソもまたレンブラントを深く研究していたことがうかがえます。撮影不可だったため、ぜひ現地で実物をご確認ください。

 

本展を担当した国立西洋美術館の中田明日佳学芸員は、「日本国内では、これまでにもたびたびレンブラントの版画制作をテーマとした展覧会が開催されてきました。しかし本展のように、その影響にまで視野を広げた企画は初めてです。会場では、レンブラントの版画作品の魅力をご堪能いただくとともに、その時間的、地理的スパンの幅広さと豊かさにも驚いていただけるのではないかと思います」と語りました。

「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」概要

会場 国立西洋美術館 企画展示室
会期 2026年7月7日(火)~ 9月23日(水・祝)
※会期中、一部作品の展示替えがあります。
開館時間 9:30 〜 17:30(金・土曜日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで。
休館日 月曜日
※ただし、8月10日(月)、9月21日(月・祝)は開館。
観覧料(税込) 一般2,200円、大学生1,300円、高校生1,000円
※観覧当日に限り、常設展もご覧いただけます。
※その他、詳細は展覧会公式ページでご確認ください。
主催 国立西洋美術館、レンブラント・ハウス美術館、朝日新聞社
展覧会公式ページ https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2026rembrandt.html

※記事の内容は取材時点のものです。最新情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。


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991.https://www.t-bunka.jp/

まちなかコンサート~芸術の秋、音楽さんぽ~

東京文化会館

大規模改修に伴う全館休館:令和8年5月7日~令和10年度中(予定)

201.https://www.taitogeibun.net/shodou/

企画展「書道博物館開館90周年記念 中村不折と書道博物館 -不折のおたから大公開!-」

前期:7月18日(土)~9月27日(日) 後期:10月6日(火)~12月13日(日)

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